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六章 世界と魔法使い
ばぴ
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ーーそんなこんなで世間様を騒がせながら、闘技場に到着。
中央口から中に入ると、みーとエンさんが反対側の壁を走っているのが見えた。
二人並んで、楽しそうに、どこまでもどこまでも壁を走ってゆく。
三十人程の竜騎士が、二人と同じように壁を走ろうとするが、すぐに脱落。五人くらいが集団から抜け出て、細かい魔力操作は苦手なのか、デアさんが脱落。最後まで残ったのは、フィヨルさんとザーツネルさん。隊長と副隊長の対決である。
二十歩程でザーツネルさんが力尽きて、避けるだけの余力がなかったフィヨルさんを巻き込んで落っこちる。
その上を一周回ってきた炎竜と団長が駆け抜けてゆく。
視線を上げて全体を見渡すと、観客席には誰もいないので寒々しい印象を受ける。頭上の空は快晴で、雲がないから余計にそう感じるのかもしれない。
「シア様と、シーソ?」
意外な人物と出くわした。
相変わらず無機質な、すべての感情が欠落したような瞳が、不躾に凝視する僕に向けられて、そのまま、ただじっと見られる。いや、見ているのかどうかも定かではない。意識は向けてくれている、そう解釈して、以前から考えていたことを提案してみる。
「シーソ。僕のところで働かないかい?」
「いや、はたらきすぎで、しぬのは、いや」
ぐっ、二回も嫌とか厭とか即答されてしまった。だがしかし、この程度は想定内、諦めるのはまだ早い。
「僕のところ、と言っても、僕の部下としてではなく、カレンの許で色々と学んでみないか、ということなんだけど。カレンは、総じて手本となるべき能力の持ち主なので、得る物は多いと思うんだけど、どうかな?」
「何を企んでいるの?」
カレンが訝しげな目で僕を見る。
シーソは推移を見守って、はいないが、視線は逸らさず、こちらを見ていてくれるので、カレンとの会話を聞いてもらうことにする。
「里に招かれるには、選定者の目に留まる必要がある。でも、それ以外にもう一つ、選定基準があるわけだけど、覚えているかな」
「勿論、覚えているわ。〝サイカ〟の推薦乃至は二人以上の〝目〟の推薦」
「そういうわけで、カレンの許で学んで、相応の実力を示せば、僕とカレンで推薦して、〝サイカ〟の里で学ぶことが出来るんだけど」
「ランル・リシェ、あなたが見込んだのであれば、間違いはないのでしょうが……」
カレンが戸惑うのも無理はない。シーソに〝サイカ〟としての資質があるとは思えないのだろう。
人との係わりに聡くなければ、〝サイカ〟には不適格。
竜の国の子供は、竜舎に通うことになっているのだが、強制ではない。自費で子供に、より専門的な教育を受けさせる親の意向は尊重するし、子供自身が働きたいと望んだ場合も同様である。
後者のほうは、時間を掛けて良い方向へ動かしていくしかない。
そして、シーソは数少ない例外。その言行から酌むのは困難だが、シアに頼まれて試問したところ、あに図らんや、すでに広範な知識と高い見識を持っていたのだ。
竜舎に通う必要のない彼女は、シアの下で働くことを選んだ。
「いらない、シアには、たすけがいる、あなたには、たすけはいらない」
「シーソ、〝サイカ〟だぞ〝サイカ〟、もっと良く考えてから……」
「あたしはいらない、やくにたたない、シアがそういうのなら、すこし、ほんのすこし、かんがえてみてもいい」
「く~、この意地悪め、僕がそんなこと言うわけないって知ってて言いやがって」
「……えっへん」
見ると、シーソの視線がみーに向けられていた。それを察知して、竜速で遣って来て、
