竜の国の魔法使い

風結

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五章 竜の民と魔法使い

炎竜の間の中心でスーラカイアの双子は愛を叫ぶ

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「カレン。そろそろ、二人を紹介して欲しいのだけど」
「んっ、そうでしたね。ーー二人は、サン・フランとギッタ・フラン。魔工技師です。本日、竜の国を案内して頂きましたが、二人は貴国に必要な人材だとお見受けいたします」

 僕が出した助け舟にさっと乗り込んで、二人の少女を紹介するカレン。

 渋々カレンから離れて、彼女の後ろに戻った二人が外套を脱ぐ。

「んあ? やっぱ山岳民族じゃねぇか」
「魔工技師に、スーラカイアの双子」

 エンさんの言葉に、クーさんが付け加える。

 髪の左側、木製の小さな筒のようなものに髪の毛を通している。二人とも三つずつ、同じ装飾の髪留めなのだが。一瞬、勘違いかと思ったが、そうではなかった。サンとギッタを見たときから、似ているとは思っていたが、これはーー。

 髪留めだけでなく、体格、服装、目鼻立ちに髪型、何から何まで瓜二つで、見分けがつかないくらいそっくりだった。

 見た目の周期より少し子供っぽい雰囲気だが愛嬌のある娘たち。カレンにべったりのねっとりでなければ、コウさん同様に周囲から可愛がられそうなものだが。

 参列者の顔色を窺ってみると、見所の多さに、やはり戸惑いがあるようだ。

 これは、一つずつ事情のもつれを解いていったほうが良さそうだ。

「エンさん、山岳民族というのは?」
「おう。俺たちん住んでん辺りん周辺五国ん人間にゃ、結構ゆーめーな話さ。険しい山にゃ隠れ人と北の魔獣住んでる、ってな」
「衣装に、髪の装飾。噂通りではあるが、彼らは戒律で、山から離れないと聞いている」

 北の魔獣に戒律、と次々に湧く新しい話題。これはもう、双子の少女と行動を共にすることになったカレンに話を聞いたほうが早そうだ。

「えっと、カレン。説明を頼めるかな」

 僕がそうすることがわかっていたのだろう、落ち着いた様子で首肯すると、カレンはやや重たい口調で話し始めた。

「仕官先を求めて、旅をしていたときのことです。街道で女の子が男たちにからまれているのを見掛けました。女の子を助けたのですが、どうやら男たちは盗賊の一味だったらしく、擦った揉んだの挙げ句、盗賊団を壊滅することになりました。助けた女の子は、山岳民族の長の娘でした。このまま一人で帰すのは危険でしたので、私が送り届けることにしたのです。そうして辿り着いた隠れ里のような場所では、民が二つに分かれて、言い争いをしていました。事の発端は、北の魔獣に生贄いけにえを差し出すかどうかについてでした」

 ……カレンは淡々と話していたが、盗賊団を潰したり、隠れ里に赴いたり、〝サイカ〟の里を旅立ってから、短期間にどれだけの事態に遭遇しているのだか。

 でも、話はまだ途中なので、ここから波瀾万丈の物語が展開するのかもしれない。

 冒険者失格から始まって、竜の国造りへと、僕にも起こったのだから、幸運の女神エルシュテルに溺愛されていそうな彼女なら、もっと起伏にんだ人生を送っていたとしても不思議はない。

「ふむ。山岳民族と言っておられたが、名称はないのですかな?」

 二人の少女を気遣ってか、バーナスさんが柔らかい口調で尋ねる。

「自分たちを特定される名称とか、そういうのは駄目だと言ってました」
「真実は言葉の中にはない。とかで石とか草とか別の名前に置き換えてました。とギッタが言ってます」

 これが彼女たちの元々の気質なのだろうか。カレンが絡んでいない所為なのか、或いは興味がないからなのか、感情の起伏が少なく、ともすれば人形が喋っているように見えてしまう。

