竜の国の魔法使い

風結

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七章 侍従長と魔法使い

炎竜討伐?

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 炎竜の間である謁見の間には、エンさんとエルネアの剣隊、こちらも呼び出されたのだろう、クーさんが居た。

 そして、彼らが取り囲んでいる、冒険者らしき風体の男たち。人数は三十弱といったところか、後ろ手に縄で縛られて、座らされている。

「エン殿っ、これはいったい!」

 矢も盾も堪らず駆け寄るオルエルさん。

 古傷が痛んだのか、体勢を崩して顔を歪めるが、そんなものはお構いなしにと、エンさんに詰め寄る。

「詳細は、伝えていなかったんですね」
「そりゃなぁ、おっちゃん言ったら、自分も行くっつって、聞かんかったろーしなぁ」
「確かに。そうなっていたかもですね」

 大広場での、二人の密談というか話し合いを思い出しながら確認してみると、至極全しごくまっとうな答えが返ってきた。

 捕らえられていたのは、因縁深い、見知った者ばかり。

「何だ? 副団長も居たのかよ。どうなってんだ、こりゃ」

 薄汚れた格好に、頬がこけた顔には疲労の色が濃く表れている。エルネアの剣の本拠地で見掛けたときは颯爽とした貴族のような雰囲気を醸していたが、今では良くて盗賊の親玉、といったところか。

 髭は伸び放題、獣染みた体臭からこれまでの生活の程が窺える。

 エルネアの剣を乗っ取ろうと企み、露呈し逃亡し、再起(?)の為、遺跡で氷焔を襲撃したディスニアと、その仲間たちの末路だった。

 いや、僕たちにとっては末路と受け取れるかもしれないが、彼らにとってはどうなのだろう。

 捕縛された彼らの、殆どが項垂れて、精も根も尽きた、といった体である。

「ギルースさん。彼らは昨今さっこんの情勢に疎いのですか?」
「そんな感じだなぁ。まー、尋問はオルエルと侍従長に任せるつもりだったしな」
「ということは、ギルースさんが竜の国の、竜騎士団の隊長だということを、彼らは知らないんですか?」

 項垂れていたむさ苦しい男共が、一斉に顔を上げて、嘗ての団長を凝視する。

「序でに、こちらのオルエルさん、竜の国の筆頭竜官です。竜官、というのは、他国での大臣に相当します。要は内政で、王様、宰相に次ぐ、三番目の地位ということになります」

 追加情報を上げると、皆目を真ん丸に、あんぐりと口を開けた。

「何だよ侍従長~。それ俺が言いたかったのに~」
「本人が言うより、第三者が言ったほうが信憑性が増しますから。彼らの驚いた顔が見れた、ということで満足してください」

 僕とギルースさんでおどけて見せたが、いささかも眼光を緩めることのないオルエルさん。

 効果はまったくないようだ。彼が暴発する前に、真相とやらを聞くとしよう。

「それで、彼らは何をしに竜の国を訪れたのですか?」
「はっはっはっ、北ん洞窟行って、竜退治だー、はっはっはっ」

 これはまた、エンさんらしいざっくりとした説明である。

 笑ってはいるものの、理由が理由だけに、投げ遣りな感じではあるが。

 然ななり、まぁ、大凡のところは了解である。失地を挽回、現状の打破を狙って、一発逆転の暴挙に出たのだろう。

 北の洞窟の「結界」は、竜の雫ーーそれも北の洞窟にある竜玉でないと通ることが出来ない。竜の実や竜茶、樹液の森などの「結界」は、竜の雫を砕いた欠片を持った者のみが通過できる。

 竜の雫は高価な宝珠である。管理者や採取者に、失せ物や盗難、強奪などの危険が及ばない為の処置である。

 竜を倒す以前に、竜とまみえることさえ叶わない。然も、彼らは知らないが、ミースガルタンシェアリはすでに世界に還っている。場当たり的なのだろうが、破綻はたんしまくった計画である。

