竜の国の魔法使い

風結

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一章 冒険者と魔法使い

冒険者 失格?

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 おうさまはすごくつよかったので、みんなをまもりました
 おうさまはとてもかしこかったので、みんなをゆたかにしました
 おうさまはいつもやさしかったので、みんなをえがおにしました
 おうさまはずっとただしかったので、みんなをしあわせにしました

 でも、おうさまをたすけてくれるひとはいませんでした
 でも、おうさまをえがおにしてくれるひとはいませんでした
 でも、おうさまにしあわせをわけてくれるひとはいませんでした
 でも、おうさまのそばにいてくれるひとはいませんでした

   おうさまはひとりぼっちでした
   ひとりぼっちのおうさま


  おんなのこはおうさまにあこがれました
  ひとりぼっちのおうさまになれたらいいなと
  おんなのこはなみだをながしました





 穏やかな風が戻ってくる。

 肌を焼くような日差しが、名残なごりを振り撒きながら記憶とともに洗い流されてゆく。周期を通して過ごし易い地域なのだが、二巡りか三巡りの期間、体だけでなく心と魂まで削ぎ落とすかのような熱波に襲われる。

「また炎竜様の嫌がらせかの」
「早く炎竜の機嫌きげんが直らないかなぁ」

 熱波を炎竜にたとえて、諦めにも似た心境で静かに立ち去るのを待つのが、南方の国ここらの人々の流儀りゅうぎというか生活の知恵である。

 活気付いた街の気配は、耳を潤して目を楽しませて、心を軽やかにしてくれるもののはずだが。きっと僕の居る場所だけ、炎竜ならぬ氷竜が居座っているに違いない。

 風に誘われるまま窓の外に、北方に目を向けてみれば、そこには「竜の狩場」を囲う山脈。くだんの炎竜のねぐらである北の洞窟があると伝えられている。

 世界をくような炎熱も、炎竜にとっては恵みの炎なのかもしれない。
 
 ても、竜に心を預けるのはこのくらいにしておこう。

 部屋の扉は開いていた。室内の窓も開け放たれて、吹き抜ける優しい風は、透明な光を揺らして楽しげですらあった。人の気も知らないで、と愚痴ぐちでも零したくなるくらいに。

 しかし、先がわからないというのは、わずかながら心が躍るのも事実。
 
 十六周期という、まだまだ短い人生ながら、結構上手くやれてきた経験から、心中に芽生えたささくれのような湿っぽさを蹴飛ばして室内に入る。

 奥の机に一人、副団長が座っていた。室外から届けられる街の陽気さとは裏腹な、しかめっ面で書類をめくっている。

 左右に二つずつ、四つの机があるが、今は誰もいない。それぞれの机の上の、紙や道具の雑多さから看取かんしゅする。裏方の団員たちは、せわしなく仕事にいそしんでいるようだ。

