めぐる風の星唄

風結

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炎の凪唄

ベルニナ・ユル・ビュジエ 13

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 小鬼ゴブリンたちがやってきたので、呪文を唱える。

   隔てるものよ
   分断せしものよ
   揺らめきは 焦がれる炎
   拒め
   高らかに 立ち昇れ

「『炎壁ファイヤーウォール』」
 位置の調節が、まだできないけれど、小鬼たちを巻き込まずに済んだ。
 見た目に反して、そこまで強力な魔法ではないのに、一目散に逃げていく。
「これだけ脅したから、もう来ないわね」
 ゴブリンは、敵。
 だから、殺したほうがいい。
 ビュジエ領にいるのだから、猶更。
 でも、ここで殺してしまったら。
 あたしの命も、助からないような気がしてーー。

   水は恵み
   育み
   渇きを潤す

「『放水』」
 「炎壁」で燃えた下草が、山火事の原因にならないように、しっかりと消火しておく。
 頂上は、もう、すぐそこ。
「呪文は、基本を押さえておけば、自分好みに変えていいと書いてあったけれど、あたしって、こういうのが苦手だったのね」
 やってみたら、あまりのセンスのなさに、愕然としてしまった。
 思い返してみれば、これまでの人生で、何かを創作した覚えがない。
 すでにある知識を吸収するのは、得意だった。
「……そうね」
 試しに、もう一度だけ、やってみる。

