竜の国の魔法使い

風結

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七章 侍従長と魔法使い

作戦会議?

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 顔を突き合わせて、とまではいかないが、なるべく近い距離のほうがいいだろうと、円卓のある風竜の間ではなく、大きな卓のある多目的用の部屋を使用することにした。

  卓の真ん中に、南の竜道を中心に描いた地図が置かれている。

 目的に適ったこの地図は、繋ぎ合わせたまっさらな紙に、クーさんがさらさら~と書き込んだものである。

 特徴が出ていて見易い上に、今回最も重要な南の竜道の入り口からの、坂道の傾斜が一目でわかるようになっている。

 老師に出逢わなかったら、クーさんはどんな人生を歩んでいたのだろう。などと妄想しそうになって、上座の位置に……って、あれ?

「シア様は?」
「見越した『王弟の懐剣』さんが、『おかざりいらない、こっちてつだう』と言って連行していきました」
「引き止めては……」
「竜のことは竜に任せよ、という言葉があります。総力を注ぎ込むのですから、役に立てる場所で尽力するのが一番です」

 カレンににべもなくあしらわれる。それと、すでにシーソから無下にされていたと。

 王様代理としてシアに仕切ってもらおうかと思っていたのに、先手を打たれてしまったようだ。然てこそ宰相にお願いするのが順当か。と考えたわけなのだが、こっちもか。

「何してるんですか、クーさん」
「あたしのことは気にしなくて良い」

 そう言われても困るんですが。補佐の二人を前に立たせて、隠れるように、というか、隠れている。

 過去の経験上、というやつを先程エンさんに用いたが、今度はクーさんに用いなければならないようだ。挨拶回りのときの、高過ぎる、速過ぎる、と同じ種類かな。

「大広場くらいの人数であれば問題ないけど、何万もの竜の民の前では恥ずかしい、とかそういうことですか?」
「違わない、かもしれない」
「そもそも、『遠観』が行使されていたんですから、状況は同じでしょうに。ーーん? えっと、まさか大広場のときは『窓』の向こうから、たくさんの人に観られている、ということを失念していた?」
「ひぎゅっ」

 普段との相違も魅力的、ということらしく、可愛い宰相に近衛隊を始めとした女性陣がでれでれである。

「さっき、そのことに気付いたみたいで。大丈夫です、クル様は私たちがお守りします」

 ほくほく顔で勇ましいことを言われても、まったく説得力はありません。皆さん、クーさんを囲んで、わいわい楽しそうである。

 もういいや、彼女たちの士気向上の為にもクーさんには愛玩動物いけにえになってもらおう。然し、どうせなら会議の終了まで気付かないままでいてくれればいいのに。微妙なところで残念っぷりを発揮してくれる宰相様である。さすがは王様の姉。

 他意はないが、今回は平均周期が高目である。

 コウさん、シア、シーソ、エンさん、フィヨルさん、ザーツネルさん等の若手が居らず、……あ、サーイもいなかったか。ギルースさんと副隊長、あとは、老師を若手に含めるのは、実周期的にちょっと無理があるかな。

 ある程度事情を知った人間が仕切ってくれると、余計な気を回さなくて済む分、かなり楽になるのだが、致し方ない。

 こんなことになるなら、筆頭竜官であるオルエルさんにもっと事情を打ち明けておけば良かった、と後悔するが然に非ず、ただでさえ忙しい彼に心理的な負担まで掛けるのはよろしくないので、結局現状は変わらなかったということか。

