竜の国の魔法使い

風結

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七章 侍従長と魔法使い

災厄の治癒術士

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「『吹雪』『治癒』『吹雪』『治癒』『吹雪』『治癒』『吹雪』『吹雪』っと、『治癒』『治癒』『吹雪』『治癒』『吹雪』『治癒』『吹雪』『治癒』『吹雪』『治癒』『吹雪』『治癒』……」
「あ、あの~、そろそろ許してあげても良いような気がしないでもないような気が……」

 村長が控え目に、村人たちの総意を、魔獣に怯えるような声音で伝えてくる。

 そうですね。僕もその意見に大賛成です。

 すると、僕も彼らも待ち侘びていた人たちが遣って来る。警備兵を連れた、近隣の街の代表者だろうか、年嵩の男性を先頭に五人ばかりが駆け寄ってくる。

 ……まだお達しはないので、無慈悲に続ける。

「『吹雪』『治癒』『吹雪』『治癒』『吹雪』『治癒』『吹雪』『治癒』『吹雪』『治癒』」
「おっ、お願いだぁ~、この邪竜から助けてぐれぇ~っ」

 哀れな盗賊の頭は、遣って来た警備兵に縋り付いて懇願する。

「……ふ、ふむ。そこな竜の国の役人らしき少年よ、そのくらいにしてやっては如何かな」

 身形の良い代表者の男性が、低姿勢で提案してくる。

 体に傷は残っていないだろうが、心のほうは、そうはいかないようだ。いや、正しくは精神や神経のほうかな。五十人からの盗賊たちは立ち上がることさえ出来ないでいる。

 彼らは、一帯を荒らし回っていた野盗で、その手口は残忍さを増していったが、領主の及び腰と責任逃れから、中央への兵の派遣要請が為されていなかった。

 有能過ぎる竜眼と竜耳は、村を襲う寸前の盗賊たちを、狩る者、から、狩られる者おもちゃ、に立場を入れ替えた。

 真に遺憾いかんながら、拷問、という言葉が一番しっくりとくる。

 「吹雪」で痛め付けて、「治癒」で回復する。あとはそれを繰り返すだけ。とはいえ、野盗らの蛮行によって、多くの死者も出ているそうだから、これらの罰ですら彼らには生温いと言える。

「おほんっ、事情は心得ましたが、取り調べを行いたいので、ご同行を願えますでしょうか」
「あなた方が、僕たちを捕らえるのは無理ですし、牢屋に抛り込まれても、周辺一帯を更地にしてから抜け出すことになるでしょう。ですので、設備のある王都まで連行するのがお互いにとって最良であると愚行する次第であります」
「……ふむ、確かに一理も一利もありますな、竜も納得でございます」
「では、馬車の荷台に乗せてもらいます」

 領主に通じている者らしく、事なかれ主義になびいてくれる。

 後から遣って来た馬車に乗り込んで、名乗ることなく逃亡に成功ーーだったらいいなぁ。

 スリシナ街道に「氷雪の理」と続いているので、この「災厄の治癒術士」と併せて、侍従長の仕業だと特定されてしまうかもしれない。

 僕、レイ、エーリアさんの順で馬車に乗り込んでゆく。

「空の旅は一時中断だね。こちらのほうが話し易いし、丁度良いか」

 エーリアさんは、荷物の間に程好い隙間を見つけて、板張りの床に座り込む。見た目よりも随分と逞しい人のようだ。

 彼とは、クラバリッタで再会して、仔細は後程ということで、同行することになった。師匠であるボルンさんは、疾うに発ったとのことだった。

「父様、早く座るのですわ」
「よっと、はい、おいでスナ」
「むふふー、たうっ、ですわ」

 胡坐を掻いた僕の上半身に向かって飛び込んでくる。

 みーがコウさんにするように、すりすり甘えると、背中が痒かったのだろうか、背面すりすりをしてから、僕の上に落ち着く。

 レイの「幻影」を、いや、スナの魔法はもっと高度なようなので、「幻覚」と名付けようか。「幻覚」を解いたらしく、子供になったスナの姿を、エーリアさんは興味深そうにしげしげと眺め遣る。

