めぐる風の星唄

風結

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炎の凪唄

ベルニナ・ユル・ビュジエ 16

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 ーー恥ずかしい!
 ネーラさんの、ふあふあに隠れてしまいたかった。
 喜びとも違う、不思議な感情に満たされた、あたしは、反射的に。
 名前を呼ばれたので、うっかり返事をしてしまった。
「っ!?」
 でも、それどころじゃないわ!
 ラクンさんが吹き飛ばされる。
 ーー頭を、強かに打ちつけてしまった。
 自分が傷ついたわけでもないのに、胸に、引き裂かれるような痛みが走る。
 呼吸がし辛く、喉が渇いて、粘着性の液体から這い上がろうとしたところでーー。
「……?」
 人猫セドゥヌムーーボルネアが、体につけた両手を、何度も外側に向かって、ばっさばっさと広げていた。
 逆に、犬人ウンターーーオルタンスは、胸の前に持ち上げた両手を水平にして、ぐい~と下げる動作をした。
「何…かしら?」
 と、そこで思い出す。
 ーー二人の、「魅了」。
 「魔雄の遺産」やマウマウ山のときと違って、今の二人の魔力は。
 魔力の中に、魔力が秘められているような、ーーまるで輝く宝石のような純度の、途轍もない魔力量を有していた。
 そこで、気づく。
 以前から、不思議に思っていたことの、一つに、答えが出る。
 ラクンさんと、あの青年の、魔力量。
 ラクンさんの魔力は、概ね一定で、そして、あの青年の魔力は、その都度、変化していた。
 ーー相手に魔力量を知られないように、偽装していたのね。
 青年からは、魔力が一切、感じ取れない。
 ーーラクンさんは。
 魔器か何かを使用しているのかもしれない。
 魔力を失っているはずなのに、市井人より強い程度の、魔力量。
 明らかに、おかしい。
 「英雄たちの行進ヒロイックマーチャー」や、魔法陣を使ったときも、魔力量が一定だったのが、その証拠。
 それから、ーーイオアニス。
 本人も言っていた通り、そこまで魔力量は多くない。
 彼女たちに比べれば、微々たるもの。
 でも、見るべきところは、そこじゃない。
 ーー風、なのかしら?
 イオアニスは、風の魔法を得意としているみたいだった。
 ラクンさんが来てくれたーーそのことに胸が一杯になってしまって。
 気づけなかったけれど。
 イオアニスは、薄い魔力の層で、体を覆っていた。
 ーー攻防一体。
 使い慣れていないのか、攻撃魔法は、たどたどしかったけれど。
 青年が言ったように、技術的には、高位の魔法使いと言って、差し支えない。
 ーーでも。
 「神才」と謳われた、ラクンさんが、そんな単純な戦法を、見逃すとは思えない。
 きっと。
 あたしがわからないだけで、ラクンさんとイオアニスの間で、高度な駆け引きがあったのかもしれない。
「……っ」
 こんなときだというのに、また、体が熱くなってしまう。
 「ベルニナにせもの」の裸身を見られるよりも、名前を呼ばれたことが、嬉しくて、恥ずかしくて、居た堪れない気持ちになってしまう。
 くぅぅ、駄目よ、あたし!
 体の熱をどうにかするのは、半ば諦めて、あたしは、無理やり頭を回転させる。
 イオアニスは、「魔盗カフナ」と言っていた。
 ーー透明な炎。
 まるで、すべての魔力いろを、消し去ってしまったかのような、魔法の神カナロア祝福ギフト
 魔力を喪って尚、輝き続ける、その、圧倒的なーー才。
「残念でしたね、ラクンさん。課題は達成したのに、結果は、伴いませんでした」
 怒りが湧いた。
 羞恥心に因る炎など、跡形もなく消し飛んで、激情ごうえんが燃え上がる。
 楽し気に、笑っている。
 魔力を喪った、ラクンさんが、一人で闘っていたというのに。
 ーーまるで、他人事。
「『魔盗』とは、恐れ入る。良いものを見せてもらった」
「はは、それは早とちりです。ラクンさんは、魔法が使えません。であれば、それは『魔盗』ではなくーー」
「なるほど。対魔法使い用のーー。そういうことか」
「ええ、そういうことです」
 どういうことなの?
「…………」
 二人だけで、勝手に納得してしまった。
