まだ、言えない

怜虎

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6.Music festival.-吉澤蛍の場合-

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「お疲れ様ー。丁度良かったみたいだね」


楽屋に戻ると直ぐに鷹城が顔を出した。


「今さっき終わった」

「西村さんに挨拶して来るから出る準備しておいて」

「わかった」


準備と言っても衣装から私服に着替えるくらいで、やる事が無くなると撮影中に充電をしていたスマートフォンを手にする。

ほぼ1日確認が出来ていなかった通知を見ていく。

目に付いたのは、時間をあけて3回の雪弥からの着信。



─そうだった。

今まで忘れていたけど昨日雪弥に告白されたんだ⋯

途中で秋に連れ出されたのは俺にはどうにもできなかったとしても、その後連絡取れないとか大分印象が悪い。

でも電話を掛けるのは正直気まずいな⋯


最後の着信は⋯3時間位前か。

メールが入っていたらメールで返そう。



電話するのを躊躇って、取り敢えずメールを開くと雪弥の名前を見つけ、開封する。


『蛍、昨日はフェスお疲れ様。期待以上で本当に驚いた。
それと忙しい所すまないが昨日の事、会って話がしたい。
メール見たら連絡して』



─雪弥が “こうしてほしい” という自分の意志や意見をメールで伝えてきたのは初めてだ。



再会してから連絡する機会も殆ど無かったが、劇団にいた頃はメールでの連絡は決まった事を一方的に通知する様な所謂、業務連絡の為だけにあって用がある時は電話だった。


このメールは最後の着信より30分程後に来ている。

電話が繋がらないから仕方無くメールしたって所だろう。

それだけ切羽詰まってるということか⋯



─雪弥、ずっと好きだったって言ってた。

ずっとって⋯ 劇団にいた時からってことだよね。

退団した時からカウントしても3年。

あの時は俺も⋯



「蛍、どうした?」

「えっ?!」


準備の終わった秋良が顔を覗き込んでいた。

雪弥からだって言ったらきっと良い顔はしない。

でも嘘つくのはもっとマズイ気がする。


「真剣な顔してたから」

「⋯ ほぼ1日振りにスマホ見たら、連絡結構入っててさ。それ見てた」

「俺も撮影中見れてなかったくらいだけど、結構来てた。山口が学校の状況送ってくれたけど⋯ 明日は少し騒がしいかもね」


話は反れている気がするけど、メールの内容だったらいつ雪弥の話が出てくるかわからない。

何かもっと別の話ししなきゃ。


「そうかなぁ?全然実感ないや」

「明日になれば解るよ」


「そうだ、秋」



蛍は秋良の興味をスマホからそらすことの出来るネタを持ってることを思い出した。


「ん?」


たった今思い出した風を装い、鞄の中からシンプルに包装された包を取り出すと秋に手渡す。


「昨日渡せなかったから。遅くなってごめんね。誕生日おめでとう」


すると突然、秋良は蛍の肩を抱き寄せてキスをする。

ごく自然に。


「なっ、んでそういうこと⋯ サラッとするかな」

「嬉しくてつい」

「ここ楽屋!」


秋良の胸を押し返して、その勢いで一歩下がると体を離した。


こんなに驚く様な事じゃないのに、戸惑って咄嗟に離れてしまったのはきっと、雪弥の事を考えていたから。

劇団にいた頃は雪弥が好きだった。

そう気付いてしまった。

今こうしてナナツボシやろうと思えたのは、ボロボロだった過去の自分を支えてくれた雪弥の存在があったからだと思う。

そんな人の気持ちを中途半端に聞いておいて、無下にするなんて出来ないという気持ちが頭の片隅で留まっていた。


「ふーん。じゃあ、家なら良いんだ?」

「⋯⋯ 」


悪びれもせずに再び俺の腰を抱き寄せると、ニヤリと笑った。


──コンコン


「お待たせ!準備できたら行こうか」

「はい!」


聞こえて来た声に反応したかのように、するりとその手から逃れて鞄を持つと、部屋の入口で待つ鷹城に駆け寄った。


駐車場まで歩く間に秋良を盗み見ると、やはり機嫌が良い様に見える。

車に乗り込むと秋良は、先程渡した誕生日プレゼントを手に取り、律儀にも開けて良いかと訪ねてきた。

円の中心を星の形に抜き取ったデザインのピアス。

シンプルで子供っぽくないものを選んだつもりだ。

頷くとすぐに開封して、ありがとうと嬉しそうにする所を見ると、心を読まれてしまいそうで離れた先程の行動を不審には思っていないという見解で良さそうだ。

何が何でも隠したい訳ではない。

ただ、こうする方が良いという直感。


秋は左耳の軟骨のピアスをプレゼントした物に付け替えると、満足そうにして俺に寄りかかり眠りに落ちていった。

寝息が聞こえてくると、スマートフォンを取り出す。



─雪弥に返事をしなきゃ。

この後も打ち合わせだと返してる暇が無いだろうから。



自分に言い訳すると、早速メールを作成する。


『昨日はお疲れ様でした。
お店に荷物全部置いて帰ってしまって、スマホずっと見れてなかった (汗)
返事遅くなってごめんなさい。
話も途中だったのにごめんね。予定は雪弥に合わせます』



─ちょっと言い訳がましいかな。

まぁ本当の事だし、これ以上のことは書けないからこれで送信。



ふっと息を吐くと、少し心拍数が高くなっている事に気付く。



─悪い事してる訳じゃないのに、そんな気分⋯



もう1度大きく息を吐くと、未読のメッセージをチェックする。



─本当だ、山口からメール来てる。

それに悠和からも。

確かに明日は賑やかかもな⋯



「そろそろ着くよ。あら?秋寝てるのか⋯ 」


信号待ちの時に運転席から覗いた鷹城の顔が顰められたのがわかった。

寝起きは機嫌が悪い印象があるからだろう。


「秋起こしておくよ」

「本当?助かる」


バックミラーの中で頷いてみせると、鷹城は笑った。


「秋?」


頬を撫でると、うっすらと目を開ける。


「起きて、もう着くよ」


秋良は少し顔をずらして、音もなく掌にキスをする。

鷹城に気付かれないようにと頬を摘むと、上目遣い気味の秋と目が合う。



─猫か。



「おはよ」

「うん」

「結構寝てた?昨日あんま寝れなかったから。
蛍は大丈夫?」

「うん。昨日からいつもじゃ考えられない事ばかりしてるからかな?体がずっと興奮状態なのかも」

「興奮状態ねぇ」


ニヤリと笑うと再び掌にキスをする。


「秋、鷹城さんもいるんだから⋯ 」

「大丈夫。俺が蛍の事好きなの知ってるから。昨日の事までは知らないけど」


昨夜のことを思い出し頬が熱くなると、車のエンジンが止まる。

鷹城が車の外に出た一瞬の隙に、秋良は蛍の唇を奪うと、クスリと笑ってドアを開けた。



─本当にキス好きだな。

不意にしてくるから周囲へのフォローや誤魔化しが大変そうだ。

嫌な訳じゃないけど俺、すぐに顔に出るからな⋯ ちゃんと表情管理しなきゃ。


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