まだ、言えない

怜虎

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6.Music festival.-吉澤蛍の場合-

秘密兵器

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ホームページのプロフィール様にそれぞれの写真を撮り終えると、本日3回目の衣装チェンジ。


「西村さん、どう?」

「そうだなぁ⋯ 掴めない人だけど、よく人の事見てるなーとは思った」

「口悪いけど、嫌な感じではない?」

「うん。俺達の良い所引き出そうとしているんだなーって、一生懸命な感じ伝わってくるから」


メイクで汚れないようにと慎重になりながら、衣装に袖を通した。


次の衣装は秋良が白で蛍は黒。

為平社長が言うにはこれが世間一般から見たナナツボシのイメージらしい。

メディアに出てまだ24時間経っていないというのに、それまでの準備不足か策略かナナツボシのミュージックフェスの出場は大きな反響を呼んでいるらしい。

返事の定型文が出来るくらい、会う人会う人声を掛けられる。


そのくせ本人達は、朝から撮影であった為にテレビを見たり情報を目にするという事が出来ておらず、その世間一般の反響とやらを人伝いにしか聞いていない。

出るだけでプラスにはなるとは散々聞いていたが、全く実感は無い、なんとも不思議な感覚。

訂正、“他人事” だ。


「イメージは “TRAPの” AkiがKeiっていう秘密兵器を出し惜しむ感じ」

「⋯ 西村さん、毎度ながら分かりにくい」


秋良と西村のやり取りで、一瞬にして現場は笑いに包まれる。


「こんなにわかりやすい表現無いだろ?」

「多分蛍が理解してない⋯ まぁ俺が動けば良いか」


突然後ろから抱きしめるように引き寄せられると、和やかだった空気は一変する。

シャッターを切る音と秋良の行動に戸惑っていると、西村から指示が飛ぶ。


「Kei、表情ー。
もっと秘密兵器感出してー」



─秘密兵器感?

⋯ ってどんな感じ?

しかもこれ、分からないって言っても良いのだろうか?



「蛍の思った様に動いて良いよ」


困惑していると耳元で天の声が聞こえる。

こうやって助けてくれる事に心が暖かくなるのを感じた。


「うん。Kei、良くなった。でもドヤ顔無しね。
Aki、お前が動くんだろ?動けー」


その挑発に、宣言通り何パターンも動いてみせると、その度にシャッターを切る音が響いた。

次々に飛んでくる指示にもプラスアルファ動きを加えて応えていく。

表情は指示通りの3パターンに、顔の向きと目線に変化をつける程度。

考えながら、という訳では無いせいで無駄なことを考えてしまうのは仕方が無い事だろうか。

背後から抱きしめられている状態なのは変わらなくて、ニヤついたり赤くなったりしてしまわないか、面に出そうになる感情を必死で抑えながら涼しい顔をする。



ーまさか昨夜想いが通じたばかりの相手と仕事でこんな風に絡む事になるなんて思わなかった。



内心ヒヤヒヤしながらも何でもない風を装うだけでも大分気を遣う。

そんな思いを他所に、秋良はどんどん動きを加えていった。


ゆっくりと、ネクタイを緩め解いていく。

引き抜いて床に落とされると、肩に顔を埋めながらシャツのボタンを片手で器用に外していった。

腹の辺りまでボタンを外すとシャツの隙間から手を差し込み肌をなでる。

まるで2人きりでいるかの様な触れ合いに羞恥心が込み上げてくると、シャッター音に紛れて秋良の声が耳元で聞こえた。


「蛍、好き⋯ 」


赤面せずにはいられない状況を誤魔化す為に、秋良の顔をそっと手で支えて自身の顔を隠す様に近付ける。

それはレンズに、まるでキスをしたかのように映った。


「Keiの恋人は相当独占欲が強いみたいだな?」

「えっ⋯ ?」


的外れではないが、的確でもない西村の言葉にただ驚いた。


「そうみたいだね」

「俺としては、効果になるから大歓迎だけど」


状況の把握が出来ずに呆然とする様子を見て、西村はニヤリと笑った。



─やはりキスをした様に見えたのだろうか?

いや、西村さんは “Keiの恋人” と言っていた。

俺の事を指摘しているのではない。

さっき秋が好きだと告った声は、周りに聞こえないほど小さな声だった。

一番近い距離にいた西村さんには聞こえた?