「えっへんっ!」
対抗心丸出しのみー。
あれ? この二人、もしかして気が合うのだろうか。
「はーう、しーなのだー、ひさひさなのだー」
「ひさひさ、すりすりは、さんかいまで」
気が合うどころか、知り合い、いや、友達同士に見えるのだが。
「しーは、かくれりゅーがとくいなのだー。でもでもー、りゅーのおめめとおみみはいっとーしょー!」
「りゅうのかんかく、はんそく、しごと、なんかいも、じゃまされた」
情報収集の際、目立たないように行動した結果、逆に竜の鼻に付いてしまったのだろう。
二人の遣り取りから、遭遇した回数は多くないようだが、みーはシーソがお気に入りのようだ。どこら辺が竜の琴線に触れたのかわからないが、コウさん水準、は言い過ぎでも、それに準ずるくらいには、心を許しているように見える。
シーソの言葉通り、すりすりを三回で止めると、背中に飛び乗って、首に手を回して、
「っと、ちょっと待ったーーっ!? 同伴での『飛翔』はまだ駄目です!!」
二人の体が、ふわっと浮かんだところで、飛び掛かるようにして止めた。
「むーう、もーみーちゃんとべるんだぞー、しーをおそらにごしょーたいなのだー」
「それは心得ています。でも、誰かと一緒に飛ぶことを、フィア様から許可頂いていますか?」
「しらぬぞんぜぬはー、りゅーのきほん?」
「それは、成竜になってからにしましょうね」
まぁ、確かに、基本竜は人のことなど気に掛けたりしないのだけど。
みーにとってのコウさん。スナにとっての僕。この関係は、きっと贈り物のようなものだ。大事にする為にも、コウさんにはみーの教育を頑張ってもらわないと。って、くっ!
「駄目ですよ、みー様。まだ完全には治っていないんですから、噛もうとしないで下さい」
ぎりぎりで引き抜くことに成功。
ファタを脅す為に傷付けた掌は、もう包帯を必要としていないが、みーの牙でざっくりやられると、傷口が開いてしまう虞がある。
あー、もしかして。
以前、みーの頭を撫でようとして、手を噛まれた。そのとき、血を吸われたわけだが、噛み付こうとしたみーの目的は、僕の血?
「こーら、ちみっ子ー、名誉隊員が鍛錬おさぼりたぁー、他ん隊員示しつかんぞー」
「まーう、しー、たすけてーなのだー」
「だんちょうに、しゅくふくを」
シーソは相変わらずの無表情で、みーの救援要請を辛辣に斬って捨てる。
「ふむふむ。じゃーしゃーねーなぁ、ちみっ子にゃ取って置きってやつん教えてやんか」
「さーう、なにやるのだー?」
ぶふっ……。全力で逆振りのみーに、皆の気が、ぷしゅー、と抜けてしまう。
竜心とギザマル大移動、予測がつかないとはこのことか。
「さすがみー様。御自身の欲望に忠実であらせられる。我も見習わねば」
信仰心を拗らせたデアさんが、とんでもないことを言いながら厳粛に頷く。
見ると、彼の横にはザーツネルさんが居た。そして、ザーツネルさんの後ろに、隠れるようにしてフィヨルさんの姿が。「竜饅事件」の所為か、旧に倍して僕を避けるようになってしまった。
「お疲れ様です。鍛錬は終了ですか?」
「壁走りで、自己の記録を更新したら終わりだな。ある程度、魔力操作が出来ていれば、上達の速度もあがるんだが。骨が掴めるようになるまでが肝だな」
「魔力を纏うことと、それを操るのは別ということですね」
報告によれば、エンさんの指導のもと、竜騎士は全員魔力を纏うことが出来るようになったらしい。
はぁ、ちょっと複雑である。僕の特性は、稀有なものである。然あれど、僕には無いものを使って、正しく能力を向上させていく皆の姿に、一抹の寂しさを感じてしまう。
贅沢、と言われるかもしれないが、人の心とは儘ならぬものである。