 五十人くらい居た仲間たちの数が減っているのも、むべなるかな。

「ギルースさん。彼らが、この時期を選んだ理由、背後関係、東の竜道からでしょうが、被害状況は?」
「偶然で~、単独で~、軽傷二、ってとこだなぁ」
「……真っ白ですか。もう尋問も必要ないようですね」

 同盟国や諸勢力と関係があるわけでもないのに、何故こんな面倒なときに遣って来るのか。

 彼らが企んだ悪事よりも、手間を掛けさせて時間を浪費させられたことに対して怒りが湧くが、事はエルネアの剣隊の士気に係わる。心を砕かないわけにはいかない。

 僕は、竜騎士を見回してから、再度ギルースさんに尋ねる。

「エンさんのしごきの成果があったようですね」
「あ~、そりゃ俺たちも意外だったなぁ。まさかこんなに差があんとはなぁ。団長様様ですわ」

 エンさんの教練で竜騎士は全員魔力を纏うことが出来るようになっている。その成果は思っていたよりも絶大で、彼らはディスニアたちに重傷を負わせることなく捕らえてしまったのだ。

 嘗ては技量に差はなかっただろうに、境遇だけでなく力の程でも見せ付けられて、失意どころか絶望に身を焦がしたのかもしれない。

 同情はしないが、哀れだとは思う。

 そして、厄介な、困った問題が残っている。コウさんが不在の中、彼らに処遇しょぐうを下さなくてはならない。先延ばしにするなら、翠緑宮の地下の牢獄に入っていてもらうことになるが、この火急かきゅうの折に、余念よねんを引き摺ったまま事に当たるようなことは避けたい。

「あのときの小僧か。お前は竜の国とやらの、何なんだ? さっきから偉そうにしてるが」

 偉そう、という言葉に少なからず衝撃を受ける。いやいや、場を仕切っているように見えたかもしれないけど、冷酷侍従長や薄情侍従長を演じているわけではないのだから、その検分けんぶんには異議がある。

「先程、ギルースさんが口にしたように、僕は竜の国の侍従長で……?」

 答えようとしたが、あからさまに顔を背けた怪しい人物に心当たりがあったので、問いに問いで返す。

 まぁ、何となく予想はつくのだが。

「あそこの彼、二十歳くらいの周期の若者は、どこで拾ってきたんですか?」
「ああ、あいつか。街道から外れたところで、三人の怪しい男に追われていた。男たちは俺たちを見て退いた。何か遣らかして追われていたみたいだったから、付いてくることを許した」

 面倒臭そうに答えるディスニア。

 これが地なのだろうか、ある意味、冒険者らしくなったというべきか。

「ん? こぞー、知り合いでもいんのか?」

 僕の瑕疵かし、というだけでなく、コウさんにも係わりのあることなので、出来れば明かしたくないのだが、王様の兄姉には知る権利がある。

 罪悪感でじくじくとただれるが、彼女が傷付くことを容認してしまった僕の罪は許されるものではない。

「竜の国が完成して、挨拶回りが終わったあと、間者や密偵などの人々に竜の国を案内して回ったときのことです。彼は、フィア様の心臓を一突きにしました」

 ……痛い。

 事情を一瞬で解したクーさんは、僕の首を後ろから斬り落とす。はずだったが、使用しているのは魔法剣なので、血が出る程度の傷ができただけである。

「ひぃぃっ、やっぱり、化け物だ! だいたい、何で心臓をえぐられて死なないんだよ! ふざけんなよっ」
「はぁ、やっぱり気付いていなかったんですね。仕方がないといえば仕方がないですが。あれは、フィア様を模した魔法人形ゴーレムです」

 こんな嘘がクーさんに通用するはずはないが、僕に危害を加えようとすれば嘘がばれるかもしれない。

 それは得策ではないと、なけなしの理性が仕事をしてくれたらしく、攻撃を止めてくれる。その代わり、というか、今度は、というか、エンさんが魔法剣で僕の足の、小指の辺りを突き刺す。

