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三章 風竜地竜と侍従長
嘗て奴隷は自由を求めて戦った
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実際にやってみなければわからない、ということは意外に多い。
スナですらそうだったのだから、百竜に一つ二つ、三つ四つ、五つ六つ、いや、このくらいで止めておこう。
荷物は尻尾に括り付けた。
均衡を保ったり転舵、ではなく転竜、いや、転翼? あー、もう普通でいいや、方向転換の際にも、こちらは無意識のようだが、勢いを付ける為などに振られたりする。
なので、尻尾から両腕に変更された。
実は、竜に乗るのは大変だった。スナは自分で、みーはコウさんが、「結界」を始め、様々な魔法で配慮を行っていた。
翼を羽ばたく際の上下動、吹き付ける風、竜の姿であるが為の属性の発露の抑制、重力、急な動作ーーなどなど、一つ一つ問題点を潰して、やっとこ普通に飛ぶことが出来るようになったのであった。
これは百竜を責めるのは可哀想か。自分の頭の上に、小人が乗っているところを想像して欲しい。これで普段通りに動ける人間なんてそうはいないだろう。魔法や魔力で補うとしても、常に気を配っていなければならない。
然てこそ竜の国を囲う山脈を越えてしまったが、必要な措置であったと諦める。
「竜の絶景は如何ですか?」
進行方向に静かな眼差しを投げ掛けるベルさんの右側に、角に手を当てながら並ぶ。
左側にはアランが。後ろでは、まだ百竜が信用できないのか、フラン姉妹ががっちりと角に掴まっている。
ユルシャールさんとエルタスの姿はない。七人では手狭だったので、変魔さんは王の配下であることを理由に、エルタスは百竜の命で、荷物と一緒に竜腕に括り付けられることに相成ったのであった。
今頃、魔法談義に花を咲かせている……といいな。
「…………」
「…………」
何だろう、まだ何もしていないはずなのに、みーのおやつをスナに渡した犯人を目撃したかのような、悪感情の籠もった目を向けられているのだが。
いや、初見での僕の、侍従長の印象はといえば、ああ、上から目線で語ったり心情を吐露させたりと、決していいものではなかった、ような気も。
「絶大なる魔力と気配ーー翠緑王がいた故、竜の国に精霊は近付けなかった。今も、我らに、精霊たちは近寄ろうとしない」
「……それは、僕の所為であると?」
「そなたからは魔力を一切感じない。然し、精霊が近付かないとするなら、それだけではないのだろう。精霊への呼び掛けは届かず、従って精霊魔法も行使できない」
「…………」
精霊は「千竜王」の所為で近付けないだけで、嫌われているわけではない、と信じたい。
東域で精霊魔法が必要になったときには、遠くまで離れなければいけないようだ。精霊魔法がどういうものか見てみたかったのだが、いや、たぶん見えないんだろうけど、まぁ、残念ではある。
殆どの人間は精霊が見えないらしいから、反応を確かめたかったのだが。
「人の国には、『奴隷』は居ないのだな」
同盟国の上空ーークラバリッタ国とサーミスール国の国境付近だろうか。まだ気温は高く、水蒸気の量が関係しているのだろうか、未だユミファナトラ大河は見えてこない。
人が席巻した地を眼下に望んで、ベルさんは独り言のように、微風に問いを乗せる。
「ふむ。『どれい』とは聞いたことのない言葉だ。リシェはーー知っているようだ」
「これも『亜人戦争』に関連したことですね。奴隷とは、如何様にもできる私有財産、と言ったところでしょうか。すべての権利を奪われ、主に労働に従事させられ、所有者に反抗すれば当然命は、と言いたいところですが、先に言ったように奴隷は財産です」
「自由には扱えたが、一定の規則や慣習などがあったということか」
「はい。『亜人戦争』で奴隷は戦いに駆り出されました。勝利後の自由を約束された彼らは、劣勢を跳ね返す為の起爆剤となったようです。然し、戦いで彼らがどう扱われたのかは言わずもがなのことでしょう。生き残った者はいなかったようです。人類はそこから反攻に転じますが、慢性的に人手不足でした。要は、奴隷のような判断能力がない人々を所有する余裕がなかった、ということです。戦争が終結したあとも、人手不足は続き、やがて聖語時代を迎えることになりますが。下位語を用いる人々は、聖語使いの恩恵、おこぼれを与えられ、それなりに余裕があった彼らが、奴隷制を復活させることはありませんでした」
聖語時代以前に廃れた制度だけに、アランが知らなくても無理からぬこと。現在でも似たような境遇に置かれる者はあるが、それが国単位で行われることはない。
実を言うと、これには〝サイカ〟が係わっている。里で奴隷について教えられ、そのような兆候があった場合には然るべき対処を行う、ことを推奨されている。
まぁ、僕が知っていたのも、斯かる理由に因るわけだが。
うぐぐっ、アランの信用というか信頼が心にずしりとくる。