   焼け焦げろ
   死に絶えろ
   貫き 踊れ
   悶え狂え

「『火矢ファイヤーアロー』」
 びょんっ、と発射されて、ぼとっ、と落ちる。
 ーー何が駄目なのかしら?
 頭の中の心象イメージを、言葉にしているだけなのに。
 普通に呪文を唱えると、五本の火矢が、対象に向かって、勢いよく飛んでいく。
 ーーできないものは、仕方がない。
 頂上に着いたので、先に到着してくつろいでいた「微火矢へそまがり」に「放水」。
 ーーマウマウ山。
 正式名称なのかは、わからない。
 ビュジエ領の、ど真ん中にある、自然の要害。
 魔物が山から下りてくることは稀なので、被害は殆どないのだけれど。
 人種特有の、別の危険を孕んでいる。
 ーー炎神ペレが、永遠の炎を灯しているから、近づいてはならない。
 ビュジエ領の子供たちは、そのように言いつけられて、育つ。
 ーー若者の好物の一つは、好奇心。
 その言葉が正しいことを証明するかのように、永遠の炎を探しに、或いは、度胸試しに、山に入ってしまう若者が絶えない。
 年に二、三回、父様が捜索隊を率いるのが、恒例行事になっていた。
「ちょっとだけ、期待していたのに」
 永遠の炎は、見当たらなかった。
 山頂はなだらかで、思ったより広かった。
 嘗ては、永遠の炎が灯っていたのか、生命は焼かれてしまい、山頂には、草木が生えていなかった。
「間に合ったわね」
 夕暮れ時。
 お屋敷がある、東の一帯を、見渡すことができる。
 ーー駄目ね。
 直接、「洞穴」に向かうことができなかった。
 最後にーー。
 そんな言葉、使うべきではないと、わかっているのに。
 最後になるかもしれないから。
 たった十数年の、あたしのすべてだったーー。
「ぎにゃ~~っ!?」
「ゔぁ~~んっ!?」
「ぅえっ??」
 突然、上から降ってきた奇声に、涙が引っ込んでしまった。
 どんっ、と背後に何かが、落下した音が聞こえてくる。
「ーーっ!」
 半瞬の硬直に、もう半瞬は、心臓がばくばくーーだけれど。
 旅立ってからの、濃厚だった日々で培われた経験が、あたしの意識を、沸騰かくせいさせる。
 まずは行動っ、周囲の確認!
 ーー山頂の端っこ、下は崖で、隠れる場所はない。
 あの、おかしな叫び声は、魔物の可能性が高い。
 こんな場所に落ちてくるのだから、空を飛ぶ魔物。
 ーー不味いわね。
 遮蔽物のない、この場所は、明らかに不利。
 「炎壁」を盾に、牽制。
 逃げつつ、「火矢」で攻撃するのが有効かしらーー。
「そこの人種アオスタさ~ん。治癒魔法、使えるかしら~?」
「……は?」
 指針が定まったところで、出鼻をくじかれてしまった。
「…………」
 ……な、何、なんなの、この緊張感の欠片もない、間延びした声は。
「人種……ではなく、獣種……?」
 魔物に見えたけれど、よくよく見てみると。
 獣種の二人が絡まって、夕日を背に、おかしな輪郭シルエットを生み出しているだけだった。
「痛い。疲れた。ボルネア、邪魔」
「そこっ、ぶつけたとこぉ…にゃぎゅ~!」
 ーー人獣シオン獣人ニヨン、かしら?
 毛並みや体格からして、青年期の女性。
 どうしたものかしら。
 この声に、聞き覚えがある。
 「魔雄の遺産あのとき」も、草臥れた、残念な響きの、美声だった。
 ーー猫種の声は、人種には心地好い。
 昔に読んだ本に書いてあったけれど、確かに、不思議と警戒感を緩めて、するりと耳に入ってくる。
 そうだった。
 何度も読み返した、二つの物語。
 兎さんの次に、猫さんが好きだったから、ーーでも、サッソで我が儘を言ったから、しばらくは我慢しないといけない、そう思って、諦めたのだった。
 猫人ジッテンでないことに、ちょっとだけ落胆していると、二人は、意外なことを言った。
「……ベルニナ?」
「知り合い。運が良い」
 それは、どうなのかしら?
 思い返してみると。
 確かに、あたしと彼女たちの間に、何かがあったわけじゃない。
 ーー名前を知られている?
 ラクンさんに名乗ったから、そこから知ったのね。
 嫉妬。
 醜いとわかっていても、ラクンさんと一緒にいる、二人にーー。
「っ! 魔法!?」
 クラっと、引き寄せられそうになった。
 心に、ぐっと力を入れて、距離を取る。
「あ~、勘違いしないで~、まだ魔力が少し、残っているのよ~」
「私たちの魔力には、『魅了』の効果がある。魔力残量は、少ない。気合いを入れれば、大丈夫」
 人猫セドゥヌム犬人ウンターは、立ち上がる素振りを見せない。
 ーー見ただけではわからないけれど、怪我をしているのかしら?
 この状況での、彼女たちの、腑抜け具合。
 何だか、警戒していた自分が、馬鹿みたいに思えてきたので、犬人の助言通り、気合いを入れてから、近づいていく。
「その『魅了』は、同性にも効くのね」
「それだけだったら、良かったんだけどね」
「ん。魔物も、惹きつけてしまう」
「え? 魔物ーー」
「オルタンス。喋り方が、いつものに戻っちゃってるわ」
「アル様、いない。ちょっと、休憩」
「…………」
 ーー何かしら。
 ラクンさんと、あの青年と一緒にいたから、只者ではないと思っていたけれど。
 彼女たちの素性が、まったく推測できない。
 貴族としては、優雅さが足りない。
 有力者の娘として育ったのだとしても、この緩さと甘さは、ーーと、そうだった。
 二人の魔力は、他者だけでなく魔物をも「魅了」してしまうのだから、特殊な環境下にあったはず。
 あたしの視線に気づいた、人猫は、あっさりと打ち明け話をする。
「あたしたちは、運が良かったの。父様に、拾ってもらえたから。きっと、あたしたち以外にも、いたはずだけどーー。たぶん、生まれてすぐに、殺されちゃったと……思う」
 ーーあの日。
 あたしの人生が、一度、終わった日。
 「ベルニナ」の人生だったとしてもーー。
 ーー贅沢。
 そんな言葉は、口にしたら、駄目。
 どんな状況にあろうとも、あたしも彼女たちも、歩き続けないといけない。
「って、そうだったわ! 早くしないと、アル様の課題が!」
「ん。もう、無理。目標を、時間内、から、確実な帰還、に切り替える」
「…………」
 あたし。
 この人たちと、相性が悪いのかしら?
「ベルニナさんだったわね。アオスタである、あなたに、聞きたいことがあるの!」
「アル様は、アオスタ。ラクンには、聞きたくない。だから、あなたに聞く」
 ーー子供か!
 あたしが色々と頭を悩ませていたのに。
 自儘に振る舞う彼女たちに怒鳴ってやりたかったけれど、どちらか片方が折れないと会話が成立しないのなら。
 損して得取れ、と頭の中で三回唱える。
「大丈夫よ。代わりに、ラクンのことを、教えてあげるから」
「え……?」
 うっかり、見てしまった。
 美猫と美犬が、にんやり、と笑っていた。
「何が聞きたいのよ?」
 目を逸らしたら、負けな気がして、もう面倒だから、彼女たちの前に、どすんっと座ってしまう。