「竜ほど時間に寛大でない僕たちには、余裕さんや退屈さんは仲良くしてくれないので、今すぐ始めさせてもらいます」
「「「「「…………」」」」」

 場の空気を解そうと、前時代的な言い回しをしてみたのだが。スナもレイもいないというのに、どうしてこんなに寒いのだろう。

 まぁ、然てしも有らず何もなかったことにして進めさせてもらうとしよう。

「先ず、三国の内情について、長老と参集した方々に語っていただきます。その後、『遠観』を発動して、会議を始めます。では、北のキトゥルナからお願いします」

 キトゥルナの城街地の長老であった竜官と、後ろの面々に軽く頭を下げる。

「そうじゃの。キトゥルナは、同盟国の中では一番安定している国じゃな。キトゥルナが併合した国々は、戦うことなくくだったので恨みが少ない。現キトゥルナ王は、『堅硬けんこう』の異称が冠されるほどの手堅さを持つ名君で、民からの信頼も厚い。じゃが、不安定さがないわけではない。如何に『堅硬』とて、こればかりは仕方あるまい」

 王といえども、その力と影響力には限りがある。王とは、ただの代表者である、と掲げている国さえある。政治の形態や兵力から、どうしても限界があるのだ。

 それらは、王権の脆弱ぜいじゃくさが起因することが多い。王は、貴族の協力を得なければ、兵を揃えることすら出来ない。当然貴族は、門地もんちの為にこれを利用する。無論、国の有様はそれぞれで、こんな単純な図式がすべての国に適用されるわけではない。

 それ故、王の資質に依るところが大きくなる。

 代表格がストーフグレフ国、大陸中央の覇者アラン・クール・ストーフグレフ王で、この賢君に逆らう者は、繁栄を享受するラカールラカ平原の人々から、「愚者」の称号を与えられるほどだという。

 ここまでくると、彼が殆ど表に現れないのは神秘性や幻想を纏う為ではないかと勘繰ってしまう。ちょうど悪評を撒き散らした僕とは反対に。

 それから、長老が連れてきてくれたキトゥルナの内情に詳しい竜の民に話を聞く。

「王として優れた方なんですが、父親としては逆で、姫君しか生まれない中、やっとこさ生まれた男子として、甘やかされて育ったのです。王子は、悪い人ではないのですが、自分が天才であることを、王になるべき器であることを疑っていないのです」
「世間の評判は『三国一の厄介者』。今回は、王子に手柄を立てさせようと、指揮官にしたんじゃろうなぁ」
「先程の情報だと、ストリチナの動乱を乗り越えた精兵を帯同しているみたいですね。王子が出張ってくるので、それはそうなんでしょうが。ただ、古参の兵や貴族を重用しているので、新参者には出番がなくて鬱憤が溜まっているかもしれませんけどね」

 話の中にあった、情報、というのは、国外の提供者により齎されたものである。

 キトゥルナで行軍を目にした、ある商人は、竜の国に向かうと直感して、危険をおかしてクラバリッタやサーミスールの陣容を探ってきたのだ。翠緑宮の表口で、サーイに渡されたという竜札を見せられて、すぐさま執務室で話を聞くことにした。

 彼は商売敵に騙されて金策中だったらしく、商人の勘というやつだろうか、金の生る木を発見して無我夢中で実の収穫に励んでいたという。

 嘘は吐いていない。僕とカレンの意見が一致したので、報酬として竜の雫を五個渡すと、涙ながらに抱き付いてきて、まぁ、その姿からこちらを騙す意図はないと確信できたわけだけど。

 その後、抜け目のなさは商人らしく、竜の国の侍従長と知己を得たのを奇貨として、僕と直接取り引きのパイプを作って、同盟国との騒動が収まるまでは翠緑宮に逗留とうりゅうということになった。

 堅実な商売ではなく、賭け事のような取り引きをする商人がいると聞くが、彼もその一人なのだろうか。

「次は、中央のクラバリッタですね。バーナスさん、お願いします」
「ふむ。キトゥルナ王が『堅硬』なら、クラバリッタ王は『豪胆ごうたん』といったところか。あけすけな御仁で、自らの感情を優先して、そこが浅薄せんぱくに見えることもある。それ故、慕われるか嫌われるかのどちらかになる場合が多い。何をするかわからない、という点では、この王が最も危うい」

