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六章 氷竜地竜と侍従長
街の木々と地竜の好物
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「出来心だったんです。邪竜が障ったんです。どうかどうか、リン様、ご寛恕を切に望む次第であります」
地面に仰向けになった僕を覗き込む地竜に、邪竜の欠片もないくらいに、虚心坦懐を越えた竜心竜壊な気分で誠心誠意ならぬ竜心竜意ぃいぃぐぅっ、
「いーっんーっ!」
って、ぐあっ、絞まる絞まる! いや、駄目っ、そのままばたばたばたんばたんっしないでっ!?
「ぅぎっ、って、暴れないでフィー! ぼかぼかは、止めて!? せめて、ぽかぽかにして!」
「もう良いです。見ていて、馬鹿らしくなってしまいました」
僕の体の上で、落ちないように器用に駄々っ竜状態だったフィーに、拳大の、真球のような、表面が滑らかな二つの石が直撃して、弾き飛ばす。
……いや、ほんと、地竜は、遠慮とか手加減とか、大地の下に埋めてきてしまったのではないだろうか。
「やっぱり、まだ街は騒がしいようですね」
「だ…か…っ」
竜にも角にも、フィーを抱っこして戻ってきてから、リンに話し掛けると。文句を言おうとした、というか、言い捲った氷竜の周囲を、二つの石がふよふよと漂って、威嚇する。
「ナトラ様の性質は、岩、に近いと言っていましたが、リンは、石、なのかな?」
「どうでしょう。そのようなことを自覚したことはありません。あったとしても、今は変質しているような気がします」
尻尾にも鱗にも、リンは落ち着いてくれたので、街道を見澄ます。そこそこ大きな地震だったが、この地方では珍しくないのか、そこまでの騒ぎにはなっていない。
街に向かって落とされた、でっか過ぎる岩は、フィーが咄嗟に作った、それなりにでっかい氷板を叩き割った。然し、氷竜は、氷板を斜めに配置したので、大岩は軌道をずらして、街から離れた森に落っこちたのだった。
フィーなのかリンなのか、「結界」か「隠蔽」を使ってくれたようで「大岩落下」事件を目撃した人はいなかったようだ。いや、「大岩氷板」事件としたほうがいいだろうか。
「それで、『千竜王』。これからどうするのでしょう」
「ん~、そうですね。急ぎということでもないですし、迂遠な方法でいきましょう。角だけを隠して、子供の振りをしてもらえますか」
「わかりました。フィフォノ、任せます」
「リンよりもフィーのほうが魔法は得意なんですか?」
「どうでしょう、それはわかりません。ただ、フィフォノは、魔法を使うのが好きなようです。ただ、少し、おかしな感じはありますが」
「それはーー、聞いてもいいことなんでしょうか?」
「らーねー」
「ああ、ごめんごめん、フィー。じゃあ、フィーに直接聞くね。フィーの得意なことと関係あるの?」
「でーもー」
「え? そうなんだ……。あとでスナやナトラ様に聞いてみよう……」
「『千竜王』は、皆が言っていた通り、意地悪だと確信しました」
「えっと、除け竜とか、そんなつもりは……。フィーは話してもいいと言っているので、フィーの特徴というか得意なことと、それに伴う弊害、ではなく不利益ーーみたいなことについて話します」
街を歩く際、抱っこでは目立つので、フィーを下ろして手を繋ぐ。然てまたもう片方の手をリンに差し出して。握ってくれるまで、地竜の機微を楽しむ、ではなく、竜の心地で待ち続ける。
「欲求」の残滓が響いているのだろうか、初対面以降は僕との接触を控えていたようだが、竜と疎遠、ではなく、余所余所しいなんて僕が許さないので、もとい我慢できないので、……ちょっと僕の心の中がおかしくなっているようだが、軸はぶれていないので、何も問題ないということで。
「『千竜王』は、卑怯です。邪竜も恥ずかしがって、塒に帰ってしまいます。『千竜王』は、ヴァレイスナとの睦み合いから、ラカールラカとの魔力感応まで、どれだけ罪深いことをしたのか、もっと真摯に反省しなくてはなりません」
