29 / 49
炎の凪唄
魔雄の課題 3
しおりを挟む
「アル。そこが幻想団の拠点の一つだ」
返事がなかったので、横を見てみると、風の女神が笑っていた。
魔法の神が、退屈そうな顔をしていたので、アルの不在を知ったーーなどということは、もちろんない。
「アル様なら、とっくに行ってしまったわ」
「独り言を呟いていた、ラクン。不気味だった」
一緒に、茂みに隠れた二人から、耳を塞ぎたくなる言葉が飛んでくる。
飾り気はないが、裕福な商人並みの邸宅。
幾つかある、幻想団の拠点の一つで、子供がいる家族の殆どが、この「幻炎の家」で暮らしている。
ーー夜もすがら。
山を下りてから、闇に紛れ、歩き詰め。
日が昇ってからは、街道沿いを歩き、昼前に到着。
幸い、他者との接触はなかったので、二人の「魅了」で精神を疲弊させたのは、俺だけだった。
ーー疲れた。
俺だって癒やされたいのに。
「はぁ~」
愚痴が出てきそうだったので、溜め息で誤魔化す。
どうしてだろう、アルの思惑が、手に取るようにわかってしまう。
ーー俺が、身を切るような想いで、我慢しているというのに。
「むむっ! アル様が、おばさんと仲良さそうに話しているわ!」
「大丈夫! ここから気づかれないように気絶させることは可能」
「失礼なことを言うな。あのお姉さんーールススさんの機嫌を損ねたら、馬車を借りられなくなるんだから、大人しくしていてくれよ」
彼女は、副団長の、アンリさんの奥さんで、「幻炎の家」の責任者でもある。
普段は優しい人なのだが、色々と難しい人でもある。
「ぬぬっ? アル様が家に入っていったわ」
「さすがアル様。もう、目的を果たした?」
言おうかどうか迷ったが、隠すこともないだろうと、事実を言うことにした。
「アルは、ボルネアとオルタンスを、あまり撫でることができなかったから、獣種の子供たちの、もふもふを堪能しに行ったんだ」
「だったら、ラクンちゃんも行けばいいのよ。我慢は、体に毒よ」
アルから事情を聞いたのか、ルススさんがやってくる。
四十歳の、姉さん女房。
生気が満ち満ちている所為か、三十歳でも通じる力強い容姿。
「幻炎」の「炎」は、彼女に因んでつけられたものである。
ここで育った子供の大半が、生涯、彼女には逆らえなくなるとの逸話からだ。
まだルススさんが責任者になってから、十年しか経っていないのに、そんな逸話ができてしまうのだから、彼女の肉力強女ぶりは、推して知るべし。
「ルススさん、お久しぶりです。ーールススさんは、大丈夫なんですか?」
「そちらの、二人のお嬢さんね。そんなもの、愛、があれば問題ないわ」
病的なまでに、夫である、アンリさんを愛している、ルススさん。
本当に、愛、という最強の武器で、何でもこなしてしまいそうだから、彼女は恐ろしい。
一時期、俺も「幻炎の家」に預けられたことがあるので、今でも頭が上がらない。
「どちらが、ラクンちゃんの恋人かと思ったけど、どっちも違うわね。お嬢ちゃん二人は、さっきの坊ちゃんの恋人ーーじゃないわね」
「お、お姉様、鋭いわ」
「お姉さんには、敵わない」
二人も、ルススさんのやばさに気づいたらしい。
俺の指示に従ってくれる。
「ラクンちゃんも、前より増しになったけど、男の顔にはなってないわね。せっかく外に出たのに、恋人も見つけられないなんて、純愛、が足りてない証拠よ。あたしゃ情けないよ」
散々な言われ様だが、ここで反駁したら、夜までルスス式の恋愛論を叩き込まれてしまう。
それだけは、何としても、避けなければならない。
「ラクン。あたしたちは、ここで待っているから、あなたも獣種の子供たちを撫でてきていいわよ」
「私たちは、その間、ルススお姉さんと話している」
駄目だ。
二人は、危機意識が足りない。
恋愛に関し、ルススさんーー先達から有用な話が聞けるだろう、とか思っているのかもしれないが、それは、大いなる勘違いだ。
「あたしも、そうして欲しいけど、幾つかの点で、駄目ね。一つは、ラクンちゃんたちが急いでいること。二つ目は、ラクンちゃんが、『撫師』なこと」
