めぐる風の星唄

風結

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炎の凪唄

魔雄の課題 4

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 ココネは、馭者台に置いてきた。
 戻ったときに、まだいてくれれば、旅の仲間にしようと考えている。
 洞窟ーーかと思ったが、通路は、そこまで長くないようだ。
 伯たちには、事情を話し、外で、適度に距離を取ってもらっている。
「ーーっ」
 体が熱い。
 心臓の鼓動が、いつもより強く、速く脈打つ。
 これからイオアニスと対峙するからーーではなく、当然、フル魔力のボルネアとオルタンスの所為えいきょうだ。
 正直、こんな状態で、向かいたくはないが、背に腹は代えられない。
 ーーベルニナの命が懸かっている。
 わかってはいるのだが、そうして気合いを入れるよりも、兎人ネーラ白兎ココネの感触を思い出したほうが効果があるのだから、色んなものが空回ってしまっている。
 いっその事、一人で行きたくなるが、そんなことーーアルが許してくれるはずもない。
 俺が、どのようにするのかアルをたのし見せつけなければませなければ
 力を貸してくれなくなる。
 一度、振り返り、三人の様子を確認したくなるが、直接、彼女たちの姿を見るのは不味いので、諦めて直進する。
「ふぅ~」
 最後に一度、ネーヴも一緒に、三兎と戯れてからもうそうざんまいーー。
 月明かりのような、やさしい光が満ちた空間に、足を踏み入れる。
 ーー無音。
 そうであることが、異質だった。
 五つある、大きな硝子の容器。
 その、真ん中の容器に入っていた、女性が、苦しげに身をよじったあと、動かなくなった。
「…………」
 二十歳前後の女性の、ものに、一拍、目が釘づけになったが、そそくさと目を逸らす。
 男の、悲しいさがとはいえ、これで何とか、誤魔化せたはずである。
「私の、研究施設に、土足で踏み入るとは、どこの下賤げせんやからか」
「ラクンさんっ!?」
 ベルニナの声がーーしたが、視線は、イオアニスにがっちりと固定する。
 ーー二人とも、何で、全裸なんだ?
 恐らくは、研究の都合上、支障があるのだろう。
 確かに、服を着ていれば、皮膚に作用するであろう、魔法の、差し障りになる。
「俺は、幻魔団の団長の、ラクンだ」
 まずは、友好的に。
 話し合いからだ。
 イオアニスが、俺たちの要求を受け容れてくれるのなら、何も争う必要などない。
「冒険者が、何の用だ」
 初老の、外衣ローブを纏った、ーー魔法使い。
 いささか、拍子抜けだった。
 不老不死という、壮大な野望を成し遂げようとする人物にしては。
 何というか、ーー普通だった。
 ーー駄目だ、駄目だ。
 見た目が普通でも、魔雄ごくあくというのも存在する。
「ラクン。あの、意識を失った、女性だけど。魔力が無くなったわ」
 ボルネアの、嫌悪を含んだ声を聞いた、刹那にーー。
「ーー殺したのか?」
 底冷えした。
 ーー俺の目の前で、今、人を、殺した?
 何もかもが、弾け飛びそうになる。
「限界だったのだ。だが、役に立ってくれた」
 イオアニスが、何を言っているのかわからない。
 そのまま、彼は、作業に戻る。

