竜の国の魔法使い

風結

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七章 侍従長と魔法使い

竜の国へぽい捨てされる少年

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 ぽいっ、とされました。

「エルルが寂しがっているでしょうから、会いに行って来ますわ~」
「おおっ! ぐぇげっあだだだあだだあだだ~だっ……」

 くっ、だったったったぐぅおおお~、……ふぅ。とまぁ、悲鳴と苦痛の声を上げたのがエーリアさんで、心中で留めておいたのが僕です。

 これも、慣れの差だろうか。

 翠緑宮手前で減速したスナがきりもみ。必死でしがみ付く僕たちを、頭の一振りで屋上に落として、一つ音と半分くらいだろうか、完全に姿を現している太陽の光を浴びながら、竜書庫の方角に飛び去っていったのだった。

「で、こんなところで何してるんですか、エンさん」
「あ~、何してっか、てーか、そりゃこっちん台詞ってぇか」
「ずいぶん歯切れが悪いですね。ああ、シャレンですか?」

 エンさんが顔を顰める。

 困っている、というより、困惑している、という感じか。まぁ、似たようなものだが、僕の推測は正しかったようだ。

「……リシェ君。君は何故無傷なのだろうか?」
「あはは、何度も経験しているので。それよりも、怪我はありませんかエーリアさん」
「折れてはいないと思う。半分は、サーミスールのお土産、筋肉痛の所為だね」
「そうですか、では治癒術士を呼んだほうがいいかもしれませんね。おーい、ミニレムやーい!」

 ひょこっと一体、屋上に顔を出して、這い上がってくる。

 あ、ドゥールナル家の紋をあしらった、いかした外衣を纏う魔法人形、「六形騎」の一体である。と他のミニレムと区別する為、名付けてみたが、六形貴とか六戦騎のほうが良かっただろうか。

「近くにシャレンが居ると思うから、呼んできてください」
「ちょっ、こぞー!?」

 わっしゃわっしゃと両手を振ると、ミニレムはひょいっと屋上から飛び下りていった。

「というわけで、先ずはシャレンのことから聞きましょうか。『騒乱』の翌日から、やはり症状は現れたんですか?」
「まぁな。それん聞き付けやがったちび助ぁ、部屋まで這って来てな、おちびん治した? ってぇか、痛くねぇよんした? で、ちび助ゃ、腹んとこから真っ二つん折れてなぁ、布巻いて紐ん縛ってぐるんぐるんして部屋ぁ抛り込んで来た」
「えっと、聞くのは怖いんですけど、中身は出なかったんですか?」
「ああ、石みてーん硬かったから、幾つか破片散っただけだな」
「シャレンは、もう快復しているんですか?」
「ちび助ん来んまで少し時間あったかんな、疲弊ひへいして起きんのん三日掛かった」
「それで、苦しむシャレンに付き添って、約束、もしたんでしょうね。約束の内容は、一緒に出掛ける、といったところでしょうか。で、約束を反故にしようと、はしていないでしょうが、どうしたらいいか迷って、屋上ここに逃げてきた、と」
「……おいおい、こぞー、どーした? 調子いーときん、じじーみてぇんなってんぞ」
「まぁ、僕も成長しているということで。あれだけ失敗して、何も変わっていないんじゃ、余りのことに一巡りくらい寝込んでしまいそうです」
「……ぎろり」
「あはは、声に出して言わなくても大丈夫です。ちゃんと僕も反省しました。隊長たちと協議して、都合を付けるようにしますから」

 最初の仕事はエンさんの休日の調整だろうか。然ても、今は別のことを尋ねないと。

「エンさんに一つ確認です。コウさんと逢ったのは、幾つのときでしたか?」
「ん? 気付いたんか」
「はい。老師の容姿に惑わされました」
「十、だったっけか。ああ、あんときゃ、ちび助ゃーお姉ぇーさんぶってたな。すぐん立場ぁ逆転したけどな」