 続いて、クラバリッタの内情について聞く。

「キトゥルナの指揮官が『三国一の厄介者』なら、クラバリッタの指揮官は『三国一の智将』だな。騎士団団長のダグバース卿が率いるのは、歴戦の猛者。追い返す、という作戦には賛成、奴らと戦うなんて、考えただけでぶるっちまう」
「同盟国の中では、クラバリッタの貴族が一番性質たちが悪いんでさ。特に王を嫌ってる連中は、俺たちを利用するだけして、城外地と同盟国に楔を打った首班しゅはんみてーな奴ばらで、他の二国と繋がって何か悪さするんじゃないかと噂があったんでさ」

 優れた王に、〝サイカ〟のカイナス三兄弟。

 「厄介者」は措くとして、優れた将に勇敢な兵。これだけ揃っていても、騒動の種には事欠かない。

 王の権限拡大か、国力の増強か、どうすれば国を豊かに出来るのか、〝サイカ〟でさえ明確な答えは持ち合わせていない。

「最後に南のサーミスールですね。お願いします」
「おうさ。先ず知っておいて欲しいことがあるんじゃが、サーミスール王のエクリナス様は、外地と同盟国の諍いを避ける為に、最後まで尽力して下さった。わし等とも何度も会うて、解決策を模索しておられたのじゃがなぁ」

 長老が残念そうに嘆くと、追従して後ろに控えていた人々が発言する。

「エクリナス様は別格として、キトゥルナ王やクラバリッタ王に対しても反意があったわけではない。失敗こそしたが、城外地を造った王らの試みに悪意があったわけではなし」
「ふぅ、結局俺たちは、同盟国の民にはなれなかったんだな。本来の同盟国の民に、認められることはなかった」
「こちらの将は、ドゥールナル卿だ。エクリナス様の教育係だった人で、ストリチナ地方の出身ではないということで部隊長より上の地位を固辞こじしていたらしいんだが、エクリナス様たっての願いで直属の騎士隊長になることを受け容れたそうだ。老将と言っていい周期だが、言うなれば『三国一の怖い人』だ」

 「怖い人」とは、また妙な評価である。厳格で規律とかに煩いのか、野放図のほうずに処罰を乱発するような居丈高な人物なのか。

 挨拶回りのときの、サーミースールの警備隊長の様子から、信頼の置ける人物であるような印象を受けたのだが、実際はどうなのだろう。

 それと、様々な噂が付き纏う、サーミスール王。

 長老を始め、竜の民にこれだけ慕われているのだから、サーミスール王は彼らと親身に、真摯に向き合って、城街地の問題をどうにか出来ないかと苦慮していたのだろう。

 エクリナスが王になった経緯を知っているだけに、彼の懐の深さや誠実さに心を打たれる。

 前王は、エクリナスの兄で、その優秀さと魅力溢れる人柄から、「私より好く治めるだろう」と父であった王から、二十歳で王位を譲られた才気の人物である。

 実際彼は、ストリチナ地方の動乱で、内政だけでなく戦場でも勇名を馳せ、希代の王としての才覚を見せ付けた。だが、平定の為の最後の戦いで彼は非業の死を遂げる。

 それは、一本の矢だった。

 将兵の誰もが、勝利を確信したとき、ーー王を貫いた。

 然し、それは不運というだけでは、収まりがつくものではなかった。矢は後方から、味方から放たれたものだったのだ。

 恐らくは、ただの射損なった矢だったのだろう。だが、希代の王を失った民は、感情にしこりを残すことになる。そして、口さがない者が噂を流す。

 その矢は、王弟のエクリナスが放ったものだった、と。

 そもそも、補給部隊を指揮していたエクリナスはその場にいなかったのだが、ぐちを求めていた民に、そういった事実が顧みられることはなかった。

 果たして、貴族も流言を利用してエクリナスを軽侮けいぶし、王の権威は失墜した。似た(?)境遇のエクリナスに同情したくなるが、王としての決断をして兵を放った以上、敵と見做さなくてはならない。

