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第二章 亡国の姫君と冬に閉ざされた平穏

魔獣の魔力操作特訓

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 厨房の裏庭に一人残された俺は時間を持て余していた。
 さて、急に暇になったな……どうしようか。 
 呼ばれるまでの暇つぶしとして、言われたとおりに魔術の練習でも始める。
 とはいえ、実は魔力の扱いについて、俺はすでに何かをつかみかけていた。
 冷たい思いをしながらソーセージを作ったのは無駄じゃなかったのである。

 なんとなくではあるが、俺の解釈だと、魔力とはすなわち『存在感』だ。
 つまりは存在の重さ……いや、存在のと言い換えることができるかもしれない。
 要は、世界に対しての影響力。それこそが魔力の正体である。

 さて、存在の価値という表現を使用したが、価値なんてそもそも絶対的な概念ではない。
 価値観という言葉が示すように、同じものであってもその重要さ、大切さは人それぞれで異なるのである。

 ただ、魔力の話に限定する場合、大事な視点はたったの二つしかない――『自分自身』か、『それ以外』かだ。
 つまり魔力には大きく分けて『自分の意識で増減・変質する魔力』と、『自分の意識に依存せず存在する魔力』の二種類が存在するのである。

 地球のオカルト知識に当てはめるなら、前者がまんま内魔力オド……「自身の体内に有る魔力」であり、後者が「偏在する超自然的な魔力」の外魔力マナであると言えるだろう。
 そして当然、基本的に俺が扱えるのは前者の内なる魔力オドだけだ。
 後者の魔力マナは自身の魔力オドを介在するか、直接触れるなりして干渉することでしか操作ができない。

 以上、俺の考察だ。
 あくまで俺個人の勝手な解釈にすぎないが……この解釈を基にすれば、魔力操作の理屈が上手く説明できる……と、俺は思っている。
 いや、実際に軽く試してみた感じ、この理解で何も問題はなさそうなのだ。
 俺はさらに確かめるべく、さっそく次なる特訓に入った。



 そんなこんなで魔力オドを操作する特訓に入ったわけだが、扱っているうちに四つの要素が操れそうだと分かった。
 俺はそれぞれ「方向」「質感」「色」そして単純な「質量」と表現している。

 方向とはそのまま、自分の意識がどのくらい向いているかを意味する。
 意識的に魔力の方向を操作する能力を鍛えるのは、まんま集中力の訓練になるだろう。
 実際に動いているわけではないが、イメージ的には向きと強さが合わさったベクトル的な概念だと思えば理解しやすいかな。

 質感は……はたして特訓する意味あるのだろうか?
 具体的にどういうものか説明すると……例えば、意識を向けた対象に対して好意的であれば魔力にツヤがあって、悪意があればザラザラとかトゲトゲしているようなイメージとなる。

 なお、さっき魔女が包丁を俺に投げた時、感じた殺意の正体もこれだ。
 基本的に他人の内なる魔力オドは見え辛いが、向けられた対象が自分なら、その量や強さ、質感までもがはっきりと読み取れるのである。

 ちなみに、魔女から向けられた魔力オドは、触れたら問答無用で串刺しにされそうなほどに鋭利な質感であった。
 まあ、使いこなせればコミュニケーション能力の補助になるかな? ブラックIT土方時代とか、もっと早くに会得したい能力だった。

 色についてはすごく分かりやすい。これが示すのは魔力の属性だ。
 例えば、俺の目に凍属性の魔力は青白く見えた。きっと火属性の魔力なら、赤く見えるのだろう。
 でもこれはどちらかというと、自然界の魔力マナの領分のような気がする。

 さて、ここまで色々と考察したが、俺にとって何より問題なのは、魔力の質量だった。
 あるいは素直に総量と言い換えてもいいかもしれない。

 俺の魔力オドは根本的に質量が足りない。あまりにも少なすぎて他三つの特訓もままならない有り様である。
 魔術を学ぶ以前に、とにかく俺は魔力オドの総量を増やす必要があった。

 どうすれば魔力オドの総量が増やせるか考えてみる。
 俺の解釈では魔力とはイコール存在感。俺にとっての存在の価値、重要度、あるいは思い入れである。
 つまり、俺に宿る魔力オドを増やすためには、俺にとって俺が重要な存在になればいいのだ。
 もっと分かりやすく言えば、自分を好きになれということか?

 それでは、さん、ハイッ! 自分は、自分が大・好・きッ!

