めぐる風の星唄

風結

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炎の凪唄

国境通過

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 ふみっ、と頭を踏まれた。
「……ボルネア。寝ているときと、呼吸の仕方が違うぞ」
 空寝をしていたらしい、人猫セドゥヌムが全力で踏み潰しにきたので、起き上がろうとすると。
「つぁっ!?」
 げしっ、と犬人ウンターに蹴り飛ばされ、座席の端に頭をぶつけてしまう。
「女の寝顔を見るのは、最低」
「アルも見ていたんだが」
「アル様と、男は、別の生き物だから、問題ない」
 到頭、魔雄アルは、四英雄という固有種になってしまったようだ。
「わかっていると思うが、俺は今、起きたばかりで、引っ掛けただけだ。二人の寝顔も寝息も知るはずがない」
 知らないわけではないが、覚えるほどに、じっくり堪能してはいない。
「わかってないわね。デリカシーの問題よ」
 それは、その通りだ。
 確かに、俺が悪かった。
 領都フレッナを発った頃に比べれば、二人との距離感が縮まり、配慮が足りなくなっていた。
「国境を越えて、ミュスタイアに入ります。二人とも、魔力を空にしてください」
「にゃー」
「わーん」
 俺も体験したが、魔力ねつを根こそぎ吸い取られるのは、気分の良いものではない。
 ただ、俺のは魔力ねつではなく、生命力ねつかもしれないので、注意が必要だ。
 俺が感じている、熱の正体を、アルは、明らかにしていない。
 もしかしたら、寿命を削っているのかもしれないが、怖くて聞けない。
「また、頼むな」
 俺を経由し、魔法陣の描かれた紙を、二人に渡す。
 魔法陣の、古代期の文字に見覚えがあるので、また透明な球を生み出す魔法だろう。
 振り返ると、国境の壁が視界にーー。
「アルっ! 急げるか!」
 遠目に見えた瞬間、アルに駆け寄った。
「了承しました。そうと気づかれない範囲で、最速でいきます。他に、何かありますか?」
「アルは、楽器を持っているか」
「魔器ならあります。オルタンス、僕の荷物から、銀色の、板状のものを取り出して下さい」
「はいっ!」
 そこまで気合いを入れなくても良いのに、と思うほど懸命に、アルのお願いを遂行するオルタンス。
「アル様っ、あたしは!」
「だそうです、ラクンさん」
 あっさり流され、膨れっ面で、俺を睨んでくるボルネア。
「俺たちの後ろで、笑顔で手でも振ってくれれば良い。オルタンスは、そういうのは苦手そうだから、二人で仲良さそうにくっついて、怪しまれないようにしてくれ」
 獣国だから、当然、警備も獣種だ。
 不謹慎だが、魅力的な美女が二人もいれば、彼らの警戒も緩むだろう。
「間に合いそうですね」
 ミュスタイアの王都である、ユングフラウに向かう街道ではないから、人通りは少ない。
 検問所に二人並んでいるから、俺たちが間に合えば、終了してからの交代になる。
「よぉ、おっちゃん!」
「ん? おぉ~、あんちゃんじゃねぇか!」
 さすがアル。
 絶妙な時機タイミングで到着。
 俺は、顔見知りの猿人モンテに、嘘偽りのない笑顔を向ける。
「アントさん、お知り合いですか?」
 おっちゃんの相方は、人鰐ベッロだった。
 嘗て、居館でアルが話していたが、鰐族は、階級に拘泥する傾向がある。
 それ故に、時折、融通が利かない者がいる。
 どうやら、彼がそうらしい。
 難敵だが、やることは変わらないので、あとは全力でやるだけだ。
「兄ちゃんたちは、幻想団の人たちだよ。はっは、半年ぶりかなぁ」
「幻想団……」
 青年期の人鰐が、まじまじと俺を見てくる。
「まっ、そういうわけで、通して構わないよ」
「いえ、アントさん。そんな特例は……」
 人鰐の視線が、男二人を通り越し、釘づけになる。
 ボルネアは、上手くやってくれたようだ。
「そうだぞ、おっちゃん。仕事は、ちゃんとしないとな。まぁ、そんなわけで、同じ時間を取るなら、二人ともっ、観客になってくれ! 未だ、欠員が出たときの代わりさえ真面に務められない、拙いものだが、楽しんでいってくれ!」
 人鰐が惚けている内に、一気に畳み掛ける。
 アルが、俺の逃げ道を塞ぐように、勝手に始めてしまう。
「ーー幻魔星唄クムリポ
 銀板の魔器を、アルの繊細な指が、一撫でする。
 すると、どこからともなく、水音が響く。
 澄明な音の内側から、芽生えるような、風に流れる砂の音。
 舞い上がる、羽搏きに続くのは。
 雨音に、葉擦れの音。
 めぐる世界に、音の洪水が魂を洗い流す。
「綺麗……」
「うん……」
 音に染まった、二人は、短く言葉を零す。
 どこかで、聞いたことのある、忘れていない記憶ねいろ
 世界の、何気ない日常が、一つの物語おととなる。