これはーー、軽く考えていたわけではないけど、甘く見ていたかもしれない。
可愛くなっているリン……ではなくなくて、気恥ずかしさに戸惑う、竜ーーでなくとも、強制的に、ここまでの想いで縛ってしまったことは、もっと気に掛けなければならなかった。
リン以外の、いや、地竜以外の竜は、欲求に結構正直だったので、いやさ、これは言い訳だ、僕のほうで認識を改めないと。でも、まぁ、思い切り、というのは必要なので。
「では、説明を終えるまでに、お願いします。リンが言ったように、僕は意地悪なので、手を繋いでくれなかったら、もっと酷いことをしてしまいます。酷いことをして欲しかったら、態と手を繋がないという手もありますが……」
「…………」
「ほーんー」
「……フィーは魔法が得意です。正確には、魔法が、ではなく、魔法を使うのが、好きです。そうして魔法を使っていると、すべての属性の高等魔法を使えるようになりました。各々の竜の属性には及ばないものの、他属性では届かない領域まで到達しました。すべての属性、と言いましたが、実は、その『すべて』には、氷の属性も含まれているのです。つまり、他の属性の魔法より得意であるはずの氷の魔法、それだけでなく氷の属性まで、他属性と同程度まで威力や性能を落としてしまっていたのです。フィーは、魔法だけでなく、属性の力も、ある意味、均一に発生させることが出来るようです。ただ、『人化』した竜には効果があるでしょうが、スナのように竜に損傷を与えられるほどの威力はないようです」
リンは、中々手を繋いでくれなかったので、説明を引き延ばしていたが、そろそろ「酷いこと」の内容を考え始めないといけないかな、と頭を高速回転させようとしたところで、やはり勢いは大事なようで、しゅばっ、と竜速で僕の手をがっしりと握った。
然てこそ準備は完竜ということで、両手に竜で、木陰で薄縁を敷いて涼を取っているお爺さんに話し掛ける。
「こんにちは。僕たちも木陰にお邪魔してもよろしいですか」
「ああ、構わん構わん、入っておいで。わしのお気に入りの場所ではあるが、わしのものというわけではないからの。とはいえ、こやつは、わしが植えたものでもあるんじゃが」
お爺さんは、そう言って、孫の頭を撫でるように、立派な樹の幹を優しく摩る。
「そうなのですか? 若しや、この街に緑が多いのは、御大の仕業、いえ、尽力によるものなのでしょうか」
「いやいや、仕業、のほうで合っとるよ。もう、随分と昔になるか、わしが子供の頃、街は殺風景でな。その頃は街の人々も荒んでいて、わしの目には、その味気ない景色がいけないような気がしてならなかったのじゃ」
「ですが、木を植えるとなると、大人たちに反対されませんでしたか?」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、そりゃもう、何度となくこっ酷く叱られたわい。余計なことをするな、そんなことしてないで働け。などと口だけならまだ増しで、折角植えた木を引っこ抜く奴さえいたもんじゃ」
「それでも、諦めなかったんですね」
「不思議よのぉ。若い頃の情熱というやつは、炎竜の息吹にだって負けんもんでな、仲間たちと一緒に、大人たちが懲りるまで続けてやったのさ」
「景色が変わって、街も変わりましたか?」
「ふぉっ、ふぉっ、わしらの勲章じゃよ。変わったのではない。わしらで変えたんじゃ。わしと仲間たちだけが手にすることが出来た、今も続く、取るに足らない証しは、変わらずここにある」
お爺さんは拳を胸に当てて、強い言葉で言い切る。のだが、恥ずかしいことを言ったという自覚が芽生えたようで、好好爺然として話を逸らしてきた。
「それで、こんな老い耄れに何の用かの。昔話に付き合うてくれた礼に、この街の生き字引が何でも教えて進ぜよう」
「それでは、御大に紹介いたします。こちらはフィーで、こちらがリン。僕は、商人の父と各地を巡っている、見習いのようなもので、リシェと申します。父から言われて、親戚であるこの竜たちを引き取ってきたのです」