見ると、やはり本筋ではなかったようだ、先程までとは違って、表情に重く苦いものが重ねられる。
これが本命なのだろうか、ベルさんが質してくる。
スナですらそうだったのだから、百竜に一つ二つ、三つ四つ、五つ六つ、いや、このくらいで止めておこう。
荷物は尻尾に括り付けた。
均衡を保ったり転舵、ではなく転竜、いや、転翼? あー、もう普通でいいや、方向転換の際にも、こちらは無意識のようだが、勢いを付ける為などに振られたりする。
なので、尻尾から両腕に変更された。
実は、竜に乗るのは大変だった。スナは自分で、みーはコウさんが、「結界」を始め、様々な魔法で配慮を行っていた。
翼を羽ばたく際の上下動、吹き付ける風、竜の姿であるが為の属性の発露の抑制、重力、急な動作ーーなどなど、一つ一つ問題点を潰して、やっとこ普通に飛ぶことが出来るようになったのであった。
これは百竜を責めるのは可哀想か。自分の頭の上に、小人が乗っているところを想像して欲しい。これで普段通りに動ける人間なんてそうはいないだろう。魔法や魔力で補うとしても、常に気を配っていなければならない。
然てこそ竜の国を囲う山脈を越えてしまったが、必要な措置であったと諦める。
「竜の絶景は如何ですか?」
進行方向に静かな眼差しを投げ掛けるベルさんの右側に、角に手を当てながら並ぶ。
左側にはアランが。後ろでは、まだ百竜が信用できないのか、フラン姉妹ががっちりと角に掴まっている。
ユルシャールさんとエルタスの姿はない。七人では手狭だったので、変魔さんは王の配下であることを理由に、エルタスは百竜の命で、荷物と一緒に竜腕に括り付けられることに相成ったのであった。
今頃、魔法談義に花を咲かせている……といいな。
「…………」
「…………」
何だろう、まだ何もしていないはずなのに、みーのおやつをスナに渡した犯人を目撃したかのような、悪感情の籠もった目を向けられているのだが。
いや、初見での僕の、侍従長の印象はといえば、ああ、上から目線で語ったり心情を吐露させたりと、決していいものではなかった、ような気も。
「絶大なる魔力と気配ーー翠緑王がいた故、竜の国に精霊は近付けなかった。今も、我らに、精霊たちは近寄ろうとしない」
「……それは、僕の所為であると?」
「そなたからは魔力を一切感じない。然し、精霊が近付かないとするなら、それだけではないのだろう。精霊への呼び掛けは届かず、従って精霊魔法も行使できない」
「…………」
精霊は「千竜王」の所為で近付けないだけで、嫌われているわけではない、と信じたい。
東域で精霊魔法が必要になったときには、遠くまで離れなければいけないようだ。精霊魔法がどういうものか見てみたかったのだが、いや、たぶん見えないんだろうけど、まぁ、残念ではある。
殆どの人間は精霊が見えないらしいから、反応を確かめたかったのだが。
「人の国には、『奴隷』は居ないのだな」
同盟国の上空ーークラバリッタ国とサーミスール国の国境付近だろうか。まだ気温は高く、水蒸気の量が関係しているのだろうか、未だユミファナトラ大河は見えてこない。
人が席巻した地を眼下に望んで、ベルさんは独り言のように、微風に問いを乗せる。
「ふむ。『どれい』とは聞いたことのない言葉だ。リシェはーー知っているようだ」
「これも『亜人戦争』に関連したことですね。奴隷とは、如何様にもできる私有財産、と言ったところでしょうか。すべての権利を奪われ、主に労働に従事させられ、所有者に反抗すれば当然命は、と言いたいところですが、先に言ったように奴隷は財産です」
「自由には扱えたが、一定の規則や慣習などがあったということか」
「はい。『亜人戦争』で奴隷は戦いに駆り出されました。勝利後の自由を約束された彼らは、劣勢を跳ね返す為の起爆剤となったようです。然し、戦いで彼らがどう扱われたのかは言わずもがなのことでしょう。生き残った者はいなかったようです。人類はそこから反攻に転じますが、慢性的に人手不足でした。要は、奴隷のような判断能力がない人々を所有する余裕がなかった、ということです。戦争が終結したあとも、人手不足は続き、やがて聖語時代を迎えることになりますが。下位語を用いる人々は、聖語使いの恩恵、おこぼれを与えられ、それなりに余裕があった彼らが、奴隷制を復活させることはありませんでした」
聖語時代以前に廃れた制度だけに、アランが知らなくても無理からぬこと。現在でも似たような境遇に置かれる者はあるが、それが国単位で行われることはない。
実を言うと、これには〝サイカ〟が係わっている。里で奴隷について教えられ、そのような兆候があった場合には然るべき対処を行う、ことを推奨されている。
まぁ、僕が知っていたのも、斯かる理由に因るわけだが。
うぐぐっ、アランの信用というか信頼が心にずしりとくる。
見ると、やはり本筋ではなかったようだ、先程までとは違って、表情に重く苦いものが重ねられる。
これが本命なのだろうか、ベルさんが質してくる。
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