   触れていた願いは 君とともに
   夢の続きは ここから始まる
   歩いていこう
   風の速さで 君の隣を
   星の巡りに 心を預けて
   手をつなごう
   凍えていた 二人の世界は
   芽吹きを迎える
   輪は 広がる
   物語は 紡がれる
   果てのない大地に 刻まれる
   見上げてみよう
   明日を拾っていけば 君とともに
   夢の終わりは 新たな始まり
   振り返った 世界は二人を
   優しく今も 見守っているから

 アルは、酷い奴だ。
 だが、それを糾弾している暇などない。
「次に逢ったときも、聴いてくれるか?」
 アルが魔器から手を離しても、音に染まっていた、人鰐に声を掛ける。
「……あっ、はい、是非!」
「はっは、そうだろうっ、そうだろう! だがな、兄ちゃんのファン一号の座は譲らねぇぞ」
 感謝半分と、申し訳なさ半分で、国境の門を潜り抜ける。
 そして。
 面倒な問題が一つ、残っていた。
 アルが、膨れっ面だった。
「何を拗ねているんだ?」
 空気が溜まった、頬を、ぐりぐりしてやる。
 ぷ~、と息を吐いてから、アルは、愚痴(?)を零す。
「てっきり、僕が、ラクンさんのファン一号だと思っていたのに。でも、僕は、ラクンさんに弱みを握られているので、二号でも我慢します」
 ーー弱み?
 それは、色々あるのかもしれないが、アルには、弱みつよみでもあるような気がする。
 兎にも角にも、居館に着くまでに、球を割らないといけないようだ。
 二人が生んでくれた、抱えられるくらいの大きさの球を持ち上げながら、アルに尋ねる。
「魔器には、すでに魔力が籠められていたのか?」
「はい。自然の音を、蓄えられる、楽器というには原始的な、魔器です。皆さんは、初めて聞いたので、誤魔化されてくれました」
 アルといえども、演奏の技術だけで、人々を魅了することは敵わないだろう。
 それでも、同様の効果を齎すことができるのだから、幻想アルはとんでもない。
「この魔器は、幻想団がいとうような、聞いた人に影響を及ぼすことはーー」
「わかっている。魔雄アルがそんなものを作るはずがない」
 皆まで言わせない。
 これまで共に歩んで、俺は。
 アルの、その有様を、美しいと思った。
 一貫している。
 正しいのではない。
 答えを持った者の、透徹した魂。
 それに惹かれ、俺はーー。
「ラクンさん。今日の夜は、僕の抱き枕になって下さい」
「にゃぶぅ~~っ!!」
「ばぁ~~ぶっ!!」
 ルススおねえさん効果だろう。
 何やら妄想を逞しくしたらしい、二人の叫びが、おかしなものになっている。
 二人とも、ここまで旅を続け、様々な方面で成長したというのに。
 こんなところだけは変わらないので、ーー嬉しくなってくる。
「二人は、魔力切れなのに、休まなくて大丈夫なのか?」
 またぞろ、悪意が俺に向かないように、話題を転換することにする。
 何か、色々、台無しだが、今後のためにも、二人の変化について聞いておかなければならない。
「よくわからないわ。魔力切れのはずなのに、魔力が巡っているみたい」
「使っていなかった魔力を、使えるようになった気がする」
「魔力の変換効率か?」
 アルが言っていたことからすると、その線で間違いないだろう。
「正解です。人は、内にある魔力の、半分しか使っていません。生得的に、そうなっているのです。機能が制限されています。ですので、そのくびきを、打っ壊しました。これで二人は、称号的には、『魔導士』になりました」
 まだ拗ねているのか、必要なことだけを淡々と語っていく。
「魔導士、というのは、聞いたことがないから、古代期の話なのか?」
