竜の国の異邦人

風結

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雷鳴

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 雷守の執務室である、「雷鳴」。
 室内のさまに、所見を述べようとしたがファタに先回りされる。

「最近、アーシュさんがシィリさんを連れ回していますので、執務室が荒れ放題です」
「そーいや、ワーシュの部屋も、見兼ねたホーエルがよく掃除してたっけな」
「さ~てさて、何のことやら水竜暗竜~」

 水竜と暗竜を捜して、そっぽを向くワーシュ。
 コルクスの言う通り、我慢ならなかったのか、見兼ねたホーエルが部屋を掃除中。
 ホーエル以外の皆は、ファタの不精の尻拭いなどしたくないようだ。

「ところでですが、用を足したいので、この糸を解いていただけませんか?」
「問題ない。僕は気にしないから、限界になったらそこで漏らせばいい」

 ファタなら遣り兼ねない。
 そう思ったが、たぶん僕は、ファタがそこまでするほどの相手ではないはず。
 露骨に嫌そうな顔をしたワーシュが騒ぎ出そうとしたので、始めることにする。

「二日後に、先のことについて話そう。ファタが人払いを希望しているようだから、ホーエルもそのくらいでいい」
「中途半端は嫌なんだけど、……仕方がないかな」
「ケモちゃ~ん。まったあっした~ん!」
「……ケモ」

 いつもとは逆に、ワーシュに止められて強制退場のホーエル。
 ワーシュの積極的な態度に、自身の怯懦を恥じながらも、一生懸命にケモは手を振る。
 ワーシュから見えない位置で、ぎこちない笑顔を浮かべたコルクスが手を小さく振る。
 嬉しかったのか、両手を大きく振るケモ。
 ケモに優しく頷いたエルムスは、部屋を辞す前に、ファタを一瞥。
 竜の国に来てから、多くのことを学んだエルムス。
 だが、ファタと昵懇じっこんの間柄になることには拒否感があるようで、何も言わずに立ち去っていく。

「ケモ?」
「マーキング? わかった、ケモ、お願い」
「ケモっ」

 意を決して僕から離れると、ケモはファタに向かってーー行かなかった。
 真横に歩いていって、壁にぺたり。
 壁伝いに、障害物たなを避けつつ、ファタの視線も逃れて、椅子に座っている雷守の背後に。
 ケモの呼吸が乱れていた。
 ケモにとっては、精神的にとても長く、遠い道程だったようだ。
 「終末の獣」の気配を背後に感じたファタは、恥も外聞もなく僕に助けを求めてくる。

「えっ、いえ、冗談ですよねっ、魔力しっこを引っ掛けられるのはちょっと、……というかっ、後ろから何か凄いのが来ています!? お願いですっ、とっ、止めてください!?」

 「魔触」でファタに「触れて」しまったからわかる、わかってしまう。
 竜の許で育ったファタは、市井人よりも魔力に対しての感覚が優れている。
 それの悪影響と言うべきか、リシェやケモの、潜在する魔力を感受してしまっているようだ。

「ケモモ~ケモモ~ケモケモモ~」
「っ……」

 みー直伝の謎舞踊が気に入ったのか、ケモはマーキングの儀式を行う。
 訳がわからず、ファタが気絶しそうだが当然、放っておく。

「ケモケモケモケモっケモケモモ~」
「っ、っ、っ」
「上手くいったようだ。戻っておいで、ケモ」
「ケモ~っ」

 想いが先走ったのか、両手を床に着けると、四つ足で走って戻ってきた。
 背後に回る間も惜しんで、正面から僕の足を抱き締めると、ぎゅ~と……骨が折れそうだったので魔力を纏う。
 力の制御がまだ完全ではないようだが、ケモならすぐに学び取るだろう。

「……さすが『侍従長のお気に入り』。遣り様が、侍従長にそっくり…です」
「僕はリシェとは違う。だが、リシェから学ぶところは、少なからずある」

 確かに、リシェから学ぶところはあるのだが。
 ファタにもわかっているようで、嫌らしい笑みを向けてくる。

「確かに、アーシュさんと侍従長は、。あなたも気付いているようですね。侍従長の怖さの一つーー性質のことを」
「リシェ自身、まだ気付いていないのかもしれない。本当に恐ろしいのは、リシェの能力でも力でもない。ーー持ち直したのなら、そろそろ話を始めよう」