 さて、会議を始める前の、確認をしておこうか。

「そうでした、伝え忘れていました。『千竜賛歌』の後、竜の国に『結界』を張ったので、外部への魔法による伝達は行えず、同盟国に情報が漏洩ろうえいすることはありません」

 何気ない風を装って、平然と嘘を口にする。

 そうとわからないように見澄ます。上座の位置にいるのは、僕とカレンだけなので、この場に居る全員の顔が見える。

「カレン、どう?」
「あちらの、職人らしい方が該当するかと」
「うん、僕も同じかな」

 僕とカレンの遣り取りの意味に、最初に気付いたのは、その職人風の壮年の男だった。

 先程、クラバリッタの内情を語ってくれた者の一人だ。彼の不自然な態度が、間違いでなかったことを知らせてくれる。

「あなたは、同盟国と通じていますね?」
「は? いきなり何を言ってるんでさ!?」

 ちょっと演技が大げさだな、と男に駄目出しをする。

 心に疚しいことを抱えた者の特徴がよく出ている。時間も押しているので、さっさと終わらせてしまおう。

「ご存知の通り、竜の国では諜報活動を禁じていません。ですので、そのこと自体を罪に問うようなことは致しません。なれど、嘘を吐くのであればその限りではありません」

 そこまでしなくていい、と制止する間もなくカレンが剣を抜いて、ぴたり、と男に照準を合わせる。

 美人が怒ると怖いですよね、と以前も同じ様なことを考えたが、触れなくても斬れそうな少女の気配に、枢要たちが気圧される。嘘が嫌いなカレンの本気を感じ取ったのか、男は観念したようだ。

「はぁ~、どうして俺がそうだとわかったんでさ?」
「先程、僕は情報の漏洩の心配はない、と言いました。通常なら、この措置を喜び安堵するところですが、あなただけが都合が悪いといった体で眉を顰めました」
「ソーン、お主、我らを裏切ったのか!」
「バーナスさん、落ち着いてください。彼は、元城街地の知り合いから頼まれて、情報を流していたのでしょう。それは、竜の国に支障が出るものではありません。そういう意味では、彼は運が悪かった。この会議に呼ばれてしまったのですから」
「は? それはどういう……」

 冷静さを欠いたバーナスさんは、答えに繋がる道を見失ってしまったようだ。

 その程度のこと、見抜くのは容易い。と失望を醸す為、軽く目線を下げて、物足りない、といった感じのやや消沈した表情を作る。

 間違えたところで然して問題ないということで、可能性の高そうな理由をでっち上げてみたが、男の表情から正答だと知る。

 あとは彼が、自身の内で常識やら何やらを捏ね繰り回して、勝手に答えを作り上げてくれるだろう。

「侍従長……あんた、本当に恐ろしい奴だったんだな……。それで、俺は竜の国からの追放ですかい?」
「先程言った通り、諜報活動は罪ではありませんし、運が悪かっただけなので、以後も竜の国に居て構いません」
「……はぃ!?」
「ああ、でも、こうしてばれてしまったからには、その知り合いとは手を切ってください。二度同じ過ちを犯した場合は、国外追放か地下に行ってもらいます」
「ち、地下? あ、そのだな、俺は竜の国ここが気に入ってるんでさ! ん出されないなら、何でもしまさぁ!」