エンさんは、両手を横に伸ばしたくらいの円を魔力で地面に描くと、シーソの背中にしがみ付いているみーの角をむんずと掴んで、小石でも抛るように軽々と後ろに、ぽいっ。
「だ、団長! みー様と仲が良いのは承知しているが、もう少し丁重に……」
円の真ん中に、たしっ、と見事に着地したみーを見守りながら、デアさんが諌めようとするが、エンさんの半眼に言葉を継げなくなる。
「こら、でかぶつ。大切んすっことと甘やかすってこたぁちげーぞ。手前ぇが何望んでんかぁ重要だが、それん相手ん為んなんなきゃ、単なる押し付けんなっちまうぞ。
尊いとか言われる奴ぁ、模範的ん行動しかしちゃいけねぇのか? 悪ぃことしても、叱らねぇで許す、それぁ正しい信仰ん在りかたってやつなんか? 全肯定すんなら、中途半端んことすんな。そーじゃねーなら、もっと竜ってやつんこと知りやがれ。でねぇと、そんうち、ちみっ子ん相手してもらえなくなんぞ」
思うところがあったのか、一気に捲し立てるエンさん。
説明が苦手と言うだけあって、突飛な物言いに聞こえるが、軸はぶれていない。デアさんには、始めと終わりの文句が効いたらしい。むぅ、と呻いて、考え込んでしまう。
みーを可愛がるのが信仰なのか、と問われて、その通りだ、と応えることが出来ず、それ以外の言葉を提示することも敵わない。
……あれ、なんか酷い譬えになっているが、本質は変わらない、よね。
まぁ、あれだ、高価な器があったとして、使わずにしまっておくことが、使わずに飾っておくことが、器にとって幸せなことなのか、ということである。器は、人、に置き換えることも出来る。大切にする、その意味を履き違えてはいけない。
スナから教授されたことだ。エルルさんの屈託の無い笑顔を思い出す。
スナだったら、デアさんの信仰心が揺らいでいる姿を見て、人の愚かさを再確認して、冷笑を浮かべたことだろう。
世界に果てはあっても、人の愚かさに果てはない。さて、誰の言葉だったか。
「うーし、ちみっ子ー、見てやがれ。こーやって、体ぁ動くと、だ、体ん真ん中ん重心、こーなって動くってわけだ」
「あーう、じゅーしんでじゅーじゅーやくのだー」
「そーだ、体ん真ん中ん、ぐわんぐわんってあるやつだ」
「よくわからないけど、よくわかったのだー。ぐわぐわぐわんっ、ぐぐわわぐーわんっ」
「ってーわけで、逆んありってわけだ。重心動きゃー後から体ん動くってことでやってみんぞー」
「わんっ」
みーとエンさん。毎回会話が成り立っているのが不思議で仕様がない。きっと、深いところで感性が通じ合っているのだろう。どちらを褒めればいいのか、難しいところだ。
エンさんが右に動いて、止まる。通常なら、右足を基点に左か前後に移動するところだが、そのまま滑るように右に移動する。そして、同じような動作の繰り返し。体勢と移動方向がちぐはぐで、見慣れていない人には、ちょっと気持ち悪く見えるかもしれない。
「団長は、取って置き、と言ってたが。あれは闘いの役に立つ、……のかわからんな」
「闘いに取り入れられれば、効果はあると思いますよ。夜の鍛錬で、始めの頃は手間取りました。予測と異なる威力、予想外の位置からの攻撃、そういうことが可能になりますからね。クーさんのほうは、重心移動ではなく、力の流れを制御する、という技法みたいです。ばらばらに動いている体の力の流れを意識して無駄を省く、のだそうです」
ザーツネルさんと話している間に、みーの動きが可愛らしいものに、ではなく、重心移動を覚えたのか、一見すれば踊っているように見えなくもないものになってゆく。
「おっし、ちみっ子ー。手ぇ使わず、こん円から追ん出したほーん勝ちだ」
「みゃーう、ししょーをこえるのは、でしのぎむなのだー」