「そう、ではあります。正確には、起源期に定められた、カテゴリの一つです。今では知られていませんが、往時、そうした基礎部分を作り上げた、ヘルマンという有名な魔法使いがいて、それまでバラバラだった規格を統一したのです」
 魔雄に魔法ーーと言いたくなるくらいに、アルの機嫌が上向いていく。
「重要視されなかったのか、『大図書館カマカウ』にも所蔵されなかったので、それ以外の、重要な彼の研究成果が散逸してしまいました」
「それ以外というと、どんなものなんだ?」
「一言で言うと、仮説、です。彼は、様々な問題に対して、筋道をつけようと思ったのです。ですが、当時の常識からすると、荒唐無稽なものも含まれていて、奇書扱いされてしまいました」
「う~ん? アルの言い様からすると、そのヘルマンさんの仮説は、だいたい合っていたのか?」
「はい。すべて、とは、もちろんいきませんでしたが、多くの部分で、彼の仮説が正しかったことを確認しました」
 アルの、最後の言葉で、続く言葉を失ってしまった。
 確認したーーということは、間違いだった部分も含め、検証したということだ。
 これ以上、聞けば、絶対に、深みに嵌まる。
 だのに、滑らかになった、アルの口は、秘宝ことばを駄々洩れにする。
「この前、第二段階、と言いましたよね。あれは、第三段階、まででしたが、後にヘルマンは、最後の著書で、第五段階まで見通しました。最終段階である、五段階は、さすがに試すことはしませんでしたが、大凡は解明しました」
 ーー聞きたくないのに。
 興味が湧いてしまい、ポロリと口からまろび出てしまった。
「それは、何の研究なんだ?」
「不老不死です」
 さらりと、アルは、言葉にする。
 聞かなければ、良かった。
 後悔しても、ネーラは踊り出すあとのまつり
 ーー現実逃避をしている場合ではない。
 アルの言った、第二段階、とは、ベルニナに関することだ。
 彼女に施した、魔法使いは、とんでもない研究をしているということになる。
 ーー不老不死。
 魔法の素人でも、そこには、多くの犠牲が伴うであろうことは、容易に想像することができる。
 生命の、根幹に迫ろうというのだ。
 そうであるなら、命を軋ませる、ことが必要になるだろう。
 ベルニナも、その一人。
 歪んだのか、軋んだのか、その結果が、ーー半月という余命。
 間に合わないかもしれない。
 俺に、何ができるとは思えない。
 それでも。
 あの感触ねつを、温もりが消えない内に、諦めることなど、動かずにいることなど、ーーあのときに生じた、俺の何かねつが許さない。
「はぁ~」
 だが、今から気を張っていても、仕方がない。
 国境が遠ざかっていく。
 近づくために、今は、離れていかなければならない。
「上手くいって、良かった」
 S級カードや絶雄さいしゅうしゅだんを持ち出すことなく、国境を抜けられたので、一安心。
 困ったことに、俺は、アルに幻滅されることを、恐れてしまっている。
 しかし、子供の頃の、親父に対してのそれとは、明確に異なる。
 大きな違いは、ーーそれでも俺は楽しめている、ということだ。
 兎にも角にも、現状を確認し、心を緩める。
「この球を割りつつ、熱を使い切らないように、か」
 子供たちと遊べなかったので、球を撫で撫でして可愛がると、生みの親ふたりから、凄い目を向けられてしまう。
起動ネーラ
 目を閉じ、見なかったことにする。
収束もふもふ
 領都までは、もう少し掛かるので、俺は、透明な球と向き合うことにしたのだった。
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