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地下
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「ここなのだ!!」
ミャンは踏ん反り返る。
僕とリャナは周囲を確認した。
竜の目付近。
円い広場は、馬車の停留所となっている。
広場を囲う樹々の奥。
喧騒が微かに届く。
「何かの、入り口……ですか?」
リャナは大岩に穿たれた、穴を見ながら僕に尋ねた。
明らかな人工物に、そう判断したようだ。
ミャンは吶喊しようとして、六体のミニレムに止められる。
穴の奥の暗闇に、ミニレムの多数の目が光っている。
「我が強敵っ、ミニレムよ! 何故にっ、我の覇道を塞ぐのだ!!」
ミャンは大袈裟に嘆き悲しむ演技をする。
半分くらいは本気のようだ。
「ミャン。諦めましょう」
リャナはミニレムの行動を奇貨として、火が付いたミャンの冒険心を挫こうとする。
声に張りがないので、半分の半分くらいはリャナも残念に思っているらしい。
「ミャン。恐らく、『魔法王』か侍従長から『おしおき』されることになる。場合によっては、僕とリャナもその対象となる。ただ、僕は、ミャンはそれでいいと思っている。そうでなければならないと思っている。だから、ミャンが望むのなら、手を貸す」
僕はリシェの顔を思い浮かべながら、ミャンを唆す。
ミャンは曇り空だった顔を、透き通った青空にする。
リャナは僕を見て、困り顔になる。
幻滅されてしまったようだ。
「ミャンは自業自得だが、リャナは僕が無理やり連れていくので、被害者だ。リャナに罪が及ばないように、最大限の努力をすると約束する」
僕は嘘偽りなく誓う。
「そ、……そんな言い方は、卑怯です」
リャナは胸に手を当てて、困惑する。
怒りはあれど、僕の真意を理解してくれたようだ。
「ほべっ!?」
ミャンは吶喊して、ミニレムに弾き返された。
ミャンは諦めず、聖語を描いていく。
リャナはミャンの後ろに回る。
「ぎゃほっ??」
ミャンはリャナに両耳を引っ張られて、奇怪な声を上げる。
リャナはそのままミャンの耳を引っ張り続ける。
人の話を聞け、という意思表示らしい。
僕は歩いていく。
鉄壁のミニレムは、僕が近付いた分だけ引き下がっていく。
「クンクン」
ミャンは仔犬のように僕の臭いを嗅ぐ。
リャナは慌てて、ミャンを僕から引き剥がした。
僕は自身が臭くないか確認する。
「理由はわからないが、ミニレムは僕に近付けない。或いは、近付こうとしない。ーーミャン隊長。指示をくれ」
僕はミャンがまた近付いてきたので、ミャンの意識を別に逸らす。
「ふんむっ! 栄えあるミャン隊よ! 今ここにっ、祝福の竜の咆哮を響かせるのだ!!」
ミャンは大袈裟な動作で聖語を描く。
ミャンは大上段に構えて魔法を空にぶっ放す。
竜の咆哮の代わりらしい。
ミニレムたちは地面を叩いて、抗議の意思を表明する。
「可愛い……」
リャナはミニレムたちを見て、言葉を漏らした。
リャナは僕に見られていることに気付いて、言い訳をしようとする。
リャナはミャンの足音を聞いて振り返った。
「っ、ちょっとミャン! 何をしているの!?」
リャナはミニレムと雌雄を決するべく、決闘を開始したミャンを見て止めに走る。
僕はすぐにリャナのあとを追う。
ミニレムは穴の前から離れて、決闘はミャンの不戦勝に終わった。
「ライルよ! 貴様には『ミニレムの天敵』の二つ名を進ぜよう!!」
ミャンは僕に指を突きつけて、ドヤ顔で大威張り。
僕はミャンを通り越して、人工的な通路を確認する。
造りは荒いが魔法で補強されている。
奥は真っ暗で、ミニレムたちの目が光っている。
「ミャンの魔力を温存する為に、僕が『光』を使う。逃走の際には魔法を使ってもらうから、リャナは魔力を溜めつつ周囲を警戒して」
僕は頭ごなしに命令する。
ミャンは鷹揚に頷く。
リャナは僕とミャンを見て、驚いた顔になる。
僕がミャンを操縦してみせたので、面食らったようだ。
「ライルは、どんな魔法が使えるのだ?」
ミャンは壁を杖で叩きながら尋ねる。
魔力で調べているわけではないようだ。
「威力が弱い魔法が二つ。一つは『治癒』で一応、治癒術師。もう一つが『光』で、これから使う」
僕は魔力を練らずに、そのまま発散させる。
僕は触れたものに、繋いでいく。
僕は繋がれたものが目覚める感触を、全身で受け留める。
「『光』」
僕は通路を明るくした。
「……ふぬ?」
ミャンは口を大きく開けてから、周囲を見回す。
初歩の魔法だが、通常とは発現の仕方が異なるので驚いたらしい。
「……これって、空間そのものに作用しているーー高等魔法?」
リャナは魔力を探ろうとするが上手くいかない。
ワーシュ同様に理解は覚束ないようだ。
「仮に高等魔法だとしても、『治癒』以外に使えるのは『光』だけだから、あまり意味はない」
僕は後ろから付いてくる足音を聞きながら進む。
