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第一章 今宵の咎人たち

堕ち続ける娼年

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 全ては、八年前から始まった。

 以前から断続的に続いていた神聖メアリス教国の侵略戦争。
 転機となったのは、湖の国とも呼ばれた山岳国家、レヴィオール王国が侵略されたことだった。

 それまで繰り返した侵略行為によって、すでに大陸の東半分を実行支配していた神聖メアリス教国。
 既存の戦力だけでも十分に厄介だったが、レヴィオール王国で新たに手に入れた特別な“資源”によって、その大国はより一層手が付けられなくなっていた。

 新たなチカラを手に入れた教国は、まるで乾いた森に燃え広がる炎のように、瞬く間に大陸の覇権を握ることになる。
 そして、ミトの故郷であるヘーリオス王国も、為すすべなく蹂躙じゅうりんされてしまったのだ。

 しかし、当然それでは終わらない。
 いつしか、逃げ延びた者たちはメアリス教会に対して復讐心を抱き、各地に集い始める。
 そんなメアリス教国に反抗する者たちが集まってできた反メアリス組織の総称こそが、ミトたちが所属するレジスタンスだ。

 その構成員には、ミト少年のように家族を失ったものが大勢いた。

「だいたい、お前だって今や立派な組織ウチの一員なんダ」
「だから? 可哀そうな皆のために、毎回オレのケツを変態に捧げろって言ってるのか?」

 その言い草に、組織の女ボス、ブチハイエナのような獣人のジャクリーンは思わず吹き出した。

「ヒャヒャッ! 誰もそうは言ってねえダロ? ただ、もう少しはっちゃけろって話サ――女神かぶれの、偽善者ですらない悪党どもを直接ブッ殺せるんだ。うらやましがっている奴も多いゼ? もう少し嬉しそうな顔をしてみろヨ、な?」

 可能なら、自分だってそうしたい。
 ジャクリーンたちの種族は元々、別大陸から奴隷として連れてこられたサバンナのたみだ。彼女はその子孫である。
 こっちの大陸で生まれた彼女は故郷の風景なんて知らないが……それでも、メアリス教国から虐げられ続けて、良い感情を持っているわけがなかった。

 目の前の少年だって、メアリス教国には相当深い恨みがあるはずだ。そう確信しているジャクリーンは、不味い葉巻の煙を吸いながら悪辣あくらつに見える笑みを少年に向ける。
 その表情はまるで、『アタシたちは同類ナカマだろ?』と、問いかけているかのようだった。

「……勘違いしないで」
 対して、少年ミトは鋭い眼光で上司を見据みすえる。
「オレにとっては、メアリス教国も、この大陸の未来も、どうだっていい――前からずっと言っているだろ?」
 その声は、可愛らしい顔つきに似合わない冷たいものだった。

「……初恋の相手、婚約したお姫様だったカ?」
 問いかける彼女の声音は、少しだけ残念そうだった。

「オレはただ、彼女を取り戻したいだけだ」

 十四歳の王子と三歳年上のお姫様――もし彼女が生きていれば、十七歳の乙女だ。
 生まれ落ちた瞬間から裏社会に身を置いて生きてきた女、ジャクリーンはロマンチストな少年の発言にため息をいた。

「だから、そういう考え方はいけないゾ、ミト。そろそろお前さんにも、現実が見えてきた頃だと思ったんだがナ」
「見えているさ」

 反抗的な態度でミトは言う。しかし、ジャクリーンは鼻で笑う。

「いーや、見えていないネ。お姫様を見つけて、その後はどうする? その娘も獣人なんダロ? しかも年頃の、うら若き乙女……無事じゃないことだけは確かだナ」

 ジャクリーンが語る辛辣しんらつな言葉。その残酷な現実に、少年は口を閉ざした。
 メアリス教国にさらわれた婚約者が無事である確率なんて、それは希望と呼ぶにはあまりにも儚い妄想――そのことを、少年は自覚していたからである。

「それに、仮にお姫様を見つけても、そこで終わりじゃナイ。どんな結果になろうとも、お前の人生は続くんダ、ミト。それとも、愛の逃避行でも始めるかい? メアリス教徒の目は、大陸中で光っているゾ?」

 皮肉気な口調でミト少年をあおるジャクリーン。それは、彼の思考を縛るための脅しだ。

「そもそも生きているかどうかさえ確かじゃない。ならその命と美貌びぼう、大儀とやらのために使うことを考えたらどうダ?」
「……大儀だって? それはあんたの……レジスタンスの勝手な都合だろ?」
 少年は反抗的な目で、女ボスをにらみつける。

「ヒャヒャッ、それは言わねえお約束ってやつさ。世の中ってのはそういうもんだゾ? もっとも、アタシはメアリス教徒どもをブッ潰せれば、それで満足だがナ」
「……」
「まあ、なんでも自分の思うとおりになんて、ならないってコトだ。まあ、情報はこれからも集めといてやる。ミト、お前はその後のことを考えておくんダ、いいカ?」