 少し待ってみたが、副団長は僕が入ってきたことに気付かない。

 これはよくあることなので、扉をこんこんと叩く。

「ん? おおっ?」

 おもむろに顔を上げた副団長のオルエルさんが、僕を見咎みとがめて体を仰け反らせる。

 心配りが足りなかったようだ。そのつもりはなかったのだが、仕事を中断させてしまった。

 四十がらみの恰幅かっぷくの良い男性。元冒険者で、引退してからだいぶ経つと聞いているが、今でも現役の冒険者で通りそうな精悍せいかんさと油断のなさが感じられる。

「リシェ君か。どうぞ入って入って」
「失礼します」

 手招きをするオルエルさんに一礼して、心持ちゆっくりと机の前まで歩いてゆく。

「そこら辺の椅子を持ってきて、座ってくれるかな」
「いえ、長い話にはならないでしょうし、このままで構いません」
「そうか? それならそれでも良いか」

 オルエルさんは、頑是無がんぜない子供を見るようなけんのある表情を向けてきたが、こちらの意図をんでくれたのか、手に持った二枚の紙をよがしにひらひらと振ってみせた。

「さて、昨日で試用期間が終了したわけだが」
「ーーはい」

 昨日までの散々だった日々が脳裏をぎる。しかあれど、大凡おおよそ結果がわかっていたとしても、どこかで期待している部分があることを否定することは出来ない。

「じゃあ、これ」

 机の上に紙を一枚、裏向きに置いて差し出してくる。その紙には試用期間中の僕の評価が記されているはずなのだが、なぜか伏せてある。

 戸惑う僕の顔を楽しげに眺めたあと、言葉を継ぐオルエルさん。

「見ないほうが良いよ」

 いや、その通りなんだろうけど、そんな嬉しそうに言わないで欲しい。僕も見たくはない、見たくなんてないんだけど、そういうわけにはいかない。

 事実を事実として認識できない者は愚か者と同じ。里で何度も聞いた言葉が思い出される。これ以上余計なことを思い出さない内に、さっさと捲ってしまうに限る。

 晴れた空を見上げるような気楽さで紙を持ち上げる。紙という、四角い小さな世界は、真っ白だった。曇った空よりも綺麗な白で、紙は埋め尽くされていた。

 つまり、白紙だった。

「……なんですか、これ」

 人生の分岐点で迷子になるかもしれない少年に対して、あんまりな仕打ちではなかろうか。

 紙の白さよりもよどんだ白い目で見遣るが、オルエルさんは何処吹く風竜。

「その紙にはね、君が予想していた通りのことが書かれるはずだった。でも、すでにわかっていることをわざわざ伝えるなんて、時間と労力と紙の無駄じゃないか」
 
 笑いを堪えている、したり顔のオルエルさんの、何と憎たらしいことか。このまま回れ右して帰りたい気分にさせられるが、何かしら意味があってのことだろうし、この大人気ない副団長にもう少しだけ付き合ってみよう。

「いやあ、ごめんごめん。こっちの気も知らず、リシェ君が素っ気ない態度だったのでね。ちょっとからかいたくなってしまったのさ」

 手に持っていたもう一枚の紙を、今度はきちんと表を向けて差し出すと、僕の持っていた白紙を手癖が悪い盗賊のように、ひょいっと回収する。

「えっと、これは?」

 紙に書かれている文字は多くない。団の名称「エルネアの剣」の下に、入団を認める、などの文言が続いて、一番下に名前を署名するらんがある。

「えっと、これは?」

 うぐっ、恥ずかしい。ほうけて二度も同じことを尋ねてしまった。

「下の枠内に『ランル・リシェ』と君の名前を記してくれれば契約は完了。今日から君は、晴れてエルネアの剣の一員だ!」

 両手を広げて、如何にもな歓迎の姿勢ポーズを取る。

 胡散臭い、という言葉を人間で表現したら、今のオルエルさんほど相応しいものはないだろう。

「ほら、ここに名前を記してくれればいいだけだから、さあさあ」

 僕の手をがしりと握ると、信じられないくらいの膂力りょりょくで契約書に近付けてゆく。

 ひ弱そうな見た目と違い、そこそこ鍛えているはずの僕の全力でもまったくあらがえない。この人、今でも冒険者としてやっていけるんじゃないだろうか。

「むっ?」

 気付いたオルエルさんが動きを止める。机の上にあった契約書がなくなっていた。僕の特性を利用して隠したわけなのだが、彼からしたら突然消えたように見えたかもしれない。

「説明が必要かな」
「……そうですね」

 オルエルさんは、何事もなかったように居住まいを正して、真摯な眼差しを向けてくる。

 もはや苦笑しか浮かばない。達者たっしゃなものだと感心するが、一連の言行げんこうで彼の目論見はおおむね理解したので、僕のほうから結論を述べる。

「僕は冒険者になりたい。事務や冒険者の支援がしたいわけではないのです」

 そう、入団を許されたのは、冒険者としてではなく裏方としてである。

 入団試験に合格できたのは、オルエルさんの計らいがあったからだった。期待に応えたい気持ちはある。彼の下で働くことに魅力を感じないわけでもない。でも、それではこれまでと同じなのだ。
 