僕は心持ち、歩く速度を緩める。
「危険は、あるのでしょうか?」
リャナは僕の命令を律儀に遂行しながら尋ねる。
周期相応に、魔法以外の経験値が足りていないようだ。
ミャンは楽し気な顔で、落ち着かない足取り。
リャナとは別の意味で、経験値が足りていないようだ。
「直接的な危険はないと思う。北の洞窟がそうであるように、重要な場所や危険な場所には、『魔法王』が『結界』を張っている。『結界』ではなくミニレムを配置しているということで、直ぐに思い付くのは三つ。食糧庫、水路乃至水源、ーーあとは、牢獄」
僕はミニレムが転んだので、少し歩く速度を緩めた。
ミニレムたちは転んだミニレムに駆け寄って、手際よく持ち上げる。
ミニレムたちはミニレムを抱えながら、通路の奥へ下がっていく。
リャナはミニレムたちの姿を見て、笑みを浮かべる。
「牢獄、となとな?」
ミャンは食い付いてくる。
僕は迷宮へと、同行するか否かの判断の拠り所とする為にミャンに尋ねる。
「ミャン。ダニステイルの『魔女』は、国を救ったことがある?」
僕は一旦止まって、ミャンに向き直った。
「よくぞ聞いたのだ! 緑竜の大国っ、テレンテールを救った大英雄なり!!」
ミャンは狭い通路で器用に杖を振って、ポーズを取る。
リャナはミャンを止めようとする。
僕はリャナが行動に移す前に、引き寄せて肩に手を置く。
「緑竜の大国ーーテレンテールでのこと。大臣が重税を課した。暮らしが大変だと、テレンテールの民は『魔女』であるミャンに助けを求めてきた。ミャンはどうする?」
僕はミャンを見ながら、黙っているようにリャナの肩を軽く握る。
「ふぉっふぉっふぉっ! そんなもの決まっている! 大臣をぶっ飛ばしてっ、民を安寧に導くのだ!!」
ミャンは迷うことなく断言した。
「魔女」の行動が、そのまま答えとなっているのだろう。
「これは、過去に実際にあった話だ。大臣は重税を課した。戦争や災害で国が疲弊していたからだ。大臣は、国を復興させる方策を立案し、それを民にまでしっかりと説明した。民も納得し、国を支えると誓った。だが、すべての民が納得したわけではなかった。一人の男が民を煽動した。それだけなら、簒奪は成功しなかった。男には、一人の魔法使いが協力していた。魔法使いは単純に、男に騙されていた」
僕はクラスニールが建国される原因となった、滅び去った国の話をする。
ミャンは予想外の結末に絶句した。
リャナはミャンの姿を見て、消沈する。
先導役として、役目を果たせていないと力不足を嘆いたのだろう。
「国というのは、外圧だけでは中々滅びない。内乱など、内側からの綻びによって、滅亡への道を駆け足で進むことになる。その為の手段は様々だ。内通に噂の流布、商人を使っての流通への介入、碌でもないものになると、水源に毒、疫病を流行らせるなど、見境が無くなることもある」
僕はミャンをーー魔法使いを見た。
「ふぬぬ……、ライルはリャナと同じで、説教魔なのだ……?」
ミャンは劣勢であることを悟って、上目遣いで僕を見た。
無自覚なのだろうが、こうすることでリャナの追及が緩んだのだろう。
僕はリャナのように優しくないので、最後まで手心を加えることはしない。
「リャナ。ダニステイルが竜の国に遣って来てから、ミャンが最も遣らかしたことは何?」
僕はリャナが間違えないように、肩に置いた手に魔力を籠める。
リャナは身震いしたあと、耳を赤くして俯いた。
僕の問いに、真剣に考えてくれているようだ。
「そ、それは暗黒竜に着いてからその日に暗黒竜から出てしまったことだと思います。『結界』を使う際基本は半球結界です。それは地下まで影響を及ぼす必要がないからです。ですが地下に穴を掘って抜け出す者がいるとの懸念があったので暗黒竜では全球結界が複数人により張られました」
リャナは早口で捲し立てた。
僕は落ち着くようにリャナの肩を撫でてから、ミャンの手口を答える。
「水脈」
僕はリャナの表情から、正解であることを知る。
「す、凄いです、ライルさん。纏め役であるマホマール様が気付くまで、誰もわからなかったのに。……と、そうでした、地下の水脈を調べ、それを阻害しないように『結界』は張られていました。ミャンはその水脈を通るという危険を冒し、暗黒竜から出ていました」
リャナはミャンを見て、重く長い溜め息を吐く。
話はここで終わらないようだ。
「何度か死に掛けたが何のその! 弛まず我が魔の道を進むことこそが、『魔女』への近道なびっ!?」
ミャンは杖を振り回して、壁にぶつけてしまう。
利き腕ではない左手での取り回しに、多少難があるようだ。
僕は続きを話すように、リャナを促す。
「運が良いのか悪いのか、暗黒竜から出たミャンが最初に出逢ったのは、みー様でした。そこで仲良しになった一竜と一人でしたが、……ミャンは、みー様を、事もあろうに使い魔として扱ったのです。自分好みの使い魔にしようと、その、……みー様に色々と吹き込んでしまったようで。少し前にそれが発覚し、フィア様と侍従長と、マホマール様と、ーー何故かヴァレイスナ様も一緒に、ミャンに『おしおき』したそうです」
