竜の国の異邦人

風結

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迷宮

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 ミャンは光で描きながら、普段とは異なる透き通った声で唱える。


   いにしえの風は集い 星々の光を飾り立てる
   精霊は踊る 魔力の限りに踊り狂う
   片手に乗せるは この世の真理
   逆手に乗せるは 果ての空のいら
   大地を踏み締め 草木の囁きに耳を澄ませよ
   泉の水を掬い 目覚めの予兆を味わい尽くせ
   千の内の ひとつの花
   ついに咲かすは 我が魂
   舞う生命に 今こそ示せ 久遠くおんにーー……
   にーーっ!!


 ミャンは聖語を描くのを止めて、頭を掻き毟る。
 皆はミャンを無視して、ワーシュの魔法で転がった猪の魔物に対応する。

「おっし、これで最後だなっと」

 コルクスは手早く、駆け出そうとした最後の一頭に止めを刺した。

「素材の回収はあとにしたほうがいいかな。というか、もう一杯一杯だから、選別しないと」

 ホーエルは自身の荷物だけでなく、予備の背負い袋を見る。
 僕は膨らんだ背負い袋を持ち上げる。
 天然の洞窟。
 開けた空間。
 十階層から様相が如実に変化した。

「これで十階層はクリアだ。そこの岩の上が休憩場所になっているから、飯にしよう」

 ナードは皆を先導して、巨岩に登っていく。

「初めて迷宮に挑む際は、引率者を付ける。だが逆に、俺のほうが色々と学ばせてもらっている」

 ナードは両手剣を岩の上に置いてから、破顔一笑。
 リャナやワーシュの、魔法使いとの共闘で色々と学ぶところがあったようだ。
 皆は思い思いに寛ぐ。
 エルムスはぐったりと首を垂れる。
 昨日一日の休息では足りなかったようだ。

「な~んのなんの~。こっちも馴染みのカイの旦那が引率だから~、助か竜なのよ~」

 ワーシュは魔法で生み出した水を、皆に配っていく。
 リャナはワーシュの手際に驚いて、真剣な眼差しを向ける。

「十階層の魔物は突進力に優れている。故に、ここでは罠を仕掛けることになるのだが、その必要もなく倒してしまうとはな」

 ナードは皆が倒した、十二体の魔物を見下ろした。

「リャナちゃんの魔法が決まりまく竜だったもんねー。だいぶ魔力の温存が出来たしー。と、そーだったそーだった、十階層では何を教えてくれるの、カイの旦那ー?」

 ワーシュはだらしなく足を伸ばす。
 ホーエルは注意するかどうかで迷う。

「十階層では二つ……」

 ナードは説明しようとしたところで遮られる。

「うがーっ! 何故だ!? 何故っ、我が魔法を放つ前にっ、倒してしまうのだ!! くっ、これは我に活躍させまいとするっ、どこぞの機関の陰謀ぼぅぼっ!?」

 ミャンは爆発して、リャナの魔法で窘められる。
 一度も魔法を使うことが出来なかったので、鬱憤が溜まっているようだ。

「聖語を描く練習にはなったでしょう。そもそも、連携を考えずに、自分勝手に魔法を使おうとしても上手くいくはずがありません」

 リャナは顔を背けているミャンに、欠点と対策を指摘する。
 もしもの事態を想定して、これまではミャンの魔力を温存することを優先したようだ。

「う~ん? そろそろはっきりキリキリさせてもいーかな? ぶっちゃけ、ダニステイルの人たちって、聖語を描かなくても魔法使えるのよねんねん?」

 ワーシュは直球で尋ねた。
 すでに結論は出ているようだ。

「ダニスべぇっ!?」

 ミャンは反論しようとして、コルクスに頬を抓られる。
 リャナは魔法を使おうとして、途中で止めた。
 リャナはコルクスに軽く頭を下げてから、説明を始める。

「あたしたちは対外的には魔法使いと名乗っていますが、ダニステイル内では『方術師』と呼ばれています。『魔法使い』を名乗るには、認定試験で合格する必要があります。その際、正しく聖語を使い、合格した者を『青魔法使い』。聖語を使わずに合格した者を『赤魔法使い』と呼び、区別しているのです。竜の国の外に出る為には、『魔法使い』の称号が必要となります」

 リャナは暴れるミャンを見て、小さく溜め息を吐く。
 ミャンが憧れる「魔女」は、「青魔法使い」だったのだろう。

「あー、と言っても、聖語を描くのが、まったくの無駄ってわけじゃねぇんだろ?」

 コルクスは尚も抵抗するミャンを慮って、リャナとワーシュに尋ねる。

「そりゃねぇ。聖語を描くことで、心象がし易くなる効果はあるから、全部が全部、無駄ってわけじゃないけど。聖語を描くのにも魔力は使ってるから、今のところ、はっきりキリキリ言っちゃうけど、真昼の光竜みたいなものねぇ」

 ワーシュはミャンを見て、譬えに竜を用いた。
 ミャンの凹み具合を憐れに思ってのことらしい。

「二人はその試験を受けるのかな?」

 ホーエルは癇癪を起こし損ねた子供のようなミャンを見て、水竜を差し向ける。
 場合によっては、僕たちにも係わりがあるかもしれないと判断したようだ。

「『魔女』は、魔徒ーー三周期の見習い魔法使いのときに、『青魔法使い』になりました。今周期で合格すれば、『魔女』を越えることになるので、ミャンは受けるつもりのようです。ただ、今のままでは『赤魔法使い』にはなれても『青魔法使い』は、ーー難しいと思います」