 カレンが不服そうに剣身で僕の足を叩いてくるが、男が心から喜んでいる様を見て、甘心してくれたようだ。

 僕から学ぶところがあると、こうして拗ねたような態度を取ることがある。コウさんもそうだが、どうして二人とも僕に対して攻撃的、というか、暴力的なのだろう。

 未だに謎なのだが、やっぱりあれかな、僕が全面的に悪いのだろうか。

「皆さん、ありがとうございます。必要な情報の共有は成されたということで。それでは、会議を始めたいと思います。老師への連絡をお願いできますか?」
「暫しお待ちを」

 ダニステイルの纏め役は目礼して、部屋から退出していった。

 魔法を行使している姿は、極力人に晒さない、というのが彼らの掟のようなものらしい。発現した魔法自体は、そうではないらしいが。

 纏め役が戻ってくると、部屋の中央に「窓」が開いた。

 そして「窓」に映った老師の後ろで、どごんっ、と何かが爆発した。

「ふう、まったく、こらしょうのない。爆発は三回に一回までにしておきなさい」
「は~い~」

 老師は、一旦「窓」から離れて、奥に消える。シャレンを「治癒」しに向かったらしい。

「はぁ、シャレンの魔力属性は、尖ったものが多くてね、こち……」
「へ~ゆ~」
「会議の間は休憩していなさい」
「みゃんの~、あやしの本いはこめやらなのれう~」

 再度の爆発。

 シャレンのやる気が空回りしているようだ。「爆焔の治癒術士」とか二つ名が付かないように、老師の奮闘を期待しています。

「準備が整ったら、もう一つ『窓』を開くから、それが開始の合図だよ」

 言い終えると、「窓」に映っていた老師の姿が、僕に切り替わる。

 ん~、「窓」に映っている自分というのは、鏡とはまた違った趣がある。「窓」の自分を見ていると、何故だか不安な気持ちになってくるので、卓の地図を見ながら開始を待つ。

「皆さま。会議の準備が整いましたので、『窓』に参集願います。しばらくしたら始めますので、近くにいる方に声をお掛けください」

 部屋に「窓」が開いたので、竜の民に呼び掛ける。

 「窓」の数は、だいぶ減って、数百というところか。怪我人がゆっくりと歩いていくところを心象。「窓」に辿り着けるだけの時間を置いて、一礼してから始める。

「会議を始めます。先ずは、ストリチナ同盟国の目的です。彼らは、なぜ竜の国に遣って来るのでしょうか。兵力は四千弱と少なく、本腰を入れた数ではありません。それでも、三国がそれぞれ兵を出し、固有の、或いは共通の目的の下に行動を共にしています」

 聴いている者の中には、子供や老人もいる。ゆっくりと話すことを心掛けるよう手本となるべく、明瞭に、落ち着いて語ってゆく。

「それは、竜の国を欲してのことではないのかの? 竜の国が完成したから横から掻っ攫ってやろうとか」
「外地と同盟国は、諍いが不可避とされるとこまでいったじゃろう。奴らからすれば、わし等がいつ攻めてくるか気が気じゃないんだろうさ」

 先ずは我々から、ということだろうか、元城街地の長老方が意見を述べてゆく。

「そんな短絡的なことでは動かん、と言いたいところだが、同盟国の民の恐怖を無視できぬのやもしれんな。已むに已まれず、ということはあるかもしれん」

 感情的になりそうな話題に白熱されても困るので軌道修正をする。

 この話題は十分。遠ざける為、竜の国の行動指針と、それと同盟国の思惑まで踏み込んでしまおう。

「先ず考えられるのは、交渉を優位に進める為の示威じい行動です。竜の国を攻めない、その代わりに有利な条件を呑め、と。では、彼らが攻めてこないかというと、そう言い切ることは出来ません。理由の一つは、フィア様の『風吹』です。フィア様は、実際に同盟国が行動に出るだろうと『風吹』を残され、同時に『風吹』があれば今回の一件を収拾できるとお考えになっていたのでしょう。僕たちの目的は、同盟国と交渉することで、その為に、竜の国を攻めるのを諦めさせることにあります。
 そこで、筆頭竜官であるオルエルさんにお伺いします。あなたが同盟国の為政者の一人であるとしたなら、竜の国を陥落させることをとしますか?」
「ああ、それはないな。竜の国の大まかな成り立ちは知れ渡っているし、グリングロウ国を制圧するのは危険過ぎる。仮に、フィア様をどうにかすることが出来たとしても、竜の国にはミースガルタンシェアリ様が御座す。炎竜様が人の争いに介入することはないでしょうが、竜の国は炎竜様と盟約を交わすことで使わせていただいている土地。フィア様だからこそ、炎竜様と盟約を結ぶことが出来た。同盟国にそれが可能だとは思えない」