リャナはミャンを見て、軽く身を引いた。
三人と一竜に「おしおき」される情景を想像してしまったのだろう。
「ふぐぉ~っ! あれこそが最悪にして災厄っ、まさに四面邪竜歌! 実は実はだっ、纏め役のまほまほの『おしおき』が一番きつかったーーっっ!!」
ミャンは頭を抱えて、何度も大きく振った。
ミャンのことを最も理解しているのが纏め役だったようだ。
「ミャン。ミャンはそれ以外にも遣らかしているはず。それでも尚、こうして暗黒竜の外に出られているのは、何故だかわかっているか?」
僕はこの話の肝要に触れる。
「ふぬん?」
ミャンはまるでわかっていない顔をする。
考える時間を作っても無駄に終わるだろう。
「ミャンに必要なものが何か、皆が考えてくれているから。ヴァレイスナはわからないが、三人はミャンのことを考えている。ーーもう一度言う。皆に断られたら諦めるが、そうでないのなら、僕はミャンの味方をする」
僕は正面からミャンに伝える。
ミャンは歩いてきて、僕の胸に顔を擦り付ける。
リャナは反射的に魔法を使おうとする。
僕はリャナの耳を軽く引っ張る。
「駄目。でも、さっきより増し」
僕は判定を下す。
ミャンは僕を見上げて、満面の笑みを浮かべた。
リャナは僕の耳を引っ張った。
引っ張る力の強さの分だけ、激しく怒っているらしい。
「ミニレムたちが退屈している」
僕は通路の先に視線を向ける。
ミニレムたちは寝転がって、僕たちの遣り取りを観覧していた。
僕は通路の後ろに視線を向ける。
ミニレムたちは重なって、僕たちの遣り取りを観察していた。
「通路は長いか短いかの、どちらかだと思う」
僕はゆっくりと歩き出した。
ミニレムたちは即座に立ち上がる。
ミニレムたちは後ろ向きで下がっていく。
最後尾のミニレムは姿を消した。
硬いものがぶつかる音からして、階段を落ちていったらしい。
ミニレムたちは落ちたミニレムを追っていく。
目的地は近いようだ。
「この先に階段があるようだ。急な階段か、滑り易くなっているかもしれないから気を付けて」
僕は話しつつ、ミニレムたち以外の音を拾おうとする。
僕はリャナとミャンの顔を見てから進んでいく。
「光」の領域に階段が現れる。
「音が反響し、わかり難かったですが人間か、或いは何かの……生物がいるようです」
リャナは僕とミャンが同じ意見であると確認してから、階段の先を見た。
不安に耐え切れず、声に出して確認してしまったようだ。
僕は何も言わず、手で合図してから階段を下りていく。
「ふぬ? 明かりが見えるのだ」
ミャンは僕の横に並んで、未知なるものに顔を輝かせる。
僕は合図してから、「光」の魔法を解いた。
「ミニレムに『光』と、下に誰かが居れば気付かれているでしょう」
リャナはミャンを引き寄せて、僕の後ろに付く。
階下では複数の音が響く。
僕は危険はないと判断して、足取りを乱すことなく下りていく。
「もうっもうっ、嫌だっ嫌だっいーやーだーっ!」
魔法使いの恰好をした男は、癇癪を起こして仰向けになった。
濁った水が跳ねる。
十数人の男たちは手を止める。
男たちの様子からして、よくあることのようだ。
「見ない顔だな。どうやって入り込んだ?」
男は周囲のミニレムを見ながら、僕に視線を向けてくる。
貫禄からして、男たちの代表者らしい。
大きな溜め池のような場所。
「光球」が三つ。
男たちは道具を手にしている。
「臭いぞ~、臭いぞ~、何してるんだぞ~?」
ミャンは僕の後ろから顔を出して、鼻を摘んだ。
予想とは異なる光景に、気分を害しているようだ。
リャナはミャンの頭を掴んで、一緒に頭を下げる。
臭いを苦にしていないので、慣れているようだ。
「魔香を作る際に、……その、臭いがきついので、えっと、魔香で臭い消しをーー」
リャナは僕を見て、説明しようとする。
僕はリャナの言葉を遮って、本心を伝える。
「僕は、リャナの匂いは好きだ。あと、ミャンの匂いが魔香なら、変えたほうがいい」
僕は炎竜になったリャナを見てから、仔炎竜になったミャンに視線を向ける。
「何をーっ! これや『魔女』愛用の一品! 我に相応しき品なのだ!!」
ミャンは僕に飛び掛かってきて、匂いを嗅げと催促してくる。
リャナはミャンを引き剥がそうとするが、強く引っ付いているので中々離れない。
男は呆れた顔で見ていたが、次第に角が取れたような表情になる。
「ここは確かに臭いが、まだ増しなほうだ。魔法で遮られているからここまでは臭わないが、あの先の区画は臭いだけで吐ける」
男は話しながら、近くに居たミニレムを持ち上げる。
ミニレムたちは次々に男にくっ付いていく。
「あー、羨まー、俺にはあんま懐いてくれないってのに。秘訣があんなら教えてくださいよー、ディスニアさーん」
男はディスニアにくっ付いたミニレムを一体、引き剥がした。
ミニレムは大人しくなる。
男は諦めて、ディスニアにミニレムをくっ付ける。
