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五章 竜の民と魔法使い
仔竜 ばーさす 姉妹
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深つ音。夜の最も深い時間をそう呼んでいる。
無論、こんな真夜中に鐘は鳴らない。
夜の鍛錬の間は、カレン一人で仕事をしてもらった。彼女も鍛錬に加わりたいようだったが、エンさんとクーさんの魔力全開戦闘に交ぜるわけにはいかない。
僕が強い、などという、嘗ての誤解は解けたが、別の心得違いを生み出すのは得策ではないので。宥め賺して、カレンには遠慮してもらい、まぁ、交換条件として、彼女との鍛錬が僕の日課に追加されてしまったが、そのことに目を瞑りさえすれば、カレン効果は絶大である。
「これからは、毎日ちゃんと睡眠時間が取れそうだ」
カレンは、僕よりよっぽど優秀なのだから、これも当然の帰結だ。
彼女は、正しい方向であれば〝サイカ〟に劣らぬ能力を発揮する。然し、応用というか邪道というか、そういう方面に難点がある。
それが、認定試験で彼女が〝サイカ〟に至れなかった理由。だからこそ、竜の国の侍従長の薫陶を期待したのだろうが。
「でも、どうだろうなぁ」
翠緑宮の二階から階段を上ると、外に出た。そこには何もない、だだっ広い薄闇が広がっている。
薄い雲が、月を朧にする。
竜の国は、これから安定に向かっていくはずで、カレンが期待するような屋上屋を架すような面倒が起きるかどうか。
日々の乱れてしまった生活の所為か、目が冴えてしまって眠れなかったので、ふらりと遣って来た。
初めて上ったが、ここから見る中空は、悪くない。
日中にスナの導きで、深い眠りに就いたので、それも影響しているのだろう。
翠緑宮の側面と同じように硝子で覆うという図案もあったが。いずれ用途が見つかるかもしれないと、風を遮るものは風だけ、という光景が生まれることになった。
公園のような憩いの場にするか、魔法や魔工技術に関する実験場にするか、竜騎士が望む騎竜が現実のものとなったら、ここを亜竜の飼育場にするーー何てことは、まぁ、ないか。
転落防止の柵などはない。と、今更思い出す。そういえば、二階から上がれないように「結界」が張られているのだった。
……王様のお仕事を増やす、悪い侍従長である。
布が擦れる音、だろうか、耳に届いて視線をやると、階下にサンとギッタ、双子の後ろ姿が見えた。
二階の居室の露台から夜空を見上げている。
僕は、そっと、音を立てないように屈んだ。あ、いや、別に、疚しい気持ちがあって、そうしたわけではありませんよ? ただ、体がうっかり反応してしまったというか、本能が危険を察知したというか。
「お待たせなのです。『結界』を張ったので、本音をぶちまけてくれて構わないのです」
自分に言い訳をしていると、フラン姉妹に来訪者が現れた。というか、間違いようもない、これはコウさんの声である。ちらっと見えたが、彼女は魔法で飛んできたようだ。
「…………」
屈んだ姿勢から地面に手を突いて、息を潜めて聞き取り易い位置まで移動する。
ごめんなさい、嘘を吐きました。ほんのちょっとだけ、疚しい気持ちがあります。コウさんとフラン姉妹の密会に興味があるのは本当のことだけど、コウさんに限ってそんなことはないだろうが、竜の国に不利益があるかもしれないということで。
然ても、妙ではある。
「結界」は、僕に対して張られたわけではない。なのに、「結界」の外に居る僕に声が届くのは、何故なのだろうか。
僕の特性は、常識では測り難い法則を持っていることがある。しかも、状況によって変化している節さえある。
「先程渡した三十冊は、魔工技術の基本なのです。一巡りの間に、諳んじられるくらいに頭と体に叩き込むのです。私に教えを乞うのは嫌だと思うので、解説や図解など、補助の為の魔法球を貸してあげるのです」
コウさん水準での基本か。これは双子は大変そうだ。
ただ、本気で魔工技師を志向する者だったら、手に入れることさえ難しい三十冊もの専門書は、垂涎の代物だろう。
「あたしたちが竜の国に居るのは、カレン様が選択したから」
「誰が好き好んで、このような竜の国に来たいと思うものか。とギッタが言ってます」