「はっはっはっ、三巡りはえーぜ、ちみっ子! かかってこいやぁ」
「どーう、とつげきとっかんっ、しゃにむにむにむにっ」
随分と現実味のある日数を口にするエンさん。
そして、二人が同時に円の中に飛び込んで、勝負開始である。勝負終了である。気の抜けた声がみーから聞こえてくる。
「ぼぎゃ」
二人が入ると、意外に狭い円の中から、接触した途端にみーが弾かれて、そんなとこだけクーさんの真似をしなくていいのに、顔面から地面に落っこちた。
「まーう、まやまやなおあー」
「はっはっはー、きやがれっ」
「もやーん!」
顔を打った所為なのか、呂律が回らないみー。
当竜はまったく気にしていないらしく、妙な掛け声とともに再戦である。おっ、今度は弾かれなかった。だが、みーとエンさんの体がするりと入れ替わって。
もっ? と敵失したみーが前回と同様の末路を辿る。
あ、よしよし、二回目からは、顔から落ちるのを回避してくれている。あれは、見ているほうにも衝撃があるので。
みーの挙動から荒さが抜けてゆく。軽くあしらわれていたのが、五回の敗北を経て、反撃できるまでになっていた。然はあれどやはり体格の差が如実に現れるようだ。
細かく動き回って対抗しようと試みているが、まだエンさんに及ばない。
「さー、ちみっ子! 最後ん一回だ、全力ん相手してやらぁ!」
「さいーしゅーりゅーしゃー、どんづまりのみーちゃんなのだー!」
どうやらエンさんは、僕らを慮って、全力を出していなかったらしい。
一応、カレンと双子が庇える位置まで移動する。
たぶん、特別な意味はなく、気分とやる気の問題だと思うのだが、腕をぐるぐる回しながら円に向かって突撃していくみー。
敢然と待ち受けるエンさん。
円に入る間際、みーがエンさんの許まで滑るように移動して、転っ、と斜めに飛び上がりながら、
「りゅうのっ、どっすんっ!」
竜声ごとエンさんの腰から脇腹付近に、疾風怒濤のやわらかお尻攻撃。
対して炎を身の内に魂を熾して静かに待ち受けるエンさんは、その場でみーと逆回転の、転っ、と確固不抜のおかたいお尻邀撃。
壮絶なお尻のぶつかり合いは、お尻の柔らかさが敗因だったのか、もとい回転の鋭さの違いからか、みーが勢いよく水平に弾け飛ぶ。
みーは、僕たちのほうではなく、誰もいないところへーー、然しもやは竜の危機に駆け付ける大きな影が一つ。
「ぽひゃー」
「ふんぬっ!」
魔力を纏っているのだろう、巨体に見合わぬ速度で駆け寄るデアさんが、みーを抱き留めようと滑り込む。
だが、ここで彼は、致命的な過誤を犯した。
大切なみーをしっかりと受け止めようとしたのだろうが、それでは間に合わないのだ。頭から飛び込んで、両手で捕竜しなければならなかった。
然し、当のデアさんは、魂よ砕けよとばかりに砕身して、
「ばぴ」
みーに乗り上げた。
そして、潰れた竜のような声を上げた小さな体を、その巨体で擦ってゆく。
ようやっと止まったデアさんが、世界が破滅した瞬間を目撃したかのような絶望と狂乱を抱えて振り返ったとき、幼き竜はぴくりとも動いていなかった。
「ぐおぉおおおおぉーーっ、我はっ、我は何ということを! 是非も知らずぶふぅっ……」
「わーう、みーちゃんげんきばくれつやるきさくれつ、きりょくなかりょくでふっかーつなのだー! あや? くーなのだー」
「来て早々、自害しようとする馬鹿に氷をぶつける羽目になるとは」
「みゃーう、みーちゃんひゃっこいのにがにがなのだー」
「ふふっ、大丈夫。あたしの心はみーへの愛情で灼熱状態。いつでもみーを暖めてあげられる」
次は近衛隊が闘技場を使用する番なのだろう、デアさんの後頭部に「氷球」を直撃させて気絶させたクーさんは、溢れ過ぎた愛でみーを抱き締めようとするが。
