竜の国の侍従長

風結

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七章 東域と侍従長

炎竜 ばーさす 邪竜

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「スナは、今、フィンが何をしたか、わかったかな?」

 愛娘に尋ねる。

 先ず、一つ目の関門。僕たちにとって不味いのは、二竜が僕かフィンの片方を攻撃すること。近距離で、手を抜いた竜であれば、多少はどうにかなる、くらいにはなったけど、本気で来られたら僕など一溜まりもない。

 事前に用意しておいたから、フィンと共闘できているけど、それも相手に勘違いさせる為に、体を酷使しての賭けに近いものだった。

 ああ、ほんと、一か八かだったけど、竜相手なんだから、これくらいやっても、まだまだ足りないくらいである。

「油断した、以外の何かがあるのか、氷柱」
「……父様が教えたですわ?」

 百が質して、僕の思惑を見抜いていたのだろう、逡巡するも、炎竜が頼りにならないと判じたのか、愛娘は応えてくれる。というわけで、いつも通りに嘘を混ぜつつ、情報戦ーーというほど大したものではないけど、スナに戦いを仕掛ける。

「地属性の膜を四枚。氷属性の膜を一枚。五枚の膜を纏って動いたので、ナトラ様は、フィンの接近に気付けなかった。フィンは物覚えが良くてね、これは最初に会得した魔法なんだ。他にも意表魔法と偽装魔法をたくさん覚えてもらったから、二竜とも楽しんでくれると嬉しい、かな?」
「だーけーっ」
「「…………」」

 合っ体っ! って、今それはどうなのだろう。二竜を焚き付ける為に、「仲良し小好し」作戦は必要だと思っていたけど、この時機では……。

「ここで提案があります」
「耳を貸すなですわ、熾火。父様は卑怯ですわ。卑怯という言葉に添い寝できるほど、仲睦まじいのですわ。もはや一心同体、卑怯そのものと言っても過言ではないですわ。卑怯が服を着て歩いている、それが父様ですわ」
「……氷筍。其方、若しや、主のことが嫌いなのか」
「……二対二なので、僕は百と、フィンはスナと闘う、というのはどうかな? これは、悪くない提案だと思うよ。スナと百じゃ、連携なんて、終末の獣がお腹を壊してしまうくらい有り得ないことだし、逆に僕とフィンは、終末の獣すら飼い獣ペットになってしまうくらい、息ぴったり、魔力ぴったりの番い……」
「「っ!!」」

 うご……、言葉の選択を間違えただろうか。またぞろ、炎氷ぼっふん

 まぁ、「結界」は大丈夫だろうけど、と見上げると、ルエルと目が合ったので、お仕事ご苦労様~、とにっこり。あ、他の二竜が職場放棄しそうだったので、笑顔の大安売り、直売祭りである。

「ふぅ、もう良い、氷柱……」
「っ! この失火っ、好い加減学べ、ですわ!」

 臨機竜変。言葉で誘導しようかと企んでいたが、力が強過ぎる、能力が高過ぎる故の弊害だろうか、相手を侮ってしまう竜の失策に付け込む。

 勝機ーーこの先、遠ざかるばかりの、この細い糸を、逃してなるものか。

「んぐぅーっ、せいっ!」

 ぶんっ。

「かーっぜーっ!!」

 フィンの魔力を貰って、全力で氷竜を氷竜に向かって投げ付ける。さすがに三度目なので、百は脱竜ならぬ脱兎の勢いで、必死に距離を取ろうとするが。

「ちっ!」
「ゆーっいーっ!」

 ここでも百が足を引っ張ってしまう。四竜の中で、圧倒的に経験値が足りない百。これを見越して、最後まで炎竜を残しておく作戦だったが、まさかここまで嵌まってしまうとは。

