めぐる風の星唄

風結

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炎の凪唄

ミセル国

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「拾ってもらえて、本当に助かりましたのじゃ」
 ミセル国の、ベンズ伯領から入国。
 さっそく、情報収集。
 同時に正門から出てきた、爺さんに声を掛けてみると、当たりだった。
「貴族らしい、お嬢ちゃんが、ビュジエ領方面からやってきましてな。獣国の国境近くの街まで、同乗しましたのじゃ」
「たぶん、それが、ベルニナだろうな。他に、何かあったか?」
「『依頼で獣国まで行く』と言うておりましたが、あれは、恐らく嘘じゃな。護衛も連れておらなんだし、訳ありだと思うんじゃが。ああ、そうじゃった、そうじゃった、焼き菓子が、とても美味しかったのぅ」
 薬師、と言っていたが、言葉遣いに難がある。
 貴族や有力者相手の商売ではなく、民間か、口には出せない取り引きにも携わっているのかもしれない。
 とはいえ、それを問題視するのは、浅はかだ。
 社会というものは、結局、人で構成されている。
 古代期と比べれば、安定しているが、それでも、生きていくだけで精一杯の者は、一定数、存在する。
 絶雄、というか、「ハビヒ」は、それらの人々を拾い上げる施策を打ったが、零れ落ちる者はいる。
 きっと、それらに介入しないことも、「ハビヒ」は、言い残していたはず。
「はは、これで決まりですね。ビュジエ伯の奥方は、焼き菓子作りの名人だと有名ですので、その娘も、推して知るべし、ということでしょうね」
 暇だったのか、小窓を開け、馭者をやっている、アルが、話に加わってくる。
 魔法陣が描き終わったので、国境を越えてから交代した。
「そんなことで有名になるということは、それだけ美味いのか?」
「理由は、もう一つあります。その奥方は、菓子作り以外は、全滅なのだそうです。とはいえ、人柄のほうは、誰からも好かれる、といった天然の方のようですから。奥方が同席するなら、変に企まないほうが良いでしょう」
 ぱたんっ、と小窓を閉める。
 あとは任せた、ということのようだ。
「爺さん。腕は、どうだ?」
「ふむふむ。曲がらない方向に、曲げよったが、これはまた、無理をしましたのぅ。余程の、に、ハズレを引きなすったか。もう、治り掛けているので、これを塗っておけば問題ないのじゃ」
 ちょっとだけ、馬車が揺れた。
 俺への治癒魔法は、意図して止めたのだから、気にすることはないだろうに。
 完璧なアルは、「魔雄アル」っぽくないから、俺としては、好みなのだが、同時に、俺の命を危うくしている、原因でもある。
「情報料と治療費だ。あと、これから話すことの、口止め料。虎種の子、ではなく、竜種の子である、金貨は渡せないから、銀貨で我慢してくれ」
「なんのなんの。乗せていただけただけでもありがたいのに、銀貨とは、恐れ入りますじゃ。孫にお土産を買うてやりますかのぅ。それにしても、座り心地が好すぎますな。逆に、居心地が悪くなってしまいそうじゃ」
 そう言いつつ、手早く銀貨を受け取り、座席のやわらかさを堪能する、強かな爺さん。
 爺さんには、くつろいでもらうことにし、俺は、正面に座っている、二人に視線を向ける。
「どうだ? 人種アオスタにも慣れてきただろうし、爺さん相手なら危険もない。触ることくらいなら、できるんじゃないか?」
「見れば、いいところの、お嬢ちゃんのようじゃの。アオスタは、獣種より弱いんじゃが、その分、あくどい、というかの、生き汚いんじゃ。商売もそうなんじゃが、善人面した者こそ、疑って掛かることじゃな」
 と、爺さんは、虫も殺さない、善人面で語る。
 遠慮がないことは、良いことである。
「爺さん。頑張れ」
「連れ合いには、内緒ですじゃ」
 そうは言っているが、体は正直なようだ。
 獣種とはいえ、若い美人である人猫セドゥヌム犬人ウンターに撫で回され、爺さんは、満更でもない様子。
「話に聞く、領主の奥方は、天然らしいから、美人の二人に触れてくるかもしれない。暴力に訴えるのではなく、まずは、口で拒絶してくれ」
 というわけで、次は、攻守交替。
「……そ、それくらい、耐えて、みせるわ」
「我慢は、……美徳」
 二人は、ガチガチになりながら、爺さんに頭を撫でられている。
「爺さんは、獣種が怖くないのか?」
「慣れ、もあるのじゃ。わしの取り引き相手には、獣種もいてな。何よりもじゃ、目を見ればわかるのぅ。お嬢ちゃんたちはな、わしを、対等な相手として見ておる。そんなお嬢ちゃんを怖がるようでは、アオスタも終わりなのじゃよ」
 実際、俺たちに慣れてきたのか、爺さんの言葉から、敬語が抜けてきている。
 人生経験が足りていない、獣種二人は、爺さんの言葉を素直に受け取ってしまっている。
 なので、二人に、現実を突きつけてやることにする。
「爺さん。孫、いないだろう?」
「やれやれ、バレてしまいましたなぁ」
 嘘吐き、という方面では、獣種は人種に敵わない。