 僕が告げると、明らかな不満顔。
 愚痴くらいは聞いてあげるのが筋だろう。

「はぁ、私を捕らえる為の依頼を、浪費と思わないなんて、本当に、どうかしています。ぐちぐちぐちぐちグチグチグチグチ」

 ぐちグチ言い始めた。
 良くも悪くも、ファタは僕より上だ。
 今のところ、経験と実績では遥かに及ばない。
 精神的な意味で、「ぐちグチ」を聞いてあげられなくなった僕は、敗北を認めて本題に入ることにした。

「グチグチグチグチぐちぐちぐちぐち……」
「言わなくてもわかっているだろうが、リャナのことだ」
「シィリさんが雷竜ここで働くことを許可しただけで、彼女に関し、私は何の権限も有していません」
「それはわかっている。ファタにとって、リャナは居ても居なくても、何一つ影響はない」

 僕の断定に、ファタは笑みを浮かべた。
 話をするに値する、くらいには思ってもらえたようだ。

「リャナは優秀で、仕事熱心。周りから見れば、よく働いているように見えるが、ファタのは変わらない」
「そうですね。シィリさんが居なくなれば、その分の仕事を別の人にやってもらうだけです。ただ、何も変わらないわけではありません。シィリさんが居れば、仕事をしてくれる人たちの、やる気や志気に影響します」

 ファタは一切の、感情の乱れなく言って退けた。
 ファタの魔力の状態を知らせてくれたケモは、不思議そうに雷守の、笑っているようで笑っていない顔を見た。
 ファタは。
 言うなれば前哨戦だ。
 こんなところで躓いてなどいられない。

「今朝、侍従の、ガルという少年が遣って来て、ニーウ・アルンの手紙を置いていった。そのあと、皆にニーウ・アルンの『依頼てがみ』を見てもらった。休養の間に、考えてもらうことにした」
「ガル君から受け取ったのは、侍従長の兄からの手紙だけでしょうか」

 エルムスでも気付かなかったことに、ファタは容易に至る。
 とはいえ、これは情報量の差が大きい。
 ファタは会話を楽しんでいるようだから、そこにも触れてみるとしよう。

「リシェは、ファタをまったく信用していないのに、多くの情報を渡している」
「ええ、私は信用されていないので、信用されています。そうは見えないかもしれませんが、これでも侍従長に巻き込まれないように苦心しています」
「ーーそのリシェからのものが、これだ」

 僕は、皆に見せなかった二枚の紙を、拘束されているファタの目の前に持っていく。
 当然というべきか、巻き込まれたくないファタは、目を閉じて断固拒否の構え。

「正直、これを皆に見せる気にはならない。コレに関して、ファタが相談に乗ってくれないというのなら、交渉材料にする」
「私と交渉ですか? ソレを見ないで済むのでしたら、ある程度の便宜は図ってあげられますが。侍従長の下僕である私に出来ることなど、高が知れています」

 ファタはお道化てみせる。
 無意味な、がらんどうな演技。

「ケモ?」
「うん。それはわからなくても仕方がない」

 ケモに答えてから、再び心に力を入れる。
 ここまでは上手くいった。
 僕だけの力だけでは足りないので、ファタの天敵である、邪竜リシェの威を借るギザマルぼく
 どくと引き換えに望むのは。
 聞く人が聞けば、首を傾げるであろう内容。
 それでも僕は、これが最も重要であると判じて、天秤の片側に載せる。

「リャナの、邪魔をしないで欲しい」

 ファタの、笑みでない笑みに、微笑の色がちらつく。
 何か、ではなく、すべて。
 ある意味、最も困難なことを突き付ける。

「出来ないことを要求するなど、まったく。人にとって、何が邪魔になるかなど、本人にだってわからないでしょうに。そんなことを私にしろと、アーシュさんは仰るのですか?」
「そんなことをファタにしろと、僕は望む」