 他人ひとが用意してくれた道を、敷いてくれた道を歩く。それは僕には過ぎたものだったけど。選ばなかった可能性をかえりみて、後悔はしたくない。

 失敗して痛苦にうめくかもしれない。辿り着いた場所での不遇にくじけるかもしれない。それでも、他の何もかも一切合切、自分の手で、自分の願いで掴み取っていきたいとーーそう思ってしまった。

「残念だが、リシェ君と組ませた団員たちは、君を理解することも合わせることも出来なかった」
「いえ、僕が未熟だっただけです」
「見ている分には面白かったけどね。無能、邪魔、存在ごと抹消まっしょうされろ、などなど種々雑多な君への意見、というか、苦情の数々は」

 本当に愉快なとき、人はこのような顔をするのだろう。陰でわらわれるより、目の前で笑われたほうがいい、と思いはするものの、まぁ、実際にやられると、何だろう、気が抜ける。

 僕に気を使ってくれているように見えなくもないが、白紙に書かれなかった内容をわざわざ口にするあたり、食えない人である。

「惜しいな。私の右腕として働いて欲しかったんだがなぁ。ーー星の巡りは、いつか願いのたもとに。とまぁ、そんなわけで、いずれエルシュテルの幸運が訪れるまで待つとするか」

 大陸で最も信仰を集める女神の名と箴言しんげんを口にして、オルエルさんは交渉、もとい勧誘かんゆうの話を締め括る。

 エルシュテルの「エル」は幸運を指し示す言葉。この地域では、人や地名などによく用いられる。「オルエル」や「エルネア」があやかって付けられたものだと知れる。

 短い間であったが恩顧おんこへの感謝と、別れの挨拶をしようとしたところで、

「はい。これを持っていってね」

 ぽんっと机の上に封筒が置かれた。ぞんざいな扱いだが、封蝋ふうろうにエルネアの剣を示す印璽いんじされている正式なものだった。

「彼らは気にしないだろうが、こちらから礼を失するわけにはいかないからね」
「これは?」

 封筒を手にして、めつすがめつ眺める。

 表に「氷焔ひょうえん」、裏に「おっちゃん」の文字。

「ひょえっちゃ……」

 思わず口からまろび出てしまった奇怪な言葉が、呪いの類いではないと信じたい。

 いや、もういっその事、副団長は嘘が吐けなくなる呪いに掛かってしまうがいい。などと思うが、そんな限定的な効果をもたらすような魔法は、恐らく存在しないだろう。

「ご覧の通り、紹介状だよ」
「一応聞いておきますが、ふざけているわけではないですよね」
「先方は、私や団の名を覚えていないかもしれない。これが最善の方策なのだよ」

 僕の問いには答えず、しれっと説明を加える。

「それと注意事項が一つ。封筒を君が直接渡してはいけない。氷焔の三人を発見した後、誰かに依頼して届けてもらうんだ」
「ーー三人?」

 疑問が口をいて出た。完全にオルエルさんの進行ペースに嵌まっていたことを自覚して、りゅうにもつのにも、容儀ようぎだけでも正す。

 ああ、でも少し疲れてきたので、言葉は崩してしまおう。

「氷焔は、『火焔かえん』と『薄氷はくひょう』の二人の団じゃないんですか?」

 「火焔」と「薄氷」は、二つ名である。

 二つ名が冠せられる冒険者は、ごくわずかだ。氷焔は、大陸で五本の指に入るともくされている団。他の五指の候補が、複数の団で構成される集団であることにかんがみると、彼らの突出した力の程が窺える。

 しかも、二人はまだ二十歳にもなっていないと聞く。

「そう思っている人は多いけどね。氷焔は、『火焔』と『薄氷』と魔法使いの、三人の団だよ」
「魔法使い? あ、いえ、そうじゃなくて、そんなとんでもない団を紹介するとか何考えてるんですか!?」
「大丈夫。氷焔は、いつでも団員を募集してるから。入団しても皆すぐに退団してしまうだけで、何一つ問題なんてないんだよ」

 あなたの態度と頭の中身も含めて問題ありまくりです!