 絶雄は、単に迂闊なだけだが、獣種が、統治が苦手な理由の一つでもある。
 ーー嘘は、潤滑油。
 物語で、悪役が言っていた。
 本音だけでは、世間は上手く回らない。
 ーー嘘がない世界は、輝きを失う、だからこそ、俺が世界を輝かせるのさ。
 現実でこの台詞を言ったら、さぞや白い目で見られることだろう。
「というわけで、これだ」
 現実の苦さを知り、何とも言えない顔をしていた、二人の前で、大陸ルツェルンの地図を広げる。
「『魔雄の遺産』があった場所は、だいたい、ここら辺だな。ここまで来るには、二通りーーミセル国と、山を隔てた、もう一国があるが、ミセル国経路ルートに確定だ。それからーーと、二人とも、どうした?」
 話しながら、地図を指でなぞっていたのだが、ボルネアとオルタンスの視線は、別のところに向かっていた。
「素通りしようとした、ベンズ伯領のことも知りたいわ」
「ミセル国のことも、知りたい」
 以前より、積極的になってきた二人だが、これはどうも違うようだ。
 二人は、これまで人種の国々と係わってこなかった。
 そうであるなら、答えは、一つ。
 ーーアルだ。
 となると、追究するのも野暮だし、流すとしよう。
「俺より、爺さんのほうが詳しいだろうから、頼む」
「地図を見てみればわかるがの、ベンズは、本来なら、辺境伯領なのじゃ。じゃが、獣国に気を遣って、伯爵領になっておるのじゃよ。ベンズの伯爵様は、王様の叔父でな、前王様が王様になったとき、戦って、負けたのじゃ。今の王様が王様になるときものぅ、また負けたのじゃ」
「そこだけ聞いていると、碌でもない感じだが、伯爵様は、今も処断されずにいるんだな」
 通常なら、後継者争いに敗れた王族は、処刑される。
 良くて幽閉か、追放。
 そうならなかったのであれば、理由があるはず。
「戦うとき、多くの貴族が、伯爵様に与しますのじゃ。でものぅ、本気で戦うのは、伯爵様と、その取り巻きだけで、前王様も、王様も、半分の兵力で、これを破りましたのじゃ」
「話し振りから、別に伯爵様が無能というわけではなさそうだな」
「前王様と王様が、優秀で、王様の子供の、王太子も優秀だと噂での、罪に問われないからと、あと伯爵様が勝った場合に、勝ち馬に乗っておこうと、ぐだぐだになっておるが、ベンズを見てもらえばわかる通り、ほどほど、と言ったこころじゃの」
 爺さんの話は、わかり難いが、だいたいのところは把握した。
「伯爵様の息子も、王太子と比べられてな、また負けるんじゃろうと、噂になっておる始末じゃ」
 多少、危ういが、これも統治の、一つの方法なのだろう。
 反抗の芽は、どこにでも現れるはえてくる
 だが、予め芽を育てておけば、他の芽が、出難くなる。
 或いは、勝手に芽同士が争ってくれる。
 上手くいくなら、犠牲者も少なく、王としての権威づけにも、持ってこい。
「その王様じゃがの。変な噂もあるのじゃ」
「そうなのか?」
 ーー大国ではないが、豊かな国。
 それが、これまで俺が聞いていた、ミセル国の印象だ。
「前王様のときに敵対していた国と、仲直りするためにの、王様は、政略結婚をしたのじゃが、それからしばらくしてな、その国がまた敵対してのぅ、王妃様は結局、国に帰ったのじゃ」
「ん? それ自体は、よくあることだな」
「実はの、王妃様は、子を産んでおらぬとの、噂が絶えぬのじゃよ」
 こういう話には、興味があるのか、二人が前のめりになっている。
「王太子は、優秀。国も豊からしいから、仮にそうだったとしても、まぁ、別に良いんじゃないかーーというところか?」
「身も蓋もない言い方をすれば、そうじゃのぅ。わしらはな、ほどほどに食えて、毎日をそれなりに楽しく過ごさせてもらえるのなら、上の人らの『おいた』は、気にしないもんじゃ」
 爺さんの話が終わったので、ボルネアとオルタンスを見ると。
 微妙な表情をしていた。
 王様と王妃の話が、肩透かしだったからではなく、他に理由がありそうだ。
「ボルネア、オルタンス。今日は、早目に行きますよ」
 小窓から、声が掛かる。
 二人の魔力が、回復し始めるのだろう。
 人猫と犬人の、げんなりした顔を見るに、追い込みに入っているようだ。
 昨日、アルは、今日中に「飛翔」を習得させると言っていた。
 つまり、二人が習得できるのは、明日か明後日。
 「頬に接吻かだいたっせい」のご褒美がもらえたかどうかは、夜にでもわかるだろう。
 俺の予想が外れていることを願いつつ、二人を送り出す。
「俺が馭者をやるから、爺さんは、寝転がって、絶雄カステル・グランデ様の馬車の寝心地を、堪能してくれ」
「ぜぴゅっ!?」
 爺さんが仰天したところで、ぱたりと扉を閉める。
 好好爺を演じていたが、噂好きのようだったから、特大の置き土産。
「はい。どうぞ、魔雄ぼくの置き土産です」
「…………」
 振り返ると、笑顔のアルから、魔法陣が描かれた葉っぱを三枚、渡されたのだった。
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