魔法使いはディスニアが説明しようとしたところで、水飛沫を撒き散らしながら跳ね起きた。
「魔香!? 『魔女』だと!?」
魔法使いはリャナとミャンを、血走った目で凝視する。
魔法に強い拘りがあるらしい。
ミャンは聖語を描き始めるが、指は光を灯していなかった。
「ふっ、聞いて慄け! 泣いて崇めよ! 我は『魔女』ぼぅっ!?」
ミャンはリャナに物理的に制裁される。
僕の前でも、普段通りに行動するようになってきたようだ。
「ふっふっふっ、私は『大陸最強の魔法使い』と名高き、ガラン・クンである!」
クンはミャンに張り合って、頑是なく大威張り。
日々の生活に、潤いや張り合いが少ないのだろう。
ミャンはリャナと顔を合わせてから、僕を見る。
僕はクンのことを知らないので首を振った。
「ぷっ、どうやら魔法使いらしいお嬢さん方は、御存じないようだ」
ディスニアはミニレムをくっ付けたまま、溜め池の端の通路に座った。
男たちはディスニアに倣って休憩する。
「その『大陸最強』も、今じゃあ、地下で強制労働中だ。とはいえ、それ以外の時間に魔法の研究が出来ているようだから、そこまで酷い扱いでもないな」
ディスニアは自嘲的な笑みを浮かべると、ミニレムの頭を撫でた。
クンはディスニアの言葉を聞いて、地竜に乗られたように項垂れた。
「ここは、規模が大きな牢獄?」
僕はここまで観察した結果を述べる。
「え?」
リャナはまったくの想定外だったのか、周囲を見回す。
「正解。俺たちは罪人だ。この地下で、誰にも知られることなく、竜の国の為に、せっせと働いている。ーー本来なら、魔法でどうにか出来るんだろうが、魔法が使えなくなったときのことも考慮して、俺たちを使って確かめているんだろうな」
ディスニアは天井の「光球」を眺めながら、淡々と語る。
考える時間と自身を省みる機会は、たくさんあったのだろう。
「罪人とな? 何をしたのだ? 没落貴族っぽいんだぞ?」
ミャンは周囲の空気を読まず、正面から尋ねた。
「ーーそうだな。こんな所に居て、隠し事をする必要もない」
ディスニアはミャンを見て、自然な笑みを零す。
良い意味で、ミャンに中てられてしまったようだ。
「俺の親は商人だった。豪商と言えるほどに栄えていたが、敵対した商家にやられて、あっさり困窮した。貴族らしい振る舞いは、その頃に会った貴族共から学んだものだ。ーー借金が残った。普通に働いて返せる額ではなかった。だから、普通に働かずに、すべての手段を許容して返した。……そこで箍が外れたのかもしれない。或いは、一歩目から間違っていたのかもしれない。もう金を返す必要なんてないのに……、気付けば、居心地の良かった『エルネアの剣』を失っちまった」
ディスニアは淡々と自身の咎を語っていく。
ミャンは予想と異なる話に焦れていく。
想像力が及ばない所為か、ミャンの心には響かなかったのだろう。
「ふぬぬ~、お宝は無いのだ!?」
ミャンは現実を突き付けられて、冒険心を暴走させる。
ミャンは聖語を描こうとするが、先程と同様に指は光らない。
コウの力で、魔法が封じられているようだ。
「いいや、お宝はある。とは言っても、大抵の人間にはそれはお宝ではなく、その存在に気づく者もまた、少数だろうがな」
ディスニアは疑問符だらけのミャンを見てから、僕に視線を向ける。
僕とは異なる「宝物」が見えているようだ。
「確かに、ここは宝の宝庫とも言える。『魔法王』とリシェはーー。……リシェは、そうか、ーーグリングロウ国は、『魔法王』の国なのか」
僕はリシェの深意の一端に触れて、魂が震えた。
僕は痛まない心に、罅が入ったような気がした。
「さてと。休憩は終わり。迷子のお子様たちは、帰った帰った」
ディスニアは立ち上がってから、僕たちを一瞥する。
男たちは不平不満を漏らしながらも、三々五々に散っていく。
クンはディスニアのあとに付いていこうとして、不意に振り返った。
「さっき、『魔女』とか言っていたが、あの婆さんなら竜の国に居るぞ」
クンはミャンを見て、ぶっきら棒に言う。
魔法使いに対しては、ある程度寛容らしい。
「その『魔女』とは、ダニステイルの『魔女』とは違うようだが、何か繋がりがあるのか?」
僕はミャンに任せるとこんがらがるので、要点だけを尋ねる。
「ダニステイル……だと」
クンは驚愕して、目を見開く。
「大陸最強の魔法使い」が驚くような存在らしい。
「『魔法王』が治める国なれば、……そうかそうか、やはり私がーー」
クンは僕の問いには答えず、歩き去りながら独り言つ。
良からぬ算段を立てているらしい。
「ミャン隊長。引き際が肝心だと思う」
僕は躙り寄ってくるミニレムを見ながら、ミャンに提案する。
「あっ! みーと約束してたのだ! 行ってくるのだ!!」
ミャンは僕とリャナを置き去りに、階段を駆け上がっていった。
嘘ではなく、本当に約束していたようだ。
「そろそろ、皆と合流しようか」
僕は先に進みたがっていたリャナに、手を差し出した。