「ふむふむ、その服は見たことがあるな。ガリシュ村の子供たちのお下がりだの」
「さすがです御大。ですので、詳しい事情は秘密ということで。この竜たちの服を新調したいと思っているのですが、ああ、金銭の心配はないので、良いお店を紹介していただければと」
「そうかそうか、この子らは不遇、っと、立ち入ったことを聞いてはいかんな、この街の地図じゃ、持っていきなさい」
「はい。ありがとうございます」
「とーうー」
「御老体。感謝いたします」
地図に印を付けてから渡してくれる。見ると、商店街の一等地、といった感じの場所に、その店はあるようだ。
フィーやリンを御大にくっ付けて、僕以外の人間と触れ合ってもらいたいところだが、「甘噛」や他の能力について尋ねていなかったのを思い出して、そのまま木陰からお暇することにする。
一度だけ振り返る。
景色、ということなら、自然と、違和感なく溶け込んでいる御大の姿こそ、彼らにとっての、最高の証しではなかったかと。不意に、竜の国の風景と重なって。都も街もまた、生き物である。という兄さんの言葉を思い出した。
「聞き忘れていました。二竜は『甘噛』や『味覚』など、あと、属性の制御は問題ありませんか?」
「『千竜王』は、自然の法則のように嘘を吐いています」
「……はい。嘘はいけないことですね。いけないん、ですけど、嘘も方便、という言葉もありまして、事実を知ることが、必ずしも良い結果と結び付くかというと、そうでもないわけでして……」
うわぁ、そんな真っ直ぐな眼差しで見られると、心疚しい、ではなく、心苦しくなってくるのですが。フィーも便乗して僕を見てくるが、氷竜の不機嫌な顔は、慣れてしまった所為か、何だか和んでしまうので、逆効果である。
「地図を見ると、商店街、と呼べるものは二つあるようですね。この規模と、場所からして、最近発展して人手が必要になった、とかではないような気がしますが。店や商品を見ても、交易で栄えているといった感じでもないけど、活気があるのは、この街の、或いは領主がやり手なのかな?」
「『千竜王』が求める水準は問題ありません。ただ、竜と人の違い、種族的な差から、慣れる必要はあるようです」
フィーも、そしてリンも、これは会話の技術、というより経験だろうか、気にすることなく自分の都合で話しているのだが。エンさんと、あとラカもかな、経験を積んでいるので、僕のほうで合わせていれば、フィーは無理そうだが、リンは改善されていくだろう。
「地図からすると、あのお店ーーで間違いないはずなんだけど」
地図を下げて、二竜にも見えるようにする。
「人種は、周期を経ると、様々な能力が衰えると聞いています」
「はは、そうですね。でも、御大は……ん? 今、『聞いています』と言っていましたが、誰かから聞いたのですか?」
「最近、と言っても、人種からすれば、何百周期は、昔、ということになりますが、塒の前に本を置いてゆく人種の女がいました。女が言うには、竜と仲良くなる為、と言っていましたが、その女が老いて死ぬまで、十回、話をしました。着ていた服からして、女は裕福だったのでしょう。『もし、私の子孫が遣って来たら、本を返してやってください』と言っていましたが、もしかしたら、すれ違っていたかもしれません」
それはまた、上手い遣り方と言っていいだろう。実際に、竜の気を引くことが出来たのだから。
その女性の目的が気になるところだが、今は、ここで突っ立っていると、不審者まっしぐらなので、妙案でも何でもなく、普通の行動を取ることにする。
二竜を連れて、僕らの動向を見ていたであろう、向かいのお店に歩いてゆく。
「ここは……、食料品を売っているお店なのでしょうか?」
「あははっ、他所から来た人には、そう見えても仕方がないね。これは、この街の特産品ってやつでね、とはいっても美味しいものじゃないから、他所の人には勧めてないわ」
肝っ玉母さん、といった感じの三十半ばくらいの女性。性格も見た目通りといったところ。
肝っ玉さんが言うように不味いのだろう、土色の、食欲が失せるような色合いの、根っ子のようなものは、どう見ても美味しそうには見えない。
