めぐる風の星唄

風結

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炎の凪唄

魔雄の課題

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 俺は、両手を前に、おごそかに唱える。

   光よ
   輝け

「『光球』」
 ーー何の反応もない。
 俺は、両手で包み込むように、優しく唱える。

   明かりよ
   灯れ

「『光』」
 ーー以下同文。
「……ぅ、だぁ~っ!」
 リラックスするため、座っていた状態から、体を投げ出すように後ろに倒れる。
 ねぎらいのつもりなのか、或いは、なぐさめなのか、やわらかな風の絨毯に迎え入れられる。
「お疲れ様です。これで、すべての属性で、適性がありませんでした」
「…………」
 アルの言う通り、俺には、魔法の適性がないようだった。
 史上最高ぶっちぎりの、至高の魔法使いであるたのついずいをゆるさない、魔雄の見立てなのだから、間違いないのだろう。
 サイクロプス戦のあと、移動しながらアルの魔法講義を受け、現在、落第が決定したところだ。
「はは、ラクンさん。複雑な表情をしていますね」
「……大抵のことは、他人より上手くできたし、上達も早かった。適性がないというのは、ーー残酷だな」
 魔法には、興味があっただけに、残念だ。
 届かない、ということは散々味わった。
 できない、というのは、初めてかもしれない。
 ーーこれは、空虚?
 地面を這う生き物が、空を飛ぶ生き物を見上げる、心地に近いーーというのは、たぶん違うのだろうが、そんな感傷的な気分になってしまう。
こころみに魔法を使ってみたことはないんですか?」
「幻想団では、魔力や魔器はご法度はっとだったからな。欠員や病欠の穴を埋めることもあったから、疑いを持たれるようなことは控えておいた」
 実際には、そんな余裕はなかった。
 様々な雑用をこなしながら、残った時間はすべて、研鑽けんさんに費やしたというのに。
 輝ける光だんいんたちに、ただの一度も、触れることが敵わなかった。
 空に、手を伸ばしてみる。
 夕焼け空ーーとは呼べなくなるくらいに、夜の支配が広がっている。
 焚き火の音が心地好く、このまま眠ってしまいたいが、そうもいかない。
「触れても揺るがないもの……星霜に惑う……内包する形の……力強き足音を聞け……声を荒らげるときは今……永久とこしえに歌え……」
「ボルネア。暗記が苦手なのか?」
「得意じゃないだけでっ、苦手じゃないわ!」
 体を起こしながら聞くと、速攻で打ち消してくる。
 眉を顰めた、苦々しい顔で、美人が台無しだ。
 人は、事実を言われると怒る、などという至言は、口に出さないおく。
「俺は、台詞セリフを覚えるのは、苦手じゃない。団員みんなから、コツも教わっている。ーー聞きたくないか?」
 毛並みの良い、内面を如実に伝える素直な耳が、ぴくりと動く。
「……き、聞いてあげないこともないわ。早く、言いなさいよ」
 教わる側の態度ではないが、今回は問題ない。
 ボルネアとオルタンスーー旅の仲間。
 旅をするのなら、意思疎通はできるようにしておかないといけない。
 嫌われるのは仕方がないが、それはそれ、これはこれ、である。
 幻想団でも、最低限の約束事が守れない者は、所属することを許さなかった。
 彼女たちから歩み寄るというのは、現実的ではないから、俺が機会を作らないといけない。
 それに、アルから、そう振る舞うように期待されている、というのもある。
 そう、彼は、二人の教育のために、最大限、俺を利用するつもりなのだ。
「一つ目は、頭文字を覚える、ことだな。文字に付随して、全体を思い出すようにする。他に、書いた紙など、そのものを記憶する、というのもある。文字を思い出すんじゃなくて、書いた紙を思い出すんだ。あとはーー、呪文を、物語にしてしまう」
「物語?」
「そう、一つの物語として、意味を持たせる。言葉の羅列ではなく、それぞれを物語の場面シーンとしてしまえば、言葉は勝手についてくる」
「…………」
 俺の真面な助言に、拗ねた顔になる人猫セドゥヌム