リャナは囃し立てるミニレムたちから逃げるように、僕の手を引っ張って階段を上っていった。
ミャンは踏ん反り返る。
僕とリャナは周囲を確認した。
竜の目付近。
円い広場は、馬車の停留所となっている。
広場を囲う樹々の奥。
喧騒が微かに届く。
「何かの、入り口……ですか?」
リャナは大岩に穿たれた、穴を見ながら僕に尋ねた。
明らかな人工物に、そう判断したようだ。
ミャンは吶喊しようとして、六体のミニレムに止められる。
穴の奥の暗闇に、ミニレムの多数の目が光っている。
「我が強敵っ、ミニレムよ! 何故にっ、我の覇道を塞ぐのだ!!」
ミャンは大袈裟に嘆き悲しむ演技をする。
半分くらいは本気のようだ。
「ミャン。諦めましょう」
リャナはミニレムの行動を奇貨として、火が付いたミャンの冒険心を挫こうとする。
声に張りがないので、半分の半分くらいはリャナも残念に思っているらしい。
「ミャン。恐らく、『魔法王』か侍従長から『おしおき』されることになる。場合によっては、僕とリャナもその対象となる。ただ、僕は、ミャンはそれでいいと思っている。そうでなければならないと思っている。だから、ミャンが望むのなら、手を貸す」
僕はリシェの顔を思い浮かべながら、ミャンを唆す。
ミャンは曇り空だった顔を、透き通った青空にする。
リャナは僕を見て、困り顔になる。
幻滅されてしまったようだ。
「ミャンは自業自得だが、リャナは僕が無理やり連れていくので、被害者だ。リャナに罪が及ばないように、最大限の努力をすると約束する」
僕は嘘偽りなく誓う。
「そ、……そんな言い方は、卑怯です」
リャナは胸に手を当てて、困惑する。
怒りはあれど、僕の真意を理解してくれたようだ。
「ほべっ!?」
ミャンは吶喊して、ミニレムに弾き返された。
ミャンは諦めず、聖語を描いていく。
リャナはミャンの後ろに回る。
「ぎゃほっ??」
ミャンはリャナに両耳を引っ張られて、奇怪な声を上げる。
リャナはそのままミャンの耳を引っ張り続ける。
人の話を聞け、という意思表示らしい。
僕は歩いていく。
鉄壁のミニレムは、僕が近付いた分だけ引き下がっていく。
「クンクン」
ミャンは仔犬のように僕の臭いを嗅ぐ。
リャナは慌てて、ミャンを僕から引き剥がした。
僕は自身が臭くないか確認する。
「理由はわからないが、ミニレムは僕に近付けない。或いは、近付こうとしない。ーーミャン隊長。指示をくれ」
僕はミャンがまた近付いてきたので、ミャンの意識を別に逸らす。
「ふんむっ! 栄えあるミャン隊よ! 今ここにっ、祝福の竜の咆哮を響かせるのだ!!」
ミャンは大袈裟な動作で聖語を描く。
ミャンは大上段に構えて魔法を空にぶっ放す。
竜の咆哮の代わりらしい。
ミニレムたちは地面を叩いて、抗議の意思を表明する。
「可愛い……」
リャナはミニレムたちを見て、言葉を漏らした。
リャナは僕に見られていることに気付いて、言い訳をしようとする。
リャナはミャンの足音を聞いて振り返った。
「っ、ちょっとミャン! 何をしているの!?」
リャナはミニレムと雌雄を決するべく、決闘を開始したミャンを見て止めに走る。
僕はすぐにリャナのあとを追う。
ミニレムは穴の前から離れて、決闘はミャンの不戦勝に終わった。
「ライルよ! 貴様には『ミニレムの天敵』の二つ名を進ぜよう!!」
ミャンは僕に指を突きつけて、ドヤ顔で大威張り。
僕はミャンを通り越して、人工的な通路を確認する。
造りは荒いが魔法で補強されている。
奥は真っ暗で、ミニレムたちの目が光っている。
「ミャンの魔力を温存する為に、僕が『光』を使う。逃走の際には魔法を使ってもらうから、リャナは魔力を溜めつつ周囲を警戒して」
僕は頭ごなしに命令する。
ミャンは鷹揚に頷く。
リャナは僕とミャンを見て、驚いた顔になる。
僕がミャンを操縦してみせたので、面食らったようだ。
「ライルは、どんな魔法が使えるのだ?」
ミャンは壁を杖で叩きながら尋ねる。
魔力で調べているわけではないようだ。
「威力が弱い魔法が二つ。一つは『治癒』で一応、治癒術師。もう一つが『光』で、これから使う」
僕は魔力を練らずに、そのまま発散させる。
僕は触れたものに、繋いでいく。
僕は繋がれたものが目覚める感触を、全身で受け留める。
「『光』」
僕は通路を明るくした。
「……ふぬ?」
ミャンは口を大きく開けてから、周囲を見回す。
初歩の魔法だが、通常とは発現の仕方が異なるので驚いたらしい。
「……これって、空間そのものに作用しているーー高等魔法?」
リャナは魔力を探ろうとするが上手くいかない。
ワーシュ同様に理解は覚束ないようだ。
「仮に高等魔法だとしても、『治癒』以外に使えるのは『光』だけだから、あまり意味はない」
僕は後ろから付いてくる足音を聞きながら進む。
僕は心持ち、歩く速度を緩める。
「危険は、あるのでしょうか?」
リャナは僕の命令を律儀に遂行しながら尋ねる。
周期相応に、魔法以外の経験値が足りていないようだ。
ミャンは楽し気な顔で、落ち着かない足取り。