然は然り乍ら、どんな味なのか興味はあるし、二竜の「味覚」をーーいや、最初に不味いものを食べさせるのもどうかと思うが、まぁ、これも竜生経験というやつで。
「では、一口ずつ、三人分、お願いします。幾らですか?」
「頑張って、一人、二口ずつにしな。それで、銅貨一枚だよ」
「それは、安過ぎませんか?」
「あははっ、これはそういうものなのさ。昔、飢饉があってね、飢え死にしそうになったとき、街の外の何処にでも生えていた、これーーヴィッタを食べようとしたんだけど、あんまりの不味さに、死人だって吐き出すようなものだったんだけどね。人間、追い込まれると何とかしちまうもんで、思いっ切り我慢すれば食べられる、くらいの味にはなったのさ」
「その飢饉のことを忘れないように、街の人たちは、今でもときどきヴィッタを食べている、というわけですか? はい、二人とも、あ~ん」
肝っ玉さんから受け取って、素直な二竜のお口に、ぽとっ。
僕も口に入れて、一人と二竜で、もきゅもきゅもきゅもきゅ。序でに、もきゅもきゅもきゅもきゅ。
……まだ噛み切れない。
不味い、不味い、不味いけど、何とか我慢できる程度ではある。
「骨があるのさ。十回噛んだら、飲み込むんだよ。十五回、噛んだら駄目だよ。竜だって逃げ出す不味ぅ~い汁が出てくるからね」
ごっくん。
十二回噛んだので、邪竜も逃げ出すと思うので、素直に従うことにする。然し、天の邪竜か、或いは、知的好奇心か、二竜はそのまま噛み続けて。
ぶっぱぁ。ごっくん。
「は…っみ…っ」
「…………」
いつもの不機嫌な顔が、十倍増しのフィーは、不竜な感じで盛大に吐き出して。然しもやは、リンは石瞳をきらきらさせて、繋いだ手を、もにもにもにもにと催促してくる。
「……お金は支払いますので、この竜が背負えるような袋か何かに、これ以上は入らないってくらい、ぱんぱんにヴィッタを詰め込んでください」
「……変わった子だねぇ。味覚がおかしんじゃないのかい?」
まぁ、でも、これで、向かいのお店の情報を貰う為に、代金に色を付ける必要はなくなったので、良しとしよう。
地竜の然らしめるところ、この草なのか根っ子なのか、土っぽい味を、ナトラ様同様に、リンも気に入ってしまったようだ。
まるで太陽のようだ。と言いたくなるくらい、みーを彷彿とさせる、満足愉快に夢満杯のリン。
普段怜悧な地竜の、ほくほく顔も悪くないのだが、というか、ちょっと視線が釘付けで、引き離し難いのだが、竜も投げ出す勢いで、どうにか肝っ玉さんに視線を戻す。
「予想外の恩恵に浴してしまったわけですが、もう予想は付いていると思いますが、この竜たちに着せる服はないかと尋ねたら、あのお店を紹介されたわけですが、色々とご教授ください」
「紹介されたってことは、他所の人にでも聞いたのかい? あの店、ボーデンさんがやってた仕立屋は、ここらじゃ有名な仕立物師の店だったんだけどね。三周期前に、突然畳んじまったのさ」
「その様子では、店を閉めた理由はわからず仕舞い、なのですか?」
「そうだね。皆理由を聞いたし、続けるように説得もしたんだけどね。頑として譲らなかったわ。ボーデンさんの弟子だった仕立物師が別のところで店を開いてるから、そっちに行くといいわよ」
代金を払う序でに、地図とペンを差し出して、店の場所を教えてもらう。
「あら、店には行くのかい?」
「はい。紹介されたので、一応は行ってみようと思います」
不思議そうに尋ねる肝っ玉さんに答える。
リンが言うように、御大がぼけぼけさんである可能性はあるが、なにがしかの意図があってのことかもしれないので。まぁ、どちらかというと、興味深い昔話を聞かせてくれたので、そのお返しみたいな感じで、御大に乗せられてみよう、という次第。
地面に仰向けになった僕を覗き込む地竜に、邪竜の欠片もないくらいに、虚心坦懐を越えた竜心竜壊な気分で誠心誠意ならぬ竜心竜意ぃいぃぐぅっ、
「いーっんーっ!」
って、ぐあっ、絞まる絞まる! いや、駄目っ、そのままばたばたばたんばたんっしないでっ!?