   治れ 治れ 治れ
   治れ 治れ 治れ

「『治癒』」
 ーーあれ?
「あなた、凄いわね。そんなふざけた呪文で、これだけの効果があるなんて」
「魔法を学んで、半年と答えていた。天才、羨ましい」
 誤解、だけれど。
 本気で、感心している、二人。
 会話の主導権を握れるかもしれないから。
 黙っておくことにした。
 ーーそれにしても。
 魔法というものが、わからなくなってくる。
 通常の、十倍くらいの治癒力だったのだけれど、何が影響しているのか、まったくわからない。
 手引書で調べたら、わかるのかしら?
「課題達成は、もう無理ね。急ぐ必要がなくなったから、重要じゃないことから聞いていくわ」
「ええ、構わないわ。あたしが知っていることなら、答えてあげる」
 好い加減、先に進めたいので、話を合わせることにする。
 起き上がった、人猫は、革袋を取り出して、あたしの前に置いた。
 犬人も倣って、同じ革袋を置く。
「これは?」
「実は、これまで、アル様がお金を払ってくれていたから、あたしたちは、お金を使ったことがないのよ」
「父上に、もらった。でも、このお金、見たことがない。アル様に聞くのは、恥ずかしい」
 ーー見たことがない、お金?
 偽造ーーかと思ったけれど、それなら、ラクンさんか、あの青年が気づかないはずがない。
 そうなると、現在では流通していない、昔のお金かしら?
 獣種の寿命は、長い。
 彼女たちの父親なら、数百年前の貨幣を持っていたとしても、不思議はない。
「見てみないと、始まらないわね」
「十枚ずつ、入っているわ」
 重さは、金貨と変わらない。
 紐を解いて、中を見てみるとーー。
「あなたたちっ、何てものを持ち歩いているのよ!」
 さっきは、我慢したけれど。
 今度は、無理だった。
 思わず、怒鳴ってしまった。
「なっ、何!? あたしたちは悪くないわよ!」
「悪いのは、このお金を持たせた、父上」
 確かに。
 犬人の言うように、彼女たちの父親が悪い。
 常識がないにも、程がある。
「怒鳴ってしまって、ごめんなさい。これが、どれだけとんでもないものか、きちんと説明するわ」
 意外にも、素直に耳を傾けてくれる、人猫と犬人。
 益々、彼女たちの正体が、わからなくなってくる。
「これはね、絶金、と呼ばれているものよ。正式名称は、特になくて、四英雄貨、と呼ばれることもあるわ。これ一枚で、金貨百枚分の価値があるわ」
 絶金十枚で、金貨千枚。
 市井人が手にしたら、あまりのことに、気絶し兼ねない代物。
「えぇっ!?」
「価値? 百枚と交換できる、ではない?」
 少し、わかってきた。
 人猫と話しながら、犬人との会話を優先させれば、上手く回るようね。
「ええ、この絶金、金貨百枚の価値があると保証しているのは、ミュスタイア国の、絶雄なのよ」
「父様が?」
「……は?」
 ……えっと。
「ベルニナさん。構わず、話を続けて良い」
 ……そうね。
 時間を置かないと、また怒鳴ってしまいそうだから、兎人ネーラさんが絶雄を蹴飛ばす妄想をしながら、続きを話すことにする。
「たくさんの金貨を持ち歩くのは、不便だから、過去にも幾つか、解消する方法があったのだけれど。結局、絶雄…様の、信用が勝って、絶金に落ち着いたの。絶金をミュスタイア国に持っていけば、金貨百枚と交換してもらえる。その信用があるからこそ、大陸ルツェルンでも、同じ価値があるの」
「ん~? でも、そんなに高価なら、本物と偽物は、どうやって見分けるのかしら?」
 犬人は、予想がついているようだけれど、ここは人猫の疑問を解消したほうが、良さそうね。
「ちょっと待っててね」
 あたしは、一旦、山頂から下って、大きな石を二つ、持ってくる。
「絶金を、石の上に置いて、それから、もう一つの石を落とすーーと」
 ごっ、と石同士がぶつかって、上の石が転がって落ちる。
 二つの大石に挟まれた、絶金を持ち上げて、二人に見せる。
「ほら、傷もついていないでしょう。この絶金は、絶雄様が造っているらしく、偽造するなんて、不可能だと言われているわ」
 と、説明してあげたのに、何故か二人は、呆れた顔であたしを見ていた。
「そんなに駄々洩れで、大丈夫なの?」