 ……痛いです。

 狙ったのだろうか、爪の根元ルヌーラに直撃、涙が出そうになるくらい痛いです。竜にも角にも、王様の姉と同様に攻撃はそれで止めてくれる。

 ああ、さっさと終わらせて、塗り薬を塗りたいなぁ。と嘆いていたら、レイがいつの間にやら手にしていた塗り薬を、僕の首と穴の開いた靴の隙間から、ぬりぬりしてくれる。

 絶世の美女の登場に、自分たちの境遇も忘れて、ディスニアたちが粘っこい視線を向けてくるので、僕の大切な愛娘に集まってくる視線がいちゅうを殺伐侍従長の眼光で黙らせるくじょする

「ーー若輩の身で、こんなことを言うのは気が引けますが。逃げて逃げて、まだ逃げますか? 責任逃れや言い逃れをする前に、自らを顧みてください。戦うことを前提にしない逃げは、破滅を背負って歩き続けるようなものです。あなたはフィア様をしいすることが戦うことだと思っていたのかもしれませんが、それは違います。あなたは、戦うべき相手を間違えています」
「っ! じゃあ、だったら、誰と戦えばいいってんだよっ!」
「僕は、フィア様ほどお人好しではないので、答えしか求めない者に差し出すものは持ち合わせていません」
「ーーっ、……っ」

 睨み返す気力があるのなら、その源泉が何であるかを探って欲しいところだが、凝り固まった今の有様では無理だろう。

 彼が未来で、味方でもなく敵でもないものと戦う手段を手に入れられると、サクラニルに祈っておこう。

「……魔法人形」

 後ろでカレンが呟いた。

 どうやら、気付いたようだ。呪術師を追い掛けたとき、角を曲がると影も形もなく、カレンの魔力探査にも引っ掛からなかった。あの呪術師が魔法人形であったら、それらも可能。

 魔法人形を作成したときならいざ知らず、完成後の、魔法的な偽装を施してあるだろう魔法人形の正体を、まだ技巧的には未熟な双子が見抜けなかったのはーー、いや、ここはエルタスの技量を褒めるべきだろう。

 魔法人形を人型に作成するのは、すでにある雛形を覆す、心象的にかなり難しいことのはずだから。

「何にせよ、先ずは彼らによって、命の危機に晒されたエンさんとクーさんの意見を聞かないといけませんがーー」

 先程から気になってはいた。

 オルエルさんやギルースさんのような含みを、二人からは感じないのだ。何というか、まるで人事のような関心の薄さだ。

「あー、やっぱこぞー、誤解してやがったか」
「えっと、誤解ですか?」
「あんときゃ、剣ぐさぐさでわかんなかったかもしんねぇが、俺たちゃ死なねぇしな」

 エンさん独特の言い回しを理解するのは、今回は無理そうなので、クーさんに翻訳、いやさ、説明をお願いすると、彼女は自身の心臓の辺りを指でとんとんと軽く叩いた。

「あたしたちのここには、コウは気付かれていないと思っているようだが、魔法が仕込まれている。恐らく、命脈が尽きる一歩手前で、『凍結』のような、もっと高度な魔法だろうが、発動するのだろう。そういうわけで、死をまぬがれることは了承済み。痛くはあったが、あの程度の痛みならコウと付き合い始めてから幾度も体験している」
「あー、それん、もーひとつあんなぁ、相棒、頼む」
「リシェは、あたしたちが殺され掛けていたからコウが暴発したと思っているのだろうが、それは勘違い。コウはあたしたちが死なないことはわかっていた。あのが耐えられなかったのは、ーー人が人を傷付けていたから。自分は劣った者として、人に憧れを抱いていたあの娘の幻想を打ち砕いたから。コウは優し過ぎる。そして、世界はそうではなかった。今更言っても詮無いことだが、人の悪意から遠ざけ過ぎた」
「今、ちび助ん一人んすんわけにゃいかねぇかんな。ちび助にゃ、さっさと一人前ぇんなって、こんな弱さまほう無くせっといーんだがなぁ」

