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6.Music festival.-吉澤蛍の場合-
臆病者
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登校すると、ミュージックフェスの話で持ち切りだった。
「蛍、おはよう。凄い事になってるね」
「雨野も気を付けろよ」
「うん。」
「ああ、ありがとう」
漫画でよくある、イケメンの転校生を教室まで見に来たギャラリーが沢山。
そんな状態。
悠和と山口が近くにいた事が、ギャラリーを遠ざける要素になった様で、遠巻きに女子達が騒いでるくらいで話し掛けには来ない。
秋良は気を遣って一緒にいてくれたが、本人の方が注目度は高いから余計に目立ってしまっている。
授業が終わる頃にはその視線達にも慣れてきて、少し経てば収まるだろうと呑気に考えられるくらいになった。
帰宅時には家まで送ると言い出した秋良達の申し出を、用事があるからと断って駅からはひとりで家に帰る。
ミュージックフェス以外の露出は無いし、そこら辺を歩いている人から引き止められることも無いだろうと安心材料を提示してやっと、ひとりで帰ることを許してもらえた。
─みんな過保護過ぎる。
見た目なら、秋よりもキツそうな顔をしている筈だし、身長だって低い方ではないつもりだ。
秋が心配するのは別の心配なんだろうけど⋯
家に着いたのは指定された時間ギリギリで、急いでシャワーを浴びて着替えるとメールが入っていた。
『後10分位で着く』
雪弥からの連絡に了解と返信して、急いで髪を乾かし始める。
生乾き感が否めないが、時間が無いからとドライヤーを片付け、荷物を持つと急いで外に出る
タイミングよく家の前に車が停まり、窓から雪弥が顔を出した。
「蛍、乗って」
「⋯ うん」
助手席のドアを開けると一気に緊張が走った。
「お邪魔します」
「どうぞ」
前とは違う柔らかい印象。
いつもの雰囲気とのギャップに驚きながらシートベルトをすると、ゆっくりと車が発進した。
「免許なんて持ってたんだ?」
「劇団で別れてもう3年経つからな。俺も21歳だし。
蛍も誕生日来たら取れる歳だろ?」
「あ、うん。そうか、考えたこと無かった」
「相変わらずだな」
雪弥は柔らかく笑った。
「お腹空いた?」
「あ、うん」
「じゃあ先に何か食べに行こう」
「うん」
それ以降も雪弥は、いつものクールな印象とは違う優しい顔で笑っていた。
まるで、気の良い青年を演じているかのような、でもどこか懐かしい感じ。
緊張が解けるのに、そう時間はかからなかった。
食事を終えると、夜景の綺麗なちょっとした高台までやって来た。
夜景の向こう側には海も見える。
ベンチに腰を下ろすと、雪弥がペットボトルを差し出す。
暖かいココア。
夜は肌寒いこの時期に嬉しいセレクトだ。
「ありがとう」
「うん」
─やっぱり、いざ話をすると思うと気まずいな。
なんて切り込もう。
考えながらペットボトルの蓋を開ける。
「蛍の歌、本当に良かった」
「あ⋯ ありがとう」
「秋に強引に持っていかれてムカついたけど、多分俺じゃ引き出せなかったと思ったよ。悔しいけど⋯ やっぱり秋は凄いな」
それは穏やかな笑顔で、未だに秋良との話が出来ていないなんて全く思わせない表情だった。
元々は雪弥に声を掛けられてROOTに来たんだ。
雪弥にしてみたら、秋良に横取りされたと思ってしまうのも当然なのだろう。
「雪弥、ごめん。俺自分のことしか考えてなくて⋯ 」
「自分の人生に関わることなんだ、それが正解だよ。