 ボルネアも、オルタンスも、俺より断然強い。
 絶雄から百年以上、直接指導されていたのだから、当然。
 ただ、大切に、甘やかされて育った所為なのか、熱意は買うが、どこか抜けたところがある。
 アルなら、そうした部分を改善していくのだろうが、思った以上に時間が掛かるのかもしれない。
「オルタンス。まだ、撫でてもらっていないのか?」
「……まだ」
 こちらも、膨れっ面になる犬人ウンター
 いつもは凛々しい彼女だが、子供っぽい姿に、頬が緩みそうになり、慌てて引き締める。
「『ハビヒ』としての生を全うしたあと、サッソとヌーテを撫でた感触を忘れたくなかったので、獣種を撫でないようにしていました。ーー失敗しました。正直に言うと、僕は、二人を、早く撫でたいです。でも、課題を達成してくれないと、撫でられません」
 禁断症状なのか、もどかしそうに手をわきわきさせる。
 課題を達成した、一つ目の「ご褒美」が、頭撫で撫で。
 アルにとっても残念なことに、彼女たちは、まだ一つも達成できていないのだ。
 それは、俺も同じことで、随分とネーラ、というか獣種を撫でていない。
 目覚めたあとの、毎日の日課だったから、寝起きに、兎人メソルチーナを求め、勝手に手が彷徨さまよってしまうことが未だにある。
「呪文には、基本の形があります。それを覚え易くしたり、唱え易くしたりすると、威力が増すこともあります。大抵は、自分の好みに合わせて、変化させます。そこで、ラクンさん。手本として、先程、ボルネアが唱えていた呪文を、自分好みに変えてみて下さい。上手くできたら、『ご褒美』として、『課題』を上げます」
 料理の手を止めずに、アルは、淡々と提案してくる。
「魔雄様に料理をさせるなんて、申し訳ない気分になってくるな」
 すぐに答えるのは、死に急ぐのと同義なので、決断まで時間を稼がせてもらう。
「僕は、『ハビヒ』として、概ね、遣り切りました。だから、『アル』は、『ハビヒ』のときにやらなかったことを、たくさん経験しようと思っています。知っての通り、『ハビヒ』は味覚がおかしかったので、料理は、あまりしませんでした。それに、恋愛もそうですね。できれば、子育てとかもしてみたいので、二人には、頑張ってほしいです」
「っ!?」
「っ!!」
 優しい笑みのアルと、途端に赤面するボルネアとオルタンス。
 妙な関係の三人だ。
 その気があるのかどうかまったくわからない人種の青年と、普段は積極的なのに、肝心なところで弱気な青年期の獣種。
 兎さんに角を生やしてよけいなことをかんがえている場合ではなく、俺が考えるのは、別のことだ。
 アルの「課題」は、きっと、途轍もなく有益だ。
 だが、それに比例し、危険度も鰻登り。
 絶雄からも、助言けいこくされている。
 畢竟ひっきょうするに、断るという選択肢はない。
「ーー物語は、輪となって踊る」
 俺は、指針としている言葉を、あえて口にする。
 ネーラ以外で、一番仲が良い獣種だんいんが教えてくれた、物語ことば
 言葉を、感覚にまで落とし込み、再構築する。

   見上げた星空を忘れない
   遥かな星空から見下ろせば
   彼らもまたひとつひとつの星で
   輝ける星座となる
   ひとかけらの光を奏でよう
   かすかな生命の息吹は
   絆で紡がれた希望の吐息となり
   この大地に芽吹くだろう

 ーーやはり、駄目だ。
 団員かれのように、言葉は物語とならず、光り輝くおどりまわるようなことはない。
「ーーラクンさん。最後に、術名を唱えないと、物語が完結しません」
「……必須なのか?」
「はい。魔法使いとして、そこは譲れません。ですが、僕は、ラクンさんの呪文ものがたりが気に入りました。夕餉のあとを、楽しみにしていて下さい」
 どうやら、及第点には達したらしい。
 アルに認められた(?)ことで、またぞろ二人が睨んでくるが、悪意の量は、何故か、いつもより少ない。
「しかし、その分厚い肉といい、美味そうな匂いのスープといい、いったいどこから食材を調達したんだ?」
 この、刺激的な匂い。
 料理には、香辛料が使われている。
 野菜は、新鮮そのもの。
 料理自体は、王宮での饗応きょうおうに比べても遜色のないものだ。
