めぐる風の星唄

風結

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炎の凪唄

ベルニナ・ユル・ビュジエ 11

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「ラクン様……」
 いえいえいえいえっ、何を言っているの、あたし!
 樹に寄り掛かって、ぶんぶんと左右に頭を振る。
 無我夢中で逃げて、ーーもう、限界。
 一度、休まないといけない。
 と、そうだった。
 露出したままの胸を、服の内側に仕舞ってーー。
「っ!」
 魔物ーーかしら?
 即座に、短剣を抜く。
 ーー獣の、臭いがした。
「気配は、ないみたいだけれど」
 また。
 鼻の奥に、詰まるような。
 それでいて、何故か馴染んだような、不快な臭い。
「……え?」
 ……え?
 臭い、のに、周囲に発生源がないとするなら、答えは、一つだけ。
「……あ、あたしが、臭いのね」
 それはそうよね。
 ベンズ領の宿を出発してから、体を洗っていない。
 徐々に臭くなっていったから、気づけなかったのかしら?
「ーーっ!!」
 そこで、あたしは、重要なことに気づいた。
 うっ、わあぁ~~っ。
 理性が崩壊しそうになるけれど、何とか踏ん張る。
「……当然、臭っていたわよね」
 そうでない、はずがない。
 いっ、やあぁ~~っ。
 悶絶しそうになったけれど、何とか踏み止まる。
「…………」
 ……過ぎてしまったことは、仕方がない。
 色々あり過ぎたから。
 それも出来事の一つだったとして、納得、は無理だから、諦めることにする。
「ふぅ~」
 兎さんに角が生えたら、きっと可愛いはず。
 思考もうそう力に問題ないことを、確認する。
 もう一度、動き出すために、考える必要がある。
「ラクン……」
 何もせずとも、浮かんできてしまう。
 考えずには、いられないのなら、心に落ちてくるまで、考えることにする。
 ーーラクン・ノウ。
 やってきた青年が、そう言っていた。
 ノウ幻想団。
 ネーラさんは、幻想団の兎さん。
 ネーラさんが、幼年期の兎さんだったとしても、獣種だから、歳は、あたしよりも上のはず。
 幻想団で、彼と一緒に育った、姉だったとしても不思議はない。
 一本の線でつながった。
 ーー彼は、名誉伯の息子なのね。
「慥か、名誉伯というのは、称号のようなもので、実際には、伯爵でもないし、領土も持っていないはずよね」
 それでも、その名声は、その影響力は、計り知れない。
 ビュジエ家の婿としても、家格は問題ない。
 それなら、結婚もーー。
「ーー結婚?」
 っ、っ!?
 なっ、ななっ、何を考えているの、あたし!
 ばしっばしっばしっ、と自分の顔を叩く。
「あー、うん、もう大丈夫」
 考えられる、限界まで考えてしまったので、諦めがつく。
 あたし一人の力では、どうやったところで、結婚まで届くはずがない。
 ーーそもそも、恋人ですらないのに。
 事実を認識した瞬間、勝手に頭が下がる。
「肌が、ーー色が変わっているわね」
 薄汚れている。
 爪で掻いてみると、粉になって落ちた。
 その下から、元の肌の色が現れる。
 すべて擦りたい衝動に駆られるけれど、どうせ無意味。
「どこかで体を洗って、服を買って、それからーー」
 唯一の手段にしたくなかったから、必死で「魔雄の遺産」を追い求めた。
 でも、それは、なくなってしまった。
 無意味ーーだったとは、思いたくない。
 何もしないで運命を受け容れるなんてーー。
「ーーーー」
 それ以上、言葉が続かない。
「『洞穴の主』ーーイオアニス」
 最後の手段。
 研究が、上手くいっているようだった。
 彼の研究が成功すれば。
 きっと、あたしは、二十歳を超えても生きられるーー。
「……父様。……母様」
 あの洞穴を、最期の場所にはしたくない。
 同じ死ぬなら、父様と母様、大切な人たちの許でーー。
「そうね、それだったら、最初から、二人と一緒に過ごしていれば良かった」
 ーー最後に頼らなければいけないのが、イオアニスなんて。
「っ! そうよっ、ラクン様に頼れば……、じゃなくて、ラクンに……、あー、いえ、ラクンさんならーー」
 兎にも角にも、理性と羞恥心が喧嘩を繰り広げた結果、呼び名は、「ラクンさん」に決定。
 「神才」と呼ばれた、ラクンさん。
 魔法にしても、魔法陣にしても、その称号に相応しいものだった。
 ーーラクンさんなら、どうにかできるのではないかしら?
「駄目、ね」
 確かに、ラクンさんは、この世界で、比類ない魔法使いかもしれない。
 それこそ、魔雄ハビヒ・ツブルクに匹敵するほどの。
 でも、イオアニスが長年研究しても、成し得なかったものを、短期間で完成させられるとは思えない。
 洞穴のような、設備もない。
 それに、もうーー。
 あたしとラクンさんのつながりは、途切れてしまった。
 追いかけてきてくれなかったし、これから戻ったところで、彼らは立ち去っているはず。
「独り、というのは、良くなかったわね」
 ラクンさんと一緒にいた、青年と、二人の獣種の女性。
 あの青年は、只者ではなかった。
 あの二人と一緒にいたのだから、獣種の二人も手練れのはず。
 ーー一緒に、旅ができたら。
 あたしも彼らに交じって、それで、ラクンさんの隣にーー。
「あたしの、馬…鹿……?」
 頬を叩こうとしたところで、体が熱くなった。
 ーー何かしら、これは。
 魔力が、体を覆っている。
 不意に、理解してしまった。
蝋燭ろうそくの炎ってことね。灯火消えんとして光を増す、という言葉もあったかしら」
 時間が、ない。
 考えて、決めたのなら。
 辿り着けない、なんて馬鹿なことにはならないように、魔力に依る軽い足取りで、あたしは、重たい心を運んでいくのだった。
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