「ぅぎっ、って、暴れないでフィー! ぼかぼかは、止めて!? せめて、ぽかぽかにして!」
「もう良いです。見ていて、馬鹿らしくなってしまいました」
僕の体の上で、落ちないように器用に駄々っ竜状態だったフィーに、拳大の、真球のような、表面が滑らかな二つの石が直撃して、弾き飛ばす。
……いや、ほんと、地竜は、遠慮とか手加減とか、大地の下に埋めてきてしまったのではないだろうか。
「やっぱり、まだ街は騒がしいようですね」
「だ…か…っ」
竜にも角にも、フィーを抱っこして戻ってきてから、リンに話し掛けると。文句を言おうとした、というか、言い捲った氷竜の周囲を、二つの石がふよふよと漂って、威嚇する。
「ナトラ様の性質は、岩、に近いと言っていましたが、リンは、石、なのかな?」
「どうでしょう。そのようなことを自覚したことはありません。あったとしても、今は変質しているような気がします」
尻尾にも鱗にも、リンは落ち着いてくれたので、街道を見澄ます。そこそこ大きな地震だったが、この地方では珍しくないのか、そこまでの騒ぎにはなっていない。
街に向かって落とされた、でっか過ぎる岩は、フィーが咄嗟に作った、それなりにでっかい氷板を叩き割った。然し、氷竜は、氷板を斜めに配置したので、大岩は軌道をずらして、街から離れた森に落っこちたのだった。
フィーなのかリンなのか、「結界」か「隠蔽」を使ってくれたようで「大岩落下」事件を目撃した人はいなかったようだ。いや、「大岩氷板」事件としたほうがいいだろうか。
「それで、『千竜王』。これからどうするのでしょう」
「ん~、そうですね。急ぎということでもないですし、迂遠な方法でいきましょう。角だけを隠して、子供の振りをしてもらえますか」
「わかりました。フィフォノ、任せます」
「リンよりもフィーのほうが魔法は得意なんですか?」
「どうでしょう、それはわかりません。ただ、フィフォノは、魔法を使うのが好きなようです。ただ、少し、おかしな感じはありますが」
「それはーー、聞いてもいいことなんでしょうか?」
「らーねー」
「ああ、ごめんごめん、フィー。じゃあ、フィーに直接聞くね。フィーの得意なことと関係あるの?」
「でーもー」
「え? そうなんだ……。あとでスナやナトラ様に聞いてみよう……」
「『千竜王』は、皆が言っていた通り、意地悪だと確信しました」
「えっと、除け竜とか、そんなつもりは……。フィーは話してもいいと言っているので、フィーの特徴というか得意なことと、それに伴う弊害、ではなく不利益ーーみたいなことについて話します」
街を歩く際、抱っこでは目立つので、フィーを下ろして手を繋ぐ。然てまたもう片方の手をリンに差し出して。握ってくれるまで、地竜の機微を楽しむ、ではなく、竜の心地で待ち続ける。
「欲求」の残滓が響いているのだろうか、初対面以降は僕との接触を控えていたようだが、竜と疎遠、ではなく、余所余所しいなんて僕が許さないので、もとい我慢できないので、……ちょっと僕の心の中がおかしくなっているようだが、軸はぶれていないので、何も問題ないということで。
「『千竜王』は、卑怯です。邪竜も恥ずかしがって、塒に帰ってしまいます。『千竜王』は、ヴァレイスナとの睦み合いから、ラカールラカとの魔力感応まで、どれだけ罪深いことをしたのか、もっと真摯に反省しなくてはなりません」
これはーー、軽く考えていたわけではないけど、甘く見ていたかもしれない。
可愛くなっているリン……ではなくなくて、気恥ずかしさに戸惑う、竜ーーでなくとも、強制的に、ここまでの想いで縛ってしまったことは、もっと気に掛けなければならなかった。
リン以外の、いや、地竜以外の竜は、欲求に結構正直だったので、いやさ、これは言い訳だ、僕のほうで認識を改めないと。でも、まぁ、思い切り、というのは必要なので。