 リャナはミャンのことを思ってか、言葉を濁す。
 このままでは合格は覚束ないようだ。

「迷宮に入りたがっていたのは、『青魔法使い』になる為の、近道になると思ってのことか」

 エルムスはある程度、回復したのか会話に加わる。
 エルムスは顔を巡らせてから、ナードを見る。
 場の空気を換えたほうがいいと、判断したようだ。

「二つとも、事実かどうか確かめる術はないが、わかり易いのが素材の話だ。そこで魔法使いの三人に聞くのだが、これまでに集めてきた素材は、何かに使えるのか?」

 ナードはエルムスの要望に応えて、階層到達の情報を開示する。
 三人は顔を見合わせて、口に氷を詰め込まれた仔炎竜のような顔になった。

「魔法具とか魔具とかの材料になるんじゃねぇのか?」

 コルクスはミャンの頬から指を放して、ミャンの頭を軽く押す。
 ミャンの苦手そうな分野なので、答えさせようと企んだようだ。
 ミャンは氷を呑み込んでしまった、仔炎竜のような顔になった。

「それねー。世の中の皆さんは勘違いしてる人がおーいけどー。魔法具や魔具ってねー、複製品みたいなものなのよー。その原型となる魔法具みたいなのって、聖語時代の前にあったっぽいけどー。今はねー、複製の複製の、更に複製してね、少ない成功品が出回ってるのよー」

 ワーシュはホーエルに寄り掛かって、まったりと説明する。
 ホーエルに催促したようだ。
 ホーエルは荷物から出来合いの食料を取り出して、皆に配っていく。
 ワーシュは思い出して、荷物から包みを取り出した。

「ダニステイルでも、一から魔法具は作れません。それが出来るのは、フィア様とヴァレイスナ様、それとーー、侍従長も可能かも知れません。あたしの予想ですが、これまでに集めた素材は現在ではなく、未来に使われるものだと思います」

 リャナは説明してから、ミャンを見る。
 ミャンは獲物を逃した、猫のような目でリャナを見る。
 ナードは驚いた顔で、リャナの予想を肯定する。

「正解だ。このまま魔法が発展していけば、これらの素材が必要になるらしい。だから、今から集めているそうだ。それともう一つが、森と迷宮。ここは、通常よりも魔力が濃いようで、それを『魔法王』が『結界』で覆うことで、外では出来ないようなことが出来るようになっている」

 ナードは宙に浮いていた「光球」の魔法球を三つ、手元に引き寄せる。

「十階層を越えたら、ポイントでこれらの品と交換できるようになる。これまでは、『緊急避難セット』ーーまたの名を『仔炎竜セット』だけだったが」

 ナードは小さな箱を取り出した。
 箱の表には一生懸命に逃げる、みーが描かれている。
 箱の裏には追い掛ける、ヴァレイスナが描かれている。

「五階層を越えたら、常に常備することが推奨されている。前後に分断される危険性があるから、ポイントに余裕があるなら二つ持っていたほうが良い」

 ナードは手を振って、魔法球を天井付近に散らす。

「はいは~い、先ずはカイの旦那からね~。あ~ん」

 ワーシュは包みに入っている焼き菓子を一つ、ナードに差し出す。
 ナードは一瞬、戸惑ったが直ぐに口を開ける。
 ナードは放り込まれた焼き菓子を、じっくりと味わう。

「これは……、まさか『』なのか?」

 ナードはワーシュを、それからホーエルをまじまじと見る。
 実際に口にしても、信じられないようだ。

「ふぬ? その焼き菓子が何だと……」

 ミャンは尋ねる途中で、ワーシュに焼き菓子を差し出される。

「ま~ずは食べてからね~。ほ~れほれ、リャナちゃんにミャンちゃん~、あ~ん」

 ワーシュは残りをホーエルに渡してから、リャナとミャンに差し出す。
 ミャンは鳥の雛のように口を開ける。
 リャナは好奇心半分、羞恥心半分。

「ぬな!? 菓子作りの『魔甘人』っ、バッソ婆と同じくらい美味しい……だと」

 ミャンは驚愕の眼差しでワーシュを見た。
 リャナは無言で焼き菓子を味わっている。
 ミャンと同様の感想らしい。

「『蜘蛛王』を倒したポイントは、二万ポイントだったんだけどね。『溜め込んだって地竜になるだけよ!』と言って、ワーシュは二千ポイントの『魔法の粉スノーパウダー』と交換しちゃったんだよ。普通の砂糖は二十ポイントで交換できるのに、はぁ~」

 ホーエルは本気で落胆する。
 珍しく拗ねているようだ。
 ホーエルは皆に包みを差し出す。
 皆は焼き菓子を取って、口に運ぶ。
 ミャンは残り一個の焼き菓子を、物欲しそうに見詰める。

「お手」

 ワーシュは右の掌を上に向ける。
 ミャンは左手を猫足にして、ワーシュの手に乗せる。

「おかわり」

 ワーシュはミャンが右手を乗せると、両方の掌をくっ付けた。

「お顔」

 ワーシュは期待の眼差しで、ミャンを見た。
 ミャンは迷うことなく、掌の上に顔を乗せた。
 ホーエルはワーシュが焼き菓子を手に取る前に、掠め取る。
 ホーエルはミャンの口に焼き菓子を放り込む。
 ワーシュは悔し気な顔をホーエルに向けた。

「ポンさんに上げる振りをして自分で食べようとしていたので、ホーエルが先手を打った。ワーシュは自身の欲望を優先させる嫌いがある。目の前で焼き菓子を食べられた際の、ポンさんの表情が見たかったのだろう」

