竜の国の魔法使い

風結

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四章 周辺国と魔法使い

仔竜に爆発物を食べさせていた魔法使い

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 僕は地面を転がっていた。

 エンさんと、魔法でクーさんを伴ったコウさんは見事な着地。

「みゃーう、みーちゃん、つーかーれーたーのーだー」

 翠緑宮の前に降り立つかと思いきや、制動せいどうを掛けることなく前のめりで地面に突っ込む。

 「人化」で子供の姿になると、どざーと滑るように倒れ込んで、そのままの格好で脱力して動かなくなる。どうやら、かなり疲れているようで、みーの安息の場であるコウさんの胸の中まで、歩いていく気力もなかったらしい。

 みーの服には、コウさんの魔法が付与されていて、どういう理屈でそうなっているのかまったく見当がつかないのだが、竜から人にしたみーは、ちゃんと服を着ていた。

 僕が贈ったリボンも、角に結わえられている。

 ……いや、服を着ているのを残念に思うとか、そんなこと微塵も思っていませんから。って、僕は誰に言い訳をしているのやら。

 ああ、そうだった、ここのところ衝撃を受け過ぎている、僕の良心にだった。

 悲しいことに僕の傷付き易く繊細りゅうがふんでもだいじょうぶ(?)な心には、まだまだ平穏は訪れない。と予言めいたことを思ってみるが、先の事を考えると、否定できないのが何ともはや涙ぐんでしまいそうだ。

 みーは、腹這いの姿勢からお尻を持ち上げると、ふりふりしていた。

 然てだに終わってくれればいいのだけど。つくづくと眺めると、みーが後ろ手に、外套に潜り込んだ小動物のようにちょこまかと動き回って、もとい動かしていた。

「ーー、……はぁ」

 ……ふりふりでちょこちょこな、ふるふるなまかまかで、ふるちょこふりまかちょこふりまかふる、……ふぅ、理性がへなちょこな僕、ちょろっと落ち着こうか。

 ちょこなんと座って、冷静を三回、氷竜を五回、それぞれ唱えよう。きっと、とっても涼しいはず。

 あ~、うん、どうやら効果があったようで、自分が冷静でないことがわかる程度には、頭は冷えているようだ。

 然ても、みーのあそこには、もとい服の腰の辺りには、三つの小袋が取り付けられていたはず。然らばコウさんの魔法の炎が詰まった、というか、凝縮された紅玉が入っている箱を取り出そうとしているのだろうか。

 みーが「人化」を覚えてからだいぶ経つが、今でも見えない場所にあるものを取るのは苦手なようだ。

 ちゃんと数えていなかったから大凡だが、ふりふり十三回くらいして、やはり目的は木箱だったらしい、いそいそと取り出すと、ころんっと仰向けになった。

「ふーう、こーのほのーあまさずぜんぶいちどきにいただきますーなのだー」
「あっ、みーちゃんっ、駄目なの!」

 仰天して目を見張ったコウさんの翠緑の瞳がーー輝緑の軌跡を描きながらみーに迫るも、わずかに遅く、伸ばした手は届かなかった。

 魔法を使えば間に合っただろうに、みーを大切に思う気持ちが先行して反射的に体のほうが動いてしまったのだろう。

 木箱に入っていた炎玉三個がみーのお口に転がり込んで、あむっ、と閉じられる。半瞬の、更に半分くらいの静寂を突き破って、みーの頬が限界まで伸びて、って、いやいや、みーのほっぺはどこまで柔らかいのか!?

 竜頬が掌の大きさくらいに拡がって、みーの幼い体が跳ね上がった。

「ぶぁびゃっっ??」

 ぐおんっ、と腹の底に響くような重く激しい音だった。って、爆発したんですけど?!

 みーの口から噴き出た炎の反動なのか、起き上がって膝立ちになったみーの首が、かくんっと力なく後ろに倒れて。

 次いで、機嫌が悪い火山のような真っ黒な煙を、もあもあと口から吐き出していたみーが、ぱたりっと自然なようで不自然な感じで後ろに倒れて……。

「コウさんっ! みー様の口が、爆発物、混ぜるな、危険ですっ!」
「みーちゃんっ! みーちゃんっ!? みーちゃーんっ!!」
「コウさんっ! ぢびゅっ、治癒魔法を!」

 余りと言えば余りの事態に、動転して言行がおかしくなった僕とコウさん。後ろから颯爽と惑乱中の二名おうさまとじじゅうちょうを追い抜いたクーさんが、みーを抱き起こして容態を確かめる。

「一回に一個ずつ、という言い付けを守らなかったみーに責任が半分。爆発の危険性を排除しておかなかったコウに半分。みーは、火は食べられるが、爆発は食べられないらしい」
「……復活したんですね、クーさん」

