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6.Music festival.-吉澤蛍の場合-
発熱
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大人しくそのまま運ばれて、向かった先は秋良の部屋。
ベッドに降ろしてから、秋良はアレコレ準備を始めた。
スウェットに、体温計、冷却シートに解熱剤。
枕元の棚の上に並べたりと忙しなく動く様子を、重い瞼をうっすらと開けた状態で見ていた。
「病院に行こうかとも考えたけど佳彦さんが、さっきの感じなら次の日には微熱程度には下がるって言ってたから薬だけ買ってきた。
飲む前に何か食べられそう?」
「⋯ あんまり食欲無い」
俯いて言うと秋良は蛍の手を握る。
「まだ正式に出てないけど、締切直前に見た感じだと、明日はフェスに出る事になると思う。
少しで良いから何か食べよう?昼も殆ど食べてなかったし、体が持たないよ」
「⋯ はい」
「うん。準備してくるから、ちゃんと着替えておくこと」
冷却シートをおでこに貼ってから、秋良は部屋を出て行った。
─そうか。
フェスの投票、もう締め切ってるのか。
今何時位だろ?
部屋に時計はないし、スマホも見当たらない。
起き上がって探してまでも時間を確認したい訳では無いし、今優先すべきは着替えることだろう。
ゆっくりとした動きでなんとか服を脱ぎ、スウェットに袖を通すと、再び横になった。
─明日はフェスか⋯
これ、パフォーマンス出来るのかな?
⋯ 気合いで乗り切れば体調不良は誤魔化せるだろう。
心配なのは喉だ。
声が出ないとか、見ている側にわかってしまうような不調が残らないといいけど⋯
眠っていたのか微睡んでいただけなのか、瞬きをした位の短い感覚で秋良に名前を呼ばれて目を開けると、食事を盆に乗せて運んできてくれていた。
重たい体を起こしてベッドの背にもたれると、布団越しの膝の上に盆が乗った。
「⋯ ありがとう」
「うん。食べられるだけで良いから」
食欲はないが、全く食べないのは作ってくれた秋良に申し訳ない。
食べられるだけはと思い、スプーンで掬って口に運んだ。
「あ、美味しい」
「良かった。おじやとか初めて作ったから一般的な味っていうのが分からなくてさ」
少な目によそってくれていたお陰か、持ってきてもらった分は完食。
薬もしっかり飲んでから横になると、まるで小さな子供にする様に暫くの間は頭を撫でられる。
手の感触が気持ちよくて、自然と瞼が閉じていった。
「⋯ 明日の出場って、いつわかるんだっけ?」
「さっき投票締め切ったばっかりだから、まだもう少しかかると思うよ。
もし明日フェス出ることになったらちゃんと起こすから。
今はゆっくり休んで」
「ありがとう、でも⋯ 」
─うつったらいけないから、俺の部屋で寝て。
声に出ていたかいないか、遠のく意識の中でその手の温もりを感じながら深い眠りへと落ちていった。
部屋の中もまだ薄暗い。
目が覚めると、同じ布団の中で秋良が眠っていた。
─別の部屋で寝てって言ったつもりだったんだけどな⋯ 秋の体調も悪くなっていないと良いけど。
近距離で暫く眠る秋良を眺めていると、閉じられた瞼と長い睫毛が微かに揺れ、うっすらと目が開かれた。
咄嗟に目を閉じると体を引き寄せられ、布団の中で秋良の手が首元に移動する。
熱があるかの確認なんだろうが、布団の中が既に体温が上がっているのに熱が高いかどうかなんて分かるんだろうか?