 エルムスは一連の行動が理解出来ず、目をぱちくりさせていたリャナに説明する。

「一番高いポイントには何があるのだ?」

 ミャンは焼き菓子を心行くまで味わってから、ナードに尋ねる。

「百万ポイントに三つある。一つは『魔法王の杖』。一つは『侍従長の魔法具』。一つは『氷竜の実験台』。真ん中と後ろが何なのかは、想像に任せる」

 ナードはそれ以上の質問を拒むように、肉と野菜を挟んだパンを口に運ぶ。
 皆はナードからエルムスに視線を持っていく。

「これは想像だが。『侍従長の魔法具』は、先程ワーシュが言っていた『原型の魔法具』かそれに比する物だと考えられる。三十万ポイントに『氷竜の武具』というのがあった。鑑みるに、最適化された専用の品々が与えられるのだろうが。実験台、と銘打っていることから、……失敗する可能性もあるということだろう」

 エルムスは説明しながら、渋い表情になっていく。
 ミャンは膝立ちで移動して、僕の膝の上に座ろうとした。
 僕を篭絡しようとしているらしい。
 僕はミャンを掴んで、ホーエルに寄り掛かるワーシュと同じようにミャンを横に置く。
 ワーシュはニヤニヤした顔で、リャナを見た。
 リャナは僕から顔を逸らした。

「おっとっと~、魔法が滑った~」

 ワーシュは両手でリャナを押した。
 魔法ではなく、普通に押したようだ。

「きゃっ!?」

 リャナは予想外の事態に、体勢を崩す。
 僕はリャナを受け止めるが、勢いが強く膝の上に落ちる。

「っ……」

 リャナは無言で、いそいそと僕の横に移動する。

「そこなホーエル・ザック! 我の篭絡対象であるライルの反応が薄いのだ! ワーシュの夫であるホーエルよっ、こつを教えてくれなのだ!!」

 ミャンは僕の背中に回って、頭の上に顎を乗せるとホーエルに頼み込んだ。
 皆はそれぞれに視線を遣り取りして、最終的に視線はエルムスに集まった。

「突っ込みどころ満載だが、竜にも角にも、先ずは事実から言っておこう。私たちの中で、結婚している者はいない。は全員にあったが、纏まったものはない。あとは、ーーホーエルが話しても良いのなら、をポンさんに話してあげると良い」

 エルムスはホーエルを慮って、慎重に言葉を選ぶ。
 リャナは何故か、エルムスの話を聞いて安堵の表情を見せる。

「別に隠すことじゃないから、話すのはいいんだけどね。でも、そのことを話すと、クラスニールのことも言わないといけなくなるからーー」

 ホーエルは消極的に肯定して、皆を見回す。
 本心では、あまり話したくはないらしい。

「そっちこそ問題なっしっしー、クラスニールのほーこそ、聞かれて困ることなんてないしねー」

 ワーシュはホーエルの逃げ道を塞ぐ。
 リャナやミャンにある程度、素性を明かしたほうがいいと判断したようだ。

「うっ、……ああ、でも、自分のことだと上手く話せる自信がないから。エルムス、途中まででもお願いできるかな」

 ホーエルは観念の臍を固めるが、折衷案を提示する。
 やはり気は乗らないようだ。

「了解した。先ずは、ナードさん。周期浅い、私たちの強さが気になっているのではないか?」

 エルムスは皆を見回してから、ナードに尋ねた。

「引率者を申し出た、理由の一つがそれだ。始めは『侍従長のお気に入り』ということで気になっていたが、こうして接してみて、君たち個人に、強さだけでなく他のことも、興味が湧いてきた」

 ナードはエルムスの問いに、正直に答える。

「予測済みだろうが、私たちは国の中枢にいた者の子弟だ。ただ、私たちがいたクラスニールは貧しい国で、一人何役も熟していた。例えばホーエルの、ザックの一族は、元々は庭師で、道具の手入れなどを行うようになり、財務を担当する者が子を生さずに亡くなったあとは、それもザックが担当するようになった」

 エルムスはゆっくりと頷くホーエルを見てから、話を続ける。

「クラスニールに仕える者は、全員が兵士であり冒険者でもあった。国内の魔物は、自分たちで討伐した。『五』、或いは『五色』。五人の指揮官と五十人の戦士、そして五百人の兵士。それがクラスニールを護っていた力。とはいえ、祖父の時代以降、クラスニールを攻める国はなかったから、魔物討伐が主だった」

 エルムスは再び話し始めようとしたところで、コルクスに割り込まれる。

「おーい、エルムスー。そんな詳しく話す必要あんのかー? ホーエルの話だろー?」

 コルクスは明後日の方向に向かって話し掛けた。
 エルムスはばつが悪そうな顔になる。

「まぁ、いいんじゃないかな。ここまで話してしまったし。メイムの親父さんが、適性のありそうな者を、五人の指揮官の候補として鍛錬したんだけどね」

 ホーエルは皆に、自身を含めた指揮官候補に視線を向けた。

「まー、あれだ、俺以外は皆、魔力を纏える。弓がーー魔弓があれば、俺ももーちっと役立てるんだけどな。……国を出てくんときのごたごたで、相棒を置いてきちまった」

 コルクスは想見した魔弓を構える動作をする。
 ミャンはコルクスの視線に射抜かれて、僕の後ろに隠れた。
 ミャンは僕の頭に、自身の頭をぐりぐりと擦り付けてくる。
 ラカールラカを真似ているようだ。
 僕はミャンをそのままに、エルムスを促す。