「夕餉のあとからが、本番ですから。皆には、精をつけてもらわないといけませんからね」
 単眼の巨人サイクロプスとの激闘は、本番メインではなかったらしい。
 毎度の微笑で、俺たちをどん底に突き落とすが、夕飯を美味しく食べてもらうためだろうか、魔法で配膳しながらおれたちの鼻先に人参ちしきをぶら下げる。
「食事をしながら、僕に聞きたいこと、知りたいことがあれば、答えられる範囲で応えます。二人からの質問は、鍛錬の前にするとして、今は。ラクンさん、何かありますか?」
 彼女たちを後回しにしたのは。
 俺に聞かれたくない質問ないよう、ということだろう。
「聞きたいことは、幾らでもある。そうだなーー、教えてくれるというのなら、が知りたい」
 俺は、ふよふよと移動してきた、料理を指差す。
「料理のことですか? 隠し味は、秘密ですよ」
「んなわけあるか。というか、アルは、予想できているんだろう?」
「はは、魔法のことですか?」
「そうだ。アルは、呪文を唱えずに、魔法を使う。アルのことだから、別に、秘密ということじゃないだろう?」
「はい。話しても、問題ありません。ーーということで、食べながら話します。魔法の神カナロアの恵みに、感謝いたします」
「そういえば、カナロアは、魔法の神でもあったっけか。ーー今日も良い風を吹かせていただき、風の女神ラカに感謝を」
 ボルネアとオルタンスは、魔雄様アルに感謝を捧げたので、げんなりする。
 人種アオスタの教団に、魔雄ハビヒ・ツブルクを神と崇める、魔雄教というものがある。
 彼らの主張の一つが、人種こそ至高の種族である、というもので、勧誘のしつこさもあり、人種から煙たがられている。
「うおぉ……、美味えぇ~!」
 疲れてお腹が減っているということもあるが、それを差し引いても、明らかに通常の料理とは一線を画している。
 幻想団が雇っていた料理人ですら、ここまでのものは作れなかった。
 とはいえ、これは腕というより食材の違いだろう。
「二人とも、お代わりはありますから、ゆっくり、味わって食べてください」
 一気に掻き込んでいた二人は、ばつが悪そうに、ほどほどに食べる速度を緩める。
 住み慣れた居館から旅立ち、初めてのことばかりで、心も体も疲労し、栄養を求めているのだろう。
 美味しいご飯と、アルの優しい微笑みで、ーー二人は、微妙な表情になる。
 彼女たちの理想の情景では、立場が逆だったのだろう。
 アルを癒やすはずが、逆に、癒やされ、かてて加えて料理の腕で、勝てないことを実感したのかもしれない。
「では、まず、これを見てください」
 アルが手を振ると、焚き火が、雪の女神ポリアフに抱き締められたかのように、一瞬で火勢が衰え、薄暗い闇に溶け込む。
 そこに、闇を打ち払う、淡い光源が浮かび上がる。
「わぁ……」
「……綺麗」
 青白いーー星の光を集めて描いたような光景に、二人は、感嘆の声を上げる。
 俺たちを囲むように、二重の円が描かれ、円の内側には複数の文様ーー単独文。
 二重の、円の合間や、文様の周辺に、古代期の文字が散らされている。
「本来なら、起源期の文字を用いるのですが、僕は、古代期の文字のほうを気に入っているので、こちらを採用しています」
「ーーこれで、魔法が使えるのか?」
 今は見えているが、魔法を使う際には、何らかの手段で隠蔽していたのだろう。
「これは、魔法陣です。この描かれた陣が、呪文の代わりとなります。正確には違いますが、説明すると長くなるので、そういうものだと思って下さい」
「これは、呪文が、発展した形なのか?」
「一応は、そうなります。通常の魔法陣は、地面に描いたり、紙や木版に描いて持ち歩いたりと、呪文とは用途が異なります」
「ああ、何となくわかった。魔法陣の、技術が向上するまでは、使い勝手が悪かったんだな」
 アルは、魔力で描いているようだが、恐らく、そんな高度なことができるのは、魔雄だけだろう。
「さすがラクンさんです。初期の頃は、単純な魔法ですら、大きな魔法陣を描かなければなりませんでした。羊皮紙は高いし、木版は嵩張かさばるし、地面に描いたら動かせません。用途が限られている上に、使い勝手も悪いとあって、魔法陣を継続して研究する人がいなかったのです」