突然こんな話になって蛍も凄く戸惑っただろうし、秋と仲が良くないのは昔からだから気にしなくて良い」
「小さい時から知ってるんだっけ?… そう言えばフェスの時にも言ってた」
「ああ。幼馴染みで、もうずっと喧嘩や取り合いをしてきたから慣れた。
秋の性格も充分解ってるつもりだし。
でも、今回は譲れないって思ったんだけど⋯ まさか仕事以外でもぶつかるとは思わなかったよ」
「⋯⋯ 」
いつに無くお喋りな雪弥は緊張しているのだろうか。
何か言ってやりたいけど、上手い言葉が出てこない。
「⋯ 蛍。俺は蛍が好きだよ。蛍の気持ち教えて?」
「⋯⋯ 」
「特別な人、いるの?」
ー特別な人⋯
浮かぶのは秋良の顔ばかりだが、付き合うかどうかの話しはしていない。
「⋯ そう見える?」
お互いに好き合っているなら自然に付き合っている事になってるのかも知れないけど、もしそんなつもりじゃないと言われたら立ち直れる気がしない。
「⋯ 最近妙に色っぽくなったなと思って」
「色っぽいって⋯ 俺男だよ」
「うん、知ってる。男にも色気はあるし⋯ 蛍が魅力的だから恋人がいてもおかしくないと思って」
そう言って雪弥は少し寂し気に微笑んだ。
少し長い間の後、おずおずと口を開く。
「⋯ 好きな人はいる、と思う」
「⋯ そうか」
盛大な溜め息をついて前屈みになると目を覆った。
分かり易く、落ち込んでいる。
そんな姿も新鮮だなんて、こんな時に思ってしまった事は雪弥には言えない。
「 “好きな人” って事は恋人ではないんだろ?」
「⋯ うん」
「じゃあ、俺が蛍を好きでいても良いよな⋯ 」
雪弥がそう言い終わる頃には、抱きしめられていた。
「⋯⋯ 」
肯定も否定も出来なかった。
ただ、抱きしめられていた。
結局残ったのは罪悪感だけで、それでも自分が傷付かない事を選んでしまう。
そんな自分が嫌だ。
自分の気持ちはハッキリと解るのに。
ちゃんと伝える事が出来ない臆病者──
「蛍、おはよう。凄い事になってるね」
「雨野も気を付けろよ」
「うん。」
「ああ、ありがとう」
漫画でよくある、イケメンの転校生を教室まで見に来たギャラリーが沢山。
そんな状態。
悠和と山口が近くにいた事が、ギャラリーを遠ざける要素になった様で、遠巻きに女子達が騒いでるくらいで話し掛けには来ない。
秋良は気を遣って一緒にいてくれたが、本人の方が注目度は高いから余計に目立ってしまっている。
授業が終わる頃にはその視線達にも慣れてきて、少し経てば収まるだろうと呑気に考えられるくらいになった。
帰宅時には家まで送ると言い出した秋良達の申し出を、用事があるからと断って駅からはひとりで家に帰る。
ミュージックフェス以外の露出は無いし、そこら辺を歩いている人から引き止められることも無いだろうと安心材料を提示してやっと、ひとりで帰ることを許してもらえた。
─みんな過保護過ぎる。
見た目なら、秋よりもキツそうな顔をしている筈だし、身長だって低い方ではないつもりだ。
秋が心配するのは別の心配なんだろうけど⋯
家に着いたのは指定された時間ギリギリで、急いでシャワーを浴びて着替えるとメールが入っていた。
『後10分位で着く』
雪弥からの連絡に了解と返信して、急いで髪を乾かし始める。
生乾き感が否めないが、時間が無いからとドライヤーを片付け、荷物を持つと急いで外に出る
タイミングよく家の前に車が停まり、窓から雪弥が顔を出した。
「蛍、乗って」
「⋯ うん」
助手席のドアを開けると一気に緊張が走った。
「お邪魔します」
「どうぞ」
前とは違う柔らかい印象。
いつもの雰囲気とのギャップに驚きながらシートベルトをすると、ゆっくりと車が発進した。
