竜の国の侍従長

風結

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五章 竜竜竜と侍従長

優勝者決定 さてお仕事を始めましょう

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「「「「「ーーーー」」」」」

 ーー綺麗な闘いだった。

 正統派対正統派、といったところか。少年たちが観戦しているので、それを意識してのことだろうか。

 一瞬だけ迷ったが、王妹風竜ではなく、炎竜地竜のほうに足を運ぶ。

「百と、ナトラ様。どうご覧になりますか?」
「そうさな。力や技倆というより、総合力ーー強さが上回っている、と言うべきか」
「経験の差、もあるです。戦場だけでなく、リシェ殿やベルモットスタイナー殿ーーそれに僕も鍛錬を手伝ったことがあるです。ドゥールナル殿の指導を中心とするエクリナス殿とでは、対応力に差が出るです」

 二竜がどのように考えているのか興味があるので、もう一つ尋ねてみる。

「二人の闘いは、最高峰と言っていいものだと思いますが、少年たちが手本とし、目指したとして……、えっと、何というか、その強さに憧れ、高みを目指し過ぎて、逆に弊害となるようなことはあるのでしょうか?」
「明確な目標、強さの指標として、先を見据えるのは悪いことではなかろう。己を知らば、現在地を、何が出来ぬのかを悟り、活かす道も開けよう」
「突撃と突貫の炎竜の癖に、考えが固いです。リシェ殿の前だからと、ええかっこしいは止めたほうが身の為です」
「……色落地竜いろおちりゅうっ!?」

 もう、この炎竜は。

 焼け木杭に火水準でなかがいいのかわるいのか炎地ぼっぱつしようとしていたので、地竜が破壊魔にならないよう百のほっぺたを、むにむにむにむにむにむにむにむに。

 炎に色付いた百の狼狽うろたえ様が、僕の更なる欲求を引き出して、魔法使いが仔炎竜を可愛がるしばらくおめにかかっていない姿を脳裏に浮かべながら、右手を顎の下に、左手は耳の後ろに、さわさわさわさわ……、

 からんっからんっ。

 ……僕たちのほうに、剣が転がってくる序でに、視線も遣って来たので。何事もなかったかのように、というか、何事もなく、エクリナスさんの中剣を拾っ、どげっ。

「相も変わらず、主は忘れっぽいな。主が触れなば、付与された魔法が無効化されるであろうが」

 はい。かがんだら、おけつを蹴り上げられました。

 これは無理だと、頭を前に、足と同じ側の手を内側に、自分から踏み切って、ごろりっと前転してから立ち上がると、百はまだ炎がぼうぼうだったおいかりをしずめてくださらないようです。

 柄頭がけつあなを目掛けてきていたので、百の魔力を掴んで、ぐいっと右手で引っ張ってみる。

「ぬっ?」

 ごすっ。

 右側によろけた百だが、思っていたより魔力を上手く掴めなかったようで、立て直した炎竜の手にする剣の軌道は右上にずれて、上前腸骨稜じょうぜんちょうこつりょうの辺りに直撃。

 ぐぅおぉ、魔力操作の実践練習とか甘いことを考えていた報いを受けて、というか竜罰が下って、……うぐっ、体も動かして、ちゃんとかわしておけば良かったーーと後悔しても竜の祭り炎竜の祭り。というか、結局剣を僕に触れさせてしまったわけだが。

 然てこそ僕たちがじゃれ合っていたなかよしこよしだったので、自分のほうから剣を取りに来るエクリナスさん。

 ばつが悪そうな百から、真剣に観戦していなかったのが気に入らなかったのだろうか、冷たい目で僕を見ながら受け取ると、アランに向き直って、実直に質す。

「完敗、ではあるが。手加減していたーーというより、本気を出していなかった、と言ったほうが良いのか?」
「ふむ。今、サーミスール王と闘ったのは、リシェと闘う前の私だ。リシェとの闘いで、私はまだ先に、深く潜れることを知った。この力は、未だ手懐てなずけるに至らず、消耗が激しい故、次戦の為に温存することとした」
「魔法剣の能力ちからもまた、温存したということか?」
「ふむーー」