 アルが指を鳴らすと、魔法陣が回転を始める。
 それから、一つ、二つーーどころか、様々な大きさの、数十の魔法陣が、俺たちの頭上を埋め尽くす。
 同じく、大小色とりどりの光の輪が形成され、魔法陣を取り巻くように回転し始める。
 神々が装飾したかのような、幻想的な光景。
 声もなく魅入られ、放心状態となった二人と違い、演劇の演出に使えるなーーなどと野暮なことを考えていたが、一つの可能性に思い至った瞬間に、血の気が引いた。
「……おい、アル。これ、ーーこの、とんでもない数の魔法陣は、一つの魔法じゃないだろうな?」
「ラクンさんが、女性だったら良かったのに」
「ぶぎゃーーっ!!」
「ぎゃるるるっ!!」
 石や剣が飛んでくる、賑やかな夕食時。
 サイクロプス戦では、意味がないので使わなかった、盾で防ぐ。
「はい。これを見て下さい」
 生き物のように、頭上から魔法陣が逃げ出すと、巨大な硝子ガラスのような円い板が出現する。
 円盤の中心には、満月。
「う…ぎぃ……っ!」
 仰け反って後ろに倒れそうになったが、ぎりぎりで体勢を立て直す。
 突然、月が落ちてきたのだ。
「……?」
 だが、直後に、勘違いだと、無理やり自分を納得させた。
「そのほうが見易いでしょうから、二人は、その体勢のままでいて良いですよ」
 俺と違い、堪え切れなかった二人は、アルの魔法で受け止められていた。
 いっその事、寝転がってしまいたいが、アルが魔法を使ってくれるかわからないので、首に負荷を掛ける。
「満月が落ちてきたんじゃなくて、遠くのものを近くにーーというのも違うのか? 兎にも角にも、視力が上がったみたいに、見え易くなったんだな」
 円盤の中の、小さな円に過ぎなかった満月は、円盤より大きくなり、今は、荒々しい月の表面の大地が見えるようになっている。
「これはーー、神々は月に住んでいる、という神学者もいたが、それはなさそうだな」
 何もない、荒れ果てたような大地。
 こんな殺風景な場所を、神々が住み処とするとは思えない。
「ラクンさん、ラクンさん、そろそろ別のところに注目して下さい」
 俺ではなく、ボルネアかオルタンスに振れば良いものを。
 これもアルの教育方針だと諦め、円盤の中心の、穴に言及する。
「円い、でっかい、底が見えない穴があるな」
「はい。あれは、『ハビヒ』が晩年に、穿ったものです。この魔法陣は、『ハビヒ』が使えた、最大火力の魔法です」
「『ハビヒ』が使えた?」
「以前、僕が言ったことを覚えていますか?」
 海底から、浮上するように、情景が浮かび上がってきたので、そのまま口にする。
「『僕はやっとこ、魔雄ハビヒ・ツブルクの足元に及んだところです』ーーか」
 これもまた、アルに弄られた結果の、能力か何かなのだろう。
「正解です。僕はまだ、『ハビヒ』の足元に及ぶ程度にしか、魔法を再現していません。ーーそのまま、必要がなければ良いのですが、そうもいかないのでしょうね」
「魔雄の予言なんて、不吉すぎるから、やめてくれ」
「あれだけの穴を開けても、天罰はなかったのですから。兎さんにつのが生えるくらいの確率で、神様は住んでいないと思います」
「それは良いが、何だか、暴発しそうな気がするから、この魔法陣を消してくれ」
 魔法陣の効果を知った途端に、薄気味悪くも見えてしまうから、不思議だ。
「はは、暴発の心配はありませんよ。この魔法は、言うなれば、の魔力量が必要なんです」
「十魔雄って……、単位か? それは、魔雄の魔力、十人分ということか……?」
「はい。ですので、魔法をぶっ放すまで、二週間も掛かってしまいました。魔法陣を維持しつつ、魔力を注ぎ込まないといけなかったので、邪魔が入らないように、サッソに護衛をお願いしました」
 わかっていたことだが、改めて四英雄が規格外だということを思い知る。
「あっ、そうでしたわ!」
 何かに気づいたボルネアが荷物を漁ると、直感したオルタンスも、彼女に倣う。
「あった!」
 先に荷物から目的の物を取り出したのは、オルタンスだった。
 どうやら、几帳面なのは、彼女のほうらしい。
 遅れて取り出したボルネアの物も、銅製だったので、アルに尋ねることにする。