 ファタはこれから、僕に言うことがあるようだ。
 ファタが何を言うかわかっているが、それを聞かないわけにはいかない。

「大人には、頼るものです。自分が何をしようとしているのか、きちんとわかっていますか?」
「みーの言う通りだ。わからないけどわかった。そう信じて、前に進むしかない」

 「おうさま」に憧れていた、あの場所から、僕もまた歩き出さなければならない。
 そうして気付く。
 王様になれなかった、手放してしまった僕の、本当の望みねがいに。

「ケモっ!」
「ありがとう、ケモ。一緒に作ろう」

 僕の願いのぞみがケモに伝わって。
 ケモの想いもまた、僕に伝わって。
 僕の透明せかいがケモの世界たましいに響いて、ひとつの宝物になる。
 ケモとの出逢いを、神にーーもとい、「半神グロウ」に感謝する。
 必須ではないが、「半神」と「魔法王」にも会っておきたい。
 出来れば、リシェと会う前に。

「僕とケモが羨ましいのなら、育てそこにいただけの竜に会いに行けばいい。今なら、昔とは違う、何かがあるかもしれない」
「嫌な予言をしてあげます。アーシュさんは未来で、必ず誰かに裏切られるでしょう。そのときになっても今と同じことが言えるのでしたら、手紙でも何でも寄越してください。予言を外したということは私の負けですので、ーー手紙は読まずに燃やしてしまいます」
「ケモ~」

 捻くれた人間の心を理解出来るようになるには、まだ時間が掛かるようだ。
 もう用は済んだ。
 ケモを促して、執務室を辞す。
 後ろから何かが聞こえてきたような気がしたが、僕とケモの心は一致していたので、世の雑音など無視する。

「ちょっ、いえいえ、これっ、解いていってください! 嘘ではなくてっ、漏れ、ぅぐ、もうちょっとは我慢出来ますが……」
「リャナ。丁度良かった。今、『雷鳴』は使用禁止だ」
「ケモ」

 扉を閉めて、近付いてきたリャナに話し掛けたのだが。
 リャナの空色の瞳は、頭を下げて頷いたケモに釘付けだった。

「……可愛い」
「ケモ? ……ケモ!?」

 薄々、そんな予感はしていた。
 迷宮での、ケモに向けられていた、リャナの視線。
 皆は、ケモに触れたくとも、我慢してくれていた。
 ワーシュでさえも、欲望を聖竜に食べさせて抑えていたというのに。
 リャナは自制心が強いように見えて、こちら方面の耐性はユルユルだったらしい。
 夢遊病者のようにフラフラと歩いてくる。

「ギィ~っ」
「ケモ~っ」

 リャナがケモに夢中であることが気に入らないのか、リャナの潰れ三角帽子の上のギル様が抗議のぴょんぴょんうさぎとび
 ケモを守ると誓ったが、まさかこんな近くで事案が発生きょうてきしゅつげん
 僕は左に動いてケモをまもるために、リャナの前にはだかる。
 ぽすんっと僕にぶつかったリャナは、僕の背中に腕を回してーー。

「ケモ。気付くまで待っていたほうがいいと思う?」
「ケモ、ケモ」
「え? 気付いたあとに、逃げられないように鹵獲ろかく、ではなく捕獲したほうがいい?」
「ケモ~、ケモっ」
「ケモちゃ~ん? ふあふあなケモちゃんなもふもふなケモちゃんなはずなのに、思ったよりも硬くて太くて立派で……?」
「ああ、リャナ。こんばんは」
「……ケモちゃんがライルさんに変身しました」

 真顔で言われたので、ちょっと怖かった。
 なので、捕獲出来なかった。

「っっっ!!!???」
「ケモっ、背中に!」

 混乱の極みにあるリャナは、野生の猫よりすばしっこかった。
 或いは、精神を仔炎竜に焼かれてしまって、通常以上の力を発揮していたのかもしれない。
 邪竜から逃げるどころか、聖竜をぶち殺す勢いで、周囲に被害を振り撒きながら遠ざかっていく。
 魔力なのか糖蜜なのか、しっかりと三角帽子にくっ付いているギル様。
 黒い毛玉であるギル様の、毛の色つやが良くなっていた。
 リャナが手入れをしたのだろう。

