めぐる風の星唄

風結

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炎の凪唄

魔雄の懸念

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「ラクンさん。そんなに見詰められると、恥ずかしいです」
「……何の話だ」
 俺が見詰めていたのは、肌も荒々しい、イカした壁さんだ。
 俺にそんな趣味はない。
「ミュスタイアを建国するとき、お金がありませんでしたから。バレない範囲で、僕が色々なものを造りました」
「そうなら、そうと言え。ーー絶雄様が、この居館に住んでいるのは。魔雄の形見のようなものだったんだな」
「四人が集まるときは、居館ここだった。衰退期に至って足が向いたのはーー。女々しいと言われても仕方がないがな」
 交じり合うはずのなかった、時間。
 絶雄と、魔雄のーー。
 ーー時間?
 ふと、気づいたところで、見透かしたアルが聞いてくる。
「ラクンさん。僕に、聞きたいこと、ありますよね?」
 その質問に、アルの性格が滲み出ているようだ。
 この場にいることに、引け目を感じている俺には、逃げ場なんてない。
「……幾つかある。一つ目は、時間だ。アルは、十歳のときに、魔雄の記憶と力を得た。そうなると、不思議、というか、間尺に合わないことがある。絶雄様を慕っている、アルは、どうして、すぐに会いに来なかったんだ?」
 アルに遠慮など無用。
 ずばりと、直球で聞く。
「それは、これを完成させるためです」
 魔法のように、或いは魔法を使ったのか、何も持っていなかったはずの、アルの手に、薬瓶が現れる。
「そのようなこと、気にせずとも良いものを」
 差し出された薬瓶を受け取り、絶雄は、困ったような、それでいて、優しい笑みを浮かべる。
「獣種の寿命は、四百年から五百年です。種族によっては、七百年ほど、生きる者もいます。例外なのが、竜種で、寿命は、千年と言われています。ですが、長生きをするのと引き換えに、或いは宿命として、衰退期の終わりに、苦痛に見舞われることになります。七百年程度であれば、風邪を引いたくらいの苦痛で済みますが、ーー千年で、竜種でさえ、呻き声を上げるほどの激痛。千三百年の、カステルなら、その苦痛は、想像を絶するものになると思います」
「永く生きた、代価のようなものだ。存分に味わってから、三人みなに、逢いに行くつもりだった、のだがなぁ」
 絶雄は、万感を籠め、淡い黄金の液体を見詰める。
「ハビヒのときには、完成させることができませんでした。僕の、大きな心残りの、一つでした。世界を巡りながら、薬を完成させることができたので、カステルに、逢いに来ました」
「先に逢いに来てしまうと、絶雄様に『そんなことをする必要はない』と、止められると思ったからか?」
「正解です。ただ、他にも理由がありました」
「世界を巡ったーーということは。もしかして、その規模での、異変か何かがあったのか?」
「さすがラクンさん。想像力が豊かですね」
 短い付き合いだが、わかる。
 馬鹿にしているように聞こえるが、アルは、素直に感心しているようだ。
 直接的には、俺の質問には答えず、別のことを聞いてくる。
「『年代記』と、著者の、ヨーハン・ハインリヒ・ブリンガー。どちらか、ご存知ですか?」
 俺だけでなく、ボルネアとオルタンス、更には、絶雄まで首を振る。
「僕が、ハビヒが、百歳くらいの頃でした。ヨーハンが、『年代記』を送ってきました。人種アオスタからの献本でしたから、燃やそうと思いました。ですが、本に、罪はありません。『年代記』というタイトルには、惹かれるものがありましたので、読んでみました。ーーがっかりしました。僕が知らないことは、何も記されていませんでした。急ぎの案件もなかったので、気紛れに、最後の章まで読みました。僕は、ーー見誤っていました」