「他の奴らは、気付いていないだけ」
「でも、あたしたちにはわかる。本当の害毒の存在に。とギッタが言ってます」
感情の籠もらない明らかな面罵に、気にした素振りもなく、コウさんは問い掛ける。
「ここでなら、一人で喋らなくてもいいのです、ギッタさん。それとも、自分がどちらであるかもわからなくなってるのです?」
ギッタ。今、コウさんは、ギッタさん、と言った。
いつも話しているのは、サンのはずだが。とすると、ギッタは喋れないわけではなく、いや、これはコウさんの見立てが正しかった場合だが。
ーーああ、頭がこんがらがりそうだ。コウさんの言い様だと、双子は自分がサンなのかギッタなのかわかっていない、という風に受け取れるのだが、そんなことなどあるのだろうか。
スーラカイアの双子の然らしめるところ、となりそうではあるが。
「…………」
「……。とギッタが言ってません」
二人の沈黙(?)を肯定と断じたのか、コウさんは核心に迫る。
「スーラカイアの双子には、語られていない話があるのです。双子は、将と官だったのです。望んでそうなったわけではなく、双子の秘密に気付いた者が、そうしたのです。スーラカイアの双子には、稀に多量の魔力を具えた者が現れるのです。ただし、それは二人揃って、始めて効果を発揮するのです。
魔力の共有と共鳴。深く繋がり過ぎる故の人格の境の希薄。そうして得たあなたたちの魔力はーーそうなのです、十五ガラン・クンくらいなのです。限界は、三十四、いえ、三十三ガラン・クンてところなのです。私なら、その限界を超えさせることが可能なのですが、それにはあなたたちを調べさせてもらわないといけないのです」
大陸最強の魔法使いが単位になっていた。
つまり、通常の人間の最大魔力量、という基準なのだろう。中年の魔法使いを思い出しながら、心中複雑な気分になってしまう。
大きな魔力は、大きな魔力を誘うのだろうか。いや、それはさすがに穿ち過ぎか。フラン姉妹は、カレンに懐いて、遣って来ただけ。
そういえば、彼はその後どうなったのだろう。コウさんから顛末を聞いていない。順当にいけば、牢屋にでも入っているのだろうが。
「色々と言いたいことがあるけど、百万の罵詈雑言も竜の耳に子守唄」
「翠緑王サマ様さま~の魔力量を教えて頂けますでしょ~か?? とギッタが言ってます」
これまでカレンと係わりのないことには無関心であったサンとギッタ(?)の言葉に感情が宿る。何が基準となっているのかわからないが、双子は嫌悪感や拒否感、忌々しさを隠していない。ともすれば、強がりに聞こえるそれは、僕の勘違いではないのだろう。
魔力の影響を殆ど受けない僕でさえ、コウさんの魔力量に肌がざわつくことがあるのだ。
大陸最強と呼ばれる魔法使いの十五倍もの魔力量を擁する彼女たちには、通常とは異なるものが感じられたとしても不思議はない。
「私の最高魔力保有量は、五千兆ガラン・クンなのです。使用可能上限は、この世界の魔力量と同じ、二京ガラン・クンなのです。でも、魔力量がそのまま魔法使いの強さ……」
「あほかー!?」
「あほだー?! とギッタが言ってます」
コウさんの言葉を遮って、双子が絶叫する。
まぁ、その気持ちはわからなくはない。フラン姉妹が声を上げていなければ、僕がコウさんに突っ込み(?)を入れていたかも。
「あなたたちのことを邪魔するつもりはないのです。カレンさんは素敵なので、姉になって欲しかったのですが、諦めるのです。なので、あなたたちには、魔工技師として相応の働きを求めるのです。でないと、カレンさんに言い付けてやるのです」
「弱点を握られた! ならば、交換条件だ!」
「あたしたちがちゃんとやってる間は、カレン様に五割増しの報告をしてもらう! とギッタが言ってます」
「それと、あのお腹とお尻は渡さない!!」
意外に前向きな双子である。あと、クーさんにしろ双子にしろ、どうしてここまで欲望に忠実なのだろうか。いや、彼女たちからすると、あれでも抑えているほうなのだろう。
そして、コウさん。カレンを姉って、そんなことを考えていたんですか。
本当の姉であるクーさんが、いや、そういえば、クーさんも本当の姉じゃなかったっけ。兄さんも、僕の本当の兄さんじゃないし、身近にいる本当の兄弟姉妹は、フラン姉妹くらいなのかな?