「では、説明を終えるまでに、お願いします。リンが言ったように、僕は意地悪なので、手を繋いでくれなかったら、もっと酷いことをしてしまいます。酷いことをして欲しかったら、態と手を繋がないという手もありますが……」
「…………」
「ほーんー」
「……フィーは魔法が得意です。正確には、魔法が、ではなく、魔法を使うのが、好きです。そうして魔法を使っていると、すべての属性の高等魔法を使えるようになりました。各々の竜の属性には及ばないものの、他属性では届かない領域まで到達しました。すべての属性、と言いましたが、実は、その『すべて』には、氷の属性も含まれているのです。つまり、他の属性の魔法より得意であるはずの氷の魔法、それだけでなく氷の属性まで、他属性と同程度まで威力や性能を落としてしまっていたのです。フィーは、魔法だけでなく、属性の力も、ある意味、均一に発生させることが出来るようです。ただ、『人化』した竜には効果があるでしょうが、スナのように竜に損傷を与えられるほどの威力はないようです」
リンは、中々手を繋いでくれなかったので、説明を引き延ばしていたが、そろそろ「酷いこと」の内容を考え始めないといけないかな、と頭を高速回転させようとしたところで、やはり勢いは大事なようで、しゅばっ、と竜速で僕の手をがっしりと握った。
然てこそ準備は完竜ということで、両手に竜で、木陰で薄縁を敷いて涼を取っているお爺さんに話し掛ける。
「こんにちは。僕たちも木陰にお邪魔してもよろしいですか」
「ああ、構わん構わん、入っておいで。わしのお気に入りの場所ではあるが、わしのものというわけではないからの。とはいえ、こやつは、わしが植えたものでもあるんじゃが」
お爺さんは、そう言って、孫の頭を撫でるように、立派な樹の幹を優しく摩る。
「そうなのですか? 若しや、この街に緑が多いのは、御大の仕業、いえ、尽力によるものなのでしょうか」
「いやいや、仕業、のほうで合っとるよ。もう、随分と昔になるか、わしが子供の頃、街は殺風景でな。その頃は街の人々も荒んでいて、わしの目には、その味気ない景色がいけないような気がしてならなかったのじゃ」
「ですが、木を植えるとなると、大人たちに反対されませんでしたか?」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、そりゃもう、何度となくこっ酷く叱られたわい。余計なことをするな、そんなことしてないで働け。などと口だけならまだ増しで、折角植えた木を引っこ抜く奴さえいたもんじゃ」
「それでも、諦めなかったんですね」
「不思議よのぉ。若い頃の情熱というやつは、炎竜の息吹にだって負けんもんでな、仲間たちと一緒に、大人たちが懲りるまで続けてやったのさ」
「景色が変わって、街も変わりましたか?」
「ふぉっ、ふぉっ、わしらの勲章じゃよ。変わったのではない。わしらで変えたんじゃ。わしと仲間たちだけが手にすることが出来た、今も続く、取るに足らない証しは、変わらずここにある」
お爺さんは拳を胸に当てて、強い言葉で言い切る。のだが、恥ずかしいことを言ったという自覚が芽生えたようで、好好爺然として話を逸らしてきた。
「それで、こんな老い耄れに何の用かの。昔話に付き合うてくれた礼に、この街の生き字引が何でも教えて進ぜよう」
「それでは、御大に紹介いたします。こちらはフィーで、こちらがリン。僕は、商人の父と各地を巡っている、見習いのようなもので、リシェと申します。父から言われて、親戚であるこの竜たちを引き取ってきたのです」
「ふむふむ、その服は見たことがあるな。ガリシュ村の子供たちのお下がりだの」
「さすがです御大。ですので、詳しい事情は秘密ということで。この竜たちの服を新調したいと思っているのですが、ああ、金銭の心配はないので、良いお店を紹介していただければと」
