竜の国の侍従長

風結

文字の大きさ
上 下
126 / 180
六章 氷竜地竜と侍従長

「踏み躙竜」事件

しおりを挟む
「……リシェ殿といると、対応力が鍛えられます」

 幸い、軽傷で済んだようだ。皮肉なのか感謝なのか、或いは両方ともか、ラカの竜頭にどかっと座って、治癒魔法中のユルシャールさん。

 魔力操作がわずかに遅れて、膝を少し擦り剥いたようだが、竜の国に来た当初なら全身を強打していただろうから、格段の進歩と言えるだろう。まぁ、本人がそれを喜んでいるかは、望んでいるかは別の話ではあるが。

「然し、危険感知能力は、あまり向上しておらんな。魔法方面に特化しているが故の弊害か」
「いえ、通常の人間は、こんな短期間では然う然う能力が跳ね上がったりなどいたしません。対応力については、慣れ、の部分が大きいと思われます」

 ラカが翼を馴染ませ始める。

 竜頭の真ん中に移動しながら皆を見ると、まだ朝早いので、眠たそうなフラン姉妹。それと、信徒が寝惚けていては百の汚点になると思っているのか、しゃっきりとしたエルタスは、いつも通りに炎竜にはべっている。

 予定より出発は早かったが、準備は整えておくよう前日に伝えておいたので、問題はなさそうだ。然てしも有らず、残りの一人なのだが、相変わらず隠し事が苦手、というか、感情の制御が下手というか、顔にでかでかと書いてある英雄王。

 ただ、直接尋ねるより、内容如何によっては、地竜を挟んでからのほうが話し易いだろうか。

「ナトラ様。何か懸念でもおありですか?」

 僕たちを強制発射させたのは、心に余裕がなかったからーーというのは、ナトラ様の表情からして、半分くらいは間違いないようだ。

「失敗したです。『遠見』に映ってしまったです」

 分析が得意で明瞭さを旨とするナトラ様だが、本当に後悔して、胸のつかえとなっているのか、言葉が足りず曖昧模糊としていたので。クリシュテナ様たちが映っていた「窓」の情景を思い起こしてみると、然したる苦労もなく答えに行き着く。

 ちらと見ると、自分が係わるよりも僕に任せたほうがいいと判じたのか、アランにもされてしまったので、毎度のことながら、誰かにとっては都合のいいかもしれない嘘を吐くことにする。

「そういえば、『窓』の向こうでは、風竜がでっかい竜の脚に踏まれてましたね」
「びゅー」
「うっ、……です」
「『ふみふみ風竜』ーーいえ、『踏み躙竜』事件としましょうか。事件を目撃したストーフグレフの民は、吃驚したかもしれませんね。あんなことをする竜とは、仲良くできない、とか思ってしまうかもしれません」
「ぴゅー。わえの所為じゃなー」
「…………」
「はは、ラカは言いたいことがあるだろうけど、実は竜になって踏んだのは、とても良い判断でした」
「……どういうこと、です?」
「『窓』で見ていたストーフグレフの民は、あの竜の脚が、誰のものであったか、わからないということです。ここで何もしなければ、あの脚がナトラ様のものであると、守護竜としてアランの近くに在るだろう竜の仕業だと思うことでしょう」
「事実なので、仕方がない……です」
「というわけで、あれは好物であった『竜の落とし物』をラカに食べられてしまって、恨みに思っていたスタイナーベルツ様がやった、ということにしましょう。それで構いませんか、スタイナーベルツ様?」
「ははっ、構わぬよ。我の守護竜が迷惑を掛けたようだが、基本的には我とは関係がない故、幾らでも責めてやってくれ」

 嘘、と言うと聞こえが悪いので、欺瞞ぎまん、とでもしておこうか、僕の創作に乗っかって、笑顔を浮かべるベルさん。

 心境の変化だろうか、常にあった陰に、光が差し込んだような、そんな印象を受けた。この流れなら、ベルさんに振ってもーー、

「であれば、主。その旨を伝える為に、一旦王城に戻りようか」

 ああ……、たぶん親切心、というか、ただの確認なのかもしれないが、理由はそれぞれにせよ、他の皆のように百も黙っていてくれれば良かったのだけど。アランが大切に想っている、民との軋轢を心配して、心揺れていたナトラ様は、気付かずにいたというのに。

 僕の好みからしても、あとから心付く、ということにしたかったのだが、うぐっ、アランのお願いを果たすことが出来なかった。

「ふふりふふり、炎竜なのですから、多くを期待するほうが間違っているのですわ、父様」
「ーーむ?」
「そこの王様は、口頭で伝えたか手紙を残したか、ナトラの為に、スタイナーベルツに確認を取らず、すでに対策を講じていたのですわ」
「ーーぬ?」

 まぁ、そういうわけである。

 失敗、というほどではないが、出来ればアランの手落ちを隠してあげたかったのだが。些細なことではあるが、何故それが起こってしまったのか、聡明な地竜は気付いてしまうから。

「ごめん、アラン。失敗した」
「ふむ。リシェが失敗したのであれば、致し方ない」

 スナがこれらの機微にうといはずはないので、愛娘が明かすことを選んだのなら、男の立場というか心情が理解できる僕がするのは、話を逸らすことだけである。

「ベルモットスタイナー殿も、何か懸念がおありですか?」

 話し難いことなのか、地竜を間に挟んでも、話し始めるまで三拍ほどの時間が必要だった。

 決意と、ーー困惑だろうか、相反するものが同居しているように見えるが。

「ーー一族に強要などできないが、我は示したいと思ったのだ。人と係わるべきではないのか、人との距離を縮めるべきではないのか、……我が元凶であったというのに、厚かましいとわかっているが、それでも我は、ーーあれからずっと、我個人というだけでなく族長の立場からも考えていたのだ」