 これまで同盟国と係わりの少なかったオルエルさんなら、状況が読めているだろうと思ったが、正しかったようだ。

 ミースガルタンシェアリが存命だと思っている人たちには、今の説明で得心してもらえるだろう。

 次に、具体的な戦術を説明することになるのだが、その前にやっておかなければならないことがある。

 心理的な負担を軽くすること。通常なら統制の為に、逃亡脱走を防ぐ為に、となるのだが。目的が異なる「風吹」部隊には、冷静に、正常に行動してもらえるよう心を砕かなくてはならない。

 その為に、有効な手段なら用いないわけにはいかない、とわかっていても、毎回こんな遣り方でいいのかなぁ、と不安、というか草臥くたびれてしまいそうだ。

「同盟国との戦いですが、勝とうと思えば、簡単に勝てます。僕がすべてを殲滅せんめつすればいいだけの話ですから」
「「「「「ーーーー」」」」」
「「「「「…………」」」」」

 そんなこと出来るはずがない! とかそういった類いの反駁や罵倒を期待したのだけど。

 唇の端を上げて失笑した僕を、皆さんの目が教えてくれます、そこに宿った感情は様々ながら、誰も彼も、僕の言葉を疑っていないようです。

 ……嬉しいけど、悲しいです。

 初めは、侮られない為に、自らを誇大に見せる為に。途中からは、何もしなくても(?)悪評が広まっていったわけだが、斯くも役立つときがくるとは、何が幸いするかわからないものである。

 犠牲を出さないよう策は練るつもりだが、これは戦い、戦闘であり命の遣り取りであり、どうやったところで恐怖は消せない。

 僕とて、里での模擬戦闘と氷焔での魔物との戦い、……竜饅事件で皆に追われた経験があるだけ。

 僕自身のことはどうしようもないが、竜の民の心の負担を軽くする方法があるのなら、実践しておかなければならない。

 畢竟、「風吹」の統制が取れて、延いては使い手の損亡を減らすことに繋がる。

 だからといって、やる気に満ち溢れていても困る。そこで、詐術……と自分で言っていれば世話ないが、これまで何度もやってきたことを。なるべく嘘を吐かないように嘘を吐いて、皆さんに誤解と勘違いをしてもらう。

「相手を殲滅するだけなら、フィア様でも出来ます。でも、フィア様は、優しい、と言うより、甘い、ですからね、僕と同じことは出来ません。そのとっても甘いフィア様ですが、甘々なのは竜の民に対してだけではありません。同盟国の兵に対してもです。
 そろそろ、あなた方にも理解していただけたと思いますが、フィア様は、僕たちの王様は、強くて、優しくて、甘々で、ーーそして、弱い。もし竜の民に犠牲が出たとしたら、王様は自分の所為だと思うでしょう。それは同盟国の兵とて同じ。自分が造った竜の国が原因で、大きな不幸が生まれてしまったら。もろい王様は、耐えられるはずがありません。
 弱々で、軟弱で、思い込みが激しくて、すべての罪を背負おうとするくらい、要領の悪い王様は、幼き心と魂を痛められ、老師の家じっかに引き篭もってしまうことでしょう。
 そうなったら、どうなることやら。竜の国は僕が王様にーーああ、いえ、違いますね、シア様を傀儡かいらいに、遣りたい放題ではないですか。フィア様というかせがなくなるわけですから、そうですね、先ずはこの大陸の制覇でもしてみますか」