 然もありなん、知識があって魔法が使えても、寝床から出られず、老師との二人暮らしでは、人付き合いなどの経験値はまるで足りていなかっただろうから。

「……これが竜の国での日常なのかな。竜官として遣ってゆけるか心配になってきたよ」

 うつ伏せから、自力で仰向けになったエーリアさんが、エンさんに目礼する。

「ん? 拾いもんか」
「はい。あとで枢要を集めて報告、ということになるので、そのときに紹介します」
「いつからやんだ」
「高つ音を予定していますが、シャ……」
「エン様!」

 シャレンの難詰めいた声に振り返ってみると、背中に女の子をしがみ付かせたミニレムが屋上に上がってくるところだった。

 それに留まらず、わらわらわらわらと、序でにあと三つくらい、わらわらわららんわらんわらんと、ミニレムが屋上に這い出してくる様は、宛らギザマル大発生のようである。

「男気溢れるミニレムたちは、当事者を逃がしてはくれないようですよ」

 百体を超えたミニレムがエンさんを取り囲んでいる。うわぁ~、まだまだ這い上がってくる。いつの間に、シャレンはミニレム使い、或いはミニレムの親玉になったのだろう。

「シャレン。見ての通り、エンさんは逃げられないから。もう『治癒』を使っても大丈夫なら、こちらのエーリアさんを治してもらえますか」

 まったく眼中になかったらしいエーリアさんに気付いて、竜魔法団隊長(仮)であるところのシャレンは、ほどほどの胸を反らせて請け負ってくれる。

「あっ、はい。グロウ様に言われています。一日に一回か二回くらいなら大丈夫です。爆発も、十回に一回くらいになったので、問題ありませんっ」
「ちょっ、ちょちょ、ちょっと待っていただきたいっ、爆発とは何のことかな?! かなっ! かなっ?」

 コウさんより幾分大き目の胸の前で、ぐっと両手を握って自らの成長を誇るシャレンと、今すぐ竜の国から逃げ出さんとばかりに慌てふためくエーリアさん。

 まぁ、しばらくすれば、彼も慣れる、もとい馴染むだろう。

「高つ音からの予定でしたが、五つ音からに変更ーー」
「七つ音からでお願いします!」
「最初から飛ばすと、エンさんが壊れそうなので、六つ音で」
「うぅ~、わかりました」

 不承不承甘心してくれるシャレン。

 「竜饅事件」のときは、瞳に澱んだものが見えたけど、今は爛々と輝いて、紫晶の瞳には濁りも曇りも見当たらない。

「って、おいっ、決定か! 事項か? 事案か!? 発生か??」
「あー、はいはい、落ち着いてください、エンさん。今回、シャレンは頑張りました。だから生贄、ではなく、ご褒美があってもいいじゃないですか。女の子の細やかな願いを叶えて上げられないほど、この世界が無慈悲ではないことを、是非竜騎士団団長に証明してもらおうと、いえ、証明してください」
「くっ、じじーん二人たぁ、くそー、こぞーもじじーんなっちめぇ~っ」

 負け犬の遠吠えがミニレムと共に去ってゆく。

「ーーあ、老師を呼んできますので、もうしばらく待っていてください」

 エンさんとのお出掛けを前に、負傷者を其方そっち退けにしてしまったシャレンを叱るべきか悩むが、エーリアさんの言葉で、今回は許してあげることにする。

「大丈夫。爆発しないのなら、幾らでも待つから。ここで日向ぼっこしているよ」

 ……もしかしたら、爆発に嫌な思い出でもあるのかもしれない。シャレンが立ち去って、清々しいまでの笑顔だった。

 さて、六つ音までに確認や事後処理を行っておかなければならない。まだまだやることが多い。でも、すっきりと眠る為にも、出来る限り、今日中に済ませられるものは済ませてしまおう。

 ぐっと気合いを入れて執務室にーーではなく、老師を探しに階段を下りていくのだった。
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