 情報とは不利益を内包した有益な力である。

 一見すると、魔法剣の能力を秘匿するかどうかで葛藤かっとうに苦しんでいるかのように見えるが、友人、もとい親友の僕にはわかる、アランはそんなことで迷わない。

 この状況からすると、自分で話すかどうかでーー正しく伝えられる自信がないので、ユルシャールさんに任せるか思案しているのだろう。

「ユルシャールさんに任せてしまって良いと思いますよ」
「そうか、リシェが言うのなら、そうしよう」

 素直な王様である。

 素直過ぎて、遠くない未来にすべての負債が僕に圧し掛かってくるのではないかと想見してしまうくらいに、いや、この辺で有意義かもしれない妄想は止めておくとしよう。

 これ以上、未来さんに負担を強いていると、悪夢さんや現実さんと友達になって、おかしなことになってしまいそうなので。

「とのご指名がありましたので、僭越ながら私めが説明させていただきます。ご存知のことかと思いますが、ストーフグレフ国は小国でした。せっせと道を整備したり、関税や通行税等を安くしたりと、大陸中央の交易の中心として知名度はそこそこでした。特に、ユミファナトラ大河から西への中継港ーー商港として、かなり大陸に裨益ひえきしているのですが、今に至るも軽視される傾向にあります」
「そうですね。そこまで大きな視点で見ることが出来る者が少ない、というのも理由の一つですね。ストーフグレフ国と三国同盟が対峙するまでは、どちらも今より荒れていて、自国優先、その目は周辺国に向いていて、その先には届かず、して大陸全体へと至るほどの視野の広さを持ち合わせている国は少数でした」

 ユルシャールさんに押し付けることになってしまったので、〝目〟の視点から彼の補佐をすることにする。

「前王ホルス様の魔法の指南役及び友人であった私の父が、以前話してくれたことがあります。酒が入っていた、ということもありますが、このように父に愚痴ったそうです。『これだけ優遇してやっているというのに、どこまで強欲でーーそして、何であいつらあんなに偉そうなんだ!!』と」
「南北の四国は、歴史ある大国でしたからね。それと現在の周辺五国が、分裂して今の形となって脅威でなくなってから、ああ、あと安定して裕福になってから時間が経って、危機感を失って、拗らせーーではなく、増長してしまったのでしょうね」
「はい。増長した四国は、目障りなストーフグレフ国を潰そうとーー奪おうとしましたが、それを許すホルス様ではありません。そして、つとに名高いマルス様が後継とあっては手を出す隙がない。そうして歯軋りして悔しがっていたところに、美味しい愚弟えさが現れます。それが魔獣もうどくだと知らず、他の三国に後れを取るまいと、軽々に出兵いたします。結果、逆に美味しくぺろりと併合されてたべられてしまうことになります」
「魔法剣となれば、吟遊詩人に謳われます。その所有国は、ストーフグレフ国の北にあったアルタット国。ですが、彼の国は魔法剣を所有することを声高には語らなかった。若しや魔法剣を所有していないのでは? との疑惑さえ掛けられていましたが、彼らは沈黙を貫きました」
「王位は剥奪、侯爵へと降格になると、伝え聞いていなかったアルタット王は、王族の助命を請うて魔法剣を差し出してきたのですが、実は彼ら、魔法剣をアラン様に譲る気など毛頭なかったのです。それどころか、事ここに至っても小狡こずるいことを企んでいたのです」
「ああ、もしかして、アルタット国の人々、というか王族は、魔法剣を手にすることが出来なかったのでしょうか?」
「さすがは侍従長、正解でございます。アラン様も魔法剣に触れることが出来ず、『であれば仕方がありません。以後も我々が剣を封印いたしましょう』という流れにしたかったのでしょうが、ここでアラン様、彼らの期待を粉微塵にし、普通に魔法剣を掴んでしまわれました」
「それと、魔法剣に認められなかったーーつまり王の器ではないと喧伝けんでんして、失地回復を狙っていたのかもしれませんね」
「のようですね。内々にですが、魔法剣を返して欲しい、と私に打診してきました。リシェ殿が看破した企みを、その時にはアラン様から教えていただいていたので、王様の言葉を一言一句正しく伝えると、すごすごと引き下がって行かれました。ーーさて、では、ここからが魔法剣の能力に関してなのですが、アラン様、明示めいじしてしまって構わないのですよね」
「ふむ。人が通常考えるであろう魔法剣とは性質が異なる故、おかしな誤解が生じないよう、すべて話してしまって構わない」
「はい。それでは魔法剣をお借りします」