お互いの領分に干渉しない、という折り合いがついたのだろうか。明らかにコウさんのほうが有利なので、あとはフラン姉妹の心の持ち様ということになるのだが。
「それに、あなたたちが本当に恐れなくてはならないのは、私ではないのです。あなたたちが真に恐れるべきは、竜の国の侍従長、リシェさんなのです」
……ん? ……は?
「そんなこと、言われなくてもわかってるわ」
「あの汚物は、焼却処分しても、後世に災禍を齎すなんてこと、自明の理よ。とギッタが言ってます」
……へ? ……なんですと?
「すでに幾度も魔法による干渉を行ったあなたたちなら、少しはリシェさんの脅威を感じられるはずなのです。あの人は、凄くーー、もの凄ぉ~く、意地悪なのです」
……すみません。僕にはコウさんが何を言っているのかまったくわかりません。何故、そんな情感たっぷりに悪口を言われなければならないのでしょうか。
それと、双子。すでに僕は悪意の標的として、魔法攻撃を受けていたらしい。
まったく、僕じゃなかったらどうするつもりだったのか。コウさんといい双子といい、どうして魔法使いは手が早い、もとい行動的というか活動的というか能動的なのだろう……いやさ、手が早いーー攻撃的、で合っているか。
う~む、やはり魔法という手段を持っていると、斯かる傾向になってしまうのだろうか。
少しは老師を見習って……ああ、いや、僕の首を叩き斬ろうとしたり遭難させようとしたり老師も同じ穴のギザマルでしたっけ。
ガラン・クンもそうだったし、はぁ、僕の心象の通りの、穏やかな魔法使いが現れてくれないかなぁ。
「というか、侍従長は王様のなんだから、ちゃんと首輪をつけておきなさいよ!」
「カレン様に近付かないように、っていうか、誓いの木っていうの持ってるんでしょ。さっさと結婚して、序でに子供も産んじゃいなさい! とギッタが言ってます」
あー、これはコウさんが爆発するな、と思っていたら。首筋の辺りがもにょもにょした。何度も経験しているので、到頭僕にも気配が察知できるぅぅ、ぐべっ……。
「たーう、こーのあまあまなふあふあいーにおいかぎかぎなくんくん、のべつまくなしりゅーもやむなしほのーはぼーぼー、せかいのはてまでみーちゃんさんじょーなのだー!」
来るのがわかっても、躱せなければ意味はない。
またぞろみーが僕の頭を踏んで、大跳躍。ああ、首が……、って、あれ?
