まだ、言えない

怜虎

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8.Winter song.-吉澤蛍の場合-

ひとりぼっち

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─月海の気持ちが邪魔をする。

このまま身を委ねてしまいたいと。


⋯ 本当にそれは月海の気持ち?

蛍自信が安心したいという欲や、ズルイ考えも混ざっているんじゃないのか?



否定も肯定もせずにいると、雪弥のキスはどんどん深くなっていった。



─ダメだ。

そんな真っ直ぐな気持ちに甘える事は許されない。

ひとりだけ、幸せになろうだなんて思ってはいけないんだ。

優しさに甘んじて、結果軽蔑されるなら最初から一人でいる事を選ぼう。

初めから無かった事にすれば忘れる事も出来る筈だ。



身体を押しのけようと胸元に置いた手は、指先に触れる雪弥のシャツを力一杯掴んでいた。


「蛍⋯?! ごめん、悲しませないなんて言った側からこんな⋯ 」

「あれ?俺何で泣いて⋯ ?
⋯ 違うんだ、ごめん、雪弥。雪弥のせいじゃ無い。ちょっと⋯ 色々考え過ぎた」

「本当に?」

「うん⋯ ごめん、驚かせて」

「良かった」


そう言うと同時に雪弥に抱き寄せられる。

頭の後ろに手を回して、よしよしと撫でるように包み込んだ。


「キスがそんなに嫌だったのかと思った」

「⋯ びっくりはしたけど⋯ そうじゃなくて」


月海と同じ境遇なのに、どうしてこんなにも未来が違う?

選べる道が、進む事の出来る道が。

寧ろ、自分自身の方が恵まれているとさえ感じていたのに。


素直に頷けない事がこんなにも苦しくて、悲しいなんて。

やるせない思いを、いつまで抱き続けなければならないんだろう。


添えられた手があまりにも暖かくて、涙は一向に止まらなかった。

それでも雪弥は “蛍が” 泣き止むまで背中を擦りながら慰めてくれた。


「ありがとう、雪弥⋯ もう大丈夫だから」

「ダメだ。そうやって蛍はいつも笑うけど、大丈夫じゃないってこと解ってるよ。
ひとりで抱え込まないで、俺に話して?」

「⋯⋯⋯ 」


ここで大丈夫だと突っぱねてしまう事が、雪弥を傷つけてしまう事だと解っている。

それでも頷く事が出来ないのは何故なんだろう。

それが自分にとって楽な選択であり、雪弥を喜ばせる事が出来、秋良を苦しめる事になるのも理解出来ているからだろうか。


「蛍、聞いて⋯ やっぱり俺は蛍が好きだ。
今まで他人なんでどうだって良いって思っていたのに、こんな愛おしくて堪らないって思うのは蛍が初めて。
だからお願いだ⋯ 俺を選んで、蛍」


雪弥の真っ直ぐな気持ちは、胸の奥をヒリつかせた。

その真剣な眼差しに耐える事は出来なくて、目を伏せゆっくりと首を降る。


「ダメだよ、雪弥。
そんな風に人を思える雪弥に、俺は不釣り合いだ」

「もうそういうの良いんだって。
そのままの蛍が良いんだ⋯ 秋の事を好きでも構わない」

「雪弥⋯ 気付いてたんだ」

「当たり前だろ。どれだけの間蛍の事見てると思ってるの?」

「⋯ それなら尚更、だめだ」



─苦しい。

こんな話、今すぐ辞めたい。

逃げ出したい。


でも、ダメだ。

それじゃ、いつまでも変わらない。


ハッキリ、言えば良い。

突き放せば良いのに⋯


「蛍⋯ 」

「もう少し⋯⋯ 時間を、ください」



─出来ない。



朝起きたら既に雪弥はいなくて、仕事行ってくるとひと言だけのメモ書きがテーブルに置かれていた。

顔が合わせづらいなんて思っていたから、少しほっとした。


秋良の様子も気になりながら学校にいくと、いつも通り過ぎるくらいいつも通りで、共通の話題を探す。

山口がROOTでバイトをすることになったことを思い出したが、秋良にはまだ黙っていて欲しいと山口から釘を刺されていたため、余裕のない心はその秋良の機嫌に甘える様に何でもない様な1日を過ごした。