 とまれ、これは冗談として、と続けるところだったのだが、老師の嫌がらせなのか、部屋の真ん中にたくさんの「窓」が現れて、竜の民のありがたい言葉を届けてくれる。

 それは、余りにも熱烈で、頭と耳がおかしくなりそうなので、割愛させてもらいます。

 実は、コウさんや僕を持ち出すまでもなく、あとスナに頼ることなく、勝つだけなら簡単に、いや、簡単と言うのは言い過ぎだが、目的に適う物があるのだ。

 然う、それは「風吹」。

 「風吹」の風は、相手を近付けさせず、遠距離の攻撃を防ぐ。つまり、相手の攻撃は当たらず、こちらの攻撃は当たる。そんな反則的な代物なのだ。

 ……たぶん、コウさんは、あの王様は、その可能性に心付くことなく、ただ相手を追い返すことだけを目的に「風吹」を作ったのだろう。

 当然、老師やカレンは気付いているだろう。他にも気付いている人がいるかもしれないが、それを竜の民に悟られてはならない。

 敵を完膚かんぷなきまでに叩き潰せる。

 その誘惑に駆られて、方針転換を迫られても困る。いや、これは竜の民を侮り過ぎだ。王の心を知った彼らが、それを求めるとは思えない。

 それでも、これは僕の弱さなのだろうが、不安の芽を刈り取っておかなければ、安心して事に当たれない。

 「窓」が二つに戻ったので、余計な雑念がまたぞろ這い出さない内に始めてしまおう。

「急坂を上り切った先の、なだらかな傾斜に布陣します。そうすることで、弓矢や投擲とうてきによる攻撃を正面と上方からの二種類に絞ることが出来ます。そこでですが、同盟国はどのような陣を敷くと思いますか? 各国の兵力は、騎馬百~二百、残りは歩兵のようですね」

 カレンがうずうずしているようだったので、卓の下で、別の人に発言させます、という意味を込めて、軽く手を振った。

 先ずは、僕たち以外の人がどう考えているのかを知りたい。それはときに、策を補強するものになったり、思ってもみなかった欠点を炙り出したりする。

 カレンの真っ正直さは、多様さを提供してくれることが少ないので、今回は黙っていてもらうのだが、あんまり抑えつけておくと、彼女も爆発カレンのぼっかんするからなぁ。

「三軍が纏まることはあるかの?」
「それはなかろう。『厄介者』が居るし、『智将』は己の意のままにならぬ兵を求めはすまい」
「敵は『風吹』のことを知らぬのじゃ、こちらの戦力は竜騎士二百と思うとるはず。舐めて掛かって、お互い邪魔しないよう、三軍の間の距離を空けてくるじゃろう」
「『智将』が奇策を弄するなら、『厄介者』を中央に持ってくるかもなぁ」
「あるか? 普通、というか、基本通りなら、『厄介者』『智将』『怖い人』だろう」
「こちらが三部隊ですから、そうなりそうですね」

 これまで発言を控えていた補佐の人たちも加わって、議論百出。良い傾向である。

 カレンに合図して、竜棋の駒を用意してもらう。

 竜棋とは、竜を模した駒で、交互に取り合いをしていって、ミースガルタンシェアリを先に取った、というか倒したほうが勝ち、という遊戯である。

 〝サイカ〟や〝目〟に、竜棋の愛好家は多い。カレンは滅法強く、里の竜棋大会では二位であった。因みに僕は、彼女に無理やり出場させられて二回戦で敗退。

 カレンは、坂の上のなだらかな場所に炎竜の駒を三つ並べて、坂の下に水竜の駒を三つ並べる。そして、両軍の間の三寒国方面の端に風竜の駒を置いた。

「ここに伏兵を配置しておくべきです。この部分に、下からでは見え難い窪みがあります。時機を見て、奇襲を仕掛ければ相手を撃退することも叶うでしょう」

 そこは、不測の事態に対応できる、とか、撤退の支援に最適、とか言って欲しかった。

 もしかしたら、敢えて好戦的な物言いをして、それを否定させるーーそんな役割を買って出てくれたのかもしれないが、……うわぁ、違った、カレンの目は本気だ。

「ふむ。それでしたら三百程、ダニステイルが引き受けましょう」
「……よろしいのですか?」
「私たちも竜の民。国の危機に、貢献できればと思います」
「では、お任せします」