「なですとろ?」
「撫でるのが、めっぽう上手い人?」
「犬人のお嬢ちゃん、正解。だけど、その認識は、甘々よ。ラクンちゃんは、人気者だから、中途半端に立ち寄るなんて、駄目なのよ。そんなことしたら、子供たちは、泣き叫ぶし、暴れ回るしで、しばらくどうにもならないわ。この、『子供殺し』が!」
「…………」
このお姉さんは、本当に、空恐ろしい。
いったい、どこまで知っているのだろう。
「あとは、時間の問題ね。今すぐ、発ったほうがいいわ」
ルススさんは、確信を以て答える。
まさか、「魔雄の遺産」やベルニナを知っているとか、そんなことはないはず。
それでも、有り得ないと思えてしまうところが、彼女の怖いところだ。
すべてを、愛、で片づけてしまえる彼女は、本当に、底知れない。
「どうした、ルススさん」
真顔のまま、前触れもなく振り返ったので、尋ねる。
「静かになったわ。ラクンちゃん、あの子、何者なの?」
「そこはーー、俺からは言えないから、ルススさんが、自分で聞いてくれ」
「……そうね」
ルススさんを警戒させるとは、アルは、今度は何をやらかしたのだろう。
「ルススさん……?」
不意打ち気味に、ぎゅ~と抱き締められる。
「この家で育った子は、全員、あたしの子よ。例外は、ないわ。男なら、ーーどうなろうと、最後までやってみせなさい」
「ーーはい」
「幻炎の家」の子は、例外なく愛情を注がれる。
だからこそ、子を、家族を持つ団員は、安心して旅を続けられる。
ーー大陸を巡る、幻想団。
彼女やネーラ、親父の近くで、ずっと見てきた。
獣種と人種の橋渡しという、親父の掲げた目標を、見続けてきた。
「魔雄の再来」と言われる所以は、強さだけでなく、その志にある。
だが、残念ながら、幻想団を受け容れる、人種の国は少ない。
人種がいても、獣種の国々は、迎え入れる。
だのに、獣種がいるからと、人種の国々は、拒絶するのだ。
ーー俺に、何かができるなんて思えない。
それでも、魔雄のーー「アル」と「ハビヒ」のことを知った、俺はーー。
「馬車の用意が調いました」
「こらこら、アル。どうしたんだ? 俺がやることを、率先して、ぜんぶやるなんて」
「大したことではありません。子供たちを撫でさせてもらった、お礼というところです」
「そうか。じゃあ、ついでに馭者もやってくれ」
「はは、最初から、そのつもりです。ラクンさんには、課題を出しますので、ミュスタイアまで任せてください」
「…………」
頭が上がらない人物が、これで三人になった。
もっと前からそうだったのかもしれないが、今、明確にわかった。
ルススさんに挨拶してから、問題ないとは思うが、二人より先に馬車に乗り込む。
振り返ると、ボルネアとオルタンスが、ルススさんにぎゅ~とされた上に、何やら助言されているようだった。
二人の顔が、ぼっと炎の色に染まる。
きっと、生々しい言葉でも聞かされたのだろう。
「ラクンさん。これを二人に渡して下さい」
出発するなり、アルは、魔法陣が描かれた紙を手渡してくる。
「二人の、課題か? 少しは、休ませたほうが良いんじゃないか」
獣種で、人種よりも体力があるとはいえ、初めての旅路で、二人は、肉体的にも精神的にもボロボロだ。
俺の言葉に乗りたいが、アルの期待を裏切りたくない彼女たちは、神妙な顔をしている。
「はい。夜以外は、休んでもらいます。ただ、昼は、魔力を空っぽにしてもらいます」
「空っぽにするーーということは、魔力量を増やすことにつながるのか?」
「その通りです。ここまで、二人に無理をさせたのは、魔力を使い尽くす、ということに慣れてもらう必要があったからです。言い方を変えると、魔力を使い切っても、死なないようになってもらいました」
二人に魔法陣の描かれた紙を渡してから、アルの背中に、再度、問い掛ける。
「つまり、これからは、魔力切れを気にすることなく、仕込むことができるということか」
「領都に着くまでに、二人は、倍の魔力量になっている予定です」
どこまで本当かはわからないが、アルが、効率を重視していることは理解している。