「思い出したぞ。ヨーハンというのは、ハビヒの、アオスタの、唯一の友人だったな」
 ーー唯一の友人。
 晩年になって、交流を持ったーーと言っていたが、友人と呼べるくらいの、深い付き合いだったらしい。
 それが、何故だか、酷く安心できてしまった。
「ヨーハンは、あることに気づいたのです。歴史的な出来事が、周期に基づいて、起こっていることに」
「周期? 百年ごととか、三百年ごととか、定期的に起こっていたーーなんて、そんなことが、人為的みたいことが、あったと?」
「人為的ーー何者かの介在があるのかどうかは、わかりません。どちらかというと、自然現象ですね。そこで、僕は、ヨーハンの家まで飛んでいきました」
 言葉通りに、「飛翔」の魔法か何かで、飛んでいったのだろう。
「それから、三年。行動を共にしました。幸いなことに、ヨーハンが亡くなるまでに、その謎を解き明かすことができました。彼との交流があったお陰で、僕は、人種を、ゴミではなく、虫と思えるくらいには、認識が変化しました」
「…………」
 それは、良いことなのかどうなのか、微妙なところだ。
 ーー中途半端に嫌うくらいなら、完全に嫌ってしまえ。
 とある物語に、そんな台詞がある。
 ーー変に希望を持つから、苦しむのだ。
 作中の人物は、その希望に縋り、破滅することになる。
 同時に、その人物の生き様は、人々に問い掛ける。
 希望を最後まで持ち続けたことは、幸せなことではなかったのかと。
「実は、一万年くらい前までは、この世界に、魔力はなかったのです」
「……何の、話だ?」
 態となんだろうが、アルとの会話に疲れてきた。
「何と言われましても。解き明かした、謎の話です」
 アルが、楽しそうに、笑っている。
 俺は、色々なことを、諦めた。
「続けてくれ」
「はい。僕たちが解き明かしたのは、世界の、魔力分布です。これが定期的に変化することで、気候変動や地震など、いつ頃、発生するのかを予知することができるようになりました。また、魔力の発生の原因も突き止めたので、世界の魔力を、制御できるようになりました」
「……ちょっと待て、アル。今、とんでもないことを、言わなかったか?」
「世界の魔力を制御できるようになったので、同時に、世界から魔力を消すこともできるようになりました。なので、今、僕は、とても悩んでいるんです。この世界から、魔力を消してしまったほうが良いのかどうか、迷っているんです」
 世界が、大混乱になる。
 俺の頭では、理解は覚束ないが、様々なことが根底から覆されることになるだろう。
 そんな権能が、選択肢が、一人の人種に委ねられている。
「そこは、ハビヒの気紛れで構わん。『千策』を遺せたのはーー、事前に教えてくれれば良かったものを」
 世界の命運を、勝手に、アルに預けてしまう絶雄。
「『千策』というのは、国を造ったあとの、千年間の、里程標のようなものです」
 驚くのに疲れたので、アルの説明を、そのまま受け取る。
「もう、な。予知、と言って良い、水準だった。ーー心苦しかったぞ。わし以外には、誰も理由がわからず、信じさせることでしか、従わせることができなかった。災害が起こる前に食糧を備蓄したり、それとなく警告したり……。すべてを見通す目の持ち主ーー『千眼』とか呼ばれて、死ぬほど恥ずかしかったのだぞ」
 称賛された過去を思い起こしてしまった、絶雄は、背中を丸め、顔を両手で覆ってしまう。
 絶雄の性格からして、耐え難かったであろうことは、容易に想像できる。
 「千策」などという存在が知られれば、こちらも大問題となっただろう。
 絶雄ちちおやを、助けつつも困らせる、魔雄むすこの悪戯だったのかもしれない。
「四英雄は、通常よりも寿命が長かったんだろう? 魔雄も、百十三歳まで、生きたんだし。魔雄なら、薬を完成させるまで、寿命を延ばすくらいなら、できたんじゃないか?」
