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四章 周辺国と魔法使い
最果ての王 一つの時代の終焉
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それは、火色と淡銀色の共演だった。
魔法剣と魔法剣が打ち合わされる度に、魔力が火花のように飛び散って、激闘の苛烈さを優美な情景へと誘う。
この世界に存在する魔法剣は十本ほど。魔法剣同士の闘いなど、お目に掛かれる機会は然う然うない。
エンさんの焔の魔力と「最果ての王」の大地の魔力が、正面から膂力のすべてで叩き付けられる。
「「「「「ーーーー」」」」」
「凍土」との勝負では、その巧みさに歓声が絶えなかったが、「最果ての王」との勝負では、力と力による真っ向からの乱打に、皆固唾を呑んで見入っていた。
「今回は、分が悪いですね」
僕の分析に、コウさんもみーも否やはなかった。
エンさんの、本日三戦目である。
コウさんにきっつい説教をもらった(魔法による体罰というか制裁を含む)エンさんは、本日の二戦目と三戦目に魔法剣を賭けるようなことはしなかった。
彼の罪状は、魔法剣に係わることだけなので、然ればこそ「カリカナリス」と「キュレイス」の二国でも、エンさんは喧嘩上等だった。
国造りで頑張ってくれたので、勝負については黙認ということで、コウさんのお許しが出た。それと、対人戦闘に関して、僕を相手に鍛錬を積んできたので、その成果を確認、というか、試したいという彼の思いを酌んでのことでもあるのだろう。
エンさんには残念なことに、カリカナリスでは実力ではなく地位で対戦相手が決定した。
近衛騎士隊隊長は、その地位に上り詰めるだけあって弱くはなかったが、彼を満足させるものではなかった。だが、その鬱憤は、三戦目にて晴らされる。
劣勢なはずのエンさんの顔には野太い笑みが浮かんでいる。
「最果ての王」の異名を持つ、キュレイス王が相手だけに、全力を尽くして尚、更なる高みにある者へ挑めることが嬉しくて堪らないのだろう。
キュレイス王は、魔力を纏っていなかった。対等の勝負に拘るエンさんは、魔力を纏わず、剣技のみを頼りに闘っている。
ただ力で圧倒することなど詰まらない、勝負に勝つとはそういうことではないーーと、彼の闘う姿が、雄弁に物語っているようだった。
「エン兄は、王様の剣に慣れて、対応し始めたのです。でも、差が縮まる前に、押し切られてしまうのです。とクー姉が言ってるのです」
「ふーう、やばやばのばやばやー?」
口では何と言おうと、そこは大切な兄のことである。コウさんの声音から、エンさんを憂う心情が伝わってくる。
だが、クーさんの読み通り、手数で追い付きつつあったエンさんの乱れた一瞬の隙を衝いて、キュレイス王の剣が穿つ勢いで叩き付けられる。
一際大きな相克の双花が咲き誇って、万変の魔力が彼らを彩る中、決定的な一撃がーー、
「ぱぅあっ?!」
入ることなく、魂の底から飛び出てきたような奇声を発すると、老王は硬直した。
「お爺様っ! ご無理をなされるから、また腰が!」
お姫様らしき青蛾の娘が駆け寄って、キュレイス王の老体を支える。
「ふっ。我が剣の最後の相手がお主のような男であったこと、真に幸運である。我のーー戦士としての終焉である。剣を携えし者たちよ、今まで我とあったことに、感謝する」
キュレイス王の後継者らしき壮年の男が跪いて、王から魔法剣を譲られる。
偉大な王の退位であり、新しき王の即位の瞬間だった。
譲位は成された。この素晴らしき場に立ち会った騎士たちが、滂沱の涙を流しながら世界へ轟けとばかりに力の限り声を振り絞る。
「って、ちょっと待て!! 勝ち逃げとか、ずっけぇぞ!?」
コウさんが魔法で縛り上げて、未練たらたらなエンさんをお持ち帰りである。そして、面倒が起こらない内に、みーに乗ってそそくさと退散。
このままゆっくりしていたら、余計な式典とか儀式とかに参加させられ兼ねない。