同時に、同じくらい、容赦がないことも身に沁みている。
「にゃーっ!?」
「わぅーんっ!?」
二人が魔法陣に魔力を籠めた途端。
ごどんっ、と二人から、大きな球が産まれたーーではなく、生まれた。
「……魔力が」
「……空っぽ」
「はい。二人とも、ゆっくり休んでくださいね」
馬車を一旦、停めてから、アルがやってくる。
「にぃや~」
「わぁ~ん」
アルが笑顔で、彼女たちの頭を、一撫ですると。
二人で、肩を寄せ合い、至福の表情のまま眠ってしまった。
これで、彼女たちの精神も、大いに癒やされることだろう。
そういうわけで、残ったのは、俺が抱えきれないくらいに大きな、透明な球。
「球の大きさは、現在、二人の魔力量がどのくらいなのか、確認するためのものです。というわけで、この球を割ってください。これが割れたら、三つの階梯の、二段目のクリアです」
「俺は、アルを、まったく信用していない」
「嘘ではないですよ。ただ、達成した、そこが、スタートラインだというだけのことです。ここまでは、対魔法使い用の手段とはなり得ませんでした。ここからは、そうではないということです」
これまた、アルは、微妙な言い回しをする。
これまでのように、何かを企んでいるのだろう。
そうだったとしても、今の俺には、でっかい球と向き合う以外に、方法はない。
「起動」
体全体に、熱が生じる。
「収束」
右手に熱を集め、ばんっと叩いてみる。
打撃の反動で、ふあふあ~と球が浮かぶ。
割れる兆候は、まったくなかった。
本来なら、別の言葉を発動のための「鍵」としたいのだが、これらの言葉が一番、熱の伝わりを良くするのだから、背に腹は代えられない。
「やっぱり、熱を集めるだけだと、駄目っぽいな」
たぶん、焼けるほどに熱を集めても、この球は割れないだろう。
「…………」
目の前の二人は、気持ちよさそうに眠っている。
何となく、わかる。
アルに弄られた、俺も、魔力が空っぽになっても、恐らく死なない。
馬車での移動の間は、この類の鍛錬が行われるはず。
「収束」の次。
幾つか候補はある。
「発散」に「爆発」、あとは、纏ったり変化させたりといったことが考えられる。
一つずつ。
だが、中途半端は駄目だ。
たぶん、そんな時期は過ぎている。
失敗するとしても、全力だ。
「収束」で、溜めた熱を、外へ。
心象としては、「発散」や「爆発」と言うより、「放出」だろう。
ーー熱の、「放出」。
「俺の、アホ……」
ベルニナの、大炎ーー彼女の抱き心地を、感触を思い出してしまった。
妙齢の、異性を抱き締めたのは初めてなのだから、動揺するのも当然だ。
だが、今は、切っ掛けに、淡い炎がーー微熱が必要だ。
あとは。
臭いだけは、ネーラの匂いに変更。
ーー散々、恥はかいた。
今更、一つ増えたところで、ーーと言いたいところだが、俺も男なので、できれば、これで最後にしたい。
「ーーーー」
彼女の、熱は、今も俺の深い場所に残っている。
焼き焦がして尚、燃え盛る、あの荒々しさ。
余命わずかな、命の輝きーーなどとは思いたくない。
あれは、ベルニナ自身の魅力だ。
俺になかったものを、彼女は持っている。
不純な動機かもしれないが、俺はもう一度、彼女に触れたいと思っている。
俺の内側を、響かせたいと。
「そう、だな」
ベルニナを受け止めるのなら、より強い俺が必要だ。
なら、言葉は、決まった。
微熱に着火し、ベルニナの瞳に映る、自身の姿を心象。
炎、そのものとなる。
「放出」
刹那。
体から、抜き取られた。
「さっ、さっ、寒いっ!?」
熱、というより、命が吸い取られたような、怖気立つ感覚。
結果はどうあれ、熱を使い切ったことだけは、本能的に悟った。
「球は、……割れていないな」
「ーーーー」
途端に眠くなってきたが、あと少しだけ、目の前の現実と向き合うことにした。
透明だった、球の表面に、満面の笑みの、青年が描かれていた。
俺の言葉に、アルは、応えなかった。
自画像を発見された、嘘吐きは、観念して負けを認めた。