 斯かる表情をする者にこれまで幾度か会ったことがある。特定の状況下に於ける人間性の喪失そうしつ

 ただ、彼らほど深刻ではないようだが、なにがしかの桎梏しっこくはあったと思われる。閉鎖された環境に、誰かにとって都合の良い独自の戒律、とそこらが関係しているのだろうが。

 然あれど、山岳民族かれらの正しさを、部外者が軽々に否定、拒絶するのは愚かなことである。正しさとは己の内側で常に揺り動かすものである。

 困ったことに、この世界には己の正しさで凝り固まった者や、他者を受け容れないことでしか正しさを証明できない者、立ち止まり、行方を見失った者が多くいる。

 兄さんの薫陶くんとうを受けた僕とて、他人の誤りを糾弾できる正しさがあるかというとーー。と、不味い、思惟の湖の、奥の暗がりで迷いそうになったので、慌てて浮上する。

 今は、カレンと二人の少女の話に集中しないと。

 竜官が質問したので今度は自分たちの番である、と思ったのかどうか、ギルースさんがフィヨルさんを肘で促す。

 自分では質問が思い浮かばなかったのだろう、あっさり他人任せにするところがギルースさんらしい。隊長同士の遣り取りに、ザーツネルさんを含めた竜騎士の補佐の方々が苦笑を漏らしていた。

「生贄と仰っていましたが、それは定期的に行われていたのでしょうか?」

 繊細そうなフィヨルさんだが、ゆくりない突風のように、聞き難い部分にずばっと切り込んでいった。

 血気盛んな黄金の秤隊を纏めているだけあって、豪胆さや果敢さといった猛気もうきを持ち合わせているのだろうが。そんな心胆を裏切る魔法使い然とした気弱そうな容姿と雰囲気からは、まるで別人であるかのように感取することが出来ない。

 それが彼の魅力といえばそうなのだろうけど、気苦労は多そうだな、と他人事のように思うーーことに失敗した。まぁ、人の振り見て我が振り直せ、竜は鏡鑑きょうかんとすべからず、ということで。

「神官の一族みたいな人たちがいて、魔獣の声が聞けるらしくて、不定期に生贄を決めてました」
「あたしたちは、スーラカイアの双子だったので、生まれたときから生贄に決まってました。とギッタが言ってます」
「行動の自由はないものの、生贄は神聖なものとかで、大切に扱われてました」
「山では、様々なものが不足してます。使えるものは、何でも使う。とギッタが言ってます」
「魔工技術もその一つ。あたしたちの世話役で、魔工技師だった男は、あたしたちに魔工技術を仕込みました」
「そして、あたしたちが生贄として北の魔獣に捧げられる段になると。とギッタが言ってます」
「世話役の男は、生贄にするのではなく技師として働かせたほうが里の為になる、と主張したのです」

 滔々とうとうと、という表現は間違っているのだろう、サンは水路のように語ると、必要なことは話し終えたとばかりに押し黙る。説明不足と感じたのか、カレンが補足する。

「ええ、技師が二人の為を思って、魔工技術を教授したのは間違いないでしょう。ですが、技師にとって重要だったのは、自分の目的を果たすことでした。彼には、その選択肢が思い付かなかったのかもしれない。サンとギッタを里から逃がすことをせず、生贄の廃止に利用しました。畢竟、二人は命の危険に晒されることになったのです」

 誰が悪いのか決め兼ねている、そんな心情を感じさせる物言いだった。

「そう、そして! そこに颯爽さっそうと現れたカレン様! その美貌に皆が見蕩れる感嘆する!」
「話を聞いたカレン様! 里のいさかいを完全無欠に解決する手段を高らかに宣言すると、一人で北の魔獣の退治に向かったのです! とギッタが言ってます」
「里は大混乱! 魔獣と言いつつ、半ば神聖な扱いとしていた里人たち」
「皆の葛藤が、あたしたちの目を覚まします! なぜあたしたちは、こんな人たちの為に犠牲にならないといけないのか! とギッタが言ってます」
「そして、何も決められないまま時間が経過して、カレン様が戻ってきました!」
「カレン様は、その手に持った魔獣の首を掲げて、里人たちを恐れ入らせると、災いが取り除かれたことを明言したのです! とギッタが言ってます」