リャナとは別の意味で、経験値が足りていないようだ。
「直接的な危険はないと思う。北の洞窟がそうであるように、重要な場所や危険な場所には、『魔法王』が『結界』を張っている。『結界』ではなくミニレムを配置しているということで、直ぐに思い付くのは三つ。食糧庫、水路乃至水源、ーーあとは、牢獄」
僕はミニレムが転んだので、少し歩く速度を緩めた。
ミニレムたちは転んだミニレムに駆け寄って、手際よく持ち上げる。
ミニレムたちはミニレムを抱えながら、通路の奥へ下がっていく。
リャナはミニレムたちの姿を見て、笑みを浮かべる。
「牢獄、となとな?」
ミャンは食い付いてくる。
僕は迷宮へと、同行するか否かの判断の拠り所とする為にミャンに尋ねる。
「ミャン。ダニステイルの『魔女』は、国を救ったことがある?」
僕は一旦止まって、ミャンに向き直った。
「よくぞ聞いたのだ! 緑竜の大国っ、テレンテールを救った大英雄なり!!」
ミャンは狭い通路で器用に杖を振って、ポーズを取る。
リャナはミャンを止めようとする。
僕はリャナが行動に移す前に、引き寄せて肩に手を置く。
「緑竜の大国ーーテレンテールでのこと。大臣が重税を課した。暮らしが大変だと、テレンテールの民は『魔女』であるミャンに助けを求めてきた。ミャンはどうする?」
僕はミャンを見ながら、黙っているようにリャナの肩を軽く握る。
「ふぉっふぉっふぉっ! そんなもの決まっている! 大臣をぶっ飛ばしてっ、民を安寧に導くのだ!!」
ミャンは迷うことなく断言した。
「魔女」の行動が、そのまま答えとなっているのだろう。
「これは、過去に実際にあった話だ。大臣は重税を課した。戦争や災害で国が疲弊していたからだ。大臣は、国を復興させる方策を立案し、それを民にまでしっかりと説明した。民も納得し、国を支えると誓った。だが、すべての民が納得したわけではなかった。一人の男が民を煽動した。それだけなら、簒奪は成功しなかった。男には、一人の魔法使いが協力していた。魔法使いは単純に、男に騙されていた」
僕はクラスニールが建国される原因となった、滅び去った国の話をする。
ミャンは予想外の結末に絶句した。
リャナはミャンの姿を見て、消沈する。
先導役として、役目を果たせていないと力不足を嘆いたのだろう。
「国というのは、外圧だけでは中々滅びない。内乱など、内側からの綻びによって、滅亡への道を駆け足で進むことになる。その為の手段は様々だ。内通に噂の流布、商人を使っての流通への介入、碌でもないものになると、水源に毒、疫病を流行らせるなど、見境が無くなることもある」
僕はミャンをーー魔法使いを見た。
「ふぬぬ……、ライルはリャナと同じで、説教魔なのだ……?」
ミャンは劣勢であることを悟って、上目遣いで僕を見た。
無自覚なのだろうが、こうすることでリャナの追及が緩んだのだろう。
僕はリャナのように優しくないので、最後まで手心を加えることはしない。
「リャナ。ダニステイルが竜の国に遣って来てから、ミャンが最も遣らかしたことは何?」
僕はリャナが間違えないように、肩に置いた手に魔力を籠める。
リャナは身震いしたあと、耳を赤くして俯いた。
僕の問いに、真剣に考えてくれているようだ。
「そ、それは暗黒竜に着いてからその日に暗黒竜から出てしまったことだと思います。『結界』を使う際基本は半球結界です。それは地下まで影響を及ぼす必要がないからです。ですが地下に穴を掘って抜け出す者がいるとの懸念があったので暗黒竜では全球結界が複数人により張られました」
リャナは早口で捲し立てた。
僕は落ち着くようにリャナの肩を撫でてから、ミャンの手口を答える。
「水脈」
僕はリャナの表情から、正解であることを知る。
「す、凄いです、ライルさん。纏め役であるマホマール様が気付くまで、誰もわからなかったのに。……と、そうでした、地下の水脈を調べ、それを阻害しないように『結界』は張られていました。ミャンはその水脈を通るという危険を冒し、暗黒竜から出ていました」
リャナはミャンを見て、重く長い溜め息を吐く。
話はここで終わらないようだ。
「何度か死に掛けたが何のその! 弛まず我が魔の道を進むことこそが、『魔女』への近道なびっ!?」
ミャンは杖を振り回して、壁にぶつけてしまう。
利き腕ではない左手での取り回しに、多少難があるようだ。
僕は続きを話すように、リャナを促す。
「運が良いのか悪いのか、暗黒竜から出たミャンが最初に出逢ったのは、みー様でした。そこで仲良しになった一竜と一人でしたが、……ミャンは、みー様を、事もあろうに使い魔として扱ったのです。自分好みの使い魔にしようと、その、……みー様に色々と吹き込んでしまったようで。少し前にそれが発覚し、フィア様と侍従長と、マホマール様と、ーー何故かヴァレイスナ様も一緒に、ミャンに『おしおき』したそうです」
リャナはミャンを見て、軽く身を引いた。
三人と一竜に「おしおき」される情景を想像してしまったのだろう。