 アランから魔法剣を受け取ると、僕のほうを見て、隙間風がぴゅ~、ととっ、やばい、ラカの影響を受けてしまったようだ、って、そうではなく、

「……そうでした、リシェ殿が持つと、とってもやばいのでしたね。求知心からで申し訳ございませんが、ーー百竜様、お願いいたします」

 見回すと、百の許に。

 片膝を突いて、君主に誓いを立てるかのように、魔法剣を捧げる魔法使い。

 百は無言で手を伸ばして、そして、手を戻した。不思議そうに自分の手を見た炎竜は、もう一度手を伸ばして、同様に手は元の位置に戻った。

「これは、面白いが。竜の力を使って無理やりに、というは止めておいたほうが良いか」
「はい。百竜様、ありがとうございます。ということでアラン様、お願いします」
「ふむ。了解した。百竜様。剣を持って頂いて構いません」
「ほう。斯様なものかーー」

 アランが許可すると、今度は何事もなく魔法剣を掴み取ることが出来る。

 ぶんっぶんっと百は魔法剣を振ってみるが、何も起こらない。魔力を籠めても同様のようだ。

「所有者であるアラン様と、アラン様が許可した者ーーマルス様とカール様、とそうでした、クリシュテナ様もでした。あとは、私とパープット、そしてユミファナトラ様と百竜様が剣を持つことが出来ます。魔法剣の効果が及ぶのは、アラン様だけのようです。効果の一つは回復魔法ーーのようなものだそうです」
「ふむ。体力が回復するのだが、感覚的には、疲れを喰われているようなもので、慣れるのに二巡り必要だった」
「これが良かったのか悪かったのか、私のほうから頼まないと休んでいただけないほど、働かれてしまいました。付き合わされるこちらの身にもなれ、ってところですが、併合初期の混乱が少なくて済んだのは、紛れもなくアラン様の竜的活躍のお陰なので、文句も言えません」
「魔法剣は、剣ではあるが、戦闘の為に造られたのではなく、所有者の幸福を願って造られたのではないかと、私は思っている」
「他の効果は、確定したものではありません。アラン様は、周期より若く見られますが、魔法剣の効果で成長が緩やかになっているのではないかと推測しています。あと五周期か十周期経てば、判別可能でしょう。魔法剣を手にして以降、アラン様は風邪すら引かれたことがありません。ただ、元々魔力量が多いアラン様は、風邪など滅多に引きませんので、こちらは保留ですね。戦闘に関してなら、恐らく魔法剣の中では最低水準だと思われます。アラン様が仰ったように、所有者の幸せの為に、就中なかんずく製作者にとって大切な者の為に造られた故、悪心ある者には触れられなかった……」
「ほう。我は悪竜だと?」
「などということは勿論あろうはずもなく。恐らくは、アラン様が例外だと見るほうが適切ではないかと。アルタット王の先祖は手にすることが出来たとの記述があるようですから、血が薄れることによって所有者と認められなくなっていったのではないかと愚考する次第であります」

 然てしも有らず、魔法剣の話に聞き入っていたが、それが終われば自然と視線を集めてしまうのは仕方がないことで。いや、何のことかというと、当然、早々に試合を終えて遣って来ていた冷え冷え~な氷娘を肩車している彫像の如き老騎士のことである。

「…………」

 ひらひらの服で肩車されて、もといさせているので、あられもない娘は大腿だいたいを、股関節なんて見えませんよ、とはっきり言えるくらいではあるけど、いていないことを知っている人は結構いるので、初心うぶな少年であるところの、シアが目を逸らしてしまうくらいなので、そこら辺は察して頂けるとありがたいです。というか、カールとガルは興味なさげなのだが、周期頃の少年として、それはどうなのだろう。

 千周期の恋も冷める、なんて言葉があるけど、闘技場で変魔さんに黄色い声を送っていた女性たちに見せてあげたいくらいである。

 ……あれ? 僕って竜と戯れているとき、あんな顔はしていませんよねにんげんしっかく

「ドゥールナル卿。うちの娘と遊んでくださって、ありがとうございます」
「ランル・リシェ、気を付けるが良い。貴卿、師匠に似ておるぞ」
「それは嫌なので、ドゥールナル卿の言、しかと身と魂に刻みます」
「…………」