 そう、俺は選ばれし者。

 異世界で魔獣になった俺は、きっと特別な存在なのだと感じました。

 そんな俺にあげるのは、もちろんヴェ○タース・オリジナル。

 なぜなら、俺もまた特別な存在だからです。

 ……どうやら俺は混乱しているようだ。
 なんだか怪しい自己啓発セミナーみたいになったな。

 このまま意味の無い自己暗示を続けてもらちが明かない。アプローチを変えてみよう。

 そもそも俺自身が保有する魔力の総量はそれなりに多く、蒼シカと同じ程度はある。つまり、俺自身がかなり高位の魔獣に分類できるはずだ。

 だが、そのほとんどが自分の意思でどうにもならない魔力マナである。
 これを利用しようにも、汲み出すための自分の意思で操れる魔力オドが少なすぎるのが俺の現状。
 これはつまり、俺が「世界にとってはすごく影響力のある魔獣なのに、自身にとってはどうでもいい存在」という、なんとも妙ちきりんな状態になっていることを意味する。

 なぜ俺の内なる魔力オドが少ないのか?
 その答えは単純に「俺が自分を好きになれないから」の一言に尽きるだろう。

 だが、それは仕方ない。
 どうして世間からぞんざいに扱われ続けるブラック企業のIT土方が、自分のことを好きになれるだろうか。

 そうでなくても、人間だった頃の俺は顔も頭も良くなし、年収は低かった。
 その上、将来性もなく、当然のごとく童貞。

 欠点についてはこうもポンポン挙げられるが、美点についてはそっと目を逸らして沈黙を決め込まざるを得ない悲しき存在。

 自分のことながら、哀れになってきた。

 ……。
 …………グスッ。
 な、泣いてねーし。

 と、とにかく、このままでは駄目だということは確定的に明らかである。
 ゆえに、アプローチを変えるのだ。
 人間ではなく、不死の魔獣として自己の存在を確立するのだ。

 さあ、想像イメージしてごらん。
 異世界で魔獣にされた人間おれをではない。不死の魔獣として悠久のときを生き、伝説となった俺自身の姿を。

 ――我こそは、冬に呪われた城に住まう伝説の魔獣。

 荒れ狂う吹雪ふぶきの中、夜を纏ったような漆黒の姿。限りなく竜に近い獣の王。
 永遠のときを生きるその獣を、人々は神のようにおそれるのだ。

 しかし神をも恐れぬ世界中のハンターが、俺の素材を求めてやって来る。
 クエスト名は『永劫の厳冬エターナル・ブリザード』。

 そして見事、パッケージの看板モンスターを飾る俺!

 プロモーションムービーでも大活躍の俺!

 うおおおお、格好良いぞ、俺!

 途中からなんかおかしいぞ、俺! イメージが貧困だな、俺!

 だがこの瞑想(迷走?)に効果はあったようで、目に見えて魔力オドの総量が跳ね上がっていた。
 あまり期待していなかったが、予想外に良い感じだ。
 逆にこんな想像で大丈夫か? と不安を感じないでもないが、おそらく大丈夫だ、問題ない。

 とにかく、自分自身のイメージをしっかりと持つことが大事なのは確かだ。
 この調子で、魔獣としての自分を意識しながら特訓を続けてみよう……。

 * * *

 三十分後。俺は魔力操作のトレーニングで精も根も使い果たしていた。
 以前から薄々思っていたが、不死身の回復力をもってしても精神面の疲れは癒すことができないみたいだ。

 だがその甲斐もあって、魔術を使うのに最低限必要な魔力と、ついでに魔力操作のコツは得られた……と思う。
 さらに魔獣の姿でイメージトレーニングをしたおかげか、より体が馴染んだような気がするのは嬉しい副産物だ。
 いや、しかし、それにしても……。
「……疲れた」
 精神的な疲れだ。
 肉体的には一切疲れていないが、何もやる気が起きない。
 ああ、懐かしくもない。このIT土方時代によく味わった疲労感に倦怠感。
 これって実は、魔力切れの症状だったんだな。

 地球では魔力って空想上の産物扱いだったから、この状態になって動けなくなってもただのサボり扱いだった。
 けど……魔力が見えるようになって分かった。
 魔力、即ち精神力の使い過ぎ。こりゃ過労死しますわ。

 ゲームで例えるなら、行動を起こすためのマジックポイントを体力削って補っているようなもんだもん。文字通り生命力を削っている状態だ。
 何より体そのものには問題ないから、動かそうと思えば普通に動かせてしまうのが余計に性質タチ悪い。
 それはつまり、仕事は問題なく続行できるってことだからな。

