まだ、言えない

怜虎

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7.Winter song.-雨野秋良の場合-

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「では、重大発表もしましたし最後の曲聞いてもらいましょうか」

「あ、今日はスペシャルバージョンですね。
皆さん、音源聞いてくれました?
途中に入ってるセクシーな声、実は千尋がやってくれてるんですよ。
これは今日生で聞けちゃうやつですかね?」

「おっ、初披露しちゃいますか?」

「しちゃいましょう!
それでは聞いてください。Ambivalence」


⋯ なんて、そんな簡単に切り替えられるはずも無く、結局は蛍と千尋のフォローでその場は進行した。

オケが流れると大まかな流れは打ち合わせ通り。

曲が終われば挨拶をしてはけるだけ。

頭の中でそう組み立てると目の前事に意識を集中させた。

千尋が担当してくれた箇所の初披露だとか、雪弥が邪魔にならない様にぶっつけで参加してくれたとかは全然気にかけることはできなくて、後から山口に状況を聞く事になったくらいだ。

払っても払っても、まとわりついてくる不安が思考を鈍らせる。

思ったよりダメージ受けてる、なんて考えていると蛍達の姿はもう無くて、ステージ袖で撤収を急かす山口も一緒に生徒会長に捕まった。

開会宣言でナナツボシの宣伝をしてくれていたという事だけ思い出したが、今まで話す機会や接点は全く無く、営業スマイルを貼り付けるとただ相手の話をほんやりと聞くだけだった。

ミュージックフェスでファンになったと普段なら嬉しい言葉を貰っても、やっぱり会話に集中する事は出来ずに時間だけが過ぎていった。

なんとかその場を凌ぎ、楽屋代わりに使っていた視聴覚室に戻ると、楽しそうに話す2人が視界に入る。


「⋯ 蛍、ちょっと見直したい事があるから付き合ってほしいんだけど、帰れる?」


咄嗟に声を掛けると、思ったよりも大きな声が出てしまい蛍も少し驚いた顔をしていたけど、部屋に入って直ぐだったからか、それ程違和感もなく帰宅宣言が出来た。

いつもなら気にしないでいられるレベルの話なのに、蛍からはっきり付き合えないと言われた後だからか、蛍が誰かに興味を持っている様な素振りを見せると妙に気になってしまう。



─必死になって引き離そうとして、カッコ悪い。



「この辺片付ければ帰れる!」

「⋯ あー吉澤、私物だけ何とかしてくれれば後は俺やっておくから。大野もいるし」

「そういえば山口と遥和は文化祭終わるまでマネージャーだったね。⋯ じゃあ、お願いしようかな」

「おう。任せろ」



─明らかに俺宛のフォローだろう。



無理矢理入り込んで来た感じが態とらしいが、こればかりは山口に感謝だ。

心の中で手を合わせて、蛍が準備している間に例のシュークリームの箱を開ける。

箱の中にはまだ、ぎっしりとシュークリームが詰まっていた。

持って帰るか置いていくかシュークリームを見詰めて、暫く考えるとすぐ横で笑い声が聞こえる。


「置いて帰っても良いよ。どうにかする」


苦笑いする山口を見ると、流石にこの量は多すぎだと思っているのが伝わってきた。


「千尋、お前甘い物好きだろ。好きなだけ持っていって良いよ」

「えっ?何?シュークリーム??わーい。いただきます!」


目を輝かせて近付いてくると、早速ひとつ手に取って頬張った。


「んー美味しい!撫子さんの差し入れ?」

「よく分かったな」

「うん。撫子さんがいつも買ってきてくれるシュークリーム、大好きなんだー!」

「それは良かったよ」



ー引き取り先が見つかって。



「蛍食べた?シュークリーム」

「ううん。さっきまで焼そばやらたこ焼きやら沢山あってお腹いっぱいだったから食べなかった」

「ここのシュークリーム、本当美味しいから持って帰って食べて。はい」


千尋は片手でシュークリームを食べながら、空いたまた片方の手で蛍の手にシュークリームを2つ乗せた。


「あとこれは秋ちゃんの分」


そう言って更にもうひとつ。


冷蔵庫にシュークリームが沢山並ぶ事は回避できたが、その図を想像してみると3個でも対して変わらない気がした。

にこにこと嬉しそうな千尋を見れば、要らないなんて残酷な事とてもじゃないが言えなかった。

蛍も何の疑問も持たずに、最後に渡された小分けの紙袋へシュークリームをしまう。

ついでにありがとうなんてお礼を言うと、準備が整ったという様にこちらを見た。


「⋯ じゃあ行こうか」

「うん」


荷物を持って楽器を背負うと、室内を見渡した。

蛍を連れて行ってしまう事で雪弥に睨まれるだろうと予想していたが、窓際で何やら大野と話している様で、ひっそりと胸を撫で下ろす。


「じゃあ山口、後よろしく」

「OK!」

「千尋もサンキュー」

「雪弥と遥和も!今日はありがとう」


窓際の2人に、蛍は声を張り上げる。


「こちらこそ、楽しかったよ!」

「また打ち合わせで」


片手を上げてから振り返りドアノブに手を伸ばすと、ノブに手が触れる前に扉が開く。


「うわっ、びっくりした!⋯ あれ?何?2人共帰る?」


扉の向こうにいたのは鷹城で、ドアの直ぐ前にいた俺達に驚く。


「うん。何かやる事あった?」

「いや無いんだけど、流石に歩いて帰らせるのはマズイなと思ってる」

「大丈夫だよ」


鷹城は開けっ放しのドアを閉める為に後退する様に促すジェスチャーをする。

それに従い2、3歩下がるとドアが閉まる。


「それがそうでも無いんだ。
壱高の文化祭にTRAPもナナツボシもいるってSNSに流れているみたいで、段々人が増えてきてる」

「だったら千尋達送ってやってよ。
俺達は文化祭でライブやる事、数日前から出回ってるんだし、今更って思ってるけど。明日以降もここに通うわけだし?」


鷹城は唸った。


「大丈夫だって」

「⋯ いや、やっぱり送っていく」


そう言って、閉めたばかりのドアを再び開けた。


「良いのに」

「じゃあ、ちょっと行ってきます。
雪弥と千尋はちょっと待機で!秋の家だしそこまで時間かからないと思う」

「了解」

「雪弥達はこの後別現場?一緒に移動すれば良いのに」

「それが、現場が秋の家と反対方向の上、入りが夜なんだよ」

「そっか。車に4人っていうのも狭いか。
⋯ じゃあ、今度こそお疲れさま!」

「お疲れ様でしたー」


視聴覚室を出ると職員用の駐車スペースに直結の非常階段を降りて、丁度木で目隠しになりそうな目立たない場所に停めてある車に乗り込んだ。
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