納得したのか秋良の手は首元から離れ、今度は目元に掛かった髪を避ける。
指先の触れた所が妙に擽ったくて目を開けた。
「ごめん、起こした」
「ううん⋯ 」
首を横に振って再び目を閉じると、布団を掛け直してくれる。
「体調はどう?」
沢山眠れたお陰か、熱は下がった様で体もダルさは感じない。
「昨日より大分良い。熱も無いと思う」
「そっか、良かった⋯ 」
「秋は?一緒に寝ちゃって体おかしい所とかない?」
「俺は平気。滅多に風邪なんて引かないから。
それより、今日はやっぱりフェスに出る事になったよ。出発はそこまで早くないからまだ寝てられるけど」
髪を手で梳きながら、体力温存なんて言って優しい目をする。
─日頃から2人でいる時のは俺に甘い気がしてたけど、熱を出したことで更に甘やかされている気がする。
本当に子供の頃に戻ったみたいだ。
昨日、佳彦に久しぶりに会ったのもそう思わせる材料になっているのかも知れない。
秋良とはもう兄弟でもある訳だし。
秋良の家に来てからもうすぐ半月。
正直このままお世話になりっぱなしなのはまずいと思い始めている。
ナナツボシを始めてからはアルバイトも辞めたし、特に金銭面は何も貢献出来ていない。
それどころか、部屋をひとつ空けてもらい、ベッドや棚まで揃えて貰っている。
しかし、その部屋で夜を過ごした事は一度も無くて、秋良の部屋で眠るのが当たり前になっていた。
それならわざわざベッドを買わなくても良かったのにと一度言ってみたけど、来客が来た時用の目くらましだと言って、それぞれの部屋で眠る気なんて最初から無いことになぜか安心していた。
友人は呼ばないにしても、佳彦や撫子まで家に入れない訳にもいかないだろう。
万が一の時用にという事らしい。
佳彦の言う、“暫くお世話になる” の暫くとはいつ迄だなんて無駄に考えてしまうのは、ここでの暮らしが心地良いからなんだろう。
だからこそ何か貢献したいと思うけど、今の所そんな目処は全く立ちそうにも無くて、結局秋良の言葉に甘えてしまっている。
いるだけで十分だなんて言ってくれる秋良に感謝するばかりだ。
“俺がそうしたいから” と秋良は言ったけどやっぱり、色々やって貰ってばかりでは申し訳無い。
しかし、こんな風に体調が悪い時くらいと自分に言い訳すると秋良の胸元に擦り寄って目を瞑った。
ベッドに降ろしてから、秋良はアレコレ準備を始めた。
スウェットに、体温計、冷却シートに解熱剤。
枕元の棚の上に並べたりと忙しなく動く様子を、重い瞼をうっすらと開けた状態で見ていた。
「病院に行こうかとも考えたけど佳彦さんが、さっきの感じなら次の日には微熱程度には下がるって言ってたから薬だけ買ってきた。
飲む前に何か食べられそう?」
「⋯ あんまり食欲無い」
俯いて言うと秋良は蛍の手を握る。
「まだ正式に出てないけど、締切直前に見た感じだと、明日はフェスに出る事になると思う。
少しで良いから何か食べよう?昼も殆ど食べてなかったし、体が持たないよ」
「⋯ はい」
「うん。準備してくるから、ちゃんと着替えておくこと」
冷却シートをおでこに貼ってから、秋良は部屋を出て行った。
─そうか。
フェスの投票、もう締め切ってるのか。
今何時位だろ?
部屋に時計はないし、スマホも見当たらない。
起き上がって探してまでも時間を確認したい訳では無いし、今優先すべきは着替えることだろう。
ゆっくりとした動きでなんとか服を脱ぎ、スウェットに袖を通すと、再び横になった。
─明日はフェスか⋯
これ、パフォーマンス出来るのかな?