「クラスニール国と竜の国は、少し似たところがあった。他国との付き合いから、爵位や領土を決めたが、私たちはそういったものには頓着していなかった。一応言っておくと、私のエイルハーンが侯爵で、メイムが伯爵。ラヴェンナが子爵で、ザックが男爵だった。ーーそして、ザックの男爵領の隣が、ランデルの辺境伯だ」

 エルムスは一度、言葉を切ってから本題に入る。

「辺境伯には、娘が居た。名を、ライム・ランデル。ホーエルの七つ下で、誕生日はライルとワーシュの間だ。ザックとランデルは家族ぐるみの付き合いをしており、ライムは子供の頃に、『ホーエルのお嫁さんになる!』と宣言した。細かいことを省略すると、十六になってもホーエルを慕っていたなら結婚を許すーーということになった。ワーシュ、ライムが十五歳になったときの、クラスニールの枢要が集まった席でのことを覚えているだろう?」

 エルムスはわかり易さを優先して、ワーシュを指名した。
 ワーシュは待っていましたとばかりに立ち上がって、ホーエルに指を突き付ける。

「『ホーエル! あと一周期よ! 竜を洗って待っていてくださいな!』」

 ワーシュはあのときのライムと同じく、得意満面の笑みを浮かべた。
 ホーエルはあのときと異なって、薄く笑みを浮かべる。
 ミャンは好奇心丸出し。
 リャナはホーエルの姿を見て、神妙な態度になる。
 この先を予想してしまったのだろう。

「この、直ぐ後だった。辺境伯領で、魔石の鉱床が発見された。ーー私たちが、ここに居ることからもわかる通り、ランデルはクラスニールを牛耳ることになる。こちらも細かいことは省くが、魔石の存在ーー権益は非常に危険なものだった。結論から言うと、ランデルはこの危機を乗り切った。隣国の王子と娘の縁談を纏めることでーー」

 エルムスは事のあらましを語り終える。
 感情が昂らないように、努めて冷静さを装ったようだ。

「ふぬぬ? ホーエルは何故、悪の権化たる王子からライムとやらを掻っ攫わなかったのだ?」

 ミャンは納得がいかないのか、ホーエルに率直に尋ねた。
 リャナは驚いてミャンを止めようとするが、ホーエルが先に話し始める。

「はは、幾つか誤解があるかな。先ずライムの父親であるヘイムさんは、実直でとてもいい人だったよ。ちょっと、娘が好き過ぎるという、困った一面もあったけど。ーーたぶん、ヘイムさんもどうしたらいいか、わからなかったんじゃないかな。魔石と、少しの野心。その向かう先はきっと、彼の望む場所じゃなかったと思う。あと、王子は悪どころか、良い噂しか聞かないような方だったね。王子は魔石が発見される以前からライムに求婚していて、ライムはすげなくあしらって竜でも動かないって感じだったから、王子から決闘を挑まれたこともあったね」

 ホーエルはエルムス同様に、感情を交えずに語る。
 まだ心の整理は付いていないようだ。

「あれはね~、何とも見所がない勝負だったよ~。王子を傷付けたら不味いからってね~、ホーエルはすべての攻撃をね~、大盾じゃなくて魔力を纏った両手で防いでみせちゃったのよね~。あれね~、酷いよね~、逆に王子のプライドずったずた~、ずったずた~、ずった~ずった~」

 ワーシュは決闘の場面を楽し気に話す。
 ワーシュは気が乗ったのか歌い始めて、コルクスに止められる。

「ホーエルなりの気配りだったのだろうが、王子からすれば、きっかりと倒して欲しかったはず。王子が良い意味で勘違いをしてくれたから良かったものの、下手したら外交問題になっていたかもしれない」

 エルムスは殊更に、ホーエルを責め立てる。
 場の空気を換えようとしたようだ。

「んっん~? そーいえば、リシェさんとストーフグレフ王も似たよーな勝負だったみたいね~。そーいえば、じゃなくて、竜言えば、カイの旦那が前に『大陸三強』とか言ってたけど~、ストーフグレフ王と、もー一人ってコウちゃんなのかな~?」

 ワーシュはナードの次に食事を終えて、まったりとしながら尋ねる。
 ナードは水を飲もうとしたワーシュに、樹液の入った瓶を渡した。

「いや、魔法使いの強さというのは良くわからないから、三強には入れていない。侍従長の噂が出回ってから、頂点の一角にストーフグレフ王。右の一角にドゥールナル卿、左の一角に侍従長ーーだったのだが最近、変動があった」

 ナードはワーシュから瓶を受け取ってから、瓶を中央に置いた。
 皆は瓶を回して、竜水を試す。

「ほ? 変動って何かあったっけ? リシェさん以外に噂の流布ルンルンで、邪竜な新星って居たっけ?」

 ワーシュはもう一滴、樹液を容器に垂らした。
 甘味が足りないようだ。

「噂の範疇を、未だ出ないのだが。名は、広まってきている。その者の名は、ーースタイナーベルツ。ストーフグレフ王と侍従長が共闘して戦い、互角以上だったという話だ」

 ナードは真剣な表情で話す。
 リシェよりも強い相手の力量を想像出来ないようだ。

「ストーフグレフ王と侍従長。駆け付けたドゥールナル卿と竜騎士団の団長。更にサーミスール王と竜の国の宰相が加勢し、漸く取り押さえることに成功したらしい」

 ナードは闘気を隠すように、竜水を一気に飲み干す。

「それゆけそれゆけ雷竜水竜? それって、『人化』した竜じゃないの?」

 ワーシュは更に二滴、樹液を容器に垂らした。
 ホーエルはワーシュに経験を積ませることを選択する。
 ワーシュは竜水を飲んで、顔を顰める。
 甘過ぎて、くどくなったようだ。