 話がカレンに及んだ瞬間、火が点いたように捲くし立てる双子。

「これは、見誤った。北の魔獣を一人で倒すとは、あたしやエンよりも強い」
「おー、すっげーなー譲ちゃん。こぞー以外ん鍛錬相手増えるたぁ、俺たちゃ運いーなぁ」

 カレンの渾名は、譲ちゃん、のようだ。だが、そのことに気付くだけの余裕がないようで、宰相と団長の賞賛に、慌てて修正を加えるカレン。

「サン、ギッタ! 重要なところを省かないでください。魔獣は、私がまみえたときには、命数が尽きていたのです。どうすべきか迷いましたが、明確な証拠は必要かと思い、むくろを埋めて弔ったあと、里に戻りました。自由になったサンとギッタでしたが、里では複雑な立場に置かれてしまい、私が預かることにしたのです」

 カレンが話し終えると、若干クーさんの臭いがしないでもない双子が友愛を喚くあいをさけぶ

「そう! 命の恩人にして、運命の宿命人があたしたちの心と魂を華麗に攫っていった!」
「分かたれることのない絆! 永久の繋がりがあたしたち三人の間に育まれるのに、周期など必要なし! とギッタが言ってます」
「始めは、お腹と背中で迷いました。カレン様が眠ったあと、その無防備なお肌を堪能するのです!」
「逡巡など一切なし! カレン様のお尻以上に触り心地至高無敵なものなど存在せず! とギッタが言ってます」
「え? お尻と太腿で迷った?」
「サンこそ、実はうなじも悪くないって思ってること隠すつもり? とギッタが言ってます」
「いっそのこと胸を、……それは取り決めで駄目だって?」

 なんだろう、道化師の芸みたいなことになっている。

 心が通じ合っているのか、そうでないのか、感情の相違がそれを鈍くしているのか、そこら辺はわからないが。まぁ、今に至るも姿形は見分けがつかないが、嗜好の違いはあるらしい。

「ふーう、ふたりでふたふたなのだー。こーにふたふたいないのかー?」

 最近は、うるうる、とか、ふたふた、とか、言葉を重ねるのが好きなようで、手足をばたばたさせながらコウさんに聞いているみーが可愛過ぎる。

 ……あ、いや、これは僕の個人的な意見ではなく、ほら、見てください、皆の緩んだ顔を、特に、遊牧民たちのだらしない顔を。……などと誤魔化していると、ふたふたなコウさんが脳裏に浮かんできて、ふと思い出す。

 そういえば、クーさんに二人のコウさんの妄想話をしたことがあったっけ。

 そんな前のことではないのに、懐かしい気がしてしまうのは、ここ二巡りの、仕事ざつようと書いて雑用さつじんと読む、過労の渦に巻き込まれていたからだろう。

「私には、もう一人の私はいませんよ~。そうですね、スーラカイアの双子について、リシェさんに説明してもらいましょうね~」

 みーに話す振りして、僕に嫌がらせでもしたいのだろうか。

 然は然り乍ら、別の意図というか、魂胆こんたんというか意趣というか、そんなものがありそうだ。

 コウさんは、スーラカイアの双子について、市井人に知られていること以上の、裏の事情や秘密を知っているのかもしれない。そそっかしくあわてんぼうでおっちょこちょいな彼女のこと、うっかり話してしまわないよう、僕に振ったのやも。