「残念です。気づかずに眠ってしまえば、僕の勝ちだったんですが」
アルは、割れ、と言った。
だが、熱で割れるとは言っていなかった。
割れるように、なっただけ。
この時点で、課題は、クリア。
あとは、意地悪が勝手に設定していた、勝負に勝っただけのこと。
とはいえ、勝てたのは、アルがずっと同じ水準に留めていてくれたからだ。
次回から、もっと酷くなるのかもしれない。
「あー」
草臥れた。
もう、腕を持ち上げる気力もない。
なので、頭突き。
割れなかったら、脳震盪にでもなっていたかもしれないが、割れても、似たような結果が待っているだけだった。
ばりんっ、と球が割れ、そのまま床に直行便。
どさっ、と倒れる。
「枕もあるのですから、床ではなく、座席で眠ったほうが良いですよ」
せめて、椅子の上から枕を取りたいが、腕は、ぴくりとも動かなかった。
「勝利者…権限……」
「まったく、手間が掛かりますね」
アルの、嬉しそうな声。
ロープだろうか、アルが手を振ると、俺の頭の横に、枕が落ちてくる。
ずりっ、ずりっ、と最後の力で体を動かし、何とか頭を乗せることに成功したのだった。
返事がなかったので、横を見てみると、風の女神が笑っていた。
魔法の神が、退屈そうな顔をしていたので、アルの不在を知ったーーなどということは、もちろんない。
「アル様なら、とっくに行ってしまったわ」
「独り言を呟いていた、ラクン。不気味だった」
一緒に、茂みに隠れた二人から、耳を塞ぎたくなる言葉が飛んでくる。
飾り気はないが、裕福な商人並みの邸宅。
幾つかある、幻想団の拠点の一つで、子供がいる家族の殆どが、この「幻炎の家」で暮らしている。
ーー夜もすがら。
山を下りてから、闇に紛れ、歩き詰め。
日が昇ってからは、街道沿いを歩き、昼前に到着。
幸い、他者との接触はなかったので、二人の「魅了」で精神を疲弊させたのは、俺だけだった。
ーー疲れた。
俺だって癒やされたいのに。
「はぁ~」
愚痴が出てきそうだったので、溜め息で誤魔化す。
どうしてだろう、アルの思惑が、手に取るようにわかってしまう。
ーー俺が、身を切るような想いで、我慢しているというのに。
「むむっ! アル様が、おばさんと仲良さそうに話しているわ!」
「大丈夫! ここから気づかれないように気絶させることは可能」
「失礼なことを言うな。あのお姉さんーールススさんの機嫌を損ねたら、馬車を借りられなくなるんだから、大人しくしていてくれよ」
彼女は、副団長の、アンリさんの奥さんで、「幻炎の家」の責任者でもある。
普段は優しい人なのだが、色々と難しい人でもある。
「ぬぬっ? アル様が家に入っていったわ」
「さすがアル様。もう、目的を果たした?」
言おうかどうか迷ったが、隠すこともないだろうと、事実を言うことにした。
「アルは、ボルネアとオルタンスを、あまり撫でることができなかったから、獣種の子供たちの、もふもふを堪能しに行ったんだ」
「だったら、ラクンちゃんも行けばいいのよ。我慢は、体に毒よ」
アルから事情を聞いたのか、ルススさんがやってくる。
四十歳の、姉さん女房。
生気が満ち満ちている所為か、三十歳でも通じる力強い容姿。
「幻炎」の「炎」は、彼女に因んでつけられたものである。
ここで育った子供の大半が、生涯、彼女には逆らえなくなるとの逸話からだ。
まだルススさんが責任者になってから、十年しか経っていないのに、そんな逸話ができてしまうのだから、彼女の肉力強女ぶりは、推して知るべし。
「ルススさん、お久しぶりです。ーールススさんは、大丈夫なんですか?」
「そちらの、二人のお嬢さんね。そんなもの、愛、があれば問題ないわ」
病的なまでに、夫である、アンリさんを愛している、ルススさん。
本当に、愛、という最強の武器で、何でもこなしてしまいそうだから、彼女は恐ろしい。
一時期、俺も「幻炎の家」に預けられたことがあるので、今でも頭が上がらない。
「どちらが、ラクンちゃんの恋人かと思ったけど、どっちも違うわね。お嬢ちゃん二人は、さっきの坊ちゃんの恋人ーーじゃないわね」
「お、お姉様、鋭いわ」