「そうかそうか、この子らは不遇、っと、立ち入ったことを聞いてはいかんな、この街の地図じゃ、持っていきなさい」
「はい。ありがとうございます」
「とーうー」
「御老体。感謝いたします」
地図に印を付けてから渡してくれる。見ると、商店街の一等地、といった感じの場所に、その店はあるようだ。
フィーやリンを御大にくっ付けて、僕以外の人間と触れ合ってもらいたいところだが、「甘噛」や他の能力について尋ねていなかったのを思い出して、そのまま木陰からお暇することにする。
一度だけ振り返る。
景色、ということなら、自然と、違和感なく溶け込んでいる御大の姿こそ、彼らにとっての、最高の証しではなかったかと。不意に、竜の国の風景と重なって。都も街もまた、生き物である。という兄さんの言葉を思い出した。
「聞き忘れていました。二竜は『甘噛』や『味覚』など、あと、属性の制御は問題ありませんか?」
「『千竜王』は、自然の法則のように嘘を吐いています」
「……はい。嘘はいけないことですね。いけないん、ですけど、嘘も方便、という言葉もありまして、事実を知ることが、必ずしも良い結果と結び付くかというと、そうでもないわけでして……」
うわぁ、そんな真っ直ぐな眼差しで見られると、心疚しい、ではなく、心苦しくなってくるのですが。フィーも便乗して僕を見てくるが、氷竜の不機嫌な顔は、慣れてしまった所為か、何だか和んでしまうので、逆効果である。
「地図を見ると、商店街、と呼べるものは二つあるようですね。この規模と、場所からして、最近発展して人手が必要になった、とかではないような気がしますが。店や商品を見ても、交易で栄えているといった感じでもないけど、活気があるのは、この街の、或いは領主がやり手なのかな?」
「『千竜王』が求める水準は問題ありません。ただ、竜と人の違い、種族的な差から、慣れる必要はあるようです」
フィーも、そしてリンも、これは会話の技術、というより経験だろうか、気にすることなく自分の都合で話しているのだが。エンさんと、あとラカもかな、経験を積んでいるので、僕のほうで合わせていれば、フィーは無理そうだが、リンは改善されていくだろう。
「地図からすると、あのお店ーーで間違いないはずなんだけど」
地図を下げて、二竜にも見えるようにする。
「人種は、周期を経ると、様々な能力が衰えると聞いています」
「はは、そうですね。でも、御大は……ん? 今、『聞いています』と言っていましたが、誰かから聞いたのですか?」
「最近、と言っても、人種からすれば、何百周期は、昔、ということになりますが、塒の前に本を置いてゆく人種の女がいました。女が言うには、竜と仲良くなる為、と言っていましたが、その女が老いて死ぬまで、十回、話をしました。着ていた服からして、女は裕福だったのでしょう。『もし、私の子孫が遣って来たら、本を返してやってください』と言っていましたが、もしかしたら、すれ違っていたかもしれません」
それはまた、上手い遣り方と言っていいだろう。実際に、竜の気を引くことが出来たのだから。
その女性の目的が気になるところだが、今は、ここで突っ立っていると、不審者まっしぐらなので、妙案でも何でもなく、普通の行動を取ることにする。
二竜を連れて、僕らの動向を見ていたであろう、向かいのお店に歩いてゆく。
「ここは……、食料品を売っているお店なのでしょうか?」
「あははっ、他所から来た人には、そう見えても仕方がないね。これは、この街の特産品ってやつでね、とはいっても美味しいものじゃないから、他所の人には勧めてないわ」
肝っ玉母さん、といった感じの三十半ばくらいの女性。性格も見た目通りといったところ。
肝っ玉さんが言うように不味いのだろう、土色の、食欲が失せるような色合いの、根っ子のようなものは、どう見ても美味しそうには見えない。