 絶雄が可哀想になってきたので、話を逸らすことにする。
 まさか、四英雄の一人を、助けようなんて思う日が来るなどと、夢ーーでは、何度かあったような気がする。
「通常の、獣種や人種の寿命を延ばすくらいなら、できました。ただ、カステルが言ったように、僕たちは、特別でした。試してみるには、危険すぎました。サッソにも、釘を刺されていましたしね。お姉さんのーー可愛い兎さんには、逆らえませんでしたから」
 そういえば、爆雄も、ネーラと同じ、兎人メソルチーナだった。
 爆雄と称えられているくらいだから、性格もネーラと似ていたのかもしれない。
「他に、何かありますか?」
「そうだな。じゃあ、最後に。四英雄や、魔王のこともそうだが、現在に、まともに伝わっていない気がするんだが、そこでも魔雄が暗躍しているとか、ないよな?」
「ええ、ありません。そこは、別の人が原因です」
 原因、ということは。
 他にも魔雄水準の、厄介な、とんでもない人物がいたということになる。
「そうなると、逆に。魔雄でも、止められなかったということか?」
「時期が、悪かったというのもあります。ーーラクンさんは、『五覇王』をご存知でしょうか?」
「聞いたことはない。感じからして、魔王を倒した頃の、五大国の王様か?」
「正解です。世界を救うのに裨益ひえきした、五大国です。当時は、『覇王五種』などとも呼ばれ、獣種の特定の五種が、我が物顔で振る舞っていました。魔王を倒した頃には、五覇王の、ミソッカスみたいな、鰐族の王様ーーテオドールさんでしたが、僕たちがミュスタイアを造っている頃には、五大国の中でも、頭一つ、抜け出た存在になっていました」
「それは凄いな。と思うと同時に、不安しか湧いてこない」
 慥か、鰐族は現在、没落して複数の地域に散らばっていたはずだ。
「テオドールさんは、野心家でしたが、話が通じない相手ではありませんでした。ただ、彼は、四英雄より上の存在になりたかったようなのです。彼にとって幸いなことに、絶雄と魔雄は、国を造っていました。そう、自分と同じところまで、同じ領域まで下りてきていたのです。そこで、僕たちに勝ったと思い、増長してしまった彼は、自身を神の化身として崇めるように、国民に強いました」
「それだけなら、さしたる支障もなかったから、捨て置いても良かったのだがな。元々、鰐族には、そうした気質があった。しかし、彼奴あやつは、最期にやりよった」
 殆どの、獣種の資質は、統治に向いていない。
 テオドールという獣種は、よほど傑出した才能を持っていたのだろう。
「墓に、財宝とともに、埋葬されました。これは、問題ありませんでした。どうせ、誰かに、あとで掘り返されるでしょうから。彼は、生前、国内に『大図書館カマカウ』を造らせたのです。ここに、世界中から集めた、貴重な、失ったら、もう二度と手に入らない……」
「もしかして、アル、滅茶苦茶、怒っている?」
「そんなことはありません」
 そんなことはあるようだ。
「わしらが駆けつけたときには、手遅れだった。世界の叡智が、灰と化していた」
「ーーアル。これは、俺の予想、というか、確信に近いんだが、アルはその、大図書館の本の内容は、全部、頭の中にあるんじゃないのか?」
 魔雄が、そこら辺のことを、怠るとは思えない。
「幸いなことに。魔雄の記憶の中に、ちゃんとありました。ーーそれでは、世界のことについて、ある程度語ったので、カステルに送った、手紙のことに移りましょう」
 これまた、さらりと重要なことを認めた、アルは、本題に入ったはなしをそらした
「…………」
「往生際が悪いですよ、絶雄様」
 絶雄の、こんな姿を見られるのは、本当に一握りだけなのだろう。
 四英雄も、人の子。
 目が曇ると、そんなことすら忘れてしまう。