すでにみーは、彼女にお尻を向けて遠ざかっていた。まるで自然の法則のように追尾するクーさんの視線には、気付かなかった振りをする。
中央口から中に入ると、みーとエンさんが反対側の壁を走っているのが見えた。
二人並んで、楽しそうに、どこまでもどこまでも壁を走ってゆく。
三十人程の竜騎士が、二人と同じように壁を走ろうとするが、すぐに脱落。五人くらいが集団から抜け出て、細かい魔力操作は苦手なのか、デアさんが脱落。最後まで残ったのは、フィヨルさんとザーツネルさん。隊長と副隊長の対決である。
二十歩程でザーツネルさんが力尽きて、避けるだけの余力がなかったフィヨルさんを巻き込んで落っこちる。
その上を一周回ってきた炎竜と団長が駆け抜けてゆく。
視線を上げて全体を見渡すと、観客席には誰もいないので寒々しい印象を受ける。頭上の空は快晴で、雲がないから余計にそう感じるのかもしれない。
「シア様と、シーソ?」
意外な人物と出くわした。
相変わらず無機質な、すべての感情が欠落したような瞳が、不躾に凝視する僕に向けられて、そのまま、ただじっと見られる。いや、見ているのかどうかも定かではない。意識は向けてくれている、そう解釈して、以前から考えていたことを提案してみる。
「シーソ。僕のところで働かないかい?」
「いや、はたらきすぎで、しぬのは、いや」
ぐっ、二回も嫌とか厭とか即答されてしまった。だがしかし、この程度は想定内、諦めるのはまだ早い。
「僕のところ、と言っても、僕の部下としてではなく、カレンの許で色々と学んでみないか、ということなんだけど。カレンは、総じて手本となるべき能力の持ち主なので、得る物は多いと思うんだけど、どうかな?」
「何を企んでいるの?」
カレンが訝しげな目で僕を見る。
シーソは推移を見守って、はいないが、視線は逸らさず、こちらを見ていてくれるので、カレンとの会話を聞いてもらうことにする。
「里に招かれるには、選定者の目に留まる必要がある。でも、それ以外にもう一つ、選定基準があるわけだけど、覚えているかな」
「勿論、覚えているわ。〝サイカ〟の推薦乃至は二人以上の〝目〟の推薦」
「そういうわけで、カレンの許で学んで、相応の実力を示せば、僕とカレンで推薦して、〝サイカ〟の里で学ぶことが出来るんだけど」
「ランル・リシェ、あなたが見込んだのであれば、間違いはないのでしょうが……」
カレンが戸惑うのも無理はない。シーソに〝サイカ〟としての資質があるとは思えないのだろう。
人との係わりに聡くなければ、〝サイカ〟には不適格。
竜の国の子供は、竜舎に通うことになっているのだが、強制ではない。自費で子供に、より専門的な教育を受けさせる親の意向は尊重するし、子供自身が働きたいと望んだ場合も同様である。
後者のほうは、時間を掛けて良い方向へ動かしていくしかない。
そして、シーソは数少ない例外。その言行から酌むのは困難だが、シアに頼まれて試問したところ、あに図らんや、すでに広範な知識と高い見識を持っていたのだ。
竜舎に通う必要のない彼女は、シアの下で働くことを選んだ。
「いらない、シアには、たすけがいる、あなたには、たすけはいらない」
「シーソ、〝サイカ〟だぞ〝サイカ〟、もっと良く考えてから……」
「あたしはいらない、やくにたたない、シアがそういうのなら、すこし、ほんのすこし、かんがえてみてもいい」
「く~、この意地悪め、僕がそんなこと言うわけないって知ってて言いやがって」
「……えっへん」
見ると、シーソの視線がみーに向けられていた。それを察知して、竜速で遣って来て、
「えっへんっ!」
対抗心丸出しのみー。
あれ? この二人、もしかして気が合うのだろうか。
「はーう、しーなのだー、ひさひさなのだー」
「ひさひさ、すりすりは、さんかいまで」