然は然り乍ら、どんな味なのか興味はあるし、二竜の「味覚」をーーいや、最初に不味いものを食べさせるのもどうかと思うが、まぁ、これも竜生経験というやつで。
「では、一口ずつ、三人分、お願いします。幾らですか?」
「頑張って、一人、二口ずつにしな。それで、銅貨一枚だよ」
「それは、安過ぎませんか?」
「あははっ、これはそういうものなのさ。昔、飢饉があってね、飢え死にしそうになったとき、街の外の何処にでも生えていた、これーーヴィッタを食べようとしたんだけど、あんまりの不味さに、死人だって吐き出すようなものだったんだけどね。人間、追い込まれると何とかしちまうもんで、思いっ切り我慢すれば食べられる、くらいの味にはなったのさ」
「その飢饉のことを忘れないように、街の人たちは、今でもときどきヴィッタを食べている、というわけですか? はい、二人とも、あ~ん」
肝っ玉さんから受け取って、素直な二竜のお口に、ぽとっ。
僕も口に入れて、一人と二竜で、もきゅもきゅもきゅもきゅ。序でに、もきゅもきゅもきゅもきゅ。
……まだ噛み切れない。
不味い、不味い、不味いけど、何とか我慢できる程度ではある。
「骨があるのさ。十回噛んだら、飲み込むんだよ。十五回、噛んだら駄目だよ。竜だって逃げ出す不味ぅ~い汁が出てくるからね」
ごっくん。
十二回噛んだので、邪竜も逃げ出すと思うので、素直に従うことにする。然し、天の邪竜か、或いは、知的好奇心か、二竜はそのまま噛み続けて。
ぶっぱぁ。ごっくん。
「は…っみ…っ」
「…………」
いつもの不機嫌な顔が、十倍増しのフィーは、不竜な感じで盛大に吐き出して。然しもやは、リンは石瞳をきらきらさせて、繋いだ手を、もにもにもにもにと催促してくる。
「……お金は支払いますので、この竜が背負えるような袋か何かに、これ以上は入らないってくらい、ぱんぱんにヴィッタを詰め込んでください」
「……変わった子だねぇ。味覚がおかしんじゃないのかい?」
まぁ、でも、これで、向かいのお店の情報を貰う為に、代金に色を付ける必要はなくなったので、良しとしよう。
地竜の然らしめるところ、この草なのか根っ子なのか、土っぽい味を、ナトラ様同様に、リンも気に入ってしまったようだ。
まるで太陽のようだ。と言いたくなるくらい、みーを彷彿とさせる、満足愉快に夢満杯のリン。
普段怜悧な地竜の、ほくほく顔も悪くないのだが、というか、ちょっと視線が釘付けで、引き離し難いのだが、竜も投げ出す勢いで、どうにか肝っ玉さんに視線を戻す。
「予想外の恩恵に浴してしまったわけですが、もう予想は付いていると思いますが、この竜たちに着せる服はないかと尋ねたら、あのお店を紹介されたわけですが、色々とご教授ください」
「紹介されたってことは、他所の人にでも聞いたのかい? あの店、ボーデンさんがやってた仕立屋は、ここらじゃ有名な仕立物師の店だったんだけどね。三周期前に、突然畳んじまったのさ」
「その様子では、店を閉めた理由はわからず仕舞い、なのですか?」
「そうだね。皆理由を聞いたし、続けるように説得もしたんだけどね。頑として譲らなかったわ。ボーデンさんの弟子だった仕立物師が別のところで店を開いてるから、そっちに行くといいわよ」
代金を払う序でに、地図とペンを差し出して、店の場所を教えてもらう。
「あら、店には行くのかい?」
「はい。紹介されたので、一応は行ってみようと思います」
不思議そうに尋ねる肝っ玉さんに答える。
リンが言うように、御大がぼけぼけさんである可能性はあるが、なにがしかの意図があってのことかもしれないので。まぁ、どちらかというと、興味深い昔話を聞かせてくれたので、そのお返しみたいな感じで、御大に乗せられてみよう、という次第。
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