「予想はつくだろうが、わしは、ハビヒを、息子を喪い、消沈していた。それから、十年。その哀しみを誤魔化すように、王としての責務に、励んだ。やることは、山とあったからな。その後、自分から仕事を探すようになって、漸く、手紙を読む気になった」
 立ち上がり、暖炉まで歩いていくと、先程、俺が語り合っていた壁を、ぐっと押す。
 居館は、魔雄が造ったそうだから、魔法の仕掛けだろう。
 隠し金庫のような空間から、大事そうに取り出し、戻ってくる。
「ハビヒが、子供の頃に作った、わしの、誕生日にくれた贈り物プレゼント。『宝箱』に、二通の手紙を入れておいたのだが、開けてみたら、一通……、なかったのだ」
「絶雄様のことだから、一生懸命、探したんだろうな」
「恥を忍んで、ヌーテとサッソにも、協力を仰いだのだが……。爾後じご、十年間、口をきいてもらえなかった……」
 魔雄を喪った上に、爆雄と剣雄に無視されるとは。
 どん底だったに違いない。
 兎にも角にも、なくなってしまったものは、仕方がない。
 問題は。
 それが外部に流失してしまったということ。
 魔雄が、絶雄に書き残すような重大事(?)が露見したとして、何も起こらなかったのかだ。
 さはさりながら、その前に、一つ、聞いておかないといけないことがある。
「その、魔雄が作ったという、木でできた、簡素な『宝箱』だが、どんな呪いが仕掛けられているんだ?」
「子供の頃に、作った物なので、調節が上手くできませんでした。カステル以外が触れたら、助からないようになっています。正確には、サッソとヌーテ、あと、ハビヒが触れても大怪我で済むので、四英雄以外が触れると、大変なことになります」
 冗談で、呪い、と言ったのだが、嘘から出た実。
「ーーということは、複数犯なのか?」
「どうでしょう? 触れた者は、命を落としたとして。命と引き換えに、箱を開けることができたとしたなら。あとから発見した、無関係の、別の者が、手紙を持ち去ったのかもしれません」
「それと、もう一つ、あるな。何で、二通の内、一通だけ持ち去ったのかだ」
「ラクンさんは、どう思いますか?」
 アルは、酷い奴だ。
 聞いた手前、答えないわけにはいかない。
「恐らくは、絶雄様の配下の誰かだったんだろう。隠し金庫の場所を知っている、或いは、偶然だとしても、この部屋に入ることができる者。ーーたぶん、だが。残っていた、一通は、魔雄が絶雄に宛てた、私的な手紙。それに触れることは、できなかったんだろう」
 どのような理由で、手紙を持ち去ったのかはわからない。
 それでも。
 敬愛する相手に、禁忌を犯すことだけはできなかった。
 俺が言わずとも、当然、絶雄は理解している。
 ただ、往時は、魔雄のことが大切すぎて、見失っていたはず。
 爆雄と剣雄に、口をきいてもらえなかったのは、そういうことなのだろう。
「四英雄以外に、それに並び立つ、個人を知っていますか?」
 恐らく、関係があるのだろうが、また、目紛めまぐるしく話が飛ぶ。
「いたとしても、四英雄の陰に埋もれたか、無名だったんじゃないか」
「僕が知る限りですが、歴史上には、四英雄ーー四人しかいません。おかしくはありませんか? 絶大な力を持った、四人が、偶然、巧まずして、図ったかのように、同じ時代に存在していたことが」
「確かに。偶然、と言うには、できすぎているーーとは思うが。その流れだと、魔王がいたから、それを倒すことができる、四人がーー」
 そこまで言ったところで、背中に悪寒が走った。
 ばっ、とアルを見る。
「どうか、しましたか?」
「アルは、魔雄の、記憶と力を得たーーということは、……まさか、魔王が復活するとかじゃないよな?」
 俺の推測に、場が静まり返る。
 思わず、平和の神ロノに、祈りを捧げたくなってしまった。
「わしが往生するまで、時間が掛かるし、何より、わしの強さは、この肉体も含んでのことだ。ハビヒの魔力と違って、これは、享け継げるものなのかどうか」
 絶雄が、冗談めかして言うが、懸念は払拭されない。