「免許なんて持ってたんだ?」
「劇団で別れてもう3年経つからな。俺も21歳だし。
蛍も誕生日来たら取れる歳だろ?」
「あ、うん。そうか、考えたこと無かった」
「相変わらずだな」
雪弥は柔らかく笑った。
「お腹空いた?」
「あ、うん」
「じゃあ先に何か食べに行こう」
「うん」
それ以降も雪弥は、いつものクールな印象とは違う優しい顔で笑っていた。
まるで、気の良い青年を演じているかのような、でもどこか懐かしい感じ。
緊張が解けるのに、そう時間はかからなかった。
食事を終えると、夜景の綺麗なちょっとした高台までやって来た。
夜景の向こう側には海も見える。
ベンチに腰を下ろすと、雪弥がペットボトルを差し出す。
暖かいココア。
夜は肌寒いこの時期に嬉しいセレクトだ。
「ありがとう」
「うん」
─やっぱり、いざ話をすると思うと気まずいな。
なんて切り込もう。
考えながらペットボトルの蓋を開ける。
「蛍の歌、本当に良かった」
「あ⋯ ありがとう」
「秋に強引に持っていかれてムカついたけど、多分俺じゃ引き出せなかったと思ったよ。悔しいけど⋯ やっぱり秋は凄いな」
それは穏やかな笑顔で、未だに秋良との話が出来ていないなんて全く思わせない表情だった。
元々は雪弥に声を掛けられてROOTに来たんだ。
雪弥にしてみたら、秋良に横取りされたと思ってしまうのも当然なのだろう。
「雪弥、ごめん。俺自分のことしか考えてなくて⋯ 」
「自分の人生に関わることなんだ、それが正解だよ。
突然こんな話になって蛍も凄く戸惑っただろうし、秋と仲が良くないのは昔からだから気にしなくて良い」
「小さい時から知ってるんだっけ?… そう言えばフェスの時にも言ってた」
「ああ。幼馴染みで、もうずっと喧嘩や取り合いをしてきたから慣れた。
秋の性格も充分解ってるつもりだし。
でも、今回は譲れないって思ったんだけど⋯ まさか仕事以外でもぶつかるとは思わなかったよ」
「⋯⋯ 」
いつに無くお喋りな雪弥は緊張しているのだろうか。
何か言ってやりたいけど、上手い言葉が出てこない。
「⋯ 蛍。俺は蛍が好きだよ。蛍の気持ち教えて?」
「⋯⋯ 」
「特別な人、いるの?」
ー特別な人⋯
浮かぶのは秋良の顔ばかりだが、付き合うかどうかの話しはしていない。
「⋯ そう見える?」
お互いに好き合っているなら自然に付き合っている事になってるのかも知れないけど、もしそんなつもりじゃないと言われたら立ち直れる気がしない。
「⋯ 最近妙に色っぽくなったなと思って」
「色っぽいって⋯ 俺男だよ」
「うん、知ってる。男にも色気はあるし⋯ 蛍が魅力的だから恋人がいてもおかしくないと思って」
そう言って雪弥は少し寂し気に微笑んだ。
少し長い間の後、おずおずと口を開く。
「⋯ 好きな人はいる、と思う」
「⋯ そうか」
盛大な溜め息をついて前屈みになると目を覆った。
分かり易く、落ち込んでいる。
そんな姿も新鮮だなんて、こんな時に思ってしまった事は雪弥には言えない。
「 “好きな人” って事は恋人ではないんだろ?」
「⋯ うん」
「じゃあ、俺が蛍を好きでいても良いよな⋯ 」
雪弥がそう言い終わる頃には、抱きしめられていた。
「⋯⋯ 」
肯定も否定も出来なかった。
ただ、抱きしめられていた。
結局残ったのは罪悪感だけで、それでも自分が傷付かない事を選んでしまう。
そんな自分が嫌だ。
自分の気持ちはハッキリと解るのに。
ちゃんと伝える事が出来ない臆病者──
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