 僕とドゥールナル卿の思惑が一致したというのに、冷え凍え~なひゃっこいままです。

 一応進行役なので、僕が犠牲の侍従長スケープリシェーースケー・プリシェ。意外に語呂がいいかも、って、そんなことを考えている場合ではなくーーにならないといけないようなので、肩車させておきながら大人しいという、珍らかな愛娘に、むっつりな氷竜に水を向ける、もとい氷を溶かさなければならない。とか覚悟を決めていたら、冷え過ぎは良くないと思ったのか、ぶーたれた竜娘のほうから話し掛けてきてくれる。

「人間の目では追えない、反応できない速さで動いたのですわ」
「うん。でも、予測とか経験とか、そういうのもあって。僕でも、見えなくても結構どうにかなったりすることもあるから、『剣竜』とも譬えられるドゥールナル卿相手では十分ではなかったかな」
「勝手に二つ名を付けるでない。ーー経験を積まれた氷竜様には勝てぬ故、油断を誘ったあと、一撃に懸けた」
「最終試合を待たず、氷竜が倒されてしまいましたが。ドゥールナル卿、『氷竜殺し』のほうがいいですか?」
「ひゃふっ、ひゃふっ、ひゃふっ、ひゃふっ!」

 まぁ、そういうわけである。

 氷竜の油断か、或いは予測を超えたドゥールナル卿の、人の限界を見極めるかのような魂の一撃が、竜の力と感覚を潜り抜けて、到達した。

「…………」
「ひゃぶ~、ひゃぶ~」
「可哀想だから、ではなく、最終試合を始めるから、頭を叩いたり髪の毛を引っ張ったりするのは止めようね」
「わかってますわ。ちょっと拗ねていただけなのですから、父様はもっときちんと娘をなだすかすのですわ」

 座った状態から、反動をつけて、ぴょんっと跳び上がると、ドゥールナル卿の頭を越えて、たしっと上品な着地。

 目を閉じて、ひらひらの内側を見なかった戦士は、紳士でもあるようだ。然てまた雰囲気が変わったのがわかる。

 一言で言えば、魔力の流れが、こわくてこわい。

 「騒乱」を想起させられる。僕にとっては、自分の力だけでは及ばなかった恐怖のーー乗り越えなければならない苦い記憶。

 空気が薄い。勘違いだとわかっていても呼吸が早くなる。それを自覚した上でじ伏せる。

 ふぅ、まったく人というは儘ならないものだ。

 心を穿った傷は、見えなくとも、後々までじくじくと痛み続ける。今は立っていられる。然し、何万、何十万ものおびただしい死者が出ていたなら、僕は今、立っていられただろうか。

 現実を糊塗したかのような悪夢として、幾度か飛び起きる破目になった。

 ああ、そうだった、悪夢に怯えることがなくなったのはーー。

 僕は、感謝と愛しさを籠めて、すとんっと落ちてきた心のままに、そっと手を差し出す。

 皆は、中央に歩いていくアランとドゥールナル卿を見ていたから。

 氷竜が躊躇い勝ちに、怖ず怖ずと手を伸ばしてきても、じっと待っていることが出来た。あれ? 意味が重複しているかな、などと考えている内に、懐かしいと思える、ほんのりの冷たさが加わったので、優しく包み込む。

「それでは、最終試合を開始いたします! 冠絶たる荒魂ーーととっ、アラン、何かあるのかな?」
「ふむ。先に言っておこうと思ってな」

 気を取り直して壮大な口上を、と思ったら、王様が僕を見ていたので尋ねてみると、せんする内容の過激さとは裏腹に、淡々と語ってゆく。

「リシェと試合しあったあと、鍛錬を続けて。昨日、二撃ふたうちを越えて三撃みうちまでなら可能であるとの手応えを得た。その先に、更に深くに、片足が掛かっている自覚はあるが、まだ届かない。故に、三撃ーーそれが今の私のすべてだ」

 正直なところ、止めたい。

 上達というより進化し過ぎというか、そういうことは措いておいて。僕との闘いで放たれた、ベルさんに振るわれた、ついの一撃。

 あの一撃ひとうちですら体に掛かる負担は相当なものだった。慣れなのかどうなのか、三撃までなら耐えられるということなのだろうが、アランなら見当違いということはないのだろうがーーでも、無理だろうなぁ。

 所詮しょせん僕は戦士ではないのにせものなので、共有できない。防御が得意と言っても、アランと闘えたのは、僕の特性と折れない剣があったからだ。卑下する必要はないのだろうが、それでも、資格なく同じ場に立ってしまったというしこりを消し去ることは出来ない。

 鬼気ならぬ竜気か、もう言葉を必要としなくなった二人の邪魔をしないようにと、軽く手を握って、スナに開始の合図を……ぅへ?