 驚きの事実である。今日一番の収穫だ。
 魔力がなくなれば、体が健康だろうと疲労感と倦怠感に悩まされる。
 それでも無理矢理ストレスのある環境で酷使すれば、足りない魔力の代わりに生命力が削られる。
 生命力がなくなれば、体が健康だろうと普通に死ぬ。
 てか、死ぬよりに先に、普通に不健康になる。

 ハッ! まさか、これこそが、過労死のメカニズムか!?
 新たに会得した魔力感知能力によって、目に見える形で社会の闇が証明できたことになる!
 凄い発見だ!
 もし地球の研究学会で発表できれば、ノーベル労基賞は堅いだろう。

 ふと、作業台の上の、肉の塊が視界に入った。
 蒼シカ肉の肩ロースだ。
 心なしか輝いて見える。
 厳しくも美しい大自然を生きた蒼シカ。その魔力マナがたっぷり含まれているせいか、生肉なのに、とても魅力的だ。

 まさに、魅惑のお肉。
 とっても、とっても、美味しそう。

 あれにかじりつけば、凍てつく自然の力が魔力切れの五臓六腑に染み渡るだろう。

「……肉……魔力…………」

 ああ。目の前にこんなものがあって、我慢しろというのは酷じゃないか。
 そうか、気分が落ち込んだ時に美味しいものを食べるのは、魔力補充の意味合いもあったんだな。

 体が、求める……魔力という快楽を。

 ……もともと俺が獲ってきた肉だし、一口ぐらい、つまみ食いしてもいいよな?
 そうだ、これは修行の一環だ。
 凍属性に対する理解を深めるためにも、味を見ておくのだ。

 俺は手ごろな大きさの肉を手に取った。



「お主……まさか生で食おうとは思っておらんよな?」

「おわっ!?」
 俺は驚いて間抜けな声を上げた。

 手から肉が落ちる。
 いつの間にか背後に、厨房に行ったはずの魔女が立っていた。

「お、お、お、思ってねーし。い、言いがかりはよしてくれ」
「……そうか。なら良いわ」
 魔女が俺に向けて魔力の塊を放つ。
 それが俺に当たると、感じていた疲労感と倦怠感が綺麗さっぱりなくなった。

 生肉を試食しようとして邪魔された俺は、つまみ食い未遂を誤魔化すため、魔女に問いかける。
「で、何しに来た? 言い忘れでもあったか?」
「儂は夕食の材料を取りに来ただけじゃよ」
 魔女がそう言うと、作業台から肉とモツが消えた。魔女の空間魔法アイテムボックスに収納されたのだろう。
「あっ……」
「どうした? お主が使う予定はないと思うが、何か問題あるのか?」
「いや、別に何も……」
 畜生ォ。俺の肉が、持って行かれた……。
 疲労感と倦怠感はもうなくなったのだから、必要ないと言われればその通りなのだが……それとは別に、なぜか惜しいと俺は思ってしまった。

「ああ、そうじゃ。腸詰めと内臓の一部を貰いたいのじゃが、構わんかのう?」
 俺が内心で落ち込んでいると、魔女がたずねてきた。
「え? 別にいいが……何に使うんだ?」
「ただの手土産じゃよ。他の魔女に会う用事ができたからの」
 ソーセージはともかく、生の臓物をお土産にするなんて……嫌いな相手なのか? 意外と陰湿だな。
 そんな俺の考えを読んだのか、魔女は俺が何か言う前に先んじて説明した。
「魔獣の心臓や肝は魔法薬の材料になるのじゃ。特にこれらは凍属性の素材として一級品じゃからの。薬学に通じた相手ならまず喜ぶじゃろうて」
「なんだ、そうなのか。じゃ、好きに使ってくれ」
 断る理由もない。欲しくなったら、また狩ればいいだけの話なのだ。

 ……むしろ、今から自分用にこっそり狩りに行こうかな?
 俺ってば今は魔獣だし、自分で狩った肉を生で食べるのは普通のことだよな?

「ついでに……これだけは言っておこう」
 振り向くと、魔女のスミレ色の瞳が、俺を見透かすように見つめていた。

「忘れるでないぞ。お主はな、人間なのじゃ。たとえどんな姿になろうとも、人間なのじゃよ」
 幼い姿の魔女の静かな、だがはっきりとした口調。
 その言葉に対して、なぜか俺は後ろめたい気分になった。
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