「どうやら、一つの時代が幕を閉じたようなのです。とクー姉が言ってるのです」
「エンさん、次からが重要なんですから、拗ねないでください」
いや、クーさん、今はそんな物語の結末のようなものはどうでもいいので。そのクーさんと背中合わせで、足を抱えて座っているエンさんに声を掛けるが、反応してくれない。
「次は、ストリチナ地方の三国同盟、ストリチナ同盟国です。狩場を横断して向かいますが、この時間を使って打ち合わせをしておきましょう」
二度手間になるかもしれないが仕方がない。先ずはコウさんから始めよう。
「同盟国には、三寒国と同じ対応では駄目です。エンさんには、到着後、城街地に親書を届けに行ってもらいます。そこで、同盟国へ親書を届ける役割をコウさんにお願いしたいのですが、引き受けてもらえますよね?」
じいぃぃー、とコウさんを見詰める。
他の人など見ていませんよ、という趣意を明確に、んじいいぃぃぃー、と熱視線を向けていると、みーの炎眼もぎょろりとコウさんを捉えて。
「ふぇ……?」
左へもぞもぞ、右へもそもそ。左へもそもそ、右へもぞもぞ。更にもそもぞは続く。久し振りの謎舞踊で、なぜだか落ち着いてしまう。
さすがに、これを「七祝福」の一つにするのは無理かな。などと考えていると謎舞踊が停止。どうやら、答えが出たようだ。
「……みーちゃんを見た人たちが怪我をしないように、魔法で色々やらないといけないので、今回は残念ながら出来ないなー、などと思ってるしだいなのです」
たどたどしくではあるが、最後まで言い切るコウさん。
じっと見詰めてくるので、翠緑の瞳に惹き込まれそうになってしまう。これは、不味い。僕は、気合いを込めて見返した。
「じいぃぃー」
「ひぅっ」
言葉に出してみると、みーの角の後ろに隠れて、ちらちらとこちらの様子を窺ってくる。
「仕方がないですね。コウさんには、魔法の配慮に専念してもらいます。クーさんは残念なことになっているので、……僕がやるしかないかな」
思い返してみれば、コウさんが僕と話してくれるまで一巡り必要だった。
僕と話すことで、少しは慣れたと思うが、見ず知らずの人間といきなり会って話せ、というのは酷かもしれない。
然てこそちょっとばかり想像してみる。
ーー何気ない日常、突然降って湧いたみー。驚く兵士の前に「転移」で現れるコウさん。魔法で彼らの動きを止めて、叫ぼうとした兵士の言葉も魔法で奪う。三角帽子と外套で姿を隠した謎塊なコウさんは、親書を兵士の手にちょこんと置いて、「転移」でその場から消え去る。その後、魔法が解けた兵士たちは……。
うん、駄目だ、そんなことをしたら、どんな悪評が立つやら。
コウさんには、愛される王様を目指してもらわないといけない。特に竜の民には、魔法という目を曇らせる要素を省いた、本当の彼女の姿を知ってもらいたい。
「終わったこたぁ知らん振り、ってぇことでー、ふっかーつ。そんでこぞー、結局んとこ、城街地で何すんだ? こぞーんずっと気んしてたみてーだけど」
エンさんが炎竜の息吹のような勢いで華麗に復活した、のかどうかはともあれ、凄いのは、口にしたことを実際に実行している点である。
過ぎたことは気にしない、と言ったところで中々そうもいかないものだが、彼は本当に後腐れなく、すっぱり忘れてしまえるのだ。
序でにクーさんも復活して欲しいところだが、挨拶回りの間は無理そうだ。今はエンさんが「結界」に腰掛けて、お尻が頭の部分にきているのだが、相変わらず無反応である。
「簡単に説明すると。ストリチナ地方は、十二国から三国になりました。それぞれの国には、貧富の激しい場所や貧民街、国の恩恵が届かない場所、棄民や流浪の民のようなものまで混在していたのですが、それを三国の王城や王都の外の隣接した場所に集め、国の系統に組み込むことで、一時に問題を解決させようと試みたのです。
それは、半分成功しました。失敗の半分の内で一番の問題は、城街地が同盟国にとって不都合な方向に力を持ち過ぎてしまったことです。それを看過することが出来ない三国は、いずれ城街地を攻め、焼き払うのではないかと噂されています。