 視線が合うと、やおらスナが恩着せがましく放言する。

「父様が、乗せてやれ、と言うから乗せてやったのですわ。本当なら、二人目の足での竜掴みでしたのに、初めての余韻に浸る間も十分に娘に呉れてやらないなんて、あてつけがましい父様ですわ」
「あれ? 二人目って、一人目は僕のことじゃないよね。他にも誰か運んだことがあるのかい?」
「ひゃふっ、父様、嫉妬ですわ? 嫉妬なのですわ?」
「そりゃねぇ、可愛い娘が、実は男とすでに触れ合っていたなんて聞いたら、父親としては気が気じゃないよ。あ~、到頭娘も反抗期か」
「心配しなくても、竜掴みなんて物の数には入らないのですわ。それだって、父様の関係者、伯父だから運んでやったのですわ」

 んふ~、と可愛らしい鼻息。拗ねたのか、強めに後頭部を僕に打ち付けてくる。

「って、兄さん?」
「ほう、すでにスナ様と接触していたなんて、さすがニーウ」

 兄さんを竜掴み……?

 いや、スナにしては破格の待遇なのだし、勿論、怒るつもりなんてないけど、いやいや、兄さんへの傾倒はほどほどにと、うん、今は娘を大切にしよう。

「あの娘が魔法球を渡していましたし、父様の兄なので、気紛れというやつですわ」

 あれ? そこまでスナが知っているということは、何度も翠緑宮に忍び込んでいるということだろうか。

 そうなると、コウさんがそれを察知できないとは考え難い、のか?

「う~む。コウさんが係わると、スナが苛めっになっちゃうのは、どうしたものかな」
「なるほど。魔法球を使わせなければ、翠緑王の意図を挫ける、ということか」
「ええ、そこら辺、コウさんは抜けているところがあるので、魔法関連に関しては、もっと老師に目を光らせて欲しいところなんですけど」
「なら、スナ様を相談役に据えては?」
「ん~、それはどうでしょう。王様の氷竜嫌い、ではなく、苦手意識は相当なものですからね」
「それに翠緑王の近くには、炎竜様がいらっしゃる。となると厳しいか」

 話に一段落つくと、エーリアさんは懐から取り出して、差し出してくる。

「というわけで、はい」
「それでは、拝見いたします」

 その手紙は、〝サイカ〟であるボルンさんからの推薦状。彼の弟子であったエーリアさんを竜官に推す旨が記されている。

「承りました。竜の国は人手不足ですので、こちらからお願いしたいくらいです。というわけで、お願いします。どうか、竜官となって、竜の国を守り立ててください」

 これまでと同じ様に、頭を下げてお願いをする。

 今に至るも思い知らされる、一人では何も出来ないのだ。誠意だけでは足りないが、先ずは示せるものは示さなければならない。

「〝サイカ〟に至ることが第一の目標だけれど、偽りなく竜の国の為に尽くすことを、ここに誓わせてもらうよ。ーー善き出逢いに、善き願いを。善き絆に、善き人生を」

 エーリアさんは、エルシュテルを信仰しているらしい。幸運とは、日々の正しき行いの上に訪れる。そういった箴言が多くあるのが、エルシュテルの特徴である。

 ただ、敬虔けいけんな信徒であると、困ったことになるかもしれない。神々は地上に干渉していないのだから。まぁ、そこは〝サイカ〟に至ろうとしている者として、わきまえてもらえるだろう。