「お姉さんには、敵わない」
二人も、ルススさんのやばさに気づいたらしい。
俺の指示に従ってくれる。
「ラクンちゃんも、前より増しになったけど、男の顔にはなってないわね。せっかく外に出たのに、恋人も見つけられないなんて、純愛、が足りてない証拠よ。あたしゃ情けないよ」
散々な言われ様だが、ここで反駁したら、夜までルスス式の恋愛論を叩き込まれてしまう。
それだけは、何としても、避けなければならない。
「ラクン。あたしたちは、ここで待っているから、あなたも獣種の子供たちを撫でてきていいわよ」
「私たちは、その間、ルススお姉さんと話している」
駄目だ。
二人は、危機意識が足りない。
恋愛に関し、ルススさんーー先達から有用な話が聞けるだろう、とか思っているのかもしれないが、それは、大いなる勘違いだ。
「あたしも、そうして欲しいけど、幾つかの点で、駄目ね。一つは、ラクンちゃんたちが急いでいること。二つ目は、ラクンちゃんが、『撫師』なこと」
「なですとろ?」
「撫でるのが、めっぽう上手い人?」
「犬人のお嬢ちゃん、正解。だけど、その認識は、甘々よ。ラクンちゃんは、人気者だから、中途半端に立ち寄るなんて、駄目なのよ。そんなことしたら、子供たちは、泣き叫ぶし、暴れ回るしで、しばらくどうにもならないわ。この、『子供殺し』が!」
「…………」
このお姉さんは、本当に、空恐ろしい。
いったい、どこまで知っているのだろう。
「あとは、時間の問題ね。今すぐ、発ったほうがいいわ」
ルススさんは、確信を以て答える。
まさか、「魔雄の遺産」やベルニナを知っているとか、そんなことはないはず。
それでも、有り得ないと思えてしまうところが、彼女の怖いところだ。
すべてを、愛、で片づけてしまえる彼女は、本当に、底知れない。
「どうした、ルススさん」
真顔のまま、前触れもなく振り返ったので、尋ねる。
「静かになったわ。ラクンちゃん、あの子、何者なの?」
「そこはーー、俺からは言えないから、ルススさんが、自分で聞いてくれ」
「……そうね」
ルススさんを警戒させるとは、アルは、今度は何をやらかしたのだろう。
「ルススさん……?」
不意打ち気味に、ぎゅ~と抱き締められる。
「この家で育った子は、全員、あたしの子よ。例外は、ないわ。男なら、ーーどうなろうと、最後までやってみせなさい」
「ーーはい」
「幻炎の家」の子は、例外なく愛情を注がれる。
だからこそ、子を、家族を持つ団員は、安心して旅を続けられる。
ーー大陸を巡る、幻想団。
彼女やネーラ、親父の近くで、ずっと見てきた。
獣種と人種の橋渡しという、親父の掲げた目標を、見続けてきた。
「魔雄の再来」と言われる所以は、強さだけでなく、その志にある。
だが、残念ながら、幻想団を受け容れる、人種の国は少ない。
人種がいても、獣種の国々は、迎え入れる。
だのに、獣種がいるからと、人種の国々は、拒絶するのだ。
ーー俺に、何かができるなんて思えない。
それでも、魔雄のーー「アル」と「ハビヒ」のことを知った、俺はーー。
「馬車の用意が調いました」
「こらこら、アル。どうしたんだ? 俺がやることを、率先して、ぜんぶやるなんて」
「大したことではありません。子供たちを撫でさせてもらった、お礼というところです」
「そうか。じゃあ、ついでに馭者もやってくれ」
「はは、最初から、そのつもりです。ラクンさんには、課題を出しますので、ミュスタイアまで任せてください」
「…………」
頭が上がらない人物が、これで三人になった。
もっと前からそうだったのかもしれないが、今、明確にわかった。
ルススさんに挨拶してから、問題ないとは思うが、二人より先に馬車に乗り込む。
振り返ると、ボルネアとオルタンスが、ルススさんにぎゅ~とされた上に、何やら助言されているようだった。
二人の顔が、ぼっと炎の色に染まる。
きっと、生々しい言葉でも聞かされたのだろう。
「ラクンさん。これを二人に渡して下さい」
出発するなり、アルは、魔法陣が描かれた紙を手渡してくる。