城街地は、彼らを疎んじている者たちから『城外地』、または『外地』と呼ばれています。それだけでなく、城街地に住む人たち自身も皮肉を込めて、外地と呼んでいたりしますが。このように、同じ国の中で、内と外という心理上の壁を作ってしまったのです。ですので、竜の国を急いで完成させました。同盟国と城街地が致命的な決裂に至る前に、城街地の人々を竜の国で受け容れようというわけです」
みーにもちゃんと聞こえるように、大き目の声で喋る。
「空っぽん竜の国んいっぺぇ遣って来るってわけか」
「みゃーう、わんさかーわんさかーなのだー」
「おー、わっしょい、わっしょい」
「わっひゃー、わっひゃー、わひゃひゃー」
二人で盛り上がっている、もとい燃え上がっている(?)ところに水を差すようで申し訳ないが、もう少し続くので、咳払いをしてから続ける。
「竜の国に遣って来る城街地の人々の数は、四万五千から五万五千人くらいを想定しています。彼らが自分たちの環境や境遇を理解しているか、竜の国という未知に、新天地に踏み出すだけの意志を持ち得るかによって増減するでしょう。今回、動けるのが僕とエンさんだけなので、エンさんには城街地に行ってもらいます。それぞれの城街地には、『長老』と呼ばれる纏め役のような方がいるらしいので、親書が彼らに渡るようお願いします」
「そりゃなぁ。こぞーん城街地行ったら、うっかりやられちまうかもしんねぇしなぁ」
然もありなん、城街地は人々の思惑が複雑に絡み合った特殊な場所である。
部外者が闊歩できるような単純さも安易さもなく、安全という言葉など安価な紙のように細切れに、儚く燃え散らされるだろう。
当然、かなりの危険が伴うので、エンさんやクーさんのような武力と胆力の持ち主でないと、どうにもならない分野である。
「コウさんの魔力は大丈夫だと思いますが、みー様は体力とかはどうですか? 休憩が必要なら、進路と挨拶回りの順番を変更して、翠緑宮に寄って行ってもいいですけど。あと、もう可哀想なので、クーさんを降ろしていってあげませんか?」
「相棒なら心配いらんだろ。仲間外れんすんより、あとあと文句言われんのんめんどーだし、連れてったほーがいーと思うぜ」
「はーう、みーちゃんせかいのはてまでいっとーしょー!」
まぁ、ここら辺は予想通りの回答である。気は進まないが、もう一つ尋ねておかねばならないことがある。
さりげなくコウさんに近寄って、耳打ちする。
「大きな声では言えませんが……、生理現象とか」
「……翠緑宮に寄って行くのです。あ、あと言っておくのですが、魔法使いは、せ……、とは無縁なのです。……魔法使いは、とっくの昔に……克服してるのです」
そこでもじもじしながら言われると、こちらまで居た堪れない気分になってくるのですが。
確かに、コウさんなら、その辺りのことを魔法で克服していたとしても不思議ではないが、さすがに魔法使い全体にまで適用範囲を広めるのは無理があるだろう。
「しっこかー? しっこいくのだー?」
「せー? なんちゃらじゃなくて、ふつーん言やいいのんなぁ。竜騎士ぁしっこするぜー」
「りゅーはしっこしないんだぞー」
「そーなん? そりゃ羨まだなぁ。人間しっこせんと大爆発だかんな」
「ぼーう? こーのぼっかん?」
竜耳と魔力強化耳は、僕とコウさんの密談をしっかりと聞き取っていたらしい。
果たして、コウさんに睨まれることになるのだが、然てだに済んでくれればいいが、意外に根に持つ魔法使いの女の子は竜並みに扱いが難しい。
いや、意外ではないか。
そう言えるくらいには、コウさんとの付き合いを重ねてきた。はぁ、魔法という得手があるのだから、もうちょっと余裕とか寛容の心とかを身に付けてくれるといいんだけど。
竜にも角にも、竜の国にとっても大きな懸案が含まれる、挨拶回りの後半である。あと、彼女の独り言のような総括が、風評被害を助長しないことを祈るばかりである。