「私と、同じくらい。怪力人種女ちからもち
 始め、何を言っているのかわからなかったけれど、二つの大石を、崖の下に投げ落としてから、ようやく気づいた。
 ーー魔力のことね。
 一日目で慣れてしまったので、それ以降、気にしなくなっていた。
 本来なら、持ち上げることもできない、大石を軽々と、二つも持ってきてしまった。
 大鬼オーガとの戦いも、そう。
 大石を持ったまま、オーガの顔の高さまで跳び上がるなんて、以前のあたしでは、考えられない。
 オーガが、あたしを最大の敵と見做したのも、当然。
「あなたたち二人は、アルーーという青年の、婚約者なの?」
 狡い言い方で、話を無理やり逸らす。
 彼女たちを見ていれば、わかる。
 あたしと違って、素直に、想いを奏でることができる。
 不意に。
 ずきんっと、心臓に痛みが走る。
「それは、その、そうと言うか、子供を産む約束を、しているというか……」
「ん。頑張る。先は長い。ひとつひとつ、確実に。アル様を、幸せにする」
 これだけ、想っている、彼女たちと。
 これだけ、想われている、あの青年と。
 ーーどちらが、幸せなのかしら。
 埒もないことを、考えてしまう。
「えっと、それで、アルさんと、二人は、上手くいっているように見えるのだけれど。何が聞きたいのかしら?」
 気軽に聞いてしまったことを、あたしは、即座に後悔した。
「そ、それは……、その……。……あなたは、人種の女で、その年齢だから、男性経験も豊富よね?」
「ん。いざとなったとき、アル様に応えられないのは、駄目。父上は、教えてくれなかったから、誰かから聞く必要がある」
 ……不味いわ。
 女の自尊心プライドとか見栄とかが、試されているわ。
 二十歳前で、やっと初恋をしたなんて、ーー言えない。
 男性経験なんて、ーー接吻キスだって、したことないのに。
 精々、ダンスを踊ったことがあるくらい。
「うーん?」
 じゃあ、どうするの?
 商売女のように、一から順に、手解きをしていく?
「…………」
 ……本を読んで、知識だけはあるから、初心うぶな彼女たちを騙し切ることはできるはず。
 と、そこまで考えたところで、稲妻が走るきづいてしまう
「ーーっ!」
 駄目よ!
 そんなことしたらっ、ラクンさんに、尻軽いんらん女だと思われてしまうわ!!
 遊び人へんたいだと思われてしまうわ!?
 というか、絶雄ちちおや
 そうっ、絶雄だめおやよ!
 四英雄の癖して、何でそんな大切なことを教えずに、放置しておいたのよ!
「っ……」
 ……もう、内心ではこれから、「駄雄」と呼んであげるわ。
 兎にも角にも、落ち着く。
 角兎さんもうそうで、和む。
 見れば、二人は、とても真剣。
 ーーそうよね。
 知らないのは、不安よね。
 誰かが教えなければいけないのなら。
 ……あたしが教えるの?
「どうしたのかしら? 何か、深く、ーーそう、とても深く、葛藤しているわ」
「きっと、生命の神秘を、どうやって伝えたら良いのか、迷っている」
 よし。
 決めたわ。
「えっと、あたしの事情は、知っているのかしら?」
 どうしたらいいのか、わからないから、とりあえず、戦略的撤退をするみらいにゆだねることにした。
「ええ、聞いたわ。あと、十日くらいの命なのよね」
「容姿を変えた。その歪が、きている」
「え……?」
 ……え?
 どういうこと?
 あたし自身のことなのに、何故か、あたしよりも、あたしのことに詳しい、獣種二人たにん
 ちょっと待って。
 彼女は、聞いた、と言った。
 ーーそれって。
「頼んでみたら、どう? 上手くいくかはわからないけど、あたしたちが、間を取り持ってあげるわ」
「それが、最良」
 ーーラクンさんに?
 彼に、頼む。
 救ってもらえる。
 ーー本当に?
 「神才」と呼ばれている、ラクンさんならーー。
 たぶん、無理。
 以前も、考えて、答えは出ている。
 でも、最後に。
 彼の許で、最期を迎えることができる。
 ーー助かるかもしれない、可能性を放棄して?
「……っ」
 わからなくなってくる。
 もう、ぐちゃぐちゃ。
 なのに、人猫は、更に、言葉を投げつけてくるこんらんさせる