 伏兵の存在が、部隊の心理的な負担を減らしてくれるなら、有用だろう。

 そこまで見越して引き受けてくれた纏め役。もっと積極的に係わって欲しいと願うが、彼らの事情がそうさせてくれない。譲歩して踏み込んでくれた、それだけでもありがたい。

「当初の想定通り、左翼部隊長に竜騎士団団長、黄金の秤隊を配置。中央部隊長に侍従次長、比較的魔力量の多い使い手を配置。右翼部隊長に宰相、近衛隊を配置。交代要員と予備は、矢の届かない距離に。三寒国側にダニステイル。翠緑宮に筆頭竜官、竜の国の重要拠点に長老方。概ね、こんなところですが、意見のある方はいらっしゃいますか?」

 皆が沈黙で応える。無いようなので、締め括りをつける。

「では、最後に。これらの策が失敗し、交渉が決裂した場合は、撤退して南の竜道を封鎖します。彼らがそのまま引き上げてくれれば良し。そうでなかったら、フィア様の快復後、フィア様と僕で交渉に赴きます。その際は、彼らに少しばかり痛い目に遭ってもらわなくてはならなくなりますが。出来れば、そうはなって欲しくないですね、誰の為にも」

 最後に御為ごかしの言葉。それでも、誰の為にも良い結果が齎されて欲しい、と願う。

「依頼していた竜の国の旗は間に合わない。これで良ければ、敷布にでもあたしが描いて、三部隊分用意しておく」

 「窓」が閉じると、しゃっきりした宰相が提案してくる。

 今更ではあるが、余りの豹変振りに、二言三言文句を言って遣りたくなってくるが、旗の図案を見せられた瞬間、そんなもやもやしたものは吹き飛んでしまった。

 僕だけでなく、室内にいる皆が息を呑む。

 ーーこれは、良いのだろうか。ああ、でも、僕たちの目的からすれば、良いような、というか、いような気がする、かな?

 んー、でも、相手にとってはどうなんだろう。

 沈黙は肯定、と受け取ったクーさんは、図案を仕舞って次の提案をする。

「あとは、使者」
「クーさんは、使者の作法を老師から習っていたりしますか?」

 意外そうな顔をして、首を振るクーさん。

 そう、ここら辺の事情は、係わりのない者には必要ないので、人口に膾炙することはない。ちょっとばかり、面倒を含んでいるのだ。

「三度目の大乱の際、使者は必ず殺す、という蛮行が罷り通ったことがありました。そこで有志の国々が、使者を殺してはならない、という規定を発案、条約の締結などに腐心ふしんしました。旗についてもそうですね。戦闘、交渉、休戦、降伏など、地域によって異なっていた信号を統一しました。そうした理性を取り戻す行いは、大乱終結を早めました。
 使者を立てるとして、その役を熟せるのは、僕とカレンと老師ということになります。向こうで留め置かれる蓋然性があるので、僕たちが任に当たるわけにはいきません」

 儀礼や国家間の取り決めなど、竜の国が安定したあとで枢要に覚えてもらおうと思っていたのだが、予定通りに進まないのは世の常か。

「これから慌ただしくなりますが、竜の民に不安を抱かせないよう余裕を持った言行を心掛けてください。難しい顔をするくらいなら、無理にでも笑ってください。そうですね、それは、みー様の笑顔を思い出せば、自然と出来ることでしょう。王様の笑顔も可、です」

 見本を示す為、みーの満開笑顔を思い出して、にかっと笑ってから、皆に頭を下げた。
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