   風よ
   唄え

「『風吹ふぶき』」
 俺は、吹き飛ばされた。
 床を転がり、止まってから、気づいた。
 怒りで、我を忘れた、俺は、イオアニスを斬り殺そうとしたのだ。
 そして、彼の魔法で、無様に吹き飛ばされた。
「面白いですね。初期魔法を組み合わせることで、威力を増しています。簡単そうに見えて、繊細な構築、複合が必要なので、これができる魔法使いは、多くありません。失われた、古代期の魔法ですね」
「ほう。初見で、そこまで見抜くとは、ーー並の魔法使いではないようだな」
「はい。僕は、並の魔法使いではないので、今少し、僕との会話を楽しんでください」
 イオアニスは、作業の手を止め、アルに向き直る。
「『風吹』」
 俺のほうを、見もしなかった。
 右肘ーー利き腕が痺れる。
 まだ、頭に血が昇っている。
 受け身を、きちんと取るべきだった。
「内的要因ではなく、外的要因を選択したのですね」
「その通りだ。内的要因を追究するには、環境が整わない。選択の余地はなかった」
「確かに。それに、内的にだと、成果が多すぎて、目移りしてしまいます。目的の成就を目指すのなら、やはり、外的でしょう」
「『風吹』」
 どうせ攻撃が当たらないのなら、利き腕が駄目でも問題ない。
 その内、痺れも治まる。
「僕が見たところ、目的は、不老不死ではないようですね」
「ーーは?」
 アルは、いきなり何を言い出すのかと、正気を疑ったが、イオアニスは、あっさりと肯定する。
「ほう、慧眼、いやさ、天眼てんげんと言っておこう。若いのに、大したものだ」
「過分なお褒めに与り、恐縮至極に存じます」
 心にもない感謝を、慇懃無礼に、いつもの微笑を浮かべ、アルは、垂れ流す。
「『風吹』」
 物腰がやわらかいことに、騙されているのか、イオアニスは、魔雄アルの本性に気づいていない。
 気を良くした、老魔法使いは、自身の目的を、赤裸々に語り始めた。
人種アオスタでは、魔を極めるに、短すぎる。竜種として生まれていれば、ーー千年。不老不死など望まぬ。私は、ただ、自身が満足できるだけの、時間が欲しかったのだ。天は、私を、竜種として産み落とさなかった。なら、自ら手を伸ばす以外に、方法など、ないではないかーー『風吹』」
 話し終える、隙を狙ってみたが、堂々巡り。
「一説には、魂の寿命は、千二百年と言われているので、それくらいが妥当でしょうね」
 ーーイオアニスの、目的。
 さすがは、世界を救っただましきった、魔雄。
 アルは、あっさりと、会話で引き出してしまう。
 ーーそれに比べ、俺は。
 話し合いからーーとか思っていながら、いきなりの戦闘。
 兎突猛進にもやっぱりネーラの程があるこどもだ
 兎にも角にも、アルのお陰おしゃべりで頭が冷えたので、受け身を取り、損傷ダメージを最小限にする。
 右腕に、力を入れる。
 多少、痺れは残っているが、問題ない。
「さっきから、何なのだ?」
 目と声に、ふんだんに苛立ちをまぶし、イオアニスは、吐き捨てる。
「『風吹』」
「ラクンさん……」
 間抜けな特攻を繰り返す、俺に、ベルニナも呆れている。
 気になってしまい、一瞥すると、彼女は、液体で満たされた、容器の中にいた。
 あの状態で喋れるということは、普通の液体ではないらしい。
 馬鹿みたいに、また、特攻しようとしたところでーー。
「もしや、魔力切れを狙っているのか?」
 ーーバレた。
 イオアニスは、魔雄アルではない。
 魔力を失った、魔法使いほど、無力な存在はない。
 やはり、思いつきで実行すると、碌なことにならないようだ。
「私の魔力量は、そこまで多くないが、あと二百回以上、『風吹』を放つことができるぞ」
「魔力の消費量という面から見ても、『風吹』は、極めて優秀です。ああ、機会があったら、僕にも教えてください」
 アルのおべんちゃらに、イオアニスは、満更でもない笑みを浮かべ、鷹揚に頷く。
 あの魔雄アルが、「風吹」の類を使えないはずがない。
 またぞろ、嘘は言わず、すべてを言っていない、状態なのだが、嘘吐きアルは、傍観者でお楽しみ中。
「……『風吹』」
「ラクンさんっ、もう止めて!」
 余程、俺の行いが滑稽に見えたのか、ベルニナが叫ぶ。
 彼女には、申し訳ないが、そういうわけにはいかない。
 ここで止めたら、ただの馬鹿だ。
 ただの間抜けだ。
 兎さんだって大笑いだ。
 ーー別に、意固地になっているわけじゃない。
「『風吹』っ!」
 苛立ちを増す、イオアニス。
 吹き飛ばされ、即座に立ち上がった、俺は、ーー見てしまった。
 アルが、にっこにっことした、お天道様のような笑顔で、期待の眼差しを向けてきていた。
「『風吹』!!」
 吹き飛ばされながら。
 アルの期待を裏切りたくなってしまったが、ーーそんなことはできない。
 あれだけ苦労し、今も苦労しているのに、成果がないでは、俺の魂が、血の涙を流してしまう。
 作業を終えたのか、イオアニスは、奥の机に向かい、歩いていく。
 当然、俺が、無茶で無意味な、特攻を止めるはずがない。
「私の貴重な時間を、邪魔するとは、何事か! 『風吹』っ!!」
 ーーもう少しだ。
 あちこち、体を打ちつけ、全身が痛み、炎に焼かれ痺れてねつにうかされているが、大丈夫。
 まだ、ーー体は動く。
 怒りとは違う、何かねつが、俺を突き動かす。