みしっとならず、少し軽かったような。然ても、みーの惨状、もといみーに参上の長台詞を吐かせたのは、教え込んだのは誰なのか。
まぁ、それはいいとして、はて、竜と犬、どちらが鼻が利くのか、って、そんなこと考えている場合じゃなくて、こんなところから飛び降りたら、いや、コウさんがいるから大丈夫なのかーー。
あれ? みーを目で追っていると、落下速度がゆっくりになって、ぽすっ、と音が聞こえた。
ここからでは見えないが、恐らくコウさんに抱き留められたのだろう。
「みーちゃんっ、凄いですよ~。もう『飛翔』の手応えを掴んだんですね~」
目の錯覚ではなかったらしい。
南の竜道では、まだまだ全然だったのに、この短期間で著しい進歩である。これも、竜の資質によるものなのだろうか。
それとも地面に落っこちても諦めなかった、みーの頑張り、もといがんばりゅーの成果なのか。
「『飛翔』って、『浮遊』を通り越して、そんな高等魔法を!?」
「サン、一緒にしちゃ駄目よ。あのちんちくりんは竜なの、いちびっちゃく見えても竜なのよ! とギッタが言ってます」
「あたしも造語でやっちゃうわ。ちびり竜、ちんまり竜、ちきちき竜!」
相手に理解されていない悪口の、何と空しい響きか。
三歳のみーより子供っぽいのはどうかと思うが、同じ土俵で闘う気満々であるようだ。これも仲が良いと言うのだろうか。
「はーう、ふたふたはー、こーこわいみたいー? おっきくなったら、こーとおんなじなみーちゃんはー、こーすきすきーのやわやわーなのだー」
「きゃっ、みーちゃ、駄目ですよ~。ふぃ、そこをすりすりしぃ、いけなぁっ」
みーの、すりすりすりりん総攻撃を凌げなかったコウさんが、わやくちゃにされていた。
「この熱いだけが取り得の炎竜が、くのっくのっ」
「今は、あたしたちと同じくらいの強さのくせして、のくっのくっ。とギッタが言ってます」
みーのぷにぷにほっぺを摘んで、双子が左右からぐいぐい引っ張る。
負けじとみーも双子のほっぺ、には手が届かなかったので、姉妹の手の甲の皮膚を摘んでぐりゅぐりゅする。
あれって、案外痛いんだよなぁ。とか思いながら不毛な争いを観戦していたが、見つからない内に首を引っ込める。いや、もうこれ以上進展はなさそうだし、
「あうやふやふあうみゃう、ふぃーひゃんわえにゃいのにゃー!」
みーの勝利を願いつつ、居室に戻るのだった。
無論、こんな真夜中に鐘は鳴らない。
夜の鍛錬の間は、カレン一人で仕事をしてもらった。彼女も鍛錬に加わりたいようだったが、エンさんとクーさんの魔力全開戦闘に交ぜるわけにはいかない。
僕が強い、などという、嘗ての誤解は解けたが、別の心得違いを生み出すのは得策ではないので。宥め賺して、カレンには遠慮してもらい、まぁ、交換条件として、彼女との鍛錬が僕の日課に追加されてしまったが、そのことに目を瞑りさえすれば、カレン効果は絶大である。
「これからは、毎日ちゃんと睡眠時間が取れそうだ」
カレンは、僕よりよっぽど優秀なのだから、これも当然の帰結だ。
彼女は、正しい方向であれば〝サイカ〟に劣らぬ能力を発揮する。然し、応用というか邪道というか、そういう方面に難点がある。
それが、認定試験で彼女が〝サイカ〟に至れなかった理由。だからこそ、竜の国の侍従長の薫陶を期待したのだろうが。
「でも、どうだろうなぁ」
翠緑宮の二階から階段を上ると、外に出た。そこには何もない、だだっ広い薄闇が広がっている。
薄い雲が、月を朧にする。
竜の国は、これから安定に向かっていくはずで、カレンが期待するような屋上屋を架すような面倒が起きるかどうか。
日々の乱れてしまった生活の所為か、目が冴えてしまって眠れなかったので、ふらりと遣って来た。