気が合うどころか、知り合い、いや、友達同士に見えるのだが。
「しーは、かくれりゅーがとくいなのだー。でもでもー、りゅーのおめめとおみみはいっとーしょー!」
「りゅうのかんかく、はんそく、しごと、なんかいも、じゃまされた」
情報収集の際、目立たないように行動した結果、逆に竜の鼻に付いてしまったのだろう。
二人の遣り取りから、遭遇した回数は多くないようだが、みーはシーソがお気に入りのようだ。どこら辺が竜の琴線に触れたのかわからないが、コウさん水準、は言い過ぎでも、それに準ずるくらいには、心を許しているように見える。
シーソの言葉通り、すりすりを三回で止めると、背中に飛び乗って、首に手を回して、
「っと、ちょっと待ったーーっ!? 同伴での『飛翔』はまだ駄目です!!」
二人の体が、ふわっと浮かんだところで、飛び掛かるようにして止めた。
「むーう、もーみーちゃんとべるんだぞー、しーをおそらにごしょーたいなのだー」
「それは心得ています。でも、誰かと一緒に飛ぶことを、フィア様から許可頂いていますか?」
「しらぬぞんぜぬはー、りゅーのきほん?」
「それは、成竜になってからにしましょうね」
まぁ、確かに、基本竜は人のことなど気に掛けたりしないのだけど。
みーにとってのコウさん。スナにとっての僕。この関係は、きっと贈り物のようなものだ。大事にする為にも、コウさんにはみーの教育を頑張ってもらわないと。って、くっ!
「駄目ですよ、みー様。まだ完全には治っていないんですから、噛もうとしないで下さい」
ぎりぎりで引き抜くことに成功。
ファタを脅す為に傷付けた掌は、もう包帯を必要としていないが、みーの牙でざっくりやられると、傷口が開いてしまう虞がある。
あー、もしかして。
以前、みーの頭を撫でようとして、手を噛まれた。そのとき、血を吸われたわけだが、噛み付こうとしたみーの目的は、僕の血?
「こーら、ちみっ子ー、名誉隊員が鍛錬おさぼりたぁー、他ん隊員示しつかんぞー」
「まーう、しー、たすけてーなのだー」
「だんちょうに、しゅくふくを」
シーソは相変わらずの無表情で、みーの救援要請を辛辣に斬って捨てる。
「ふむふむ。じゃーしゃーねーなぁ、ちみっ子にゃ取って置きってやつん教えてやんか」
「さーう、なにやるのだー?」
ぶふっ……。全力で逆振りのみーに、皆の気が、ぷしゅー、と抜けてしまう。
竜心とギザマル大移動、予測がつかないとはこのことか。
「さすがみー様。御自身の欲望に忠実であらせられる。我も見習わねば」
信仰心を拗らせたデアさんが、とんでもないことを言いながら厳粛に頷く。
見ると、彼の横にはザーツネルさんが居た。そして、ザーツネルさんの後ろに、隠れるようにしてフィヨルさんの姿が。「竜饅事件」の所為か、旧に倍して僕を避けるようになってしまった。
「お疲れ様です。鍛錬は終了ですか?」
「壁走りで、自己の記録を更新したら終わりだな。ある程度、魔力操作が出来ていれば、上達の速度もあがるんだが。骨が掴めるようになるまでが肝だな」
「魔力を纏うことと、それを操るのは別ということですね」
報告によれば、エンさんの指導のもと、竜騎士は全員魔力を纏うことが出来るようになったらしい。
はぁ、ちょっと複雑である。僕の特性は、稀有なものである。然あれど、僕には無いものを使って、正しく能力を向上させていく皆の姿に、一抹の寂しさを感じてしまう。
贅沢、と言われるかもしれないが、人の心とは儘ならぬものである。
エンさんは、両手を横に伸ばしたくらいの円を魔力で地面に描くと、シーソの背中にしがみ付いているみーの角をむんずと掴んで、小石でも抛るように軽々と後ろに、ぽいっ。
「だ、団長! みー様と仲が良いのは承知しているが、もう少し丁重に……」