「どうだろう? 竜であれば、『人化』していようとも人が敵う相手ではないように思える。ただ、リシェ殿を見ていると、その辺りの境界があやふやになるが」

 エルムスは話を締め括ろうとする。
 リャナはおずおずと話し始める。

「一巡り前のことですが、仕事中にファタ様が話し掛けてきました。剣での闘いでドゥールナル卿は、ヴァレイスナ様に勝利したようです。侍従長はラカールラカ様を前後不覚に、百竜様とは相打ちだったそうです。ーー更に話し掛けてくるので、振り返り文句を言おうとしたところで、……蛻の殻、逃げられてしまいました」

 リャナは当時のことを思い出したのか、食べる速度が増した。
 ミャンはしっかりと噛んで食べている。

「『ゆっくりじっくり噛んで食べろ』と『魔女』の掟っ、其の五にあるのだ!」

 ミャンは視線が集まったことに気付いて、口の中の物を飛ばしながら説明する。
 食べながら喋ってはならない、という掟はないらしい。
 ナードはミャンとリャナを見て、少し迷ってから尋ねた。
 マホフーフが言っていた「強そうな男性」とは、ナードのことだったようだ。

「子供の頃は魔力が安定しないはずだが、ダニステイルはそうではないのか? ああ、勿論、答えられないのであれば答えなくて良い」

 ナードは周期が上の魔法使いである、ワーシュにも視線を向ける。
 リャナは丁度、食べ終えたのでワーシュに向かって軽く頷いた。
 皆が自身のことを語ったので、ダニステイルについて話すようだ。

「ダニステイルの子が幼い頃から魔法を学べる秘訣は、幾つかあるのですが、その一つが杖です。ミャンの御父上は杖製作の職人ですが、子供向けの杖を作る名人として知られています」

 リャナは食べ終えたミャンの口を布で拭く。
 ミャンは背後に置いておいた、飾り気のない杖を取った。

「な~るなる。子供の魔力に合わせた、専用の杖を作るってわけね。確かにねぇ、それは個人の魔法使いじゃ、思い付いても実行は難しそーねぇ」

 ワーシュは納得しつつも、難しい表情になる。
 子供の魔力に対応するのは、技術的に難しいようだ。

「ミャンの杖は、御父上の新作なの? それにしては、見栄えがしないというか、何というか……」

 リャナはミャンの杖を見て、怪訝な表情になる。
 魔法使いから見ても、パッとしないようだ。
 ミャンは珍しく、沈んだ表情で肩を落としながら話し始めた。

「運が悪かったのだ。『魔女』を継ぐには、最高の杖が必要だから貰ったのだ。それで家に帰ったら、父ちゃん新作の杖持って、ーー母ちゃん御馳走作ってて……。父ちゃん泣きながら杖を叩き折って、母ちゃん泣きながら喜んで。あとは、『魔女』に見合う剣が必要なのだ」

 ミャンは要領を得ないことを言う。
 自身の思いを言葉にするのは苦手らしい。

「ミャン。最高の杖、ということは、その杖は『魔法王の杖』?」

 僕はこの話の鍵となる「杖」について尋ねた。

「ぼっ? ひゃ、百万ポイントの……?」

 ワーシュは驚きが過ぎたのか、仔炎竜が「星降」を食らったような顔になる。

「ちょっ、ちょちょちょちょっ、ちょっと貸しなさいっ、ミャン!?」

 リャナは動転して、ミャンから杖を奪い取った。
 リャナは杖を詳細に調べていく。

「……これは、ヤバいものです。触れてみて、初めて気付きました。これは、とんでもない宝杖、竜物です。……ミャン、『魔法王の杖これ』、使い熟せていないでしょう? 悪いことは言わないから、御父上の新作ーーは、折ってしまったとなるとーー」

 リャナは冷や汗を掻きながら杖の扱いに困っていると、ミャンに杖を奪い返される。

「そんなことないのだ! ときどきっ、いい感じになることもあるのだ!!」

 ミャンは立ち上がって、杖を構えてポーズを取る。
 強がりではなく、何度か杖を使い熟せたことがあるようだ。

「これで休憩終了でもいいんだけどね。あとで困ったことにならないように、ライルに聞いておきたいことがあるんだけど。ーーサクラニル様に逢ったって、本当のことなのかな?」

 ホーエルは僕と、それからリャナに視線を向けた。
 コルクスから話を聞いていたのだろう。
 ミャンとナードは半信半疑。

「竜に匹敵する何かでありながら、竜ではなかった。当人、ではなく、当神がサクラニルだと名乗ったが、それを確かめる術は僕にはない。僕がサクラニルを見ることが出来たというだけで、サクラニルの目的は別にある。竜の国とストーフグレフ国に、それぞれ野暮用があると言っていた」

 僕は「血脈」や「半神」については、サクラニル個神のことなので黙することにした。

「竜の次は神様か~、ほんと竜の国に来てから色々あるわねぇ。ーーそれでそれでっ! サクラニル様は可愛かった!? それとも綺麗だった!? エルシュテルと並ぶっ、双璧の女神なのよね!!」