「ていやっ、ですわ」

 スナが空いた左手を挙げて、ぶんっ。

 いつの間にか、上空にぷかぷかと浮かんでいた、とても、とてもでっかい氷玉が、ぽいっ、と投げ捨てられて、そのままだと竜の都が大変なことになりかいめつしそうだったので、ナトラ様に目線で懇願すると、とてもでっかい岩が何処からともなく飛んできて、ぎゃりぃぃぃぃん、と氷玉を壊して翠緑宮の周辺の、南側の森に落っこちて、今日も元気に破壊魔の地竜様は、樹々を薙ぎ倒されてしまいました。

 きぃぃぃぃ。

 鋭い、引き裂くかのような音だった。

 外側の「結界」を、濡れた紙のように容易く破ると、内側の「結界」と魔法剣が火花を、いや、氷花を散らす。

「カール様。シア様。ガル。ーー見えましたか、いえ、わかりましたか?」
「「「…………」」」

 一瞬の、激闘に釘付けで、少年たちから応えはなかったので、残りの、竜以外に尋ねる。

「カレンとエルナース様。それとエクリナス様。如何でしたか?」
「おいっ、ランル・リシェ! 僕のことを呼び忘れているぞ!」
「……で?」
「ふんっ。ーー二撃目だった、ということしかわからない」

 それがわかるだけでも十分である。

 褒めたくはないが褒めて、いや、やっぱり褒めたら負けのような気がするので、軽く頷いておくに止める。師であるドゥールナル卿が敗れても、粛々しゅくしゅくと受け容れているようなので、まぁ、対応としてはこの辺りが妥当だろう。

 二人が戻ってくると、エルナース様は満面の笑みと言葉しゅくふくで、自身の不甲斐なさに悔いているらしいドゥールナル卿の表情を緩めることに成功する。

「ドゥールナルが~、ぎりりっ、と歯を食いしばったところっ、格好良かったのさ!」
「剣ではなく人を捉えるところは、さすが良い目をなさっておる」
「ドゥールナル、褒め過ぎだ。それでなくともエルナースは調子に乗るのだから……」
「わかってないな~、兄様! 可愛い妹は、褒めて伸ばすのが兄の義務ってやつなんだよんっ!」

 魔法使いということで、感想を求めなかったのだが、発言しないカレンをおもんぱかったのか、ユルシャールさんが水竜を向かわせると、何故かぎっと上司ぼくを睨み付ける少女ぶか

「私には、決着の際の音しか聞こえませんでしたが、カレン殿は如何でしたか?」
「……ランル・リシェ。先程からの、あなたの口振り。すべて見えていたのですか?」
「えっと、それは何というか、ちょっとずるをしたみたいなことになってしまって。無意識だったんだけど、よく見ようとした所為か、スナの魔力が僕の目に集まったみたいで……、アランが一撃目の反動で回転して下から、更に軌道を変えて氷剣と交差するところまで、はい、見えてしまいました。あ、今回のは運が良かっただけで、意識してでは、まだ出来ないと思います」
「目に魔力を集めるーーですか」
「そこの小娘。止めておくが良いですわ。魔力を一所ひとところに集中すると、確かに機能やら能力やらは増しますわ。ですが、かたよりを繰り返せば、良くて均衡を崩すことになり、悪ければ魔力回路がずたずたになって、様々な弊害を引き起こすのですわ。やるな、とは言わないのですわ。ただ、やるのであれば、然るべき対策を施してからやるのですわ」
「えっと、ごめんなさい。然るべき対策も何もなく、やってしまいました」
「主よ。未だ自覚がないと見える。主が魔力で、竜の魔力でどうなるはずもなし。主に底はない。出来ることをすべてしたとて、未だ不十分なのだ」