 長時間引き篭もっていたことの弊害へいがいはまったく見られない。しゃっきりしたものである。

 顔が破裂するのではないかと危惧してしまうくらいの爆発だったが、さすがは竜と言ったところか、みーに大きな怪我はなさそうだ。

 竜の国に帰ってきて早々、何をやっているのやら。

 竜にも角にも、みーは無事なようだし、やっとこ人心地が付いて、体から力が抜ける。そうして気付く、みー同様に僕にも疲れが溜まっていたようだ。

 道理で頭が変……、もとい理性にわずかながらの支障を来していたというわけか。

 特に精神的なものが大きかったのか、体の内側から痺れてくるような不愉快な鈍さがある。

「……、ーーふぅ」

 ストリチナ同盟国。南のサーミスールで一悶着あったあと、中央の「クラバリッタ」へ。最後に北の「キトゥルナ」へと向かって。幸いなことに二国ではすんなり親書を受け渡すことが出来た。

 まぁ、すんなり、と言っても、僕たちにとって面倒が起こらなかったというだけで、竜の来訪を目の当たりにした人々には、生涯忘れることの出来ない衝撃が刻み付けられたと思われる。

 然てこそもう一度、内心で盛大に謝っておく。

 ーー皆さまっ、驚かせてしまって大変申し訳ございませんっ! でもでもっ、無能非才の身、他の方策というか良策が思い浮かばなかったので仕方がなかったんですっ!!

 と誠に勝手ながら、自身の懊悩おうのう葛藤かっとうに折り合いを付けさせてもらって。疲労からなのか、頭が漂白されていくような甘く冗漫じょうまんな、それでいて穏やかな感覚に耐え切れず、徒然つれづれいとう気持ちを誤魔化そうと空を見上げる。

 長い、というか、永い、とさえ感じた一日。

 太陽が山の果てに顔を半分隠して、今日浴びたみーの息吹の鮮やかな炎色をくすませたような鈍い光に包まれながら、竜の都に、翠緑宮に到着。そして、帰り着くなりこの騒ぎである。

 いつもならうに復活しているはずの、元気っ子のみーが心配になってきたので、重い体を気力で持ち上げて、みーを介抱しているクーさんの許に向かう。

 見た限りでは、みーの体は大丈夫そうだが。どちらかというと、意想外の出来事に目と口が開きっ放しになっているみーの、心の傷のほうが心配である。

 ないとは思うが、炎竜なのに爆発が、いては炎が苦手になってしまうなんてことがあったらどうしよう。

「……ふぁはぁ、ふぁひゃふぁひゃっ、ふぁひゃひゃひゃひゃひゃひゃーーっ!」

 みーが、可愛いのか怖いのか一緒くたなのか、いや、三つ目の意味はおかしい、って、そんな場合じゃなくて、竜声を上げた途端、いきなり活発になってクーさんに抱き付いて、すりすり多段攻撃をお見舞いしていたみーがーー途中で止まってしまった。

「みゃーう、こーのやわやわじゃないのだー、こー、こー、こー」
「はいっ、みーちゃん、こっちですよ!」
「やうやうやうやうやう、こー、いたのだ、こー」
「もう大丈夫ですよ、みーちゃん!」
「こーっ!」
「みーちゃんっ!」
「やうやうやうやうやう、こーこーこーっ」

 二人は、最初から一つの生き物であったかのように、抱き締め合って一塊になる。

 折角復調したクーさんは、自分が幸せ過剰攻撃すりすりんの対象でなかったことを知って、熱波の中で水を絶たれた植物のように萎れてしまった。残念ながら、僕には祝福みずは見つけられない。これは、もう、しばらく放っておいてあげるのが優しさというものなのだろう。

「はっはっはっ、挨拶回り終了ーっ! そんで、こぞー、次ゃ何があるんだ?」

 何をやる、ではなく、何がある。

 まぁ、言葉遊びの範疇ではあるが、節目節目でのエンさんの勘の鋭さはさすがである。

「エンさんの言う通りです。竜の国があると知った人々は、本当にそんなものがあるのか確認しに遣って来ます。そんな彼らを、持て成す必要があるってわけです。東の竜道にエンさんとクーさん。南の竜道にコウさんと僕。みー様は北の洞窟ですね」

 みーは、定期的に北の洞窟に帰って、半日くらい過ごす。

 「竜の残り香」とコウさんは言っていたが、信頼とか信用とか諸々もろもろが、がた落ち中の僕は、詳しい説明をしてもらえなかった。

 北の洞窟には行ったことがないので、いまいち掴み切れないが、何かしら秘密があるのだろう。語感からすると、残り香とは魔力の譬えで、魔力の補充か、或いは維持か。

「持て成しが終わったあと、竜の国立ち上げの為の、最大の関門です。ストリチナ同盟国と、その城街地へ出向いて、交渉を行います。ーーコウさんのお披露目が必要になります」

 そう遠くない内に、その時は遣って来る。

 竜の国という今まさに産声を上げようとしている国家が、生まれ落ちて命脈を得られるかどうかの岐路きろに立たされるまで、一巡りか二巡りか、手足の指の数より掛かることはないだろう。

 国を造ることは手段であって、目的ではない。ただの通過点、いや、然く貶める必要などない、どれもこれも忽せに出来ない大切な、僕らが作り上げてきた、歩いてきた道である。