 ワーシュは僕ではなく、リャナに詰め寄った。
 そちら方面では、僕は役立たないと判断したようだ。

「いえ、あたしは、サクラニル様の御姿を見ることは敵いませんでした。サクラニル様の御厚意で、御声を聞こえるようにして頂けたのですが、ーー魔力とは異なる温かいものが籠もったような、不思議な声音でした」

 リャナは説明してから、僕を見た。

「遥かな周期を感じさせる、神々しさがあった。少年神かと思ったら、少女神だった。サクラニルは胸を強調させてみせたが、たいらだったから詐称の可能性がある。あと、エルシュテルは老婆の姿をしていると言っていた」

 僕はサクラニルの姿を思い出しながら述懐した。

「うーわっ、エルシュテルが老婆って、それ、絶っ対、信徒には言うなよ」

 コルクスは逆立ちした竜を見たような顔で忠告する。
 コルクス自身、少なくない衝撃を受けているようだ。

「手遅れ」

 僕は頭を左右に振ってから、ナードを見た。

「……いや大丈夫だ。少年の頃に教会にある像のあの清廉な美しい御姿に見惚れてしまったとかそういう甘酸っぱい思い出のようなものもあるが真実を知ったところで信仰心が揺らぐことなど侍従長が逆立ちして邪竜が笑うほどにも存在しない」

 ナードは話しながら震えていた。
 言葉とは裏腹に、大丈夫ではないらしい。
 リャナは疑問符を付けた顔で僕を見た。

「もし詐称なら、サクラニルの相手は男ではなく女ということになる。神が子を生すよりは現実的かもしれない」

 僕は追加で推測を話すことにした。
 リャナは何故か、猛炎を宿して固まった。
 神が嘘を吐くこともあると、思い至ってしまったようだ。
 皆は何故か、極寒を宿して僕を見た。

「今日は初回であるし、ワーシュとシィリさんの魔力残量に鑑み、ここまでとしたほうが良いだろう」

 エルムスは皆に提案した。
 ナードを現実に引き戻すことを狙ってのようだ。

「ふぬぬ! 我を魔力っかす扱いするななのだ! 我に相応しき強敵が現れる予定なのでっ、皆で我を援護するんだぞ!!」

 ミャンは杖を振り回して、ポーズを決めた。
 魔力が有り余っているらしい。
 皆は協力して片付けを終えて、岩から下りていく。

「皆に問題がなければ、十一階層の始めで終わりにしよう。防御陣形で、ミャンが魔法を放つまで支援しよう」

 僕は皆が言わなかったので、言うことにする。
 リャナは表情を明るくする。
 皆の負担を考慮して、提案するのを控えていたらしい。

「さすがライル! 我が篭絡対象なり! この感謝の気持ちをっ、我はどうしたらいい!? 胸揉むか! 接吻するか!」

 ミャンは自身の胸を揉みながら、唇を突き出した。
 先程のサクラニルの話を参考にしたようだ。

「落ち着きなさい。『魔女』の掟に、『常に冷静さを失わない』があったでしょう?」

 リャナは魔法を使おうとして、手を下ろした。
 ミャンの為に、魔力は残しておいたほうがいいと判断したのだろう。

「ふひゃひゃ~、ほひゃひゃ~、やひゃひゃ~」

 ミャンは僕に肩を揉まれて、気持ち良さげな声を出す。
 肩から力が抜けて、多少は緊張が解れたようだ。
 ワーシュは物欲しそうな顔をしていたリャナの肩を揉む。
 ホーエルはワーシュの肩を強目に揉んで、肩揉みを止めさせた。
 皆は猪の魔物の、素材の回収を諦めて階層の最奥まで歩いていく。
 行き止まりだが、風の流れがある。

「階層には、東と西の二つがあるんだよね? この先には西の洞窟があるのかな?」

 ホーエルは前方の壁を見ながら、ナードに尋ねた。

「いや、西の洞窟は逆側になる。日によって変わるから、東西どちらに挑むか、きちんと確認しておいたほうが良い」

 ナードは振り返って、来た道を指差す。
 方角を察してのことではなく、知識と経験から語ったようだ。

「階層の反対側の魔物が、魔物を食べ食べして処理してくれてるのよね~。あとはミニレムちゃんたちがお掃除~。通風孔とか壁を強化してる魔法とか、コウちゃん凄いわ~。『隠蔽』とかそんな水準じゃない魔法が使われてるみたいね~」

 ワーシュは興味津々、周囲の魔力を探る。
 ワーシュでもわからないくらいの、「規格外」の魔法が使われているようだ。

「ここが十階層の登録の場所だ。十階層からは、昇降箱がある。一気に目的の階層まで潜ることが出来る。噂ではミニレムたちが引っ張っていると言われていたりもするが、実際には魔工技術が使われているのだろう」

 ナードは岩の中の、正方形の空間を指し示した。
 短い通路の先に、光沢のある「箱」がある。
 皆は円柱の頭頂部の平らな面に手を当てて、登録を済ませる。
 ワーシュは「箱」にミニレムが居ないか、確認しに入っていく。

「十一階層に下りる階段は、これまでのと違うよーだな。洞窟がでかくなったから、その分、長くなったってわけか」

 コルクスは先行して、階段に向かった。
 問題はないだろうが、油断は禁物ということだろう。
 やや不気味な、螺旋状の階段。
 コルクスは僕を見て、「光」の魔法の行使を要求してくる。
 僕は歩き出そうとしたところで、戻ってくるようにコルクスに合図する。
 勘違いではないくらいに、洞窟が揺れる。