「見たところ、二人は、登録したばかりに見えるんだが、何でDクラスなんだ?」
 俺の問いに、キョトンとする二人。
「カステルが、登録だけはしておいたのでしょうね。絶雄と闘っていたという『功績』が認められて、承認されたのでしょう」
 アルは、喋りながら手を振る。
 魔法陣が消え、炎神ペレの息吹で、炎を宿す。
 焚き火だけでなく、四方に「光球」が散らされる。
 二人が持っているのは、手に納まるくらいの大きさの、銅製の冒険者のカード。
 アルの説明だけではわからないだろうから、俺も荷物から取り出す。
「む、鉄だわ」
「ーーC級?」
 そうだったら良いのだが、早とちりだ。
 俺は、結わえた紐を解きながら、説明する。
組合ギルドに登録したあと、半年は、見習い期間だ。期間内に、既定の依頼をこなせば、D級に昇格する。駄目なら、また半年、見習いだな。そして、組合から最初に課される依頼が、見習いのカードを半年間、紛失及び損傷させないことだ」
「ぷっ……、木?」
「っ、……木製」
 好きなだけ嗤うが良い。
 冒険者なら、誰もが通る道。
 損傷しないように、二枚の鉄板で挟んだ木製のカードを見せてから、とっとと仕舞い込む。
 事情は、考慮されない。
 ないとは思うが、二人に渡したら、悪戯で破損させられるかもしれない。
 せっかくこれまで守ってきたのだから、最大限の注意を払うのは当然のことだ。
「そして、これが、B級のカードですね」
 毎度の如く、アルの手元に突然現れる、銀製のカード。
「それくらい、厭わずに、魔法じゃなくて、普通に取り出せば良いんじゃないか?」
「ああ、まだ言っていませんでしたね。僕の魔力量は、規格外ですので、色々と悪さをするんです。こうやって、魔力を消費して循環させておかないと、周囲の人が、魔力中毒になってしまうんです」
 アルはいつも通りだが、彼に突っ掛かった格好の俺に、二人が険悪な雰囲気を漂わせ始めたので、話を逸らすことにする。
「アルがB級というのは、意外ーーでもないのか」
 前言を翻した俺に、目線で促してきたので、アルの求めに応える。
 結局、二人に睨まれることになるが、険悪、よりも、嫉妬、のほうが増しだろう。
「A級は、地域で一人か二人だから、目立つ。C級だと、侮られる。そこで、目立たず、侮られない、B級ということだろう」
「他にもあります。冒険者のカードは、身分証にもなっていて、他国へ簡単に入国することができます。ですが、C級以下は、入国後、その国の組合の本部に赴かないといけません。B級以上は、それが免除されます。当然、規則を破れば、通常より重い罰が科されます」
 特権に見合う、義務。
 冒険者組合の組合総長は、やり手との噂で、そうした点で怠ることはなく、各国から信頼を得ているらしい。
「アル様。そうなると、A級のカードは、金製かしら?」
「C級のカードは、鉄製?」
「A級は、金製ですね。あと、面白いーーと言ってはいけませんが、C級も、D級と同じく、銅製なのです。冒険者の死亡率が一番高いのがC級で、D級からC級になって、一端いっぱしの冒険者になったことで得意になり、また、B級になろうと無理をするので、自然死亡率も上がってしまいます。昇格する際に、その辺りを言い含めながら、銅製のカードを渡します。それと、S級は、魔石が使われているそうです」
「あ……、討伐部位」
 アルの、昇格の話を聞いていて、思い出した。
 三人おれたちは、サイクロプスを倒した。
 だが、それを証明するものがない。
「サイクロプスの討伐部位は、単眼、です。あれ、持って帰りますか?」
 俺が剣を打っ刺したので、今頃、真面な状態ではないだろう。
 というか、もう喰われているかもしれない。
「もしかして、単眼を傷つけないように倒すのが、定石セオリーなのか?」
「あれは、サイクロプスの亜種ですが、単眼を傷つけずに持ち帰ったら、好事家が買い取るので、金貨二百枚くらいになります。組合を通して、カステルに伝えれば、部位がなくとも、ラクンさんは、D級昇格は確定ですし、ボルネアとオルタンスは、C級に昇格できます」
「それと、今、気づいたんだが、絶雄様は、組合に依頼を出したんじゃないか?」
「父様が、依頼を?」
「あっ、ーーそういうこと」
