めぐる風の星唄

風結

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炎の凪唄

ベルニナ・ユル・ビュジエ 3

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 ーーベンズ伯爵領。
 あたしが育った、ビュジエ伯爵領の隣接地域。
 獣国と国境を接しているので、本来なら辺境伯となるのだけれど、獣国を刺激しないために、伯爵となっている。
 魔法使いーーイオアニスの「洞穴」は、ベンズにある。
 洞穴は、ビュジエ領の近くにあったから、これまでベンズの領内の奥まで入ったことはなかった。
 ーーベンズは、中央に目をつけられないくらいに、あくどいことをしている。
 父様の言葉。
 ーー失敗したかしら。
 冒険者を雇って、向かったほうが良かったかもしれない。
 獣国との国境の近くにある街までの、乗合馬車。
 あたし以外の六人は、全員ーー男。
 年齢層は、ばらばら。
 ビュジエ領の人々とは、雰囲気が異なる。
 余裕がないのか、殺伐とした印象を受ける。
 その中で、場違いな、あたし。
 持っていた服の中で、一番目立たないものを選んできたのだけれど、乗客の、彼らの服装は、思っていた以上に粗末だった。
 これで、目立たないわけがない。
 綺麗な服を着た、若い女が、短剣をぶら下げている。
「よぉ、姉ちゃん、どこまで行くんだ?」
 あたしを除いて、一番若い、二十歳くらいの男が話し掛けてくる。
 笑顔がぎこちない。
 前歯が一本ないので、軽薄さに拍車が掛かっている。
「依頼でね、獣国まで行くところよ」
「依頼っていうと、姉ちゃん、冒険者なのか?」
「冒険者じゃないわ。あたしは、それ以外、よ。心当たりがないのなら、詮索しないほうがいいわ」
 事前に決めたおいた、設定を語る。
 あたしは冒険者じゃないから、カードを持っていない。
 だから、それ以上の、危険な、厄介な存在だと、誤解してもらうことにした。
「そ、そうなのか?」
 明らかに腰が引ける、若者。
 でも、話し掛けた手前、引くに引けなかったのか、興味深いことを口にした。
「そういえば、知ってるか? ミュスタイアに魔雄が現れたらしいぜ」
 興味深い、のだけれど、聞き飽きた話でもある。
 自分が四英雄だと騙る者は多い。
 人種アオスタの国々では、「魔雄の生まれ変わり」が、恒例行事のように出没する。
「へぇ、獣国でかい? そりゃ珍しいね、下手すれば、命がないだろうに」
 商人かしら。
 四十恰好の男が、若者の話に乗ってくる。
 確かに。
 獣国でそんなことをするなんて、命知らずにもほどがある。
 劣等感ーーみたいなものかしら。
 人種は、獣種に対して、そうしたものを抱えている。
 その偽魔雄おばかに、言ってやりたい。
 せっかく安定しているのだから、余計な騒ぎを起こさないで、と。
 何より、「魔雄の遺産」は、獣国にあるのだから、猶の更。
「それがの、どうもその噂、結構な信憑性があるようなんじゃよ」
「え? 爺さん、何か知ってんのか?」
 若者は、途端に、あたしから興味を失う。
 怖がらせてしまったのは、不味かったかしら。
「わしは、薬師を生業なりわいとしていましてな、獣国の方とも、取り引きをしておるのじゃが、なんとなんと、その取り引き相手の獣人が、魔雄がいた食事処に、おったそうなのじゃ」
 待ってました、とばかりの老人。
 得意気な顔を見るに、語りたくて仕様がなかったらしい。
「実はね、依頼は、魔雄に関係しているかもしれないのよ。依頼、と、ミュスタイアに現れた、魔雄。もしかしたら、上のほうは、何か知っているのかもしれないわね」
 方針転換。
 もしかしたら、有益な情報を得られるかもしれない。
 口の滑りを良くしてもらうために、母様の手柄を横取りさせてもらう。
「あたしが作った、焼き菓子よ。あなたがしてくれるお話の、報酬というところね」
 ハンカチーフを解いて、問題がないことを示すために、自分で一枚、食べて見せる。
「お~、木の実以外の甘い物は、久方ぶりじゃのぅ」
 砂糖は、貴族ですら手に入れられるとは限らない貴重な代物。
 代用品でも、庶民では手が届かない。
 警戒心がなくなった老人は、さっさく手を伸ばして、頬張る。
「……ぅな! なんとっ、これは美味い!」
「そうでしょう? あたしの自信作だもの」
 そう、母様は、お菓子作りの名人なのよ。
 ただ、それ以外のことは、絶望的というか全滅なのだけれど。
 ほんわかとした、優しい母様。
 貴族の娘として生まれていなかったら、たぶん、残念なことになっていたと思う。
「皆さんも、一つずつ、どうぞ。余ったものは、薬師様の取り分ね」
