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第5話

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一週間後、ついにその日が訪れた。

朝早くから、私は落ち着かない様子で館の中を歩き回っていた。窓から外を見ては、エドワードの姿を探す。秋の澄んだ空気が、私の緊張を更に高めているようだった。

そして、昼過ぎ。遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。

私の心臓が激しく鼓動を打つ。窓から覗くと、確かにエドワードの姿が見えた。彼は一人で馬に乗ってやってきた。

館の前で馬から降りたエドワードは、しばらく立ち尽くしていた。そして、ゆっくりと館の方を向いた。

「クラリス様」

彼の声が、静かな空気を震わせた。

私は深呼吸をし、ゆっくりと玄関に向かった。ドアを開け、エドワードと向き合う。

「エドワード様⋯⋯」

私の声は震えていた。エドワードは微笑み、一歩前に出ようとしたが、すぐに立ち止まった。約束を守っているのだ。

「クラリス様、お会いできて本当に嬉しいです」

彼の声には、温かみがあった。しかし、その声音には微かな苦痛の色も混じっているように感じられた。

「私も⋯⋯嬉しいです」

私は言葉を詰まらせながら答えた。

私たちは庭に出て、距離を保ちながら向かい合って座った。秋の風が私たちの間を吹き抜けていく。

「クラリス様、半年間、毎日あなたのことを考えていました」

エドワードが静かに語り始めた。

「そして、ついに⋯⋯呪いを解く可能性を見つけたのです」

「本当に⋯⋯それで呪いが解けるのでしょうか?」

「信じています。必ず、あなたを自由にしてみせます」

しかし、彼はその方法については詳しく語ろうとしなかった。代わりに、彼は私との時間を大切にしたいと言った。

そして、私たちの新たな日々が始まった。エドワードは毎日館を訪れ、私たちは距離を保ちながら語り合った。

彼は自分の幼少期の思い出を語り、私は城での生活について話した。互いの好きなものや嫌いなもの、夢や恐れについて打ち明け合った。

しかし、日が経つにつれ、私は不安を感じるようになった。エドワードの顔色が日に日に悪くなっていくのだ⋯⋯。

日々が過ぎるにつれ、エドワードの様子が気になり始めた。彼の顔色は日に日に悪くなり、時折咳き込む姿も目にするようになった。しかし、彼は私の心配を打ち消すように笑うばかりだった。

「大丈夫です、クラリス様。少し疲れているだけです」

そう言いながらも、彼の目には決意の色が強く宿っていた。私は不安を感じつつも、彼を信じようとした。

ある日、エドワードは苦しそうに咳き込みながら言った。

「クラリス様、私はあなたを愛しています。この思いは、きっと呪いを解く力になるはずです」

その言葉に、私の心は激しく揺れ動いた。喜びと恐れが入り混じる。

「エドワード様⋯⋯」

私は言葉につまった。

「私も⋯⋯あなたのことを⋯⋯」

しかし、その言葉を最後まで言うことはできなかった。エドワードの体調が急激に悪化したのだ。

「クラリス様、もう時間がありません。呪いを解く方法⋯⋯それは⋯⋯」

彼は言葉を詰まらせ、私に近づこうとした。

「だめ!」

私は叫んだ。

「これ以上近づかないで!あなたの命が危ないわ!」

エドワードは立ち止まったが、決意の色は消えなかった。

「クラリス様、私の命など惜しくありません。あなたの呪いを解くことができるなら⋯⋯」

涙が頬を伝う。

「お願い、エドワード様。もうやめて。私のせいで、あなたまで⋯⋯」

しかし、エドワードは聞く耳を持たなかった。彼は最後の力を振り絞り、私に向かって歩み寄った。

「クラリス様、あなたを愛しています。この愛が、すべてを⋯⋯」

そう言いかけた彼の体が、突然崩れ落ちた。

「エドワード様!」

私は彼の元へ駆け寄った。もう呪いのことなど気にしていられなかった。

エドワードを抱きかかえると、彼は弱々しく目を開けた。

「クラリス様⋯⋯私の愛は本物でした。この愛が、あなたの呪いを解きますように⋯⋯」

そう言って、彼は静かに目を閉じた。

その瞬間、不思議な光が私たちを包み込んだ。温かく、優しい光。それは私の体中を巡り、長年感じていた重圧が消えていくのを感じた。

光が消えると、エドワードの体が私の腕の中で静かに冷たくなっていった。

呪いは解けた。しかし、その代償があまりにも大きかった。

私は深い悲しみに打ちひしがれながら、エドワードの冷たくなった体を抱きしめた。彼の愛と犠牲によって、私は自由になった。しかし、その自由は深い悲しみと後悔を伴うものだった。

これからの人生、私はエドワードの思いを胸に刻みながら生きていくことを決意した。彼の愛と犠牲を無駄にしないために。

そして、私の心には永遠に癒えることのない傷が残った。エドワードの愛は確かに呪いを解いた。だが同時に、私の心に新たな呪いをもたらしたのだ。永遠に続く、失った愛への思いという呪いを。
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