「ふぐぉ~っ! あれこそが最悪にして災厄っ、まさに四面邪竜歌! 実は実はだっ、纏め役のまほまほの『おしおき』が一番きつかったーーっっ!!」
ミャンは頭を抱えて、何度も大きく振った。
ミャンのことを最も理解しているのが纏め役だったようだ。
「ミャン。ミャンはそれ以外にも遣らかしているはず。それでも尚、こうして暗黒竜の外に出られているのは、何故だかわかっているか?」
僕はこの話の肝要に触れる。
「ふぬん?」
ミャンはまるでわかっていない顔をする。
考える時間を作っても無駄に終わるだろう。
「ミャンに必要なものが何か、皆が考えてくれているから。ヴァレイスナはわからないが、三人はミャンのことを考えている。ーーもう一度言う。皆に断られたら諦めるが、そうでないのなら、僕はミャンの味方をする」
僕は正面からミャンに伝える。
ミャンは歩いてきて、僕の胸に顔を擦り付ける。
リャナは反射的に魔法を使おうとする。
僕はリャナの耳を軽く引っ張る。
「駄目。でも、さっきより増し」
僕は判定を下す。
ミャンは僕を見上げて、満面の笑みを浮かべた。
リャナは僕の耳を引っ張った。
引っ張る力の強さの分だけ、激しく怒っているらしい。
「ミニレムたちが退屈している」
僕は通路の先に視線を向ける。
ミニレムたちは寝転がって、僕たちの遣り取りを観覧していた。
僕は通路の後ろに視線を向ける。
ミニレムたちは重なって、僕たちの遣り取りを観察していた。
「通路は長いか短いかの、どちらかだと思う」
僕はゆっくりと歩き出した。
ミニレムたちは即座に立ち上がる。
ミニレムたちは後ろ向きで下がっていく。
最後尾のミニレムは姿を消した。
硬いものがぶつかる音からして、階段を落ちていったらしい。
ミニレムたちは落ちたミニレムを追っていく。
目的地は近いようだ。
「この先に階段があるようだ。急な階段か、滑り易くなっているかもしれないから気を付けて」
僕は話しつつ、ミニレムたち以外の音を拾おうとする。
僕はリャナとミャンの顔を見てから進んでいく。
「光」の領域に階段が現れる。
「音が反響し、わかり難かったですが人間か、或いは何かの……生物がいるようです」
リャナは僕とミャンが同じ意見であると確認してから、階段の先を見た。
不安に耐え切れず、声に出して確認してしまったようだ。
僕は何も言わず、手で合図してから階段を下りていく。
「ふぬ? 明かりが見えるのだ」
ミャンは僕の横に並んで、未知なるものに顔を輝かせる。
僕は合図してから、「光」の魔法を解いた。
「ミニレムに『光』と、下に誰かが居れば気付かれているでしょう」
リャナはミャンを引き寄せて、僕の後ろに付く。
階下では複数の音が響く。
僕は危険はないと判断して、足取りを乱すことなく下りていく。
「もうっもうっ、嫌だっ嫌だっいーやーだーっ!」
魔法使いの恰好をした男は、癇癪を起こして仰向けになった。
濁った水が跳ねる。
十数人の男たちは手を止める。
男たちの様子からして、よくあることのようだ。
「見ない顔だな。どうやって入り込んだ?」
男は周囲のミニレムを見ながら、僕に視線を向けてくる。
貫禄からして、男たちの代表者らしい。
大きな溜め池のような場所。
「光球」が三つ。
男たちは道具を手にしている。
「臭いぞ~、臭いぞ~、何してるんだぞ~?」
ミャンは僕の後ろから顔を出して、鼻を摘んだ。
予想とは異なる光景に、気分を害しているようだ。
リャナはミャンの頭を掴んで、一緒に頭を下げる。
臭いを苦にしていないので、慣れているようだ。
「魔香を作る際に、……その、臭いがきついので、えっと、魔香で臭い消しをーー」
リャナは僕を見て、説明しようとする。
僕はリャナの言葉を遮って、本心を伝える。
「僕は、リャナの匂いは好きだ。あと、ミャンの匂いが魔香なら、変えたほうがいい」
僕は炎竜になったリャナを見てから、仔炎竜になったミャンに視線を向ける。
「何をーっ! これや『魔女』愛用の一品! 我に相応しき品なのだ!!」
ミャンは僕に飛び掛かってきて、匂いを嗅げと催促してくる。
リャナはミャンを引き剥がそうとするが、強く引っ付いているので中々離れない。
男は呆れた顔で見ていたが、次第に角が取れたような表情になる。
「ここは確かに臭いが、まだ増しなほうだ。魔法で遮られているからここまでは臭わないが、あの先の区画は臭いだけで吐ける」
男は話しながら、近くに居たミニレムを持ち上げる。
ミニレムたちは次々に男にくっ付いていく。
「あー、羨まー、俺にはあんま懐いてくれないってのに。秘訣があんなら教えてくださいよー、ディスニアさーん」
男はディスニアにくっ付いたミニレムを一体、引き剥がした。
ミニレムは大人しくなる。
男は諦めて、ディスニアにミニレムをくっ付ける。
魔法使いはディスニアが説明しようとしたところで、水飛沫を撒き散らしながら跳ね起きた。
「魔香!? 『魔女』だと!?」
魔法使いはリャナとミャンを、血走った目で凝視する。