 と叫んでしまいそうになったが、目上で世話になった人相手だと自分に言い聞かせて、ぎりぎりのところで自重じちょうする。

「半分は善意で、もう半分は打算と思惑」

 半分は善意、もう半分も善意、みたいな人好きのする笑顔を浮かべるオルエルさん。

「僕を使って、何かに利用しようとしている、とかですか?」

 それなら理解できる。氷焔と伝手つてでも作りたいのだろうか。まさか氷焔を団員として迎え入れようとか無謀なことを考えている? 

 いや、それにしては手が込んでいるし、間尺ましゃくに合わない。まぁ、何にせよ利用されるというのなら、理由くらい知っておきたい。

「警戒してくれてありがとう。でも違うよ。リシェ君はこれから冒険者の最高峰を見に行く。冒険者に向いていない君は、そこで何をして、何を思うだろう。私は、君が冒険者になるのを断念することを望んでいる。そして、諦めた先で思い出す。そういえば、自分の能力を必要としてくれている人がいたなぁ、と」
「…………」
「早く戻って来てね?」

 愛らしい少女のように、ふわりと首をかしげる。さまになっているのが、尚更腹立たしい。

 きっと鏡の前で練習したのだろう。僕も里でやらされた。少女の真似だけでなく、赤子や老人、果ては狂人まで。交渉とは総合芸術である。言葉通り、様々なことを仕込まれた。

「ありがとうございます」

 結果だけを見れば、僕に不利益は見当たらない。いや、不利益はある。なんだかんだと言いつつ、オルエルさんは僕の為に骨を折ってくれた。

 それはとてもありがたいのだけど、またしても僕は自分から手を伸ばして、掴み取る機会を得ることが出来なかった。選択肢があるだけ恵まれているとわかっていても、希求ききゅうする心を押し留めるには苦痛が伴う。

 竜にも角にも、先ずは感謝を。あとは少しの悪戯心いたずらごころを。遣られっ放しはちょっとしゃくだから。

 僕は一旦表情を消して、服の下に隠しておいた紙の束を取り出した。

「自然に発覚するよう仕向けるつもりでしたが、紹介状のお礼に直接お渡しします」
「ん? 何かな……っ!」

 受け取った紙束を見るなり、目を皿のようにして読み取ってゆく。

 やがてすべてに目を通したオルエルさんは、剣で身を貫かれたような苦悶の表情を浮かべて、僕を見上げる。

「第一隊隊長、ディスニアの不正の証拠です。あなたなら気付けたはずですが、仲間への信頼が目を曇らせましたか?」

 力を抜いて、自然体に。笑顔に薄笑いの成分を二滴ほど垂らして、副団長を見据みすえる。

 ちょっと遣り返してやろうかな、という軽い気持ちだったのだが。僕の指摘に、オルエルさんは身をすくませて硬直する。

 竜の咆哮ほうこうを間近で浴びたような驚倒振きょうとうぶり。衝撃が心胆を寒からしめたらしく、言葉を発することも出来ないようだ。

 さうず、意想外の効果に、こちらのほうが狼狽ろうばいしてしまう。って、いけないいけない、僕が心を乱してどうするのだ。

 この地域で下調べをして、エルネアの剣の入団試験を受けることに決めたのだが、その際にオルエルさんの現況を推察する手掛かりとなる情報があった。

 冒険者であった彼を、引退せざるを得ない状況に陥らせた事件。ことのあらましは、この地域だけとはいえ、人口に膾炙かいしゃしている。

 エルネアの剣が台頭して、団としての規模が大きくなってきた頃にそれは起こった。魔物討伐で、想定外の大量の魔物と遭遇したのだ。

 即断したオルエルさんが殿しんがりつとめて、彼を慕う二人の仲間も同調して、団の撤退を成功させた。

 だが、救出に向かおうと準備を整えた団員たちのもとに生きて戻ったのは、瀕死の重傷を負った副団長だけだった。

 彼が抱えていた二人の仲間は、すでに事切れていた。

 この事件の傷が元で、冒険者への復帰はかなわず、団を支援する役回りを買って出ることになる。彼には適性があったらしく、以後エルネアの剣をこの地域で最も大きな団に押し上げることになる。