「二人の、課題か? 少しは、休ませたほうが良いんじゃないか」
獣種で、人種よりも体力があるとはいえ、初めての旅路で、二人は、肉体的にも精神的にもボロボロだ。
俺の言葉に乗りたいが、アルの期待を裏切りたくない彼女たちは、神妙な顔をしている。
「はい。夜以外は、休んでもらいます。ただ、昼は、魔力を空っぽにしてもらいます」
「空っぽにするーーということは、魔力量を増やすことにつながるのか?」
「その通りです。ここまで、二人に無理をさせたのは、魔力を使い尽くす、ということに慣れてもらう必要があったからです。言い方を変えると、魔力を使い切っても、死なないようになってもらいました」
二人に魔法陣の描かれた紙を渡してから、アルの背中に、再度、問い掛ける。
「つまり、これからは、魔力切れを気にすることなく、仕込むことができるということか」
「領都に着くまでに、二人は、倍の魔力量になっている予定です」
どこまで本当かはわからないが、アルが、効率を重視していることは理解している。
同時に、同じくらい、容赦がないことも身に沁みている。
「にゃーっ!?」
「わぅーんっ!?」
二人が魔法陣に魔力を籠めた途端。
ごどんっ、と二人から、大きな球が産まれたーーではなく、生まれた。
「……魔力が」
「……空っぽ」
「はい。二人とも、ゆっくり休んでくださいね」
馬車を一旦、停めてから、アルがやってくる。
「にぃや~」
「わぁ~ん」
アルが笑顔で、彼女たちの頭を、一撫ですると。
二人で、肩を寄せ合い、至福の表情のまま眠ってしまった。
これで、彼女たちの精神も、大いに癒やされることだろう。
そういうわけで、残ったのは、俺が抱えきれないくらいに大きな、透明な球。
「球の大きさは、現在、二人の魔力量がどのくらいなのか、確認するためのものです。というわけで、この球を割ってください。これが割れたら、三つの階梯の、二段目のクリアです」
「俺は、アルを、まったく信用していない」
「嘘ではないですよ。ただ、達成した、そこが、スタートラインだというだけのことです。ここまでは、対魔法使い用の手段とはなり得ませんでした。ここからは、そうではないということです」
これまた、アルは、微妙な言い回しをする。
これまでのように、何かを企んでいるのだろう。
そうだったとしても、今の俺には、でっかい球と向き合う以外に、方法はない。
「起動」
体全体に、熱が生じる。
「収束」
右手に熱を集め、ばんっと叩いてみる。
打撃の反動で、ふあふあ~と球が浮かぶ。
割れる兆候は、まったくなかった。
本来なら、別の言葉を発動のための「鍵」としたいのだが、これらの言葉が一番、熱の伝わりを良くするのだから、背に腹は代えられない。
「やっぱり、熱を集めるだけだと、駄目っぽいな」
たぶん、焼けるほどに熱を集めても、この球は割れないだろう。
「…………」
目の前の二人は、気持ちよさそうに眠っている。
何となく、わかる。
アルに弄られた、俺も、魔力が空っぽになっても、恐らく死なない。
馬車での移動の間は、この類の鍛錬が行われるはず。
「収束」の次。
幾つか候補はある。
「発散」に「爆発」、あとは、纏ったり変化させたりといったことが考えられる。
一つずつ。
だが、中途半端は駄目だ。
たぶん、そんな時期は過ぎている。
失敗するとしても、全力だ。
「収束」で、溜めた熱を、外へ。
心象としては、「発散」や「爆発」と言うより、「放出」だろう。
ーー熱の、「放出」。
「俺の、アホ……」
ベルニナの、大炎ーー彼女の抱き心地を、感触を思い出してしまった。
妙齢の、異性を抱き締めたのは初めてなのだから、動揺するのも当然だ。
だが、今は、切っ掛けに、淡い炎がーー微熱が必要だ。
あとは。
臭いだけは、ネーラの匂いに変更。
ーー散々、恥はかいた。
今更、一つ増えたところで、ーーと言いたいところだが、俺も男なので、できれば、これで最後にしたい。
「ーーーー」
彼女の、熱は、今も俺の深い場所に残っている。
焼き焦がして尚、燃え盛る、あの荒々しさ。
余命わずかな、命の輝きーーなどとは思いたくない。