 ばちばちばちばち、と音が聞こえてきそうな炎と氷にりゅう

 「千竜王ぼく」の取り扱いについては、未だ平行線のようだ。ユルシャールさんを始め、幾人かスナの話を詳しく聞きたそうな様子だったが、先ずは大会を終わらせてしまおう。

 竜にも角にも、お待ちかね(?)の賞品の贈呈である。カップは用意されていないようなので、竜饅の焼き印のようなスナ印を刻印して、後ほど渡すとしよう。

 促されてスナ箱の前に立ったアランは、ごそっ、と手を突っ込んで、遅疑逡巡ちぎしゅんじゅんとは無縁に、ずぼっと引き抜いた。

「小盾? 何だか僕の壊れない盾に似ている気がするけど、スナ、どんな効果、というか特徴があるのかな?」
「実践したほうが早いですわね。盾に魔力を纏わせるですわ」

 アランが構えると、スナは拳大の小さな「氷球」を放つ。

 ごんっ、と鈍い音がするかと思ったら、ふぉんっ、と吸い込まれるように消滅してしまった。僕にも見えたということは、単純な魔法ではなく、竜の力、魔力を混ぜたものなのかもしれない。

「感覚は掴んだですわ?」
「ふむ。『氷球』が触れたあと、もっと拡げられるような感触だったがーー」
「あらま、さすが父様の親友を名乗るだけのことはありますわ。なら次、ちょっと弱めですが、この規模の魔法を取り込んでみるのですわ」

 スナにとっては、弱め、なのかもしれないが、一射で家を破壊できそうな「氷柱」が顕現けんげんして、愛娘の嗜好なのか、いや、心の乱れを誘う為なのかもしれない、きゅるるんっ、と高速回転を始めて、ただでさえとんがった先端が寒々しいのに、もはや凍て付くような凶悪さである。

 あんな小盾一帖いちじょうでどうにかなるとは思えないが、スナ盾に微塵の疑いも抱いていないのか、悠久の大地のようにどっしりと構えているアラン。

 合図も何もなしに放たれた「氷柱」は、先の焼き増しと思えるくらいに、あっさりと盾に取り込まれてしまった。

「悪くないですわね。熟達すれば、『吹雪』のような広範囲の魔法であろうと、盾とその周辺を護ることが出来るようになるーーはずですわ」
「これも、完成品じゃない、とか?」
「少量しか魔力を取り込めないのですわ。精々『氷絶』三発分というところですわ」

 いや、スナから、竜からしたら少量なのかもしれないが、人間水準から言ったら、十分に過剰だろう。

「盾を下に向けて、ぽんぽんと後ろから叩くですわ」

 スナの言葉に従って、アランがぽんぽんすると、小盾から魔力がぼたぼたと落ちていった。

 もったいない、とか思ってしまうのは、貧乏性なのか吝嗇家りんしょくかなのか、或いはスナの魔力が捨てられることに耐えられない親の愛情だからなのか。

 僕とは違った視点で世界に還っていく魔力を凝視していた魔法使いは、顎に手を当てながら質す。

「取り込んだ魔力を利用することは出来ないのでしょうか?」
「そこが難しいところですわ。二つの機能、この場合は性質と言っても良いですわね、成り立たせるには思った以上に手間が掛かるのですわ」
「そうなると、盾で取り込み、指輪で移し、剣で使う、といったように、複数の魔法具を用いるのが現実的でしょうか?」
「ーー面白い発想ですわね。三つに分けなくても、一つの中に独立した三つを……」
「は~い、スナ。それは後でね。スナちゃん盾……」
「氷盾」
「……氷盾について、他にあるのなら言っておかないと」
「あとは、通常の盾としては使えないものになっていますわ。斧で十回叩けば壊れるような、貧弱なものですわ」

 こちらも、竜基準なら貧弱なのだろうが、普通に使えそうである。魔力を纏った攻撃の、魔力だけを取り込めるなら、使い道も広くなりそうだ。

「それでは、ナトラ様。人除けの『結界』を解いていただけますか」
「そんなものは張っていないです」
「え……、スナ?」
「人為的な通行止めですわ」

 何のことかと思ったら、階段のある場所から、にょきっと生首が二つーーではなく、オルエルさんとザーツネルさんが顔を出した。あー、人為的って、彼らが気を利かせて、屋上を一時閉鎖してくれていたのか。