「リシェさんと同じで、三寒国の人たちは変な人ばっかりだったのです」
魔法剣と魔法剣が打ち合わされる度に、魔力が火花のように飛び散って、激闘の苛烈さを優美な情景へと誘う。
この世界に存在する魔法剣は十本ほど。魔法剣同士の闘いなど、お目に掛かれる機会は然う然うない。
エンさんの焔の魔力と「最果ての王」の大地の魔力が、正面から膂力のすべてで叩き付けられる。
「「「「「ーーーー」」」」」
「凍土」との勝負では、その巧みさに歓声が絶えなかったが、「最果ての王」との勝負では、力と力による真っ向からの乱打に、皆固唾を呑んで見入っていた。
「今回は、分が悪いですね」
僕の分析に、コウさんもみーも否やはなかった。
エンさんの、本日三戦目である。
コウさんにきっつい説教をもらった(魔法による体罰というか制裁を含む)エンさんは、本日の二戦目と三戦目に魔法剣を賭けるようなことはしなかった。
彼の罪状は、魔法剣に係わることだけなので、然ればこそ「カリカナリス」と「キュレイス」の二国でも、エンさんは喧嘩上等だった。
国造りで頑張ってくれたので、勝負については黙認ということで、コウさんのお許しが出た。それと、対人戦闘に関して、僕を相手に鍛錬を積んできたので、その成果を確認、というか、試したいという彼の思いを酌んでのことでもあるのだろう。
エンさんには残念なことに、カリカナリスでは実力ではなく地位で対戦相手が決定した。
近衛騎士隊隊長は、その地位に上り詰めるだけあって弱くはなかったが、彼を満足させるものではなかった。だが、その鬱憤は、三戦目にて晴らされる。
劣勢なはずのエンさんの顔には野太い笑みが浮かんでいる。
「最果ての王」の異名を持つ、キュレイス王が相手だけに、全力を尽くして尚、更なる高みにある者へ挑めることが嬉しくて堪らないのだろう。
キュレイス王は、魔力を纏っていなかった。対等の勝負に拘るエンさんは、魔力を纏わず、剣技のみを頼りに闘っている。
ただ力で圧倒することなど詰まらない、勝負に勝つとはそういうことではないーーと、彼の闘う姿が、雄弁に物語っているようだった。
「エン兄は、王様の剣に慣れて、対応し始めたのです。でも、差が縮まる前に、押し切られてしまうのです。とクー姉が言ってるのです」
「ふーう、やばやばのばやばやー?」
口では何と言おうと、そこは大切な兄のことである。コウさんの声音から、エンさんを憂う心情が伝わってくる。
だが、クーさんの読み通り、手数で追い付きつつあったエンさんの乱れた一瞬の隙を衝いて、キュレイス王の剣が穿つ勢いで叩き付けられる。
一際大きな相克の双花が咲き誇って、万変の魔力が彼らを彩る中、決定的な一撃がーー、
「ぱぅあっ?!」
入ることなく、魂の底から飛び出てきたような奇声を発すると、老王は硬直した。
「お爺様っ! ご無理をなされるから、また腰が!」
お姫様らしき青蛾の娘が駆け寄って、キュレイス王の老体を支える。
「ふっ。我が剣の最後の相手がお主のような男であったこと、真に幸運である。我のーー戦士としての終焉である。剣を携えし者たちよ、今まで我とあったことに、感謝する」
キュレイス王の後継者らしき壮年の男が跪いて、王から魔法剣を譲られる。
偉大な王の退位であり、新しき王の即位の瞬間だった。
譲位は成された。この素晴らしき場に立ち会った騎士たちが、滂沱の涙を流しながら世界へ轟けとばかりに力の限り声を振り絞る。
「って、ちょっと待て!! 勝ち逃げとか、ずっけぇぞ!?」
コウさんが魔法で縛り上げて、未練たらたらなエンさんをお持ち帰りである。そして、面倒が起こらない内に、みーに乗ってそそくさと退散。
このままゆっくりしていたら、余計な式典とか儀式とかに参加させられ兼ねない。
「どうやら、一つの時代が幕を閉じたようなのです。とクー姉が言ってるのです」
「エンさん、次からが重要なんですから、拗ねないでください」