 これだけ想われるコウさんと、これだけ想うことが出来る二人と、どちらが幸せなのだろう、と無意味なことを考える。他人の幸せに順位を付けてどうするのか。

 ああ、駄目だなぁ。勘違い、そう、ただの勘違いなんだけど。

 僕は最初から、勘違いしたまま。それで、わかった気になっていた。コウさんの、優しさの源泉を履き違えていた。

 王様は、弱々で、ダメ駄目のだめっ娘さんだった。王様が、「王さま」を演じていたことはわかっていたはずなのに。王様の下手糞な演技に騙されてしまった。

 海に立っている気分だ。

 漸く立っている場所が海だと気付いて、どぼんっ、と落ちる間抜け。遥かな底の深海どころか、海であることにすら気付いていなかった。

 遭難した僕を助けてくれる者はいない。いや、助けなど断る。僕は、自力で向かわなければならない。どこかにあるはずの陸を、いやさ、果ての果ての水底まで潜っていってしまおうか。

「で、どーすんだ、こぞー」

 エンさんが現実に回帰させてくれるつうこんのいちげき。手前勝手な罪悪に浸る間も与えてくれないらしい。

「えっと、そうですね。竜の国で働いてみますか?」

 エルネアの剣隊の面々が気色けしきばむ。

 もはや凶悪犯と言っていい激烈な面容めんようのオルエルさんを手で制して、続ける。

「職場は、地下です。そこでの仕事は、竜の民の役に立ちます。ですが、竜の民はあなたたちの存在を知りません。誰かの為に働いても、感謝されないどころか、気付いてさえもらえない。それでも人の為に尽くそうとする、その意思が持てるのなら、これまでの生き方と違う生き方が出来るのなら。贖罪しょくざいでも、或いは刑罰でもいい、自分を誤魔化しても構わない。三周期、人の為に尽くすことが無意味かどうか、確かめてきてください」

 念頭に、王さま、のことがあったのは間違いない。

 女の子がなりたいと望んだ、その欠片だけでも触れてくるといい。はぁ、これは八つ当たりなのだろうか。

 さっそくギルースさんが、思ったことをそのまま口にする。口は災いの元、という至言は、彼の辞書には載っていないらしい。

「ぶぅーぶぅー、侍従長甘いぞー、三十周期くらいち込んどけー。序でに侍従長も打ち込まれろー」
「……一番の被害者であるはずのエンさんとクーさんが、特に気にしていないのですから、あとはエルネアの剣の皆さんの一存、ということになるのですが」

 僕の提案に、竜騎士すべての視線がオルエルさんに集まる。

「ディスニア、立て」
「…………」

 よろよろと頼りなげに立ち上がると、のっしのっしと無造作に近寄った筆頭竜官は、まともに殴るのも馬鹿らしいとばかりに、固めた拳の甲でディスニアの頭を払った。それだけで、彼は地面に叩きつけられて、玉座のある段差まで転がってゆく。

「地下に行って来い」
「……ああ、そう…するよ……」

 応えて、意識を失ったようだ。異論のある者は炎竜の間になく、沙汰さたする。

「フィア様が快復なさるまでは、牢屋に留め置いてください。翠緑宮はオルエルさんに任せることになるので、以後の処置もお願いしてよろしいですか」
「ーー問題ない」
「では、皆さん、自らの持ち場に向かってください。南の竜道に行かれる方は、休息を取る為にも、早々に出立をお願いします」

 銘々めいめいに動き始める。

 ざわついているが、静かに重みの加わった、どこかふわつくような空気。

 皆、ひたひたと、近付いてきていることを実感しているのか。戦の前の雰囲気とはこんなものなのだろうか、と考えて、埒も無い、と切り捨てる。

 歩き出そうとすると、レイが僕の背中をつついてきた。

 ……深つ音までに南の竜道に辿り着くのを、僕は諦めた。
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