 衆目の面前で、王様のお願いを断るのもあれなので、素直に引き受けることにした。

「スーラカイアとは、百五十周期以上前に失われた国の名です。古い時代、双子は概ね、忌み子とされていました。それぞれ半分の魔力しか具わって生まれてこないと誤解されていたからです。スーラカイア以後の文献に依れば、母体と双子で魔力の遣り取りが成され、魔力の不足どころか、逆に多量の魔力を具えて生まれてくることのほうが多かったようです。往時のスーラカイアの王は、生まれた双子を忌み子として扱わず、双子に纏わる噂を迷信と断じました。それは、正しい行いでしたが、凝り固まった民の心まで十分に届いたとは言えません。周囲からの偏見にめげず、双子は立派に育ちました。
 周期が二つ上の兄が即位したあと、一人は将として、一人は官として、兄を、国を支えました。ですが、時代は戦乱の世。父や叔父と同じく、兄が戦死します。双子は、弟を王として、これまでと変わらず、国を、弟を支えていきました。
 同盟を結んだ国の裏切りがありました。三倍の敵兵に対して、双子の片割れはよく戦い、これを撃退します。ですが、それと引き換えに、片翼は失われてしまいました。同時刻、王城にいた片割れの翼も地に落ちたとされます。双子の死には、諸説あります。忌み子を受け容れられなかった民の謀略、というのが主流とされていますが、確たるものとは言えません。国の両翼を一時いちどきに失ってしまったスーラカイアは、やがて衰退し、他国に吸収される形で大陸から失われました。ですが、最後まで国の為に尽くした双子は、スーラカイアの双子、として足跡を残すことになります。スーラカイア以後、双子は忌み子ではなく、幸福の象徴として扱われることになります」

 コウさんが僕を指名したのが不満だったのだろうか、クーさんが後を引き受けてくれる。

「大陸すべてに浸透したわけではなく、未だ忌み子として扱っていた場所があったということ。竜にも角にも、双子は竜の国で魔工技師の職に就いてくれるということで、了承?」
「う~、カレン様とあたしたちの絆を断とうとするなんて、藪から棒な!」
「三人は、もはや一心同体、魂を分かつことが不可能なように、何人なんびとも愛を引き裂くことなんて出来ない! とギッタが言ってます」
「カレン様をお助けするのが、あたしたちの使命!」

 フラン姉妹の愚痴というか文句というか、自画自賛はまだまだ続きそうだったので、

「カレンは翠緑宮に居室が与えられます。魔工技師にならないのであれば、二人は任意の外の家に住んでもらうことになります。ですが、こちらの願いに沿うのであれば、王宮内に家族用の居室を用意する準備があります」

 黙らせることにした。

 ……然ても、ああ、これは、不味いな。権力の使い勝手の良さに、傾倒しそうになってしまう。留意しておかなければ、と自らを戒めていると。

「可哀想に、侍従長の犠牲者がまた一人」
「そこは二人だろう、いや、三人か?」
「侍従長の害毒からみー様を護る方策を真剣に考えねば」
「『黒幕』にしても奔放ほんぽうに振る舞い過ぎでは? フィア様に嗜めて頂いたほうが」
「竜は見ておられる、いずれ天罰が下ろう」

 最近、侍従長苛めが流行っているのだろうか。あんまり事実無根のことばかり言われると、僕だって泣いちゃうぞ。

 はぁ、双子のことはもうこれでいいだろう。さっさと先に進めてしまおう。

「エンさんとクーさんの間に、老師が入ってください。老師の補佐の位置にフラン姉妹が。カレンはーー、僕の横で」
「……ランル・リシェ。何故私があなたの横に立たないといけないのです」

 ……これは、まだ心付いていなかったのだろうか。

 周囲の状況や言行からわかりそうなものだが。カレンらしくない。何か他に気を取られるようなことでもあったのだろうか。

「えっと、僕の役職が侍従長なので、侍従長の許で薫陶を受けたいのなら……」
「なっ、ななっ、な、何を言っているのですっ! あなたが侍従長だなんて、侍従長が侍従長である理由を、侍従長ではなくはないあなたが騙れるというのですかっ!!」

 大きな鏡を置いて、自分の姿を見せてあげたい。何を言っているのかわからないのは、カレンのほうである。

 嫌っている僕の下に付くのは業腹ごうはらかもしれないが、明言してしまった以上、今更ひるがえすのは難しいと思うのだが。
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