 僕が生きてきた周期よりも長く、エルネアの剣にたずさわってきた彼の心情を理解できるなどとうそぶくつもりはない。見えないものを、見えないもののまま俎上そじょうせる。

 空に手を伸ばしても、空には届かない。

 りとて、手を伸ばすことを止めてはならない。里で学んだこと。わからないという理由で、知ろうとする努力をおこたっていいはずがない。

 人が持つ想いの強さを軽んじていたのだろうか。感情を積み重ねた末に、壊してはならない大切なものを作ってしまったのか。

 未だ立ち直ることが出来ない副団長を見ながら、今回の一件について思いを致す。

 エルネアの剣は、オルエルさんと団長、第二隊隊長の三人で立ち上げた団だった。

 第一隊隊長に抜擢ばってきされるだけあって、首謀者であるディスニアは優秀な男だった。表向きの清廉せいれんさと面倒見の良さとは裏腹に、陰では狡猾こうかつに不正を重ねていた。

 そして、自らが犯した罪を団の枢要すうようである三人になすり付けて、エルネアの剣を丸ごと乗っ取るつもりであった。

 街の有力者だけでなく、領主とも繋がっていたのだからあなどれない。

 このまま対策を講じなければ、謀略は成功するだろう。ディスニア自身の隠蔽いんぺいは完璧だった。然し、ばれないと高を括っていたのだろうか、共犯者選びに失敗した。

 彼の悪事に加担していた者たちの迂闊うかつさと危機感の欠如は、竜に素手で挑むような愚かしいものであった。

 雑用をしていて気付いた不正の根を辿ると、したる苦労もなくディスニアに行き着いた。

「先ず領主を牽制けんせいしておく必要があります。それは本日中に行ってしまいましょう。次に金銭の出所をーー」
「大丈夫。わかっているよ。すべて片付けるのに三日掛からない」

 立ち直る切っ掛けにでもなればと、これからの里程りていを話し始めたところで、オルエルさんは手を上げて遮った。表面を取り繕えるくらいには理知を回復させたらしい。

「そうなのかも知れない、と思ってはいた。ーー君は〝目〟なのか?」

 僕を見る目が変わっていた。半ば確信しているようだ。恐れと敬意からだろうか、僕のような若輩に対して同格かそれ以上を相手にするように接してくる。

 別段秘密にしているというわけでもないので、あっさりと肯定こうていする。

「はい。でも他の〝目〟のように積極的に動こうとはまったく思っていません」
「そうなのかい? では少しだけ期待させてもらおうかな。恩を売ったつもりが、買わされることになった情けない男だけど、共に働ける日が来ることを願っているよ」

 笑顔のオルエルさん。なれど、紙束は激烈な力で握り潰されている。紙束が人間の首であったなら、うに命はないだろう。

 自業自得とはいえ、ディスニアたちに同情してしまう。すでに帰結は定まっている。あとは、どれだけの力で踏み潰すか、それだけだ。

 もう一度、感謝の言葉を伝えてから部屋をした。

 建物を出て、振り返る。この地域では影響力のあるエルネアの剣だが、本拠地は小ぢんまりとしている。冒険者の地位は高くない。不必要な反感を買わない為の配慮だ。

 街の喧騒に踏み出そうとして、心付こころづく。いや、これはどうしたものか、失念していた。いい感じで出てきてしまった手前、今更戻って聞きに行くのも躊躇ためらわれるし、何より恥ずかしい。

嘆息すると、長閑のどか日和ひよりに揺られながら、葉擦はずれの囁きが耳をくすぐってくる。

「……氷焔が今、何処どこにいるのか聞き忘れた」

 穏やかな風は、間抜けな人間にも平等に吹いてくれるのだった。
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