 オルタンスは、気づいたようだ。
 そこで彼女に振ってやれば良いものを、アルは、また俺を見てくる。
「親心ーーみたいなものだろうな。『魔雄の遺産』をどうにかする、そんな依頼を、俺たちが請けたことになっているんだろう」
 組合の者からすれば、絶雄の後ろ盾がある俺たちを、ないがしろにすることはできない。
 逆に言うと、目をつけられた、とも言える。
「昇格については、気にする必要はありません。ボルネアとオルタンスには、遠からず、最低でもA級になってもらいます。S級でも、『ハビヒ』の『足元』にも及ばないのですから、数年以内に『膝』くらいの力量になる予定の二人には、放っておいても名声や称賛が付き纏ってくるでしょう」
「が、頑張るにゃー」
「わーん、犬突猛進」
 空元気でも、出るだけ増しだろう。
 絶雄は、先を見据え、二人を育てていた。
 アルの見立ての通り、二人で生きていけるだけの、素地は出来上がっていたはず。
 そうなると、懸念は、もう一つ。
 恐らく、魔雄の膝に及ぶ程度でないと、二人は、自身の魔力を完全に制御することが敵わないのだろう。
 ただ、そこまで強くなってしまえば、他人を魅了してしまうという弊害も、意味のないものになっているはず。
 アルはまた、すべてを言っていない、のかもしれない。
「食べ終えたことですし、これから僕は、二人に魔法を教えるわけですが、何の魔法を教えるか、ラクンさん、わかりますか?」
 明らかに、罠だ。
 悪戯小僧の、笑みだ。
 それでも、アルに応えたいと思ってしまっている俺は、どこかおかしくなっているのかもしれない。
「幾つか候補はあるが、一気に向上させようとするなら、『飛翔』だろう」
「ラクンさんが、是非にと推すのであれば、『飛翔』にしましょう」
 尤もらしく、アルが頷く。
 目論見通りだろうに、態とらしいにも程がある。
「ラクン。どうして、『飛翔』を選んだのかしら?」
 今、言わずとも、あとで嫌でも気づく。
 だが、初めて名前を呼ばれた、この機会を逃したくはない。
 ウキウキなんてしていない俺は、極力、冷静さを装いながら、説明する。
「普通の魔法なら、失敗しても、それだけだ。だが、『飛翔』は、空を飛ぶわけだから、下手をすれば、墜落死する。命懸けで取り組むから、能力の向上が期待できる」
「死の危険があるとわかっていて推したのか、ラクン」
 ーー仕舞った。
 そこまでは、考えていなかった。
 どうやら、俺は、舞い上がっていたらしい。
 こうして二人に睨まれているというのに、オルタンスにも名前を呼ばれたので、俺の心は、未だ風の女神ラカとダンスの途中だ。
「というわけで、ラクンさん。これを、どうぞ」
「硝子玉?」
 アルが渡してきたのは、真ん丸の、透明な球体。
「おっと……」
 受け取ると、風のように軽く、両手で押さえる。
 両手で余るくらいの大きさだ。
「魔法の適性がない、と言ったときの、僕の言葉を覚えていますか?」
「ん? ああ、そういえば、『これでめでたく』とか言ってたな」
 てっきり皮肉かと思っていたが、どうやらそういうことだったらしい。
「魔力を、魔法として発現できないことで、対魔法使い用の、有用な手段を得ることができます」
「そんなもの、初耳なんだが」
「これに気づく魔法使いは、それなりにいると思います。ただ、自分たちに不利となるかもしれないので、大抵は口をつぐみ、人口に膾炙かいしゃしていません」
「これを破壊するのが、今日の、『課題』というわけだな」
「『結界』を張っておきます。僕たちは、日付が変わる前には帰ってきませんので、達成したら、先に寝ていて構いませんよ」
 アルの課題だ。
 自分から望んだこととはいえ、気が滅入る。
 どうやったところで、一筋縄ではいかないだろう。
「は~い、それでは、楽しい鍛錬の始まりですよ~」
 一人だけ、陽気なアル。
 一つは羽のように軽々と、それを追い、重々しい二つの足音が離れていく。
 見送るのは、自虐のような気がしたから。
 俺は犠牲者おなかまを、顔を上げずに、手を振って送り出したのだった。
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