初めて上ったが、ここから見る中空は、悪くない。
日中にスナの導きで、深い眠りに就いたので、それも影響しているのだろう。
翠緑宮の側面と同じように硝子で覆うという図案もあったが。いずれ用途が見つかるかもしれないと、風を遮るものは風だけ、という光景が生まれることになった。
公園のような憩いの場にするか、魔法や魔工技術に関する実験場にするか、竜騎士が望む騎竜が現実のものとなったら、ここを亜竜の飼育場にするーー何てことは、まぁ、ないか。
転落防止の柵などはない。と、今更思い出す。そういえば、二階から上がれないように「結界」が張られているのだった。
……王様のお仕事を増やす、悪い侍従長である。
布が擦れる音、だろうか、耳に届いて視線をやると、階下にサンとギッタ、双子の後ろ姿が見えた。
二階の居室の露台から夜空を見上げている。
僕は、そっと、音を立てないように屈んだ。あ、いや、別に、疚しい気持ちがあって、そうしたわけではありませんよ? ただ、体がうっかり反応してしまったというか、本能が危険を察知したというか。
「お待たせなのです。『結界』を張ったので、本音をぶちまけてくれて構わないのです」
自分に言い訳をしていると、フラン姉妹に来訪者が現れた。というか、間違いようもない、これはコウさんの声である。ちらっと見えたが、彼女は魔法で飛んできたようだ。
「…………」
屈んだ姿勢から地面に手を突いて、息を潜めて聞き取り易い位置まで移動する。
ごめんなさい、嘘を吐きました。ほんのちょっとだけ、疚しい気持ちがあります。コウさんとフラン姉妹の密会に興味があるのは本当のことだけど、コウさんに限ってそんなことはないだろうが、竜の国に不利益があるかもしれないということで。
然ても、妙ではある。
「結界」は、僕に対して張られたわけではない。なのに、「結界」の外に居る僕に声が届くのは、何故なのだろうか。
僕の特性は、常識では測り難い法則を持っていることがある。しかも、状況によって変化している節さえある。
「先程渡した三十冊は、魔工技術の基本なのです。一巡りの間に、諳んじられるくらいに頭と体に叩き込むのです。私に教えを乞うのは嫌だと思うので、解説や図解など、補助の為の魔法球を貸してあげるのです」
コウさん水準での基本か。これは双子は大変そうだ。
ただ、本気で魔工技師を志向する者だったら、手に入れることさえ難しい三十冊もの専門書は、垂涎の代物だろう。
「あたしたちが竜の国に居るのは、カレン様が選択したから」
「誰が好き好んで、このような竜の国に来たいと思うものか。とギッタが言ってます」
「他の奴らは、気付いていないだけ」
「でも、あたしたちにはわかる。本当の害毒の存在に。とギッタが言ってます」
感情の籠もらない明らかな面罵に、気にした素振りもなく、コウさんは問い掛ける。
「ここでなら、一人で喋らなくてもいいのです、ギッタさん。それとも、自分がどちらであるかもわからなくなってるのです?」
ギッタ。今、コウさんは、ギッタさん、と言った。
いつも話しているのは、サンのはずだが。とすると、ギッタは喋れないわけではなく、いや、これはコウさんの見立てが正しかった場合だが。
ーーああ、頭がこんがらがりそうだ。コウさんの言い様だと、双子は自分がサンなのかギッタなのかわかっていない、という風に受け取れるのだが、そんなことなどあるのだろうか。
スーラカイアの双子の然らしめるところ、となりそうではあるが。
「…………」
「……。とギッタが言ってません」
二人の沈黙(?)を肯定と断じたのか、コウさんは核心に迫る。