「地震ーーではないようだが。皆、昇降箱の前に」

 エルムスは周囲を確認しながら、皆に指示を出す。

「このような揺れは初めてだが、『魔法王』の魔法があるから問題ないだろう。とはいえ、あとで『雷守』に報告ーーは、お願いする」

 ナードは話の途中でリャナに気付いて、ファタへの報告を任せた。

「はい。了承しま……?」

 リャナは周囲を警戒しつつ、頷こうとしたところで行き止まりの壁を見た。
 漏れ出した魔力を、逸早く察知したようだ。

「ホーエルの背後へ!」

 エルムスは率先して、ホーエルの背後に移動した。
 直後に、壁が崩れてエルムスの声を呑み込む。

「『牛頭人身ミノタウロス』!? 十回層に、何故!」

 ナードは機敏な動作でホーエルの横に移動して、留め金を外して両手剣を構える。
 戦士としての本能が発揮されてしまったようだ。
 武器を持った、十体のミノタウロス。
 人の倍ほどの背丈に、強靭な四肢。
 ミノタウロスたちは僕たちを敵と認識する。
 通常とは様相が異なって、狂気を宿している。

「ホーエルはそのまま。ナード、『仔炎竜セット』の準備。ーーリャナ」

 僕はホーエルとナードの間に立ってから、選択をリャナに委ねる。
 リャナはミノタウロスから僕に視線を移して、しっかと頷いた。
 冷静に状況判断が出来ているようだ。

「メイムさん! 『結界』でミノタウロスを止められますか!」

 リャナは僕の横に並んで、背後のワーシュに確認する。

「『障壁』!!」

 ワーシュは間髪入れず、魔法を展開する。
 「結界」とは異なる、厚みのある透明な壁。

「魔力の消費が激し過ぎるから、そんなに持たないよ~。ちゃっちゃとっちゃってね~」

 ワーシュは殺到するミノタウロスを見ながら、ミャンに視線を向けた。
 ミャンは魔力を纏って、歩き始めていた。
 竜の領域に入っているのか、ワーシュの声は届いていないようだ。

「ミャン! 魔の限りを尽くしなさい!」

 リャナは掌を上に向けて、魔法を行使する。
 足場を作ったようだ。
 ミャンはリャナが作った魔力場に足を乗せて、階段を上がるように中空に向かっていく。

「うわ……、あれがポンの本気の魔力なのかよ……」

 コルクスは溢れ出る、ミャンの魔力に驚愕する。
 ワーシュを軽々と超える魔力量に、今まで気付けなかったようだ。
 ミャンは杖を浮かばせて、両手で聖語を描いていく。
 ミャンは歌うように聖語を唱えた。


   乙女は命を捧げました
   土塊つちくれに魂を吹き込みました
   天に届くことのない彼らの希求
   天を塞ぐ場所で乙女は祈りました
   真っ暗で言葉の行く先も見当たりません
   乙女にはたった一つだけ悔いがありました
   天に響くことはない彼らの羨望
   天を見続けた乙女は最後まで踏み締めました
   乙女は魂を捧げました
   天に舞い続ける彼らの残滓
   乙女は識っていました
   天を紡ぐ場所で乙女は涙を流しました
   土塊から生まれた命は土塊に還りました


 リャナは魔力操作を継続しながら、ワーシュに視線を送る。
 ワーシュは限界の一歩手前で、魔法を解法する。
 ミャンは光衣のような聖語を纏いながら、普段とは異なる悲しみを宿した顔で術名を言祝ぐ。

「ーー『土界ちかい』」

 ミャンは両手を天に、聖語を胸に抱く。
 共にミャンも、誓いを立てたようだ。
 皆は轟音と共に現れた壁に、竜ほど驚く。

「ほびーっ!? こ…広域殲滅型魔法……?」

 ワーシュは目の前の現実に、目をパチクリさせる。
 リャナは僕を見ずに、僕の背中を軽く押した。

「もきゃ~っ!?」

 ミャンは悲鳴を上げながら落ちてくる。
 竜の領域から脱して、状況を把握出来ていないらしい。
 僕は魔力を纏って、ミャンを受け留める。
 魔力が途絶えたのか、天と地から跳ね上がった大地が崩れていく。
 行き止まりだった壁の先に、通路が続いている。

「……凄まじい、魔法だ。地面と天井でミノタウロスを圧し潰してしまうとは。ーーあれでは、原形を留めてはいまい。若しや、ポンの魔法は『魔法王』に匹敵するのか?」

 ナードは眼前の魔法の威力に驚いて、錯誤を起こす。
 比べる対象が間違っていることに気付けないようだ。
 僕はミャンが頭を左右に振って催促していたので、頭を撫でて褒めてあげる。

「えっと、ミャンとフィア様では、人の赤子と竜くらいの差があります。いえ、たぶん、もっとーー。フィア様や侍従長は見上げることさえ出来ないくらい、高みにあると思います」

 リャナは僕とミャンを見ながら、若干不機嫌そうに説明する。
 ミャンをあまり甘やかすべきではないと、示唆しているようだ。

「そこら辺の考察や詮索はあとにしよう。ーーナード殿。今すぐ退避し、報告を優先するのか、未知の領域である部分をある程度、探索してから戻るのか。指示を頼む」

 エルムスは選択を先達であるナードに委ねた。
 本心では、この先を探索したいようだ。
 皆はエルムス同様に、好奇心を隠せていない。

「はぁ、仕方がないな。では、二手に分ける。魔力の残量が少ない、魔法使いの三人はーー」

 ナードは指示しようとしたところで、ミャンに遮られる。

「ふぉっふぉっふぉっ、我の魔力は有頂天竜! がっつり残ってるんだぞ!!」

 ミャンは自身の言葉を証明するように、魔力を放ってみせた。
 ナードはミャンを無視して、リャナに視線を向ける。

「あたしの感覚では、ミャンの魔力は底無しです。これまでミャンは、減魔症の兆候さえ見せたことがありません。恐らく、フィア様か纏め役が対策を施していると思いますがーー。ただ、それとは関係なく、連れていかないほうが良いでしょう」