いや、クーさん、今はそんな物語の結末のようなものはどうでもいいので。そのクーさんと背中合わせで、足を抱えて座っているエンさんに声を掛けるが、反応してくれない。
「次は、ストリチナ地方の三国同盟、ストリチナ同盟国です。狩場を横断して向かいますが、この時間を使って打ち合わせをしておきましょう」
二度手間になるかもしれないが仕方がない。先ずはコウさんから始めよう。
「同盟国には、三寒国と同じ対応では駄目です。エンさんには、到着後、城街地に親書を届けに行ってもらいます。そこで、同盟国へ親書を届ける役割をコウさんにお願いしたいのですが、引き受けてもらえますよね?」
じいぃぃー、とコウさんを見詰める。
他の人など見ていませんよ、という趣意を明確に、んじいいぃぃぃー、と熱視線を向けていると、みーの炎眼もぎょろりとコウさんを捉えて。
「ふぇ……?」
左へもぞもぞ、右へもそもそ。左へもそもそ、右へもぞもぞ。更にもそもぞは続く。久し振りの謎舞踊で、なぜだか落ち着いてしまう。
さすがに、これを「七祝福」の一つにするのは無理かな。などと考えていると謎舞踊が停止。どうやら、答えが出たようだ。
「……みーちゃんを見た人たちが怪我をしないように、魔法で色々やらないといけないので、今回は残念ながら出来ないなー、などと思ってるしだいなのです」
たどたどしくではあるが、最後まで言い切るコウさん。
じっと見詰めてくるので、翠緑の瞳に惹き込まれそうになってしまう。これは、不味い。僕は、気合いを込めて見返した。
「じいぃぃー」
「ひぅっ」
言葉に出してみると、みーの角の後ろに隠れて、ちらちらとこちらの様子を窺ってくる。
「仕方がないですね。コウさんには、魔法の配慮に専念してもらいます。クーさんは残念なことになっているので、……僕がやるしかないかな」
思い返してみれば、コウさんが僕と話してくれるまで一巡り必要だった。
僕と話すことで、少しは慣れたと思うが、見ず知らずの人間といきなり会って話せ、というのは酷かもしれない。
然てこそちょっとばかり想像してみる。
ーー何気ない日常、突然降って湧いたみー。驚く兵士の前に「転移」で現れるコウさん。魔法で彼らの動きを止めて、叫ぼうとした兵士の言葉も魔法で奪う。三角帽子と外套で姿を隠した謎塊なコウさんは、親書を兵士の手にちょこんと置いて、「転移」でその場から消え去る。その後、魔法が解けた兵士たちは……。
うん、駄目だ、そんなことをしたら、どんな悪評が立つやら。
コウさんには、愛される王様を目指してもらわないといけない。特に竜の民には、魔法という目を曇らせる要素を省いた、本当の彼女の姿を知ってもらいたい。
「終わったこたぁ知らん振り、ってぇことでー、ふっかーつ。そんでこぞー、結局んとこ、城街地で何すんだ? こぞーんずっと気んしてたみてーだけど」
エンさんが炎竜の息吹のような勢いで華麗に復活した、のかどうかはともあれ、凄いのは、口にしたことを実際に実行している点である。
過ぎたことは気にしない、と言ったところで中々そうもいかないものだが、彼は本当に後腐れなく、すっぱり忘れてしまえるのだ。
序でにクーさんも復活して欲しいところだが、挨拶回りの間は無理そうだ。今はエンさんが「結界」に腰掛けて、お尻が頭の部分にきているのだが、相変わらず無反応である。
「簡単に説明すると。ストリチナ地方は、十二国から三国になりました。それぞれの国には、貧富の激しい場所や貧民街、国の恩恵が届かない場所、棄民や流浪の民のようなものまで混在していたのですが、それを三国の王城や王都の外の隣接した場所に集め、国の系統に組み込むことで、一時に問題を解決させようと試みたのです。
それは、半分成功しました。失敗の半分の内で一番の問題は、城街地が同盟国にとって不都合な方向に力を持ち過ぎてしまったことです。それを看過することが出来ない三国は、いずれ城街地を攻め、焼き払うのではないかと噂されています。