あれは、ベルニナ自身の魅力だ。
俺になかったものを、彼女は持っている。
不純な動機かもしれないが、俺はもう一度、彼女に触れたいと思っている。
俺の内側を、響かせたいと。
「そう、だな」
ベルニナを受け止めるのなら、より強い俺が必要だ。
なら、言葉は、決まった。
微熱に着火し、ベルニナの瞳に映る、自身の姿を心象。
炎、そのものとなる。
「放出」
刹那。
体から、抜き取られた。
「さっ、さっ、寒いっ!?」
熱、というより、命が吸い取られたような、怖気立つ感覚。
結果はどうあれ、熱を使い切ったことだけは、本能的に悟った。
「球は、……割れていないな」
「ーーーー」
途端に眠くなってきたが、あと少しだけ、目の前の現実と向き合うことにした。
透明だった、球の表面に、満面の笑みの、青年が描かれていた。
俺の言葉に、アルは、応えなかった。
自画像を発見された、嘘吐きは、観念して負けを認めた。
「残念です。気づかずに眠ってしまえば、僕の勝ちだったんですが」
アルは、割れ、と言った。
だが、熱で割れるとは言っていなかった。
割れるように、なっただけ。
この時点で、課題は、クリア。
あとは、意地悪が勝手に設定していた、勝負に勝っただけのこと。
とはいえ、勝てたのは、アルがずっと同じ水準に留めていてくれたからだ。
次回から、もっと酷くなるのかもしれない。
「あー」
草臥れた。
もう、腕を持ち上げる気力もない。
なので、頭突き。
割れなかったら、脳震盪にでもなっていたかもしれないが、割れても、似たような結果が待っているだけだった。
ばりんっ、と球が割れ、そのまま床に直行便。
どさっ、と倒れる。
「枕もあるのですから、床ではなく、座席で眠ったほうが良いですよ」
せめて、椅子の上から枕を取りたいが、腕は、ぴくりとも動かなかった。
「勝利者…権限……」
「まったく、手間が掛かりますね」
アルの、嬉しそうな声。
ロープだろうか、アルが手を振ると、俺の頭の横に、枕が落ちてくる。
ずりっ、ずりっ、と最後の力で体を動かし、何とか頭を乗せることに成功したのだった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!
ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。
なのに突然のパーティークビ宣言!!
確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。
補助魔法師だ。
俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。
足手まといだから今日でパーティーはクビ??
そんな理由認められない!!!
俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな??
分かってるのか?
俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!!
ファンタジー初心者です。
温かい目で見てください(*'▽'*)
一万文字以下の短編の予定です!

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
魔拳のデイドリーマー
osho
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生した少年・ミナト。ちょっと物騒な大自然の中で、優しくて美人でエキセントリックなお母さんに育てられた彼が、我流の魔法と鍛えた肉体を武器に、常識とか色々ぶっちぎりつつもあくまで気ままに過ごしていくお話。
主人公最強系の転生ファンタジーになります。未熟者の書いた、自己満足が執筆方針の拙い文ですが、お暇な方、よろしければどうぞ見ていってください。感想などいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる