竜の庵の聖語使い

風結

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プロローグ

地竜イオラングリディア

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 それは、ラン・ティノの人生の始まりでした。
 世界が色づいた瞬間。
 ティノに、生きる意味が生まれました。

 奪われました。
 その、存在ごと。
 心も魂も、彼女に捧げました。

 笑っていたわけではありません。
 どちらかと言えば、冷たい表情。
 でも、彼女が優しい人だということが、ティノにはわかりました。

 人、と言いましたが、人間ではないようです。
 彼女には短い角が、四本生えていました。
 彼女は、ーー竜。
 この世界の神秘にして、触れてはならない禁忌。
 でも、そんなことよりも何よりも、彼女がこの世界に存在してくれていることに、ティノは幸せを感じました。

 ーー運命。
 ティノは、信じて疑いません。
 それは絶対。
 失えば、ティノが生きている意味もなくなります。

 言葉では説明できません。
 見た瞬間に、ーー奪われ、与えられたのです。
 何もないようで、すべてがそこにある。
 彼女という、心が芽生え、育まれるような温かさに。
 何も、かも。

 ティノは、今なら言えます。
 幼い頃に得た宝物に、答えを見つけました。
 恋心、とか、愛、とか。
 そんな、あやふやなものではありません。

 「魂の半分ベターハーフ」、いえ、「魂のすべてベターオール」。
 分かつことのかなわないもの。
 そう、二つではなく、一つなのです。

 あの邂逅わくらばから十一周期。
 ティノは、十五歳になりました。

 残念なことに、身長で彼女に追いついていません。
 この世代の男子の平均より低いことが、ティノの劣等感コンプレックス
 本来なら、そのような劣等感など、ティノは抱かないのですが。

 地竜イオラングリディア。
 彼女の存在が、ティノを導きつつも惑わせます。

 あの邂逅キセキ
 もう一度、と希求ききゅうすると同時に、ティノは及び腰にもなっています。
 彼女の隣にーー並んで歩いてゆくのに、相応しいかどうか。

 そんなことで悩んでいる、普通の少年。
 ティノの物語うんめいは。
 もう一つの邂逅そうぐうから転げ落ちて、いえ、巡ってゆきます。

 のちに「聖語時代」と呼称されることになる時代で、「二人目の天才」ととなえられることになるラン・ティノ。
 彼が表舞台にでてゆくことになった、もといでてゆくことになってしまった、切っかけとなる物語を。
 それでは、語ってゆきましょう。
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