 こんなこと、俺の手に負えることではない。
 俺が悩んだところで、意味はない。
 ただ、こうも思うのだ。
 一番の、危険人物アルを野放しにしないことは。
 現状、事情を知っている、俺にしかできないことなのではないかと。
 絶雄は、アルに、甘い。
 ボルネアとオルタンスが、絶雄の代わりになるとは思えない。
「……何なんだ、この状況は」
 うっかり、声に出してしまった。
「他に、『魔雄の遺産』の取り扱いについても、記しておきました。が解放されると、ーー今の僕は、そこまで望んでいないので、遺産を無力化させに行きます」
 いったい、どんな危険物ものを遺せば、そんな言葉が出てくるのだろう。
 解放、やら、無力化、やら、遺産というか厄災の臭いが、ぷんぷん漂ってくる。
「ーーーー」
「ーーーー」
 見られている。
 睨まれている。
 アルが、俺ばっかりに、振るから。
 ほぼ、蚊帳の外だった、ボルネアとオルタンスが、膨れている。
「泊まっていけーーと言ったところで、無駄なのだろうな」
「『アル』の記憶を持っただけの『ハビヒ』では、無理ですね。やるべきことを、後に回すのは、今も、苦手です」
「そういうわけだ。二人とも、旅の支度をしてきなさい」
「あっ、はい!」
「今、すぐに!」
 慌てなくても、良いだろうに。
 それでも、何となく、わかってしまう。
 幻想に取り巻かれていた、俺と、居館から出ることができなかった、二人。
 旅立ちを決意した、あの日。
 無性に、何かをしなければ、溢れてしまいそうになった。
「ラクンよ。お主は、獣種に、偏見はないのだな」
「それは、まあ。生まれたときから、周囲の半分は、獣種だったから、当然のこととして受け止めていた」
「ハビヒーーいや、アル、と呼んでおこうか。アルを任せたぞ」
「やめてくれ。無理だ」
 俺の答えなど、先刻お見通しだったのか、助言をくれる。
「人には、できることと、できないことがある。アルと一緒にいるのなら、できないこともしろ。今は、わからないだろうが、そうしないと、ーー死ぬぞ」
 助言かと思ったが、精一杯の、警告だったのかもしれない。
 きっと、ただの、事実。
 人種の、俺の命は、たぶん、羽のように軽い。
 逆に、絶雄の娘である、ボルネアとオルタンスは、別の意味で、大変なことになるだろう。
 アルは、効率的で、容赦がない。
 と同時に、悪戯小僧のような奴でもある。
 大切なものを、宝物のように、仕舞っておくような性格ではない。
「お待たせしました!」
「準備万端!」
 どんっ、と大きな音を立て、獣種二人と、ーー荷物が入ってくる。
 普段着が、旅装になっていた。
 服が高級すぎるが、アルがいるから、どうとでもなるだろう。
 ーー問題は。
「カステル。お願いします」
「そうなるとは、思っていたがな」
 二人が背負っていた、俺が三人、隠れられそうな、でっかすぎる荷物を取り上げ、逆さにする。
 ざばー、と床に落ちたところで、俺は、紳士の嗜みとして目を背ける。
「父様っ!? 何をするのにゃっ??」
「うわっ! うぁんっ!?」
「こんなにたくさん、服はいらん。なんだ、この、下着の量は。旅に伴う、多くの煩わしいことは、あとでハビ……、アルが魔法を教えてくれるだろうから、……何故、化粧品など持っていこうとするのだ。……育て方を、間違えたか」
「ということで。僕の正体がバレないように、二人も、アル、と呼んでください」
「アル様っ、助けてください! 父様がっ、父様が!」
「アル様! 助勢してくれ! 父上をぶっ飛ばす!!」
 冗談は、やめてくれ。
 絶雄と魔雄が闘ったら、俺たちは、嘘でも何でもなく、消滅してしまう。
「……にゃー」
「……わん」
 猫と犬が三匹ずつ、隠れられそうな大きさまで、無慈悲に取捨が行われた。
 それでも、まだ大きいが、獣種の体力なら問題ないのだろう。