円の真ん中に、たしっ、と見事に着地したみーを見守りながら、デアさんが諌めようとするが、エンさんの半眼に言葉を継げなくなる。
「こら、でかぶつ。大切んすっことと甘やかすってこたぁちげーぞ。手前ぇが何望んでんかぁ重要だが、それん相手ん為んなんなきゃ、単なる押し付けんなっちまうぞ。
尊いとか言われる奴ぁ、模範的ん行動しかしちゃいけねぇのか? 悪ぃことしても、叱らねぇで許す、それぁ正しい信仰ん在りかたってやつなんか? 全肯定すんなら、中途半端んことすんな。そーじゃねーなら、もっと竜ってやつんこと知りやがれ。でねぇと、そんうち、ちみっ子ん相手してもらえなくなんぞ」
思うところがあったのか、一気に捲し立てるエンさん。
説明が苦手と言うだけあって、突飛な物言いに聞こえるが、軸はぶれていない。デアさんには、始めと終わりの文句が効いたらしい。むぅ、と呻いて、考え込んでしまう。
みーを可愛がるのが信仰なのか、と問われて、その通りだ、と応えることが出来ず、それ以外の言葉を提示することも敵わない。
……あれ、なんか酷い譬えになっているが、本質は変わらない、よね。
まぁ、あれだ、高価な器があったとして、使わずにしまっておくことが、使わずに飾っておくことが、器にとって幸せなことなのか、ということである。器は、人、に置き換えることも出来る。大切にする、その意味を履き違えてはいけない。
スナから教授されたことだ。エルルさんの屈託の無い笑顔を思い出す。
スナだったら、デアさんの信仰心が揺らいでいる姿を見て、人の愚かさを再確認して、冷笑を浮かべたことだろう。
世界に果てはあっても、人の愚かさに果てはない。さて、誰の言葉だったか。
「うーし、ちみっ子ー、見てやがれ。こーやって、体ぁ動くと、だ、体ん真ん中ん重心、こーなって動くってわけだ」
「あーう、じゅーしんでじゅーじゅーやくのだー」
「そーだ、体ん真ん中ん、ぐわんぐわんってあるやつだ」
「よくわからないけど、よくわかったのだー。ぐわぐわぐわんっ、ぐぐわわぐーわんっ」
「ってーわけで、逆んありってわけだ。重心動きゃー後から体ん動くってことでやってみんぞー」
「わんっ」
みーとエンさん。毎回会話が成り立っているのが不思議で仕様がない。きっと、深いところで感性が通じ合っているのだろう。どちらを褒めればいいのか、難しいところだ。
エンさんが右に動いて、止まる。通常なら、右足を基点に左か前後に移動するところだが、そのまま滑るように右に移動する。そして、同じような動作の繰り返し。体勢と移動方向がちぐはぐで、見慣れていない人には、ちょっと気持ち悪く見えるかもしれない。
「団長は、取って置き、と言ってたが。あれは闘いの役に立つ、……のかわからんな」
「闘いに取り入れられれば、効果はあると思いますよ。夜の鍛錬で、始めの頃は手間取りました。予測と異なる威力、予想外の位置からの攻撃、そういうことが可能になりますからね。クーさんのほうは、重心移動ではなく、力の流れを制御する、という技法みたいです。ばらばらに動いている体の力の流れを意識して無駄を省く、のだそうです」
ザーツネルさんと話している間に、みーの動きが可愛らしいものに、ではなく、重心移動を覚えたのか、一見すれば踊っているように見えなくもないものになってゆく。
「おっし、ちみっ子ー。手ぇ使わず、こん円から追ん出したほーん勝ちだ」
「みゃーう、ししょーをこえるのは、でしのぎむなのだー」
「はっはっはっ、三巡りはえーぜ、ちみっ子! かかってこいやぁ」
「どーう、とつげきとっかんっ、しゃにむにむにむにっ」
随分と現実味のある日数を口にするエンさん。
そして、二人が同時に円の中に飛び込んで、勝負開始である。勝負終了である。気の抜けた声がみーから聞こえてくる。
