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第5章 家族

5-2 迷い

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エリーナは窓辺に立ち、リュシアンの屋敷から見える王都の景色を眺めていた。

朝日が建物の屋根を金色に染め、街全体が活気に満ちていく様子は、彼女の心を温かく包み込んだ。しかし、その穏やかな表情の奥には、複雑な思いが潜んでいた。

つい先日の大戦で、彼女は死の淵をさまよった。あの時の記憶は、まるで遠い夢のようでありながら、鮮明に脳裏に焼き付いていた。

エリーナは深く息を吐き出した。あの日から、彼女の生活は大きく変わった。英雄として称えられ、王国の重要人物として扱われるようになった。リュシアンとの関係も深まり、二人の婚約も噂されるようになっていた。

しかし、その華やかな表面の下で、新たな不安が芽生えていた。昨日、思いがけない手紙が届いたのだ。

エリーナは机の上に置かれた封筒を見つめた。差出人の名前はなかったが、レイヴン家の紋章が押されていた。

封すると、中から一枚の紙切れが出てきた。そこには、母カタリナの筆跡で短い文章が書かれていた。

「エリーナ、気をつけて。家族があなたを利用しようとしています ――カタリナ」

この手紙を読んだとき、エリーナの心は複雑な感情で満たされた。かつて自分を冷遇し、無視し続けた母。彼女の真実の心は聞いたけれど、だからと言って許せるわけでもない。

エリーナは椅子に座り、手紙を見つめながら考え込んだ。エリーナにとって家族とは既に区切りをつけているつもりだった。だが、まさか母からこのような形で連絡が来るとは思っていなかった。

そんな彼女の思考を、ドアをノックする音が遮った。

「エリーナ様、お客様がいらっしゃいました」

侍女の声に、エリーナは我に返った。

「わかりました。すぐに行きます」

エリーナは深呼吸をし、鏡の前で自分の姿を整えた。英雄として、そして王国の重要人物として、常に冷静さと威厳を保たなければならない。しかし、その仮面の下で、彼女の心は不安と緊張で揺れていた。

応接室のドアを開けると、そこには思いがけない人物が立っていた。

「久しぶりだな、エリーナ」

ヴィクター・レイヴン。エリーナの兄であり、かつて彼女をいじめ抜いた張本人だった。彼は優雅な笑みを浮かべ、まるで何事もなかったかのようにエリーナに近づいてきた。

エリーナは瞬時に表情を引き締め、冷静を装った。

「ヴィクターお兄様。まさかあなたが来るとは思いませんでした」

ヴィクターは軽く頭を下げ、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「エリーナ、まずは謝らせてくれ。過去の私の行動は、本当に許されるものではなかった」

その言葉に、エリーナは一瞬驚きを隠せなかった。かつて高慢で冷酷だった兄が、まさか謝罪をするとは。しかし、カタリナの手紙を思い出し、警戒心を解くことはなかった。

「何の用件でしょうか」

エリーナの冷たい口調に、ヴィクターは少し表情を曇らせた。しかし、すぐに取り繕い、柔らかな声で話し始めた。

「エリーナ、私たち家族は過ちを犯した。お前を冷遇し、お前の才能を理解できなかった。しかし今、お前の偉大さを知り、心から和解を望んでいる」

ヴィクターは一歩近づき、真剣な眼差しでエリーナを見つめた。

「家族として、もう一度やり直させてくれないか」

その言葉に、エリーナの心の中で様々な感情が交錯した。かつての虐待の記憶、家族に愛されたかった願望、和解を望むひとかけらの気持ち。しかし、もう彼女の心は家族とは決別していた。

エリーナは深く息を吐き、毅然とした態度でヴィクターを見つめ返した。

「ヴィクターお兄様、あなたの言葉は心に留めておきます。しかし、過去は簡単に消せるものではありません。信頼は、時間をかけて築くものです」

ヴィクターは一瞬、焦りの色を見せたが、すぐに取り繕った。

「もちろんだ、エリーナ。私たちは時間をかけてでも、お前の信頼を取り戻したい」

彼は懐から一通の封筒を取り出した。

「これは父からの手紙だ。父も心から謝罪し、和解を望んでいる」

エリーナは慎重に封筒を受け取った。その重みが、彼女の心に重くのしかかった。

「読ませていただきます。ですが、すぐに返事はできません」

「わかった。私たちは待つ。お前の決断を」

そう言って、ヴィクターは立ち去ろうとした。しかし、ドアに手をかけたところで振り返り、エリーナに向かって言った。

「エリーナ、お前は今や王国の誇りだ。私たち家族も、お前を誇りに思っている」

その言葉を残し、ヴィクターは部屋を出て行った。

エリーナは窓際に戻り、遠ざかるヴィクターの背中を見つめた。彼の言葉は、本当に心からのものなのだろうか。それとも、母が警告したように、彼女を利用しようとする策略なのだろうか。

封筒を握りしめ、エリーナは深い溜息をついた。
エリーナは父からの手紙を開く前に、リュシアンに相談しようと決意した。彼の冷静な判断と愛情が、今の彼女には必要だった。
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