 俺たちの荷物は、居館の外で、アルの「結界」に守られている。
「それでは、行きましょう」
 また、会いに来るのだろうが、あっさりとした別れ。
 もしかしたら、アルと絶雄は。
 照れ臭かったり、どうしたら良いのかわからなかったり、戸惑っていたのかもしれない。
 ーー家族との、再会。
 きっと、団員たちから、怒られる。
 自分に当て嵌めて考えようとしたが、浮かんできたのは、団員みんなの笑顔だけだった。
「アル」
「はい」
 もう、正体を隠す必要はない。
 扉を開けると、熊人ドッソラの、ティソが通り掛かったので、アルの悪戯に荷担する。
「うっ、ひぃっ!? はっ、ハビヒ様!!」
「おお、凄いな。本当に、一目見て、魔雄だとわかったな」
 俺の後ろに、化け物がいる。
 たぶん、魔力なんだろうが、とんでもない。
「……みゃ~」
「……がるるぅ」
 ついでに、阿吽の呼吸だった、俺たちに、女の嫉妬が突き刺さってくる。
「ろ……、老人を揶揄からかうのは、やめてくだされ……」
「何を騒いでいるのだ」
 絶雄が、顔を出す。
 始め、彼もアルの正体を見抜けなかったように、ティソも、俺たちを偽物だと思っていた。
 なので、勘違いを正しておいた、というわけだ。
「カステル。これを渡しておきます」
「『魔法の手引書』……? 暇潰しに読め、ということなら貰っておくが」
「いえ、これは、門衛の人犬カレンに渡してください」
「ジョミニに? いずれ、己が内の魔力に気づくだろうと、傍に置いていたが。時機が来たと、アルが言うのなら、渡しておこう」
 絶雄も、人犬の魔力に気づいていたようだ。
 アルが直接、渡さないのは、正体がバレないようにするためかと思ったが、どうやら違ったらしい。
「それを渡す際に、こう言ってください。『あのときの小僧が、大きくなったものだ』と。ついでに、頭を撫でてあげれば、涙を流しながら、喜んでくれると思います」
「ぅぐぐう……、覚えて、いないぞ……」
 絶雄は、アルの言葉を疑っていないようだ。
 信頼、ということでなければ、何かの、能力か魔法、ということになる。
「それは、仕方がありません。カステルにとっては、万の内の、一、に過ぎませんから。ですが、万に紛れた一にとって、カステルは。光り輝く、唯一の、一、だったのです」
「ジョミニの故郷に、人を遣りましょう。親族などに当たって調べさせます」
 ティソが、絶雄の右腕が、そつなく解決策を提示する。
「そうだな、頼む……?」
 悪戯小僧の、面目躍如だろう。
「行ってきます」
 俺は、二人の獣種の荷物を、後ろから押してやる。
「父様……」
「父上……」
 絶雄は、その大きな腕で、三人を抱き締める。
「ーーああ、行ってきなさい」
 思い出してしまうから。
 先に、出口に向かい、歩く。
 ーー人犬が、絶雄に抱いていた、憧憬。
 アルは、自分と同じ想いを秘めていた、彼を、捨て置くことができなかった。
 優しい、アル。
 同時に。
 優しくない、アル。
 人種の、俺は、見捨てられる。
 見殺しにされる。
 それでも。
 命の恩人とか、そんなことではない。
 俺が、アルを、気に入ってしまったから。
 俺のほうから、諦めることなんてしない。
「ティソが、二人の影響を受けていないのは、アルの魔法か?」
「ええ、色々と、やることもあるので。ラクンさんは、僕を楽しませてくれるのですよね?」
 敵わないのは、当然。
 聞こえてきた、足音に話し掛けると、相変わらずの、見透かしたような問いが返ってくる。
 俺には、まだ、何もない。
 死ぬな、と。
 絶雄に、頼まれてしまった。
 解釈が、間違っていたとしても構わない。
 ーー俺は、扉の向こうに。
 太陽の神マウイに祝福されたような、輝く世界へと、最初に足を踏み出したのだった。
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