 組織のボスの顔でジャクリーンが言い放ち、この話題はお開きとなった。

 不満はまだあった。だが、言うだけ無駄だと悟った少年は、部屋から立ち去ろうと上司に背を向けた。

 ――目的を果たすまでの辛抱しんぼうだ。

 頭の中では、目的を果たした後、どうやって組織を抜け出すかばかりを考えていた……それどころか、少年は大陸からも逃げ出すつもり満々だった。
 ……ただし、それは愛しい婚約者が生きていた場合の話である。



「オイ、ちょっと待ちな。そんなに不貞腐ふてくされるんじゃねえっテ」

 呼び止める組織のボス。
 その声音には、だいぶ艶が含まれていた。

「ミト。お前は一途過ぎダ。こんなクソみたいな世界なんだから、不必要なところで真面目だったり、誠実に生きてたりすると損ばかりするゾ? お前はもっと、人生気楽に楽しむすべを学ぶべきだって、親切なアタシはいつも口を酸っぱくしていってるんだがナァ」

 ジャクリーンはイヤらしい手つきで少年を手招きする。
 彼女にとっての本題はここからだった。

「どうだ? この美人なお姉サンが、イけない遊びをタップリ教えてやるゼ? 今日は気持ちよくなるクスリも手に入ったんダ」
「……拒否権は?」
「ねえよ、そんなもの。それが上司と部下、大人のカンケイってやつサ♡」

 もはや隠すつもりすらない情欲に、語尾が甘く変化している。
 世界が違えばセクハラやパワハラとして訴えることができただろうが、この世界にそんな概念はない。

「さあ、ミト。いい加減。アタシの愛人モノになれ」
「……それ、いっつも聞くけど、笑えない冗談だよね」
「おうおう、ささくれちゃっテ。こんな少年には癒しが必要だナア」

 ジャクリーンのわざとらしい態度に、ミト少年はイラっと来たが、精神的に大人な彼は何も言わず受け流す。

「仕方ねえなあ、今夜もアタシが、甘えさせてやるヨ。今夜はとして可愛がってほしい? 男の子か? それとも……女の子かイ?」
「……男以外に、あり得ないだろ」

 婚約者の情報が手に入るまでは、あまり不興を買いたくない。
 それに、選べるなら……ミト少年からしても、入れられる側より、入れたり出したりする側ほうが、幾分か気楽だった。
 少なくとも、二晩連続で後ろを掘られるのは勘弁願いたい。

「んーそうか。残念だな。そろそろ目覚めるころだと思ったんだガ」

 ……このクソアマ。やっぱりあの変態爺にられている間、わざと放置しやがったな……ミト少年は、心の中で毒を吐く。
 男娼云々うんぬん以前に、この女ボスの倒錯した性癖が悩みの根本的な原因なんじゃないか? ミトはいぶかしんだ。

「ほら、こっちに来い……ミト」

 少年が渋々と言った足取りで近付くと、女ボスは牙をくように笑いながら彼を抱き寄せる。
 彼女の粗暴な態度と裏腹に意外と豊満な胸。その谷間へと、抱き寄せられた少年の頭は収まった。

「今夜は寝かさないゾ♡ アタシの魅力にメロメロになるまではナ!」

 どうせ逃げられないなら、楽しんだほうが得だ。
 少年ミトは覚悟を決めた。

 本人自覚は無かったが……彼は十分、このスラムに染まっていた。

 その日の夜はジャクリーンが満足するまで終わることは無かった。



 * * *



 明くる日。
 誰も居ないベッドで、ミト少年は目を覚ました。

 スラムにしては上質なそのベッドは、上司の寝床だ。
 比較的清潔だった白いシーツは、いろんな体液で湿っている。

 少年が横を見ると、一通のメモが燭台の――正確には魔石ランプの足元に置かれていた。
 広げて読んでみると、それはボスからの伝言だった。



『よく眠れたか? 湯は自由に使えるよう言ってある。
 この後、次の依頼について打ち合わせだ

 ――愛しのジャクリーンより♡♡♡』



「……」

 ミトはその手紙を握り潰してポイッと放り投げる。そしてそのまま乱れた服を整え、体を流しにジャクリーンの寝室を出た。

 汚れ続ける自分自身への嫌悪感には、必死で気付かないふりをすることにした。





 ――とある時代。とある世界。
 ひとつの宗教国家に支配された大陸。

 故郷を失った少年は男娼として働いていた。

 エルフ族の血を引いた少年は、少女と見紛みまごうほどに美しく……しかしそのサファイア色の瞳には、復讐の炎を宿す。

 男娼は仮の姿。
 その正体は暗殺者にして、神聖メアリス教国に滅ぼされた太陽の国の元王子。

 彼は愛する婚約者を取り戻すため、今宵も返り血で赤く衣装を染めるのだった……。




 * * * * * * * * * * *

 ここまで読んでくださった方へ

※ この物語は作者の長編作品『強靭不死身の魔獣王 ~美女の愛はノーサンキュー~』の番外編です。
 本編主人公が登場しないIF時間軸の作品となっております。

※ 独立した物語であるため、こちら単品でも楽しめますが、興味があれば本編もどうぞ!
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