 人と、向き合うことを。自身の内の、ぬぐうことを自らが許さなかった、呪い、と言っても過言ではない瞋恚しんいの炎を。アランの手助けがあって、どうにかベルさんに差し出すことができた。

 千周期の間、ベルさんを許さなかったのが誰であるのか、誰であったのか、彼に心付いてもらうことが出来た。

 「騒乱」では成し得なかった、僕が望んだ結果ーーん?

 何だろう、決意さんが困惑さんの後ろに隠れてしまったみたいな、そんな表情で僕を見ているのだが。余程話し難いのか、今度は十拍ほどの時間を掛けてから、族長の役目を果たす為だろうか、困惑さんを押し退けて決意さんが再び前に、屹立きつりつするのだった。

「そこで気になったのが、アレのことだ」
「アレさん、がどうかしましたか?」
「率直に聞くが、侍従長はアレを貰ってくれるのか?」
「はい?」
「っ」
「えいっ、です」

 機先を制したナトラ様は、スナの背中に飛び乗って、両腕を首に回して、合っ体っ、ではなく密着、いや、捕獲という表現のほうが正しいだろうか。

「ベルモットスタイナー殿とは向きが違いますが、後の面倒をはぶく為にも、僕もリシェ殿に言っておくことがあるです。ラカールラカ、話が終わるまでは音を超えないように飛ぶです」
「ひゅ~。わかっあ」
「……ラカールラカが素直だなんて、何か悪いものでも食べたです?」
「りえ。なおが苛めう」
「ラカも最近、周囲のことに色々と気付いてきたみたいなので、ナトラ様もラカを褒めてあげてください」
「僕が悪かったです。ラカール、っとと、はいしどうどう。ヴァレイスナ、暴れるなです」
「馬ではないですわっ、父様と同じこと言うなですわっ」

 一応言っておくと、僕と違って、ナトラ様は「はいし」を入れているので、熊扱いならぬ竜扱いはしているのだが、まぁ、今のスナには何を言っても無駄か。いやいや、暴れる氷竜に振り回されている地竜で、竜々な光景に和んでいる場合ではなく。

 皆は僕の普段の行状に、溜め込んでいたものでもあったのだろうか。聖竜に説教を喰らう邪竜のようで、何だか居た堪れないのだが。

「ベルモットスタイナー殿。続けるです」

 一連の流れは、スナにとって都合が悪かったのだろうか、ベルさんよりもナトラ様のほうに反応していたようだが。竜にも角にも、愛娘が大人しくなったので、話の腰を折られて気勢をがれたものの、何とか立て直したようで、地竜に促されて話を再開する。

「アレのあれは、軽く見えるかもしれないが、『ハイエルフ』は、人の一生の何倍もの時間を費やして、想いを紡いでゆく種族なのだ。アレは一目惚れだったようだが、『エルフ』の想いとは、千周期をけみしようと揺るぐことのない炎なのだ……」
「ベルモットスタイナー殿。その言い方では、恐らく、リシェ殿には通じないです」
「ーーと仰ると?」
「一族の者を想う気持ちはわかるです。でも、もっと全体を見て、話してみるです」
「ーーーー」

 あれ、おかしいな。何だか深刻な空気が漂っているような気がするのですが。

 僕の気の所為ならいいのだけど、ラカが知らん振りをしてしまうくらいの空気なので、というか、僕は〝目〟のはずなのに、この先の展開がまったく読めないんですけど。

「仕方があるまい。であれば我が……」
「引っ込んでろですわ、焼け木杭」
「……どんぞ氷が知らぬ、レイドレイクの『豪弓』から言い寄られよった主のあやまち、聞きとうないのか?」
「今すぐ直ちに矢庭に可及的速やかに即刻竜刻竜頭竜尾話すですわ」

 ぐぉ、炎氷が仲良し(?)だ。同じ竜眼はんがんで僕を見てくる。

 二竜が協調するのはいいことなのだが、僕を断罪するときにしか発揮されないのはどうしたものか。って、ナトラ様も便乗して、三竜眼で見るのは止めないで……ごふんっごふんっ、止めてください。

「ぴゅー? わえが串焼き食べ放題中のとき、りえはお店の中で二人で仲良くしてあ」

 ……事情を把握していないらしいラカは、事実っぽい真実を、ミニスさんのことを匂わせる発言をしてしまう。

 あ……。逢い引きデートを御破算にしたことが気に入らなかったのか、今度はギッタが、にまりと笑う。

「昨日、ラカちゃんと髪飾りを買いに行ったら、じじゅーちょーが居て、ティティス姫を愛人にしようと、見た目も愛らしいティティスちゃんの秘密を暴いてた」
「「「「「…………」」」」」
「…………」

 次から次へと出てくる疑惑に、炎氷が親友になってしまう前にりそうがげんじつになるとそれはきっとあじけないものなのです、僕は洗い浚い白状、ではなく、一連の経緯を邪竜さんも嫌がるくらいに、竜頭竜尾有竜無竜懇切竜寧に説明するのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...