「それはありがたい。わしの話をまともに聞いてくれなかった、連れ合いじゃが、ああ、あと孫にも、喜んでくれるじゃろう」
 本当に。
 外に出てみなければ、わからないことがある。
 薬師ですら、会話に難がある。
 文字の読み書きができる人は、いないかもしれない。
 それと、今更ながら、勘違いに気づいた。
「うおぉ、何だこれ! 姉ちゃんっ、凄いな!」
「焼き菓子は、何度か食べたことがあるが、これは別格だ」
 車内が、日の光が入り込んだかのように、明るくなる。
 見てみれば、皆、普通の人。
 ーーそうだったのね。
 殺伐とした雰囲気だったのも、当然。
 あたしが六人を警戒していたように、男たちも、場違いなあたしを警戒していたのよ。
 自分から敵を作ってしまうところだった。
「魔雄ーーいんや、魔雄様と言っておこうかの。魔雄様は、二十歳程の容姿だったらしいんじゃが、悪びれることなく店に入ってくると、『つびんぐり』なるものを注文したそうじゃ」
「つび……? それって、料理なのか?」
「ーー煮込みツヴィングリ。以前、本で読んだことがあるわ。たしか、獣種でも食べられないような料理で、魔雄ハビヒ・ツブルクの好物だったとか」
 男たちの、あたしを見る目が変わる。
 昔より安価になったとはいえ、未だ本は貴重で、そして、それを読んだということは、文字の読み書きができるということ。
 何でかしらね、わかってしまった。
 男たちの、あたしを見る目には、これまで好色さがあったけれど、それが尊敬の眼差しに変わった。
 たぶん、身分の差を実感したのかしら。
 自分たちが手を出せない相手だと、認識したのかもしれない。
「なんとなんと、魔雄様、ここでつびんぐりを完食してしまったのじゃ。それでなのじゃが、実はの、ここからが痛快なのじゃよ」
「って、何だよ、爺さん! 早く話してくれよ!」
「まぁまぁ、慌てなさんな。ーー店にな、獣種の兵がやってきたそうなのじゃが、魔雄様は、片手を、手首を動かすだけで、その兵士を撃退したようなのじゃ。何でも、その店にいた、ええっと、人…狼の……」
人狼シュヴィーツかしら?」
「そうっ、そのしゅびーつが言ったそうなのじゃ。『魔雄は、魔法が得意だと思っていたが』とな。魔雄様は、こう答えたそうじゃ。『得手は魔法だ。だが、剣が苦手だと言った覚えはない』とな」
「っくぉ~っ! やべぇ! 魔雄様っ、カッコイイぜ!!」
 娯楽が少ない生活での、就中なかんずく、獣種相手の活劇。
 子供のように、純粋に喜んでいる男たちを見ていると、本当に、警戒していたのが馬鹿馬鹿しく感じられてしまう。
 ーーただ、ここまで具体的となると。
 話半分に聞いておくつもりだったけれど、俄然興味が湧いてきた。
 その「魔雄様」が、只者ではないことは確かなようだ。
「さらにさらに、ここから続きがあるのじゃよ。魔雄様が店を出たあと、しゅびーつも、すぐに店を出たそうなのじゃ。それでな、わしの取り引き相手と、その他の二人が、しゅびーつの後を追ったのじゃ」
 このあとの展開は読めるけれど、口は挟まないほうがいいかしら。
「街道から外れる魔雄様を追って、しゅびーつも同じ道に入っていったのじゃ。すかさず駆け寄って、陰に隠れた三人が目撃したのは、壮絶な剣戟だったそうじゃ。それでの、弾き飛ばされたしゅびーつが、三人の近くまできて、こう言ったそうじゃ。『肩慣らしは、ここまで。これから全力でやる。巻き込まれたくなかったら、早々に逃げろ』とな」
 熱い展開ーーなのかしら。
 女のあたしには、いまいちわからないけれど、気もそぞろになるくらい、熱中してしまうみたいね。
馭者ぎょしゃさん。耳を傾けるのはいいけれど、前方不注意には、ならないでね」
「へっ、へいっ!」
 顔がこちらに向き掛けていたので、注意を促しておく。
 ここで、どっ、と笑いの花が咲く。
 笑いが収まる頃を見計らって、薬師に水を向ける。
「魔雄様の活躍は、そこで終わりかしら?」
「そう、残念ながらのぅ。三人が、あとから戻ってみるとな、魔雄様もしゅびーつもおらんかったそうじゃ。取り引き相手が言うには、しゅびーつを認めた魔雄様は、二人で絶雄様に会いに行ったんじゃないか、と言っておったな」
 ここで、話は終わり。
 でも、どうせなら、この雰囲気のまま、目的地まで向かいたい。
「これも何かの縁。面白い話を聞かせてくれたお礼に、これまでにあたしが読んだ物語を、語ってあげましょうか?」
 笑顔で片目をつむると、目を輝かせる男たち。
 うっかり者の、馭者に、もう一度注意してから、あたしは話し始めたのだった。
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