「ケモ」
「了解。短期決戦は諦めた」

 リャナの匂いを辿れるようなので、速度を落とした。
 魔力量は、リャナより僕のほうが多いので、じきに追い付くだろう。
 「雷爪の傷痕やど」を出ると、ケモがリャナの行く先を教えてくれる。

「ケモ、ケモ」
「ありがとう、ケモ。でもね、人間というのは結構、狡賢い生き物でもあるんだ」
「ケモ?」

 建物の裏で僕が足を止めたので、ケモは不思議そうに首を傾げた。
 それから、リャナのが逃げていく方角を見る。

「……気付いていたのですか、ライルさん」
「ケモ!?」

 建物の陰からリャナが姿を現したので、驚愕するケモ。
 リャナは潰れ三角帽子を被っておらず、ギル様はリャナの肩に乗っていた。

「リャナの魔力なら、僕は決して見逃さない」
「……っ」
「ケモ?」

 持病を発症してしまったリャナを、ケモは心配そうに眺めていた。
 ケモの視線が、再び森に向いたので説明する。

「枝や葉っぱなど、何かに魔力を籠めて誘導した。『結界』を張ればバレるから、別の方法で偽装。今回は、ケモの鼻を誤魔化せたことからして、普段から身に着けているーー三角帽子を魔力操作で囮に使った」
「……ケモ」

 森から戻ってきた潰れ三角帽子と、帽子を被っていないリャナを交互に見て、頻りに感心するケモ。
 感覚が鋭い故の、隙。
 相手を把握出来ていたので、逆に警戒心が薄れてしまった。
 このリャナの狡猾さは、魔香の素材を探しているときに磨かれたものだろう。
 竜の国に移住する前は、足が鍛えられるほど野山を巡っていたはず。

「ケ~モ」
「うん、そうだね」

 次からは、この程度の偽装ではケモは騙されない。
 それに、今回は上手くいかなかったが、ケモともっと深く繋がれば、連携を取れるようになるはず。
 戻ってきた帽子を掴むリャナ。
 ギル様は、リャナの肩から帽子の上に。

「ギィー」

 不満の表明なのか、ギル様は帽子の上をギザギザに転がっていた。

「……ケモちゃんと、仲が良いです」
「座ろう」

 今は何を言っても無理そうなので、返答をせず行動で示す。
 以前、ワーシュと座った腰掛けベンチに、リャナと座る。
 ケモは腰掛けの後ろに回ろうとしたが、迷っていたので横を空ける。
 僕を挟んでリャナの反対側に、肘掛けと僕の隙間にケモがちょこんと座ると。
 僕がケモと仲がいいことに嫉妬しているのか、じっと僕を見てきた。

「リャナがケモを大好きなのは知っているが、僕がケモと一緒に居るのを許して欲しい」
「えぇっ!? ええええっと、ちっ、ち、ち違います!!」
「ケモ?」
「ギィ?」
「ああ、『父が居ます』ではなく、どもって、『違います』の上に『ち』が余計に付いたんだ」

 リャナの父親を捜していたケモとギル様に説明する。
 他にも疑問があったようでケモが尋ねてくる。

「ケモ?」
「大丈夫。リャナは優しいから、僕を嫌いになったりはしないよ」
「……ケモ?」
「僕の勘違い? ケモじゃなくて、僕?」
「ギィ~」
「あっ、あのっ、それでどのような御用件でしょうか!」

 何か忽せに出来ないことでもあったのか、リャナは僕とケモの会話に割り込んでくる。
 何故かリャナは切羽詰まっているようなので、用件を切り出すことにする。

「リャナは、『魔法使い』の称号を得る為の、認定試験は受けないのか?」
「え? あ、はい」

 想定外の質問だったのか、目をぱちくりさせるリャナ。
 リャナは「地竜の杖」を持っていない。
 ワーシュが以前、言っていた。
 杖や道具は、魔力的に馴染むまで時間が掛かると。
 急いで馴染ませる必要はないと、リャナは仕事を優先させた。