「魔法は使えなくなっちゃったけど、たぶん、大丈夫よ!」
「え……?」
 今、なんて……?
 魔法が……?
「え……と、なんで?」
「『魔雄の遺産』を無効化するためには、すべてをぶつけて、相殺する必要があった。魔法云々ではなく、魔力そのものが、なくなった」
 あたしの、所為?
 いえ、違う。
 あたしは、ただ、あの場に、いただけ。
 おぼろげに、覚えている。
 ラクンさんたちは、駄雄の依頼で、遺産の対処を行った。
 初めから、魔力を失うと、わかっていて、ーー人種を救うために、躊躇いなく、捨てた。
 あの絶大なる力を。
 空を見上げるようにーー。
 朝起きて、大切な人と、おはよう、と挨拶するよりも簡単に……。
「…………」
 ……駄目。
 あたしとは、かけ離れすぎて、真面に考えることなんて、できない。
「ごめんね。あなたたちには、時間があるから。ーー約束。あたしが生き残れたら、絶対、教えてあげる」
 これまで、あたしは、生き残ったあとのことを、考えていなかった。
 いえ、考えていなかったわけじゃない。
 ただ、明確に、描き出したものではなかった。
 あたしの決意に、二人は、顔を見合わせる。
「ベルニナさんが、自分で選んだのなら、あたしは、もう、何も言わないわ」
「ん。同じ恋する乙女、尊重する。ーー約束。ラクンのことも、そのあとで、話す」
 不思議と、三人の女の心が一つにーーと思った瞬間に、人猫の心が揺らぐひびがはいる
「とと、そうだったわ。あたしたちは、アル様の味方だから、残念だけど、その範囲でしか、行動できないの」
「でも、その範囲でなら、全力で、やる」
 犬人の言葉で、崩れかけた三女同盟が、何とか、つなぎとめられる。
 ーーそうだったわ。
 話が、おかしな方向に行ってしまったけれど、ゆるがせにできないことがあったのだった。
 この二人、延いては、ラクンさんと、あの青年は、どこまで知っているのかしら。
 イオアニスのことーーまで知っているはずは、ないわよね。
「ーーと、そういえば、あなたたち、何で山頂こんなところに落っこちてきたの?」
「……それは、あっちに行ったり、こっちに行ったり、あんなことをしたり、こんなことをしたり……がくりっ」
 意味不明なことを言った、人猫は、その場に崩れ落ちた。
「……あっち、こっち、あんな、こんな……いやん」
 色々と省略したらしい、犬人は、両手で顔を覆ってしまった。
「あなたたち、あの人ーーアルさんに、騙されているわけでは、ないのよね?」
 心配になって、思わず聞いてしまった。
「そんなことっ……ないわ!」
「有り得……ない!」
 二人の様子に、猶更、危機感を募らせてしまうけれど。
 ーーラクンさんがいるから、きっと、大丈夫ね。
 得体の知れない、あの青年も、ラクンさんなら、手綱を締めることができるはず。
 ーー駄目なのに。
 彼の姿を、思い浮かべてしまった。
 考えただけで、瞼の裏に。
 胸の奥の、炎が色づく。
  ーー美しい、透明いろ
 狂おしいほどに、凪いだ、あの眼差しに、包まれたい。
 あの手の優しさに、温もりに、ーー言葉おもいが溢れてしまった。
「あの、ラクンさんーー」
「ベンズ伯の屋敷に突貫したし、明日は、ビュジエ伯に会いに行くわ! ベルニナさん、最後まで諦めたら、駄目よ!」
「ん。ミセル国の王城に参上。お互い、やるべき事を、やる」
 突如、立ち上がった、二人は、満足気な笑顔を浮かべて、走り去っていく。
 ……え?
「……え、あ、ちょっと、待っ……」
「ええ、わかってるわ! あたしは、ボルネア・グランデよ!」
「オルタンス・グランデ」
 まるでわかっていない、二人。
 勘違いしたらしい、二人ーーボルネアとオルタンスは、最後に名乗りを上げてから、本当の本当に、山を下りていってしまった。
「…………」
 ……相性というか、あの二人とは、生き方、そのものが異なってまちがっているのかもしれない。
 何を間違えてなにがどうなってしまったのか、それさえもわからず、あたしは夜明けまで、立ち尽くしていたのだった。
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