「スーラカイアの双子には、語られていない話があるのです。双子は、将と官だったのです。望んでそうなったわけではなく、双子の秘密に気付いた者が、そうしたのです。スーラカイアの双子には、稀に多量の魔力を具えた者が現れるのです。ただし、それは二人揃って、始めて効果を発揮するのです。
魔力の共有と共鳴。深く繋がり過ぎる故の人格の境の希薄。そうして得たあなたたちの魔力はーーそうなのです、十五ガラン・クンくらいなのです。限界は、三十四、いえ、三十三ガラン・クンてところなのです。私なら、その限界を超えさせることが可能なのですが、それにはあなたたちを調べさせてもらわないといけないのです」
大陸最強の魔法使いが単位になっていた。
つまり、通常の人間の最大魔力量、という基準なのだろう。中年の魔法使いを思い出しながら、心中複雑な気分になってしまう。
大きな魔力は、大きな魔力を誘うのだろうか。いや、それはさすがに穿ち過ぎか。フラン姉妹は、カレンに懐いて、遣って来ただけ。
そういえば、彼はその後どうなったのだろう。コウさんから顛末を聞いていない。順当にいけば、牢屋にでも入っているのだろうが。
「色々と言いたいことがあるけど、百万の罵詈雑言も竜の耳に子守唄」
「翠緑王サマ様さま~の魔力量を教えて頂けますでしょ~か?? とギッタが言ってます」
これまでカレンと係わりのないことには無関心であったサンとギッタ(?)の言葉に感情が宿る。何が基準となっているのかわからないが、双子は嫌悪感や拒否感、忌々しさを隠していない。ともすれば、強がりに聞こえるそれは、僕の勘違いではないのだろう。
魔力の影響を殆ど受けない僕でさえ、コウさんの魔力量に肌がざわつくことがあるのだ。
大陸最強と呼ばれる魔法使いの十五倍もの魔力量を擁する彼女たちには、通常とは異なるものが感じられたとしても不思議はない。
「私の最高魔力保有量は、五千兆ガラン・クンなのです。使用可能上限は、この世界の魔力量と同じ、二京ガラン・クンなのです。でも、魔力量がそのまま魔法使いの強さ……」
「あほかー!?」
「あほだー?! とギッタが言ってます」
コウさんの言葉を遮って、双子が絶叫する。
まぁ、その気持ちはわからなくはない。フラン姉妹が声を上げていなければ、僕がコウさんに突っ込み(?)を入れていたかも。
「あなたたちのことを邪魔するつもりはないのです。カレンさんは素敵なので、姉になって欲しかったのですが、諦めるのです。なので、あなたたちには、魔工技師として相応の働きを求めるのです。でないと、カレンさんに言い付けてやるのです」
「弱点を握られた! ならば、交換条件だ!」
「あたしたちがちゃんとやってる間は、カレン様に五割増しの報告をしてもらう! とギッタが言ってます」
「それと、あのお腹とお尻は渡さない!!」
意外に前向きな双子である。あと、クーさんにしろ双子にしろ、どうしてここまで欲望に忠実なのだろうか。いや、彼女たちからすると、あれでも抑えているほうなのだろう。
そして、コウさん。カレンを姉って、そんなことを考えていたんですか。
本当の姉であるクーさんが、いや、そういえば、クーさんも本当の姉じゃなかったっけ。兄さんも、僕の本当の兄さんじゃないし、身近にいる本当の兄弟姉妹は、フラン姉妹くらいなのかな?
お互いの領分に干渉しない、という折り合いがついたのだろうか。明らかにコウさんのほうが有利なので、あとはフラン姉妹の心の持ち様ということになるのだが。
「それに、あなたたちが本当に恐れなくてはならないのは、私ではないのです。あなたたちが真に恐れるべきは、竜の国の侍従長、リシェさんなのです」
……ん? ……は?
「そんなこと、言われなくてもわかってるわ」
「あの汚物は、焼却処分しても、後世に災禍を齎すなんてこと、自明の理よ。とギッタが言ってます」
……へ? ……なんですと?