「ぼぎゃ」
二人が入ると、意外に狭い円の中から、接触した途端にみーが弾かれて、そんなとこだけクーさんの真似をしなくていいのに、顔面から地面に落っこちた。
「まーう、まやまやなおあー」
「はっはっはー、きやがれっ」
「もやーん!」
顔を打った所為なのか、呂律が回らないみー。
当竜はまったく気にしていないらしく、妙な掛け声とともに再戦である。おっ、今度は弾かれなかった。だが、みーとエンさんの体がするりと入れ替わって。
もっ? と敵失したみーが前回と同様の末路を辿る。
あ、よしよし、二回目からは、顔から落ちるのを回避してくれている。あれは、見ているほうにも衝撃があるので。
みーの挙動から荒さが抜けてゆく。軽くあしらわれていたのが、五回の敗北を経て、反撃できるまでになっていた。然はあれどやはり体格の差が如実に現れるようだ。
細かく動き回って対抗しようと試みているが、まだエンさんに及ばない。
「さー、ちみっ子! 最後ん一回だ、全力ん相手してやらぁ!」
「さいーしゅーりゅーしゃー、どんづまりのみーちゃんなのだー!」
どうやらエンさんは、僕らを慮って、全力を出していなかったらしい。
一応、カレンと双子が庇える位置まで移動する。
たぶん、特別な意味はなく、気分とやる気の問題だと思うのだが、腕をぐるぐる回しながら円に向かって突撃していくみー。
敢然と待ち受けるエンさん。
円に入る間際、みーがエンさんの許まで滑るように移動して、転っ、と斜めに飛び上がりながら、
「りゅうのっ、どっすんっ!」
竜声ごとエンさんの腰から脇腹付近に、疾風怒濤のやわらかお尻攻撃。
対して炎を身の内に魂を熾して静かに待ち受けるエンさんは、その場でみーと逆回転の、転っ、と確固不抜のおかたいお尻邀撃。
壮絶なお尻のぶつかり合いは、お尻の柔らかさが敗因だったのか、もとい回転の鋭さの違いからか、みーが勢いよく水平に弾け飛ぶ。
みーは、僕たちのほうではなく、誰もいないところへーー、然しもやは竜の危機に駆け付ける大きな影が一つ。
「ぽひゃー」
「ふんぬっ!」
魔力を纏っているのだろう、巨体に見合わぬ速度で駆け寄るデアさんが、みーを抱き留めようと滑り込む。
だが、ここで彼は、致命的な過誤を犯した。
大切なみーをしっかりと受け止めようとしたのだろうが、それでは間に合わないのだ。頭から飛び込んで、両手で捕竜しなければならなかった。
然し、当のデアさんは、魂よ砕けよとばかりに砕身して、
「ばぴ」
みーに乗り上げた。
そして、潰れた竜のような声を上げた小さな体を、その巨体で擦ってゆく。
ようやっと止まったデアさんが、世界が破滅した瞬間を目撃したかのような絶望と狂乱を抱えて振り返ったとき、幼き竜はぴくりとも動いていなかった。
「ぐおぉおおおおぉーーっ、我はっ、我は何ということを! 是非も知らずぶふぅっ……」
「わーう、みーちゃんげんきばくれつやるきさくれつ、きりょくなかりょくでふっかーつなのだー! あや? くーなのだー」
「来て早々、自害しようとする馬鹿に氷をぶつける羽目になるとは」
「みゃーう、みーちゃんひゃっこいのにがにがなのだー」
「ふふっ、大丈夫。あたしの心はみーへの愛情で灼熱状態。いつでもみーを暖めてあげられる」
次は近衛隊が闘技場を使用する番なのだろう、デアさんの後頭部に「氷球」を直撃させて気絶させたクーさんは、溢れ過ぎた愛でみーを抱き締めようとするが。
すでにみーは、彼女にお尻を向けて遠ざかっていた。まるで自然の法則のように追尾するクーさんの視線には、気付かなかった振りをする。
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