 リャナはきっぱりと断言した。
 皆はリャナの考えに賛同した。

「リャナよ!? 何故にっ、我を応援しないのだ!? いーやーだーっ、いーやーなーのーだーっっ!!」

 ミャンは僕の首に腕を回して、竜でも離れない体。
 僕の助勢を期待しているらしい。
 僕はナードを見た。
 ナードはエルムスを見てから、ホーエルにも視線を向けた。
 リャナとワーシュ以外に、周期が上の者が必要だと判断したようだ。

「……仕方がない。ホーエルは必要だ。私が報告と封鎖などの手続きを、シィリさんと共に行うとしよう」

 エルムスはホーエルを見てから、渋々と折れる。
 エルムスはリャナとワーシュを促して、昇降箱に向かう。
 僕はミャンがもぞもぞと動くので、リシェを真似てミャンを固定する。
 ワーシュは「箱」から飛び出そうとしていた、リャナを止めていた。
 「箱」の前に壁が出現する。
 小さな駆動音。

「ってわけで、俺が調べながら進むから、直ぐあとをホーエル、頼む。カイの旦那は、『みー様セット』の準備を、よろ。ライルはもーちょい、ポンを躾けてくれ」

 コルクスは崩れた「地界」の残骸を確認しながら進んでいく。
 退路の確保も、並行して行っているようだ。
 僕は最後尾から、反発しようとしたミャンを宥める。

「さーてと。カイの旦那は、ミノタウロス何匹までならいける?」

 コルクスは残骸を越えてから、先頭をホーエルと交代した。

「三十階層で一体を倒した。三十八階層で二体に遭遇し、魔力が少なく逃走した。二体なら受け持つ。三体は無理だ」

 ナードは答えてから僕を見た。
 ホーエルは一度止まってから、振り返って僕を見た。

「五体で退こう。昇降箱の前まで退いたあと、余裕がありそうならミャンの魔法に頼る」

 僕は指針を示す。
 ミャンは杖を構えて、納得の表情。
 ナードは僕を見て、軽く頷く。
 非常時には、ミャンを抱えて逃げる役目を買ってくれるようだ。

「コルクス、どう?」

 ホーエルは五十歩進んでから、緊張を解すようにコルクスに尋ねる。
 何もないことが逆に、違和感を生じさせているようだ。

「……この音は。有り得ねぇとは思うんだが、開けた空間ーー崖かなんかがあるんじゃねぇかと思うんだが」

 コルクスは自身の感覚に自信が持てないのか、「思うんだが」を繰り返した。
 迷宮とは異なる、起伏のある天然の洞窟。
 皆はコルクスの邪魔にならないように、無言で進む。
 コルクスはホーエルの肩に手を置いて、一時停止させる。

「そーいえば、『探査』の魔法ってのがあったな。ポン、使えねぇのか?」

 コルクスは望み薄といった声で、ミャンに尋ねた。
 もしミャンが使えるのなら当然、出しゃばっていただろうと判断したようだ。

「わ、我の苦手な分野なのだ。『魔女』は苦手な魔法はなかったから、いずれ使えるようになるはずなのだ」

 ミャンは気弱さを誤魔化すように、コルクスに勢いよく指を突き付ける。
 魔力量が影響しているのか、魔力操作は苦手なようだ。

「そろそろ、だな」

 コルクスは前方を見ながら、ナードに合図した。
 空間の広がりを、鋭敏に感じ取ったようだ。
 光と闇の境目。
 魔力を感じさせる風が、肌を刺激する。
 ナードは三つの「光球」の魔法球の内、二つを先行させる。

「コルクスが言ったように、崖みたいになってるね。どれだけ広いのか、向こう側の壁が見えないけどーー」

 ホーエルは魔法球の先を見ながら、コルクスの準備が整うのを待つ。
 コルクスは自身にロープを巻いて、残りをホーエルに渡す。
 僕は何かしたくてうずうずしていたミャンの横に並んで、肩を寄せる。
 ミャンは杖を抱き締めて、大人しくなった。
 僕の真意が伝わったようだ。
 コルクスは一つ頷いてから、慎重に歩を進めたーー刹那。

 ……、……。
 ……、……。
 ……、……。
 ……、……。
 ……、……。
 ……、……。
 ……、……。
 ……、……。
 ……、……。

「ホーエル! 『氷翼』を全力で展開!」


   …………、…………。
   …………、…………。
   …………、…………。
   …………、…………。
   …………、…………。
   …………、…………。
   …………、…………。
   …………、…………。
   …………、…………。
   …………、…………。
   …………、…………。
   …………、…………。
   …………、…………。


 透明せかいは、終末を奏でるように解けた。

「にゃぬ!? 杖が!!」
「ナードさん!」
「くっ、駄目だ! 退くぞ!!」

 「氷翼」は、炎竜の息吹を食らった薄氷のように儚く散っていく。
 僕たちの前で、魔力の奔流を防ぐ「魔法王の杖」。
 それでも尚、魂を穿つ、圧倒的な魔の気配。

「……………………。……………………」

 引き攣れるような何かを残して、僕は皆と共に引き返したのだった。
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