 シアと同様に、彼には多くのことを知ってもらうことになる。

「さて、打ち明け話をしようか。大変だったね、リシェ君。クラバリッタでの懇談こんだんのとき、あれは炎竜様だったのか、最後まで話を聞かず帰ってしまったからね。同盟国内の不穏分子について調べていた資料を渡せなかった」
「あのときは、みー様のことだけではなく、少しでも早く城街地の人々を竜の国に招き入れるべきだと躍起やっきになっていましたから。周りが見えていなかったと反省しています」
「ははっ、あそこで話を聞いて、同盟国と協調していれば、そもそも今回の騒動は起こらなかったかもしれない。同盟国に竜が加担しているかもしれないと、そんなことまで考えていたなんて。事情を知らないと、そう思っても仕方がないのかな?」
「ぐぅ、それならそうと、後から手紙でも何でも、教えて下さっても良かったんですよ?」
「そこはボルン様がね。あの方は、君が気に入ったようで、可愛い教え子は竜に乗せろ、ということで、御自分の計画を変更された。あのときも話したけれど、カイナス三兄弟は同盟国から離れたがっていた。そして、同盟国内の反乱分子の存在は好都合だった。〝目〟を使って調べ、彼らを同盟国に捕らえさせることで、役目を終え、去るつもりだった。が、ここで思わぬ支障が生じた。そう、リシェ君、君だよ」
「えっと、僕……? あのとき何かしましたっけ?」
「リシェ君、というか氷焔、君たちは早過ぎたんだ。ボルン様の予測を上回り過ぎた。城街地に翠緑王が訪れた、その翌日から移住が始まるなんて。『遠見』の魔法だったか、ボルン様も聞いたときには度肝を抜かれていたよ。他にも、反乱分子が混乱を狙って、移住者を襲撃しようとしたのだが、事あるごとに『火焔』が現れ、然もばったばったと魔物を倒している魔獣の如き姿を見せられて、萎縮してしまったそうだ」
「そこでまた、ボルンさんの計画が狂ったわけですね」

 これは、エンさんは知っていて、やっていたのだろうか。いや、どちらでもいいか。竜にも角にも、彼には休みを上げよう。この悪行に関しては言い訳はできないのだから。

「〝サイカ〟は争わず。それを知らない反乱分子は、カイナス三兄弟を旗印にしようと企んでいたようだ。利用するだけ利用して、傀儡にするなり処分するなり、とずいぶん安易な計画だったようだけれど。律儀なボルン様は、予定が狂って時間がないというのに、きちんと引き継ぎを済ませてから、這う這うの体で逃げられてゆかれたよ。師匠からの最後の教えか。一つ歯車が狂うと、全体に影響を及ぼすことがある、と」

 一つ知らないだけで、一つ間違えただけで、辿り着く場所が変わることもある。

 今から思えば、どうしてそんなことを、と思うが、実際に行動していたときには、それが最良であると信じて決断していた。

 ちょっとだけわかるような気がした。これまで歴史を学んで、どうしてこんな行動を取ったのだろう、とか、こうすれば良かったのに、とか思うことがあったが。今回の僕のように、知らないこともあっただろうし、必要以上に考え過ぎることもあっただろう。

 大切なものをその手に、零れてしまうこともあるだろう、新しく手に入れることもあるだろう、それでも尚、彼らは決断してきたのだ。

「個人的なことなど話せないことは幾つかありますが、それ以外はすべて知ってもらおうと思っています」
「里長の孫娘、慥かカレン・ファスファールだったか。彼女には明かしていないのかな?」
「カレンは、先ずスーラカイアの双子から秘密を、信頼を勝ち取ってからですね。それと、正しい行いが正しい結果を生むわけではない、ということを、もうちょっと学んでからでないと、怖くて教えられません」
「ははっ、何だ、真っ直ぐで良い娘のようじゃないか」
「そうですね。僕は嫌われているので、先達として指導してあげてください」
「そうか、先達か。自らの欠点として、感情が激するところがあることは自覚しているから、これからは律していかないと。さて、王都まで二日くらいか。馬車で荷物のように揺られるなんて、冒険者になったようで、少しばかり胸が弾んでしまうね」

 あらら。静かだと思ったら、小さな寝息を立てていた。

 まぁ、事務的な話で詰まらなかったのかもしれない。

 彼は、僕にとっても先達である。サーミスールの王都に到着するまで、時間はたっぷりとある、有意義な機会となること請け合いである。

 乾燥して少し砂っぽいが、スナの冷たさが心地良い、まったくもって穏やかな好き日和ひよりであった。
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