城街地は、彼らを疎んじている者たちから『城外地』、または『外地』と呼ばれています。それだけでなく、城街地に住む人たち自身も皮肉を込めて、外地と呼んでいたりしますが。このように、同じ国の中で、内と外という心理上の壁を作ってしまったのです。ですので、竜の国を急いで完成させました。同盟国と城街地が致命的な決裂に至る前に、城街地の人々を竜の国で受け容れようというわけです」
みーにもちゃんと聞こえるように、大き目の声で喋る。
「空っぽん竜の国んいっぺぇ遣って来るってわけか」
「みゃーう、わんさかーわんさかーなのだー」
「おー、わっしょい、わっしょい」
「わっひゃー、わっひゃー、わひゃひゃー」
二人で盛り上がっている、もとい燃え上がっている(?)ところに水を差すようで申し訳ないが、もう少し続くので、咳払いをしてから続ける。
「竜の国に遣って来る城街地の人々の数は、四万五千から五万五千人くらいを想定しています。彼らが自分たちの環境や境遇を理解しているか、竜の国という未知に、新天地に踏み出すだけの意志を持ち得るかによって増減するでしょう。今回、動けるのが僕とエンさんだけなので、エンさんには城街地に行ってもらいます。それぞれの城街地には、『長老』と呼ばれる纏め役のような方がいるらしいので、親書が彼らに渡るようお願いします」
「そりゃなぁ。こぞーん城街地行ったら、うっかりやられちまうかもしんねぇしなぁ」
然もありなん、城街地は人々の思惑が複雑に絡み合った特殊な場所である。
部外者が闊歩できるような単純さも安易さもなく、安全という言葉など安価な紙のように細切れに、儚く燃え散らされるだろう。
当然、かなりの危険が伴うので、エンさんやクーさんのような武力と胆力の持ち主でないと、どうにもならない分野である。
「コウさんの魔力は大丈夫だと思いますが、みー様は体力とかはどうですか? 休憩が必要なら、進路と挨拶回りの順番を変更して、翠緑宮に寄って行ってもいいですけど。あと、もう可哀想なので、クーさんを降ろしていってあげませんか?」
「相棒なら心配いらんだろ。仲間外れんすんより、あとあと文句言われんのんめんどーだし、連れてったほーがいーと思うぜ」
「はーう、みーちゃんせかいのはてまでいっとーしょー!」
まぁ、ここら辺は予想通りの回答である。気は進まないが、もう一つ尋ねておかねばならないことがある。
さりげなくコウさんに近寄って、耳打ちする。
「大きな声では言えませんが……、生理現象とか」
「……翠緑宮に寄って行くのです。あ、あと言っておくのですが、魔法使いは、せ……、とは無縁なのです。……魔法使いは、とっくの昔に……克服してるのです」
そこでもじもじしながら言われると、こちらまで居た堪れない気分になってくるのですが。
確かに、コウさんなら、その辺りのことを魔法で克服していたとしても不思議ではないが、さすがに魔法使い全体にまで適用範囲を広めるのは無理があるだろう。
「しっこかー? しっこいくのだー?」
「せー? なんちゃらじゃなくて、ふつーん言やいいのんなぁ。竜騎士ぁしっこするぜー」
「りゅーはしっこしないんだぞー」
「そーなん? そりゃ羨まだなぁ。人間しっこせんと大爆発だかんな」
「ぼーう? こーのぼっかん?」
竜耳と魔力強化耳は、僕とコウさんの密談をしっかりと聞き取っていたらしい。
果たして、コウさんに睨まれることになるのだが、然てだに済んでくれればいいが、意外に根に持つ魔法使いの女の子は竜並みに扱いが難しい。
いや、意外ではないか。
そう言えるくらいには、コウさんとの付き合いを重ねてきた。はぁ、魔法という得手があるのだから、もうちょっと余裕とか寛容の心とかを身に付けてくれるといいんだけど。
竜にも角にも、竜の国にとっても大きな懸案が含まれる、挨拶回りの後半である。あと、彼女の独り言のような総括が、風評被害を助長しないことを祈るばかりである。
「リシェさんと同じで、三寒国の人たちは変な人ばっかりだったのです」
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