 それと、スナ。いや、仕方がないとはいえ、僕の可愛い氷娘なんだから、舌打ちは止めようね。

 フィンは五膜と、他の魔法を併用して、百の足止めを行う。フィンが自分に向かって飛んで来ているので、炎竜を助けるほどの余裕はない氷竜。

 百に向かって走りながら、切り札ーーと言えればいいのだけど。一応、隠し玉ではある、小さなものを掌に。

 百が全力で抗えば、僕に勝ち目はない。それはわかり切ったことだから、僕は、スナとフィンから見えるように、口に銜えてーー、

 ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~。

「っ、ぐっ!?」

 限界まで吸い込んだ空気を、竜笛に吹き込んだ。

 スナとフィンが耳を塞いだのを見て、百も耳に手を持っていったが、如何な竜とて反応速度には限界があって。

 僕には聞こえなかった、竜だけが聞こえるという音。苦痛、ではないようだが、圧迫されたのか、硬直している百を抱き締めて。もしかしたら竜笛で耳が聞こえなくなっているかもしれないので、魔力を籠めて、小声でーー。

「ーー百」
「……主?」

 聞こえた、或いは届いたようだ。こんなときだというのに、開いた炎竜の瞳に、ほころんでしまった魂が、吸い寄せられるように。

 魂が繋がりそうな予感に、どうせなら繋げてしまおうかな、とか思った瞬間、炎の色に染まった百は、ぼっ、と燃えた。

「ーーーー」
「…………」

 一人と一竜は炎に包まれて。純炎が揺らめいて、まぁ、それでも、隠し切れはしないだろうけど、ないよりはあったほうがいいだろうと。

 百の頭の後ろに手をやって、顔を近付けると、もう抗えないと覚悟が決まったのだろうか、目を閉じてしまう炎竜。

 必要以上に強く閉じられた瞼が、ぷるぷるしている唇が、何だかみーよりも子供っぽく見えて。これなら問題ないか、ということで、耳元で優しく囁く。

「百。ーー爆発して」
「ーーっ、……っ。……、ーーぅゅ?」

 あ、不味い。炎の勢いが弱まってきた。

 何故だかわからないが、混乱して、あわあわしている百。猶予している場合ではない。行動を促す為に、たぶらかす、もとい丸め込む、ではなく、う~ん、百には強く命令したほうが効くかな。

「早くしなさい」
「ーーっ」
「早く!」
「っ!」

 どっか~ん。

 然あれば、百を抱えたまま、ごろりと横になる。

 僕の上で、百がもぞもぞしていたので。先ずは、逃げないとは思うが一応ということで、右手を回して腰骨に指を引っ掛けて、

「……ひゃっ」

 スナたちから見える側の、百の右手を掴んで、だらんとさせてから、僕も左手を地面に投げ出す。

 これで、相打ちの図、完成である。ふぅ、これで「四竜闘破」での僕の役割は、概ね終竜である。

「「「「…………」」」」
「……?」

 反応がないので、気になって薄目を開けると、白竜も嫌がるくらいの白けた竜眼が向けられていた。

 ……おかしい。小声とはいえ、竜耳には届いていただろうから、僕の思惑というか策は、理解してもらえたーーはずなのだが。

 あの、その、出来れば、でいいので、生塵なまごみを見るような目だけは、どうかどうか勘弁してくださいませ。

「……如何なつもりか、主」
「残ったのがスナと百だったからね。勝つ為にも、そしてわかり易くする為にも、こうしたほうがいいと思っただけなんだけど」

 事前に伝えておいたんだから、そんな目で見ないで欲しいなぁ。という祈りが通じたのか、スナに向き直って、氷剣を製氷、いや、精製するフィン。

 訝し気な顔を、フィンに、そして僕に向けたが、スナは応じて、氷の双剣を現出させる。

「スナとフィン。勝ったほうは、二対一になって、勝負もそこで決する。スナが勝ったら、僕は負けを認めるし、フィンが勝ったら、百も負けを認めるよね?」
「ほんに、主は卑怯だ。癪ではあるが、氷竜対氷竜であるなら、認めるとしよう」

 拍子抜け、とか言ってはいけない。変なところで百は素直なのだが、勝負は勝負、ということで、丸め込み成功ちょろりゅうなえんりゅうもだいすきさ

 さて、別の意味で重要な、観戦、を可能にしなくてはならない。ーーなるべく意識しないように。百の魔力を貰って、ぼんやりと眺める。
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