   ……切り裂け
   …本質を纏う …風の応え
   ……千々に散らせ
   …我が敵を …排除せしめよ

 ーー来た。
 恐らくは、イオアニス独自の、呪文ーーを唱えているのだろうが、何とも、たどたどしい。
 魔法が苦手だという絶雄や、ネーヴよりも、明らかに、拙い。
 使い慣れていないのが、丸分かり。
 イオアニスーー彼は、研究者なのだろう。
起動ネーラ!」
 育ての親もっふもふを抱き締めると、とめどなく熱が溢れてくる。
 これまでにない熱さに、俺の全身が粟立つ。
「っ!?」
 戦闘経験では、俺のほうが上だ。
 俺が大声を上げると、術名を唱えようとした、イオアニスは、言葉を呑み込んでしまう。
 声、というのは、意外と、武器にもなるのだ。
収束もっふもふ!」
 本当に、こんなときに、何を妄想しているのかと思うが、魂のすべてで、ネーラやココネーーそれと、撫でてあげられなかった、コネーラの感触を堪能する。
 内に収まったようでじゅんびは逆にもう拡がっていくかんりょうした
「ーーっ!」
 時機的に、ここで立ち直ってもらう必要があった。
 或いは、そのまま、まごついてくれていても良かったが、どうやら前者だったようだ。
 ーーそうでなくては。
 熱に焦がされた、俺の頭が、燃え上がる場所を求めげんかいはうずうずしていたすぐそこだ
 踏み止まった、イオアニスは、俺を睨みつけ、声を張り上げる。
「『風鳴かぜきり』っ!!」
 ーー見えない。
 だが、風が軋んでいるひめいをあげる
 呪文の言葉から類推するに、このままでは、俺は、ずたずたに引き裂かれる。
 ーー仕舞った。
 突入の、角度まで考えていなかった。
 俺の後ろには、アルと、二人がーー。
 ボルネアもオルタンスも、油断していたのか、迎撃態勢を取っていない。
 ーー俺が失敗すれば、三人も巻き込まれる。
 より重圧が掛かるーーなどということはない。
 そんなもの、アルが、どうにかする。
 というか、どうにかしろ!
「っ!」
 迫り来る、見えないつめたい刃よりも、遥かに。
 張り裂けんばかりに、今か今かとかいほうされるときを、待ち望んでいる。
 ……アル。
 ……ベルニナ。
 何もかもが、俺の内に。
 ただただ、炎となり、ーー求めっ、焦がれる!
 すべてをっ、叩きつけろ!!
放出ベルニナっ!!」
「はいっ!!」
 ーーん?
 今、ベルニナが返事をした?
「なん…だと?」
 彼女に視線を向けそうになったところで、イオアニスの、間の抜けた声が聞こえてくる。
 呆然とした彼の姿に、逆に、冷静になった、俺は、しっかりと現実を見極める。
「ーーーー」
 彼の「風鳴まほう」は、始めから存在しなかったかのように、掻き消えた。
 俺がやったことは、単純だ。
 魔法として発現しない魔力ねつを、或いは、生命力ねつを、ただ、放出しただけだ。
 原理とか理屈とかはわからない。
 ーー対魔法使い用の、有用な手段を得ることができます。
 これが、アルの課題を達成してきた、成果。
 とはいえ、これは、俺の功績とかではない。
 ただ、アルの望んだ通りに、やっただけだ。
 やってきた、だけだ。
 きっと、意地悪アルは、今頃、玩具おれが思った通りに動いたので、後ろで大喜びだろう。
「お主、もしや…『魔盗カフナ』の……」
 呪文を唱える間など、与えない。
 気絶するかしないかーーそのくらいの力で、切れ味の悪い、剣身の下の部分を叩きつける。
「ーーは?」
 手応えが、なかった。
 やわらかな風に、受け止められている。
「っ! 『風吹』!」
 吹き飛ばされる。
「がっ……」
 ーー仕舞った。
 対処が遅れた、俺は、側頭部を強かに打ちつけてしまったのだった。
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