魔法に強い拘りがあるらしい。
ミャンは聖語を描き始めるが、指は光を灯していなかった。
「ふっ、聞いて慄け! 泣いて崇めよ! 我は『魔女』ぼぅっ!?」
ミャンはリャナに物理的に制裁される。
僕の前でも、普段通りに行動するようになってきたようだ。
「ふっふっふっ、私は『大陸最強の魔法使い』と名高き、ガラン・クンである!」
クンはミャンに張り合って、頑是なく大威張り。
日々の生活に、潤いや張り合いが少ないのだろう。
ミャンはリャナと顔を合わせてから、僕を見る。
僕はクンのことを知らないので首を振った。
「ぷっ、どうやら魔法使いらしいお嬢さん方は、御存じないようだ」
ディスニアはミニレムをくっ付けたまま、溜め池の端の通路に座った。
男たちはディスニアに倣って休憩する。
「その『大陸最強』も、今じゃあ、地下で強制労働中だ。とはいえ、それ以外の時間に魔法の研究が出来ているようだから、そこまで酷い扱いでもないな」
ディスニアは自嘲的な笑みを浮かべると、ミニレムの頭を撫でた。
クンはディスニアの言葉を聞いて、地竜に乗られたように項垂れた。
「ここは、規模が大きな牢獄?」
僕はここまで観察した結果を述べる。
「え?」
リャナはまったくの想定外だったのか、周囲を見回す。
「正解。俺たちは罪人だ。この地下で、誰にも知られることなく、竜の国の為に、せっせと働いている。ーー本来なら、魔法でどうにか出来るんだろうが、魔法が使えなくなったときのことも考慮して、俺たちを使って確かめているんだろうな」
ディスニアは天井の「光球」を眺めながら、淡々と語る。
考える時間と自身を省みる機会は、たくさんあったのだろう。
「罪人とな? 何をしたのだ? 没落貴族っぽいんだぞ?」
ミャンは周囲の空気を読まず、正面から尋ねた。
「ーーそうだな。こんな所に居て、隠し事をする必要もない」
ディスニアはミャンを見て、自然な笑みを零す。
良い意味で、ミャンに中てられてしまったようだ。
「俺の親は商人だった。豪商と言えるほどに栄えていたが、敵対した商家にやられて、あっさり困窮した。貴族らしい振る舞いは、その頃に会った貴族共から学んだものだ。ーー借金が残った。普通に働いて返せる額ではなかった。だから、普通に働かずに、すべての手段を許容して返した。……そこで箍が外れたのかもしれない。或いは、一歩目から間違っていたのかもしれない。もう金を返す必要なんてないのに……、気付けば、居心地の良かった『エルネアの剣』を失っちまった」
ディスニアは淡々と自身の咎を語っていく。
ミャンは予想と異なる話に焦れていく。
想像力が及ばない所為か、ミャンの心には響かなかったのだろう。
「ふぬぬ~、お宝は無いのだ!?」
ミャンは現実を突き付けられて、冒険心を暴走させる。
ミャンは聖語を描こうとするが、先程と同様に指は光らない。
コウの力で、魔法が封じられているようだ。
「いいや、お宝はある。とは言っても、大抵の人間にはそれはお宝ではなく、その存在に気づく者もまた、少数だろうがな」
ディスニアは疑問符だらけのミャンを見てから、僕に視線を向ける。
僕とは異なる「宝物」が見えているようだ。
「確かに、ここは宝の宝庫とも言える。『魔法王』とリシェはーー。……リシェは、そうか、ーーグリングロウ国は、『魔法王』の国なのか」
僕はリシェの深意の一端に触れて、魂が震えた。
僕は痛まない心に、罅が入ったような気がした。
「さてと。休憩は終わり。迷子のお子様たちは、帰った帰った」
ディスニアは立ち上がってから、僕たちを一瞥する。
男たちは不平不満を漏らしながらも、三々五々に散っていく。
クンはディスニアのあとに付いていこうとして、不意に振り返った。
「さっき、『魔女』とか言っていたが、あの婆さんなら竜の国に居るぞ」
クンはミャンを見て、ぶっきら棒に言う。
魔法使いに対しては、ある程度寛容らしい。
「その『魔女』とは、ダニステイルの『魔女』とは違うようだが、何か繋がりがあるのか?」
僕はミャンに任せるとこんがらがるので、要点だけを尋ねる。
「ダニステイル……だと」
クンは驚愕して、目を見開く。
「大陸最強の魔法使い」が驚くような存在らしい。
「『魔法王』が治める国なれば、……そうかそうか、やはり私がーー」
クンは僕の問いには答えず、歩き去りながら独り言つ。
良からぬ算段を立てているらしい。
「ミャン隊長。引き際が肝心だと思う」
僕は躙り寄ってくるミニレムを見ながら、ミャンに提案する。
「あっ! みーと約束してたのだ! 行ってくるのだ!!」
ミャンは僕とリャナを置き去りに、階段を駆け上がっていった。
嘘ではなく、本当に約束していたようだ。
「そろそろ、皆と合流しようか」
僕は先に進みたがっていたリャナに、手を差し出した。
リャナは囃し立てるミニレムたちから逃げるように、僕の手を引っ張って階段を上っていった。
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