「エルナース殿。ラカールラカが起きたら、こう言っておいてくれです。『結界』が破れた箇所があったら、そこに向かって息吹を吐くですーーと。それ以外は期待しないから、きちんとやれですーーも追加です」
「わかった~っ、じゃあー、伝言のお礼は先払いで貰っておくよ!」
「は? ですぅ!?」

 ずたたっと走り寄ったエルナースさんは、ラカを上に抛って、ナトラ様をぎゅ~と堪能すると、魔力を纏っているようだ、地竜をぽいっ、そして風竜をぽすっ。

 ぽいっとされてしまったナトラ様は、ゆくりない事態に「浮遊」が間に合わなかったようで、ぽすんっ。

「…………」
「アランは、ユルシャールさんの魔力が枯渇こかつするまで、氷盾の鍛錬ということでいいのかな?」
「今、何やら酷いことを言われたような気がするのですが」
「ふむ。パープットが居ない所為か、ここのところユルシャールを扱き使うことになってしまったので、魔力を搾り取ったあとは、竜書庫へ連れて行って休ませるとしよう」
「…………」
「私の魔力が使われることは決定事項なのですね……」

 がしっ。がしっ。

「それ、そろそろ『結界』の強化に向かうぞ」
「「…………」」

 百は、僕と手を繋いていたスナの腕を掴んで、同じくアランに寄り掛かるようにくっ付いていたナトラ様の腕を取って、無言の二竜を伴って北へ飛んで行く。

 北、ということは、竜の国の中心で「結界」の構築や監視を行うのかもしれない。

 手をにぎにぎっとしてみると、物足りない、心にまで届く寂しい隙間が。竜たちみんなには、ラカーーと僕の「千風事件」の尻拭いを押し付けることになってしまったのだから、我慢が我慢でがまがんまたえしのぶべし

 竜にも角にも、アランとの接触でかちんこちんだったナトラ様が忘れていった袋を王様に渡す。

「これは土竜茶です。ナトラ様が気に入られて買い集めたものですので、預かっておいてください」
「ふむ。任された」
「シア、あちらでやるぞ」
「わかった」

 大会の熱闘に触発されて居ても立っても居られなくなったのか、少年たちが連れ立ってーーと思ったら、ガルは残るようだ。カレンに何か言われたのかもしれない。

「カレン。エクリナス様たちの案内はカレンがやることになっているのかな?」
「それも一考しましたが、侍従長にしか出来ない仕事が山をなしています。クル様にお願いしようかと思っています」

 あー、そうでしたねー、一巡りも通常業務から離れていたので。以前遣っていたことだというのに、どうしてこんなに気が重いのだろう。

 竜の国の秘密に精通した人間は少ないので、老師に任せられないのなら、クーさんをすぐったのは必然というべきか。

「ガル。あなたは今日一日、侍従長の後ろで見ていなさい。見る、という行為は、人が思うより大きな効果を齎すことがあります。何をしているのか、どうしてそうなるのか、それはわからなくても構いません。ずっと付いて回って、侍従長のふざけた行為を目にしておくのです」
「はい。わか、りました」
「えっと、カレン、邪竜戯ふざけたって……」
「たわけた、でも構いませんがーーランル・リシェ。別にあなたを非難しているわけではありません。あなたに仕込んだのはアルンさんです。責任の所在は明らかにしないといけません。私が求めているのは別のことです。好い加減、アルンさんの呪縛に囚われていないでーー兄に与えられたものの中で心弛こころゆるびなどしていないで、真っ当な道に立ち返りなさい」

 部下ぼくを叱る上司カレン、もとい部下しょうじょに叱られる上司しょうねん

 亡き妹のーースースィア様の面影がある少女を見て、追憶が沸き上がったのか、目元を湿らせながらこくりこくりと頷くドゥールナル卿。

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 うん、真面目な二人ならお似合いだろう。とすると、カレンが案内役をできないようにしてしまった僕は、二人の邪魔をしてしまったということに……、うぐっ、お邪魔竜で、ちょっと心が痛いです。

 然のみやは僕が逃げ出しても、仕事は逃げ出してくれないので、明日と明後日と、なるべく休息が取れるよう、いっちょ気合いを入れてやってみますか! と三体ほど仔炎竜を背負ってみるも、さすがに三竜だと重かったのか、階段へと向かう足取りは、とほほなものでしたとさ。
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