「すでに幾度も魔法による干渉を行ったあなたたちなら、少しはリシェさんの脅威を感じられるはずなのです。あの人は、凄くーー、もの凄ぉ~く、意地悪なのです」
……すみません。僕にはコウさんが何を言っているのかまったくわかりません。何故、そんな情感たっぷりに悪口を言われなければならないのでしょうか。
それと、双子。すでに僕は悪意の標的として、魔法攻撃を受けていたらしい。
まったく、僕じゃなかったらどうするつもりだったのか。コウさんといい双子といい、どうして魔法使いは手が早い、もとい行動的というか活動的というか能動的なのだろう……いやさ、手が早いーー攻撃的、で合っているか。
う~む、やはり魔法という手段を持っていると、斯かる傾向になってしまうのだろうか。
少しは老師を見習って……ああ、いや、僕の首を叩き斬ろうとしたり遭難させようとしたり老師も同じ穴のギザマルでしたっけ。
ガラン・クンもそうだったし、はぁ、僕の心象の通りの、穏やかな魔法使いが現れてくれないかなぁ。
「というか、侍従長は王様のなんだから、ちゃんと首輪をつけておきなさいよ!」
「カレン様に近付かないように、っていうか、誓いの木っていうの持ってるんでしょ。さっさと結婚して、序でに子供も産んじゃいなさい! とギッタが言ってます」
あー、これはコウさんが爆発するな、と思っていたら。首筋の辺りがもにょもにょした。何度も経験しているので、到頭僕にも気配が察知できるぅぅ、ぐべっ……。
「たーう、こーのあまあまなふあふあいーにおいかぎかぎなくんくん、のべつまくなしりゅーもやむなしほのーはぼーぼー、せかいのはてまでみーちゃんさんじょーなのだー!」
来るのがわかっても、躱せなければ意味はない。
またぞろみーが僕の頭を踏んで、大跳躍。ああ、首が……、って、あれ?
みしっとならず、少し軽かったような。然ても、みーの惨状、もといみーに参上の長台詞を吐かせたのは、教え込んだのは誰なのか。
まぁ、それはいいとして、はて、竜と犬、どちらが鼻が利くのか、って、そんなこと考えている場合じゃなくて、こんなところから飛び降りたら、いや、コウさんがいるから大丈夫なのかーー。
あれ? みーを目で追っていると、落下速度がゆっくりになって、ぽすっ、と音が聞こえた。
ここからでは見えないが、恐らくコウさんに抱き留められたのだろう。
「みーちゃんっ、凄いですよ~。もう『飛翔』の手応えを掴んだんですね~」
目の錯覚ではなかったらしい。
南の竜道では、まだまだ全然だったのに、この短期間で著しい進歩である。これも、竜の資質によるものなのだろうか。
それとも地面に落っこちても諦めなかった、みーの頑張り、もといがんばりゅーの成果なのか。
「『飛翔』って、『浮遊』を通り越して、そんな高等魔法を!?」
「サン、一緒にしちゃ駄目よ。あのちんちくりんは竜なの、いちびっちゃく見えても竜なのよ! とギッタが言ってます」
「あたしも造語でやっちゃうわ。ちびり竜、ちんまり竜、ちきちき竜!」
相手に理解されていない悪口の、何と空しい響きか。
三歳のみーより子供っぽいのはどうかと思うが、同じ土俵で闘う気満々であるようだ。これも仲が良いと言うのだろうか。
「はーう、ふたふたはー、こーこわいみたいー? おっきくなったら、こーとおんなじなみーちゃんはー、こーすきすきーのやわやわーなのだー」
「きゃっ、みーちゃ、駄目ですよ~。ふぃ、そこをすりすりしぃ、いけなぁっ」
みーの、すりすりすりりん総攻撃を凌げなかったコウさんが、わやくちゃにされていた。
「この熱いだけが取り得の炎竜が、くのっくのっ」
「今は、あたしたちと同じくらいの強さのくせして、のくっのくっ。とギッタが言ってます」
みーのぷにぷにほっぺを摘んで、双子が左右からぐいぐい引っ張る。
負けじとみーも双子のほっぺ、には手が届かなかったので、姉妹の手の甲の皮膚を摘んでぐりゅぐりゅする。
あれって、案外痛いんだよなぁ。とか思いながら不毛な争いを観戦していたが、見つからない内に首を引っ込める。いや、もうこれ以上進展はなさそうだし、
「あうやふやふあうみゃう、ふぃーひゃんわえにゃいのにゃー!」
みーの勝利を願いつつ、居室に戻るのだった。
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