 説明は、ーーしてくれないらしい。
 ーーいけ好かないわね。
 底意地の悪さが、二人の言行にも、滲み出ていた。
 ーー薄汚れたいじわるな、魂の持ち主たち。
 少しは、ラクンさんの純真とうめいな魂に、触れてみればじょうかされればいいのに。
「あ……」
 そこで気づいて、人猫と犬人を見てみると。
 すい~と、顔を逸らされた。
 どうやら、彼女たちも、理解していないどうるいみたいね。
「どうやら、は、ないようですね」
「ほう? そちらの男に、依頼か何かをされたのか? 確かに、お主なら、完成間近のこれを、操作することは能うかもしれん」
「ですが、それもラクンさん次第です。イオアニス様の研究の成果を見届けるも、また一興、と言ったところでしょうか」
「言いよるわ。だが、ーーこれまで考えもしなかったが、おのれの成果を誰かに見せるというのも、案外悪くないものだ」
 またぞろ、二人の間で、よくわからない会話が交わされる。
「ーーっ!!」
 っ……。
 穿つ、……なんて、そんな生易しいものじゃない。
 ラクンさんに対する、青年の、軽薄な態度で生じた、豪炎いかりが、舞い散らされる。
 否定ーーでもない、消し去られるような、ひたりひたりと、塗り潰まっしょうされる。
 ーー青年が、顔をこちらに向けて、あたしを、見た。
「…………」
 穢れたものを見るような、蔑視を向けられたほうが、まだ増しだった。
 ーー今回で、二度目。
 慣れる、なんてことはなくて。
 逆に、以前より恐怖が増す。
 ほのおが弱まっていく。
 青年は、「あたし」も「ベルニナ」も、見ていない。
 許容されていないのか、存在自体を認められていないのか。
 人種アオスタにーー。
「ーーーー」
 ーーわからない。
 それ以上は、わからないけれど。
 ラクンさんが、青年と一緒にいるのは、それが理由じゃないかと。
 不思議と、思ってしまった。
「ラクンさんは、ベルニナさんを、助けに来ました。助けられるか、助けられないか、ーー僕にとって、それは重要ではありません。何故、助けたいと思ったのか、そんなことをして何の意味があるのか、彼はきっと、僕に見せてくれると思います」
 青年は、もう、あたしを、見ていなかった。
「……っ」
 青年の、続く言葉を、あたしはもう、聞いていなかった。
 喜びに沈めて。
 これまで。
 目を逸らしていたことに、向き合うことにする。
 ーーラクンさんは、本当に、あたしを、助けに来てくれたの?
 「魔雄の遺産」で係わったことがあるだけの、あたしをーー。
 あたしの、何かが、彼の心に、残ったのかもしれない。
 ーー本当に?
 美しい、とは言ってくれたけれど。
 「ベルニナ」ではなく、「あたし」を見てくれたのかもしれないけれど。
 「ベルニナ」なのか「あたし」なのか、あたし自身、ぶれまくっている、こんな女を。
 自分の都合だけで、「魔雄の遺産」を狙った、強欲な女をーー。
「ーーーー」
 ーーあの青年は、きっと、嘘吐き。
 信じたら、いけないのにーー。
 あたしは、どうして、こんなにも。
 愚かになれる、これは、根を張り巡らして、引き抜くことなんか、もう、無理。
「あぁ……」
 姿が見える。
 立ち上がっただけで、未来が拓けたような、安心感。
「……やっぱり」
 ーーあたしは、恋している。
 実感して、初めて、色づいた。
 だからこそ、苦しい。
 ーーラクンさんが、何もしなくても。
 あたしは、助かるかもしれない。
 なのに、仮に助からないのだとしても、ラクンさんの思う通りになって欲しいと。
 ーーあたしって、こんなにも、愚かになれたのね。
 たくさんの、物語を読んだ。
 ーー弱い、女たち。
 恋に囚われて、他のことを疎かにする、登場人物たちを、軽蔑してきた。
 ころりと、傾いてしまう。
 嫉妬と猜疑心が強い、炎神ペレの、情熱ほのおの意味を理解してしまった。
「ラクンさん……」
 ーーあの瞳。
 絶望の欠片すら、宿すことのない、ーーあの透明な。
「っ!」
 どんな結果に結びつこうとも。
 あたしは、最後まで目を逸らさないと、決めたのだった。
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