家に帰っても雪弥が帰ってきた形跡はなくて、部屋の中はキンと冷えていた。

日が落ちるのも大分早くなり、闇色寄りの夕日のオレンジが微かに差し込む窓にカーテンを引いて、いつもの様に食事や入浴を済ませる。

シンと静かな室内が何となく寂しくて、テレビをつけてから台本を広げた。

思いの外集中して読み進める事が出来たが、集中が切れると寂しさだけが残った。

寂しさから早く逃れたくて、寝室に移動するとベッドに潜り込む。

朝になれば、きっといつかの様に背中から伝わる雪弥の温もりを起き抜けに感じるんだろう。


しかし、予想していたその温もりはどこにもなくて、ひとりでは広過ぎるベッドの上で寝返りを打つと室内を見渡す。



─ああ、独りぼっちだ。



他人事みたいにそう感じた。

そうなる事を選んでいるのは自分なのに、いざその結果に直面すると身動きが取れなくなってしまう。

どうすることも出来ない、喪失感が全ての感覚を鈍らせていった。


結局ベッドから抜け出せたのは家を出る予定の10分前で、重たい体を引きずって最低限の準備だけなんとか終える。

体は鉛みたいに重たいのに頭の中は空っぽで、ただ悲しさと喪失感に支配されていた。


学校で何をしたかも、どうやって帰ってきたかも分からないくらいで、色んな人から大丈夫かと心配するメールやメッセージが入って来ていた事に気付く。

秋良や山口からは着信まで入っていて、心配を掛けてることにやるせない気持ちなった。

それでも返事をする気にはなれなくて、現実から逃げる様に帰ってきたままの制服姿でソファーに横になると大きな溜め息を吐いた。


どれくらいの時間が経ったのか分からない。

分かるのは、ただ長くて辛い時間である事だけ。

数え切れないくらいの溜め息とカチコチと部屋中に響く針音に耳を塞ぎたくなって見上げた白い天井の、薄らと見える模様を目で追いながらぼーっと過ごしていた。


しばらくすると玄関の扉が開く音が聞こえた。

慌てて、昨日からテーブルの上に置いたままの台本を手に取って頁を捲る。


「ただいま。
あれ?この時間に制服なんて珍しい。帰ってくるの遅かったの?」

「えっ?いや⋯ 」


ひとりが寂しくて、何もする気柄起きなかったなんて言えない。


「ん?」

「妙に疲れちゃってさ、帰ってきてそのまま寝ちゃってた」


「そうか。
制服、シワになるから早く着替えて来いよ」

「あ⋯ うん」



一昨日の夜、雪弥はひと言も喋らずに眠ってしまった。

だからてっきり、怒っているか呆れているかのどちらかだと思っていたが、そうではない様だ。



ひとり寂しさと戦っていたのは何だったんだろうと自身の思い込みの激しさに恥ずかしくなった。


「どうした?黙り込んで」

「ううん、何でもないよ。
それよりご飯は?何か作る?」

「あ、残ったロケ弁押し付けられたんだった。
蛍は?食べた?寝てたんだったら食べてないか」

「うん、まだ。
雪弥、先にサッパリしてきたら?俺、準備しておくよ」

「そうだな。じゃあ先に貰う」


雪弥は玄関に置いたという弁当を取りに行きテーブルの上に置くと、お風呂場に向かった。

弁当の入った袋をキッチンまで運んで、ひとつ電子レンジに入れるとあたためのスイッチを押す。

鍋に水を入れて火をかけ、冷蔵庫から即席味噌汁を2つ出してお椀に絞り出した。

キッチンから出て、お湯が沸くのを待ちながら台本を捲る。

集中して読めたと言っても、台本を読むスピードは遅い方で多くは読めていない。


小説を読む時は、文字を目で追うと少し遅れて頭で想像したキャラクターが言葉を喋るイメージ。

台本の場合は、例えば今回の台本なら、鷹の台詞は雪弥の声で再生される。

ト書きは無音。

ひとつひとつの動作をしっかり想像する。

小説はサラッと読むが台本はじっくり読むタイプだ。
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