「ミャンは認定試験を受ける。僕は、リャナにも受けて欲しい」
「……っ」
「ケモ」
「え? そんなに見詰めたら、駄目?」
「ケモ、ケモ」
「っ……」

 何故だろう、話が進まない。
 ケモの言葉の意味は理解出来ていないはずなのに、何故かリャナはケモの言葉に動揺している。
 順を追って話そうかと思っていたが、先に見せてしまったほうがいいのかもしれない。
 僕は、ニーウ・アルンの手紙を、リャナに差し出した。

「僕たちへの、そして僕への、ニーウ・アルンーーリシェの兄からの手紙いらいだ」
「依頼……ですか?」

 戸惑いつつも、リャナは手紙を受け取った。
 ニーウ・アルンの能筆を、リャナの瞳が追っていって。
 最後は、瞬きを忘れたかのように、目を見開いて読み切った。

「……暗竜エタル…キア?」
「朝、皆にも手紙を読んでもらった。一つ目の依頼は、暗竜エタルキアの『捜索』の依頼」
「侍従長やヴァレイスナ様でも、ーー無理なのでしょうか。……いえ、もしかして竜に秘密でーー」
「いや、それは違う。リシェは、この一件を知っている」

 聡明なリャナは、あっさりとこの依頼の不自然さに気付く。
 そして、「聡氷」の称号を得られなかったことを証明するかのように、竜の翼は羽搏かない。
 そして、もう一つ。
 依頼、というよりは、提案。

「もう一つ。ニーウ・アルンは国を造ろうとしている。ーー皆が望むのなら、僕は東域に戻る」
「ケモ?」
「はは、ケモには隠し事が出来ないね。そうだね、僕自身が確かめる為にも、皆に力を貸してもらえるように頼まないといけない」
「ケモっ!」
「うん。心強いよ、ケモ」

 僕とケモが話している間、リャナの反応はなかった。
 考え込んでいるのではなく、頭が、思考が麻痺して、真っ白になっているのだろう。

「……ライルさんは、ケモちゃんに優しいです。あたしには……」

 リャナの本音だろうか。
 返答は期待していないようだったので、黙ったままでいる。
 空気を読んだのか、静かにしているギル様。
 転がって帽子から落ちると、リャナの掌の上に。

「僕は。ミャンは合格して、『青魔法使い』になると確信している」
「ーーっ」
「僕は。リャナには、杖を持って欲しいと思っている」
「っ……」

 たぶん、伝わっていないだろう。
 伝えようかどうか迷うが、僕は言葉を継ぐことで振り切る。

「僕は明日、竜の都に行く。リシェ、ヴァレイスナ、コウ、グロウ、あとーーファスファール。会えるかどうかわからないが、コウかヴァレイスナに会えたら、魔法陣のことについて尋ねるつもりだ」
「……魔法陣、ですか?」
「恐らく魔法陣は、基礎研究から行わなければならない分野だ。初期には、成果を残せないだろう。だが、誰かがやらなければ、発展もまた有り得ない。僕が思うに、この分野は、コウが苦手とするものだ。ーー魔力の多寡は関係ない。初期に求められる資質は、別のものだ」
「ケモ?」
「うん。それは今から言うよ」
「……?」
「リシェを通して、『会う約束アポ』を取っている者が一人居る。それは、ダニステイルの纏め役である、マホメット・マホマールだ」
「纏め役に……?」
「そう、マホマールに会ってくる。何故、会うのか。それはリャナが、認定試験を受ける、と言ってくれたら教える」

 意地悪をしたいわけではないが、結果的にそうなってしまったかもしれない。
 頭の整理が付かないだろうリャナに、一方的に差し出す。
 リャナが「地竜の杖」を掴み取ったときに決めたこと。
 「アポ」ーー迷宮でリシェにした頼み事。
 歩き出したリャナには、ミャンと違って複数の道がある。
 歩き出していない、リャナを追い掛ける僕が、最後にすること。

「ケモ……」
「ギィ……」

 ケモとギル様の、リャナを心配する声。
 僕はケモを促す。
 僕が立ち上がって、ケモも立ち上がって、一人と一獣が姿を消すまで。
 掌のギル様を見下ろす、リャナからの返答はなかった。
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