⋯ 気合いで乗り切れば体調不良は誤魔化せるだろう。
心配なのは喉だ。
声が出ないとか、見ている側にわかってしまうような不調が残らないといいけど⋯
眠っていたのか微睡んでいただけなのか、瞬きをした位の短い感覚で秋良に名前を呼ばれて目を開けると、食事を盆に乗せて運んできてくれていた。
重たい体を起こしてベッドの背にもたれると、布団越しの膝の上に盆が乗った。
「⋯ ありがとう」
「うん。食べられるだけで良いから」
食欲はないが、全く食べないのは作ってくれた秋良に申し訳ない。
食べられるだけはと思い、スプーンで掬って口に運んだ。
「あ、美味しい」
「良かった。おじやとか初めて作ったから一般的な味っていうのが分からなくてさ」
少な目によそってくれていたお陰か、持ってきてもらった分は完食。
薬もしっかり飲んでから横になると、まるで小さな子供にする様に暫くの間は頭を撫でられる。
手の感触が気持ちよくて、自然と瞼が閉じていった。
「⋯ 明日の出場って、いつわかるんだっけ?」
「さっき投票締め切ったばっかりだから、まだもう少しかかると思うよ。
もし明日フェス出ることになったらちゃんと起こすから。
今はゆっくり休んで」
「ありがとう、でも⋯ 」
─うつったらいけないから、俺の部屋で寝て。
声に出ていたかいないか、遠のく意識の中でその手の温もりを感じながら深い眠りへと落ちていった。
部屋の中もまだ薄暗い。
目が覚めると、同じ布団の中で秋良が眠っていた。
─別の部屋で寝てって言ったつもりだったんだけどな⋯ 秋の体調も悪くなっていないと良いけど。
近距離で暫く眠る秋良を眺めていると、閉じられた瞼と長い睫毛が微かに揺れ、うっすらと目が開かれた。
咄嗟に目を閉じると体を引き寄せられ、布団の中で秋良の手が首元に移動する。
熱があるかの確認なんだろうが、布団の中が既に体温が上がっているのに熱が高いかどうかなんて分かるんだろうか?
納得したのか秋良の手は首元から離れ、今度は目元に掛かった髪を避ける。
指先の触れた所が妙に擽ったくて目を開けた。
「ごめん、起こした」
「ううん⋯ 」
首を横に振って再び目を閉じると、布団を掛け直してくれる。
「体調はどう?」
沢山眠れたお陰か、熱は下がった様で体もダルさは感じない。
「昨日より大分良い。熱も無いと思う」
「そっか、良かった⋯ 」
「秋は?一緒に寝ちゃって体おかしい所とかない?」
「俺は平気。滅多に風邪なんて引かないから。
それより、今日はやっぱりフェスに出る事になったよ。出発はそこまで早くないからまだ寝てられるけど」
髪を手で梳きながら、体力温存なんて言って優しい目をする。
─日頃から2人でいる時のは俺に甘い気がしてたけど、熱を出したことで更に甘やかされている気がする。
本当に子供の頃に戻ったみたいだ。
昨日、佳彦に久しぶりに会ったのもそう思わせる材料になっているのかも知れない。
秋良とはもう兄弟でもある訳だし。
秋良の家に来てからもうすぐ半月。
正直このままお世話になりっぱなしなのはまずいと思い始めている。
ナナツボシを始めてからはアルバイトも辞めたし、特に金銭面は何も貢献出来ていない。
それどころか、部屋をひとつ空けてもらい、ベッドや棚まで揃えて貰っている。
しかし、その部屋で夜を過ごした事は一度も無くて、秋良の部屋で眠るのが当たり前になっていた。
それならわざわざベッドを買わなくても良かったのにと一度言ってみたけど、来客が来た時用の目くらましだと言って、それぞれの部屋で眠る気なんて最初から無いことになぜか安心していた。
友人は呼ばないにしても、佳彦や撫子まで家に入れない訳にもいかないだろう。
万が一の時用にという事らしい。
佳彦の言う、“暫くお世話になる” の暫くとはいつ迄だなんて無駄に考えてしまうのは、ここでの暮らしが心地良いからなんだろう。
だからこそ何か貢献したいと思うけど、今の所そんな目処は全く立ちそうにも無くて、結局秋良の言葉に甘えてしまっている。
いるだけで十分だなんて言ってくれる秋良に感謝するばかりだ。
“俺がそうしたいから” と秋良は言ったけどやっぱり、色々やって貰ってばかりでは申し訳無い。
しかし、こんな風に体調が悪い時くらいと自分に言い訳すると秋良の胸元に擦り寄って目を瞑った。
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