 自らの行いを誇るなど、初めてかもしれない。

 まだ始まってすらいないのに、顧みて浸っている場合ではないとわかっていても、自分が望んで歩いてきた道が、踏み締めてきた道が、形作られていくことが嬉しくて堪らない。

 そう思えたのは、きっと、一人ではないからーー。

 似たようなことを何度も考えて、充足感を味わっているというのに、色褪せることはない。

 快楽、というのは、こういったもののことを言うのだろうか。快く楽しい、ということならそうだろうが、まぁ、世間一般では、これらの僕の感情など、お飯事ままごとのように扱われるだろう。

 然らば見失っている彼らに、見せ付けて、思い起こさせるのも一興。

 ーー炎竜と戯れている魔法使いの女の子。

 僕たちの王様ーーになる少女。

 僕たちが望む国の姿に辿り着く為には、王の言葉が、彼女の思いと願いを語り掛ける場が必須となる。

 そこでしくじれば、竜の国は頓挫とんざしてしまうかもしれない。

「ーーーー」

 こうなることはわかっていた。いずれ必要になると。

 だから僕は思い出す。だから僕は信じる。

 やる、と。おうさまを、王さまをやる、と。そんなことを、ーーそう、そんな小さくて大きなことを呟いたときの、どこまでも透き通った、希求の瞳を。

 僕は、自分が弱い人間だということを知っている。これから大それたことをする。

 ああ、良くないな。感傷的になっている。そんなことだから、迷い込んできた想念を追い払うことが出来ない。

 僕は、内側に、常に足りなかった、それに意識を向けてしまう。

 幼い頃、山々を見上げていたとき、自分の居場所に違和感を抱いた。失っているからなのか、焦がれているからなのか。空虚とか空疎とは違う、僕の内に、何かがあるのだ。然し、風の儚さで散ってしまう、手を伸ばそうと心付いた瞬間に解けてしまう、求め難いものが、僕を足りない人間にした。

 人として何かが足りていない、そんな風に思ったのは、いつの頃だったか。

 コウさんの翠緑の瞳に惹かれた、表面的なすべてのものを取り払って蟠っていたのは。

 輝きの奥に、繋がりがあるような気がした。

 幼き日々の追憶ついおくから今に至るまで、自らの求めを確かめる。

 それを知りたかった、それに答えを与えたかった、手を伸ばしても届かないそれに、触れて、感じて。また明日と、遊ぶ約束をした幼子のような、今日の次に明日が遣って来ることを、風に託して、憧憬の眼差しで見詰めていたい。

 ……ああ、もうっ、自分でも何を言っているのか、何が言いたいのかわからなくなってくる。

 空の果てまで落ちて行きたいくらいの、酷い妄想だ。そう思って捨ててしまえるなら、どれほど楽なことだったろう。でも、頑是無い子供のような一途さで、きっと僕が僕でなくなるまで求め続けるのだろう。

 それがわかれば十分である。コウさんの願いの先に、僕の求めるものがなかったとしても、彼女の願いがついえるまで添うことが出来る。

「おー、悪ぃ顔してやがんなぁ、こぞー。覚悟完竜したってか?」
「えっと、悪い顔、は勘弁してください。そういう気分ではありましたけど」
「そー心配すんなって、どーせ失敗したとこで俺たちゃ、じじーんとこ引っ込むだけさ。こぞーは知らんけどな」

 エンさんらしくない。僕を励ましてくれているらしい。

 それで何も解決しないとわかっていても、それは誰の所為でもないと、最後には笑っていられると、根拠のない自信を見せてくれる。

 何だかんだで、彼は二人の妹の兄なのだ。彼は妹たちの為に、自分に何が出来るか、何をすべきかを理解、いや、本能的に悟っているのだ。それは、決して揺らぐことのない、彼の強さである。

 そう、彼は、その時がくれば、あっさりと竜の国を見捨てて、二人の妹を選る。

 僕は、見捨てられる側である。エンさんに認められるには、どれだけの道程を行けばいいのか。僕を気に掛けてくれているのは、期待の表れだと、今は好意的に解釈しておくとしよう。

「俺ぁ生来、怠けん大好きんぐうたらだって。失敗したなぁ、兄貴やるって決めちまったかんなぁ。あー、惰眠むさぼりてぇが、困ったことんなぁ、兄貴ってぇのぁ可愛くねぇ妹たちん為ん体ぁ張ん義務ってやつぁあんのさ。どこん誰ぁ決めたんだよ、ちくしょうめ」

 長話が苦手なのに無理やり話を続けるので、本音が駄々漏れになっているようだ。

 もしかしたら、これがエンさんなりの、覚悟完竜、ってやつなのかもしれない。

 熟れていない男同士の会話というものに、ちょっと照れが入るが、僕は何も言わず竜の都を眺め遣る。

 今は静かな都に、人々の声が溢れる様を思い描いて、笑みが浮かんでしまう。それは遠くない未来の、僕たちの願いの情景である。

 ーー耽溺している後ろの面々ふたりのむすめはこりゅうがだいすきを背負いながらだと、格好も何もないが、まぁ、そこら辺の諦めも完竜である。
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