⋯ それも違う気がするし、聞こえていた可能性は低いだろう。



色んな可能性を考えては否定してを繰り返していると、フッと秋良の笑いが漏れる。


「⋯ どういうこと?」


真意が分かっているかの様に笑う秋良に尋ねても、簡単には答えは得られなかった。


「蛍はまだ知らない方が良い」

「はぁ?」


直ぐに真剣な顔つきに戻ると、撮影は再開される。


「それを為平さんが使えると判断するかもわからないし、さっきの角度で他のパターンも撮ろうか」

「はい。
蛍、さっきみたいに俺の頭支えて」

「う⋯ うん」

立て直したかと思ったのに、リクエストという簡単な方法で突き落とされてしまう。

気乗りしない事を悟られないようにと再び秋良の頬に顔を寄せた。


顔に出てしまうことを抑える方法を必死に考えてみたがそんな簡単なものではなくて、顔が半分隠れていることに感謝して目を閉じる。

心を落ち着かせることに意識を集中させた。


「Aki、隠して」

「そうしてるつもりなんだけど」

「隠れてねーから。
なんでメイクで隠してねーんだよ」

「あーメイクの時、ハイネック着てたからね」

「ったく面倒臭ぇ⋯ 自分のケツくらい自分で拭え!
せめて仕事に影響が出ない程度にヤれよ!」


そう言い放つと西村は蛍達に近付いて、蛍の首に触れる秋の手の位置を調節し始めた。


こんな時、コントロールできる人を羨ましく思う。

気付かない振りが出来たら良かったけど、何の事を話しているのか解ってしまった。


──蛍はまだ知らない方が良い。


本当にその通りで、もっと鈍ければ良かったと結局顔を赤くした。


「その手、動かすの禁止!」

「へーい」


先程の意識なんて比では無いくらいの羞恥心が、更なる勢いで押し寄せてくると、隠しきれない “照れ” は伝染する。


「蛍、やめて。伝染るから」

「いや無理でしよ、これは。めっちゃ恥ずかしいんですけど!
てか何で西村さん解ってるの?エスパーなの?」

「うん。彼はエスパーだと思う」


ひとりで抱え切れくなって言葉にすると、不思議と熱は解放されていき、現実味のない質問に真剣に答える秋良に救われた。

気付いているのは恐らく西村だけで、秋良が妙に落ち着いているから安心出来たのだろう。

でも、隠さなければ撮影が進まない程に痕を付けたのもその秋良だ。


色んな感情が混ざり合い、もうどうにでもなれと開き直ると何でもできる気がして、調子に乗って秋良の手をスッとなぞる。


「蛍の反撃?
そろそろ俺、ヤバイかも」


そう言って、蛍の頬に手を添え顔を引き寄せると噛み付くようにキスをした。

その行動に照れる、怒るの感情は無くて、ただ驚いて呆気にとられていると、直ぐ近くでクスクスと笑う声がする。


「Aki、盛んな。
手ぇ動かすなって言っただろ?」

「嫌だなー、言い掛かりだよ。
真面目に仕事してるだけなのに」

「よく言うよ」


クセのある西村に感化されて秋良までクセのある人間になっている気がしてペースは完全に持っていかれっぱなしだ。

流石にそれをあしらうのも本家は強くて、そのインパクトは生まれた感情をも消し去っていった様だ。


「じゃあ最後ー。
Keiは背中向けてAkiと向き合って。目線無くて良いからカメラ意識ね」

「はい」

「俺は?」

「好きにしろ」


シャツを捲って腰や背中を撫でたり、抱きしめたりと、先程までなら照れていたであろう事をされても違和感は無かった。

少し予想していたという事もあるが、最後の最後で慣れてきたのかもと調子に乗っていると首元に唇が当たり、ほんの一瞬だけ息が止まった。

先程から感じていた違和感の正体に気付いた時には、最後に連続してシャッター音が聞こえたのと同時だった。


「よし、終了ー!お疲れ様でしたー」


終了の合図で辺りを見回すと、先程までいたスタッフが誰ひとりとしていなくなっていて、それが緊張を解いたのだと気付いてしまうと自分の非力さを感じて落ち込んだ。

それが西村の挑発に乗った秋良が大胆な行動に出る前の事であれば少しでも救われるのだが、どのタイミングからだったかは分からないままになりそうだ。


「西村さん、またご一緒できて嬉しかったです」

「ありがとうございました!」

「おう。秋が思ったよりも元気そうで良かったよ。
蛍も、頑張れよ」


秋良に耳打ちした後、ニヤリと笑い腕をポンと叩くと機材の片付けを始めた。

秋良は西村に一礼すると振り返り頷いてみせた。

先程のイメージからは想像が出来ない行動はしっかりとした形式のある物の様で、秋良が仕事に対して感じている責任感やステータスなんかは、想像できる程簡単なものではなかった。

仕事に対しての強い執着はただ好きだという理由からだと思っていたが、秋良がどんな人間かを知った今、それだけでは熟せないという事が解る。

単純に新しい秋良を知った事に嬉しいと感じた。


「何?嬉しそうな顔して」

「ううん、良いコンビだなーと思って。
ところで、最後何話してたの?」

「最後?うーん⋯ 秘密」

「えー?」


口を結び口角を上げると、秋良は蛍の髪の毛をくしゃくしゃと掻き回した。

少しだけ照れているようにも感じた。



─嫌だというものを無理矢理にでも引き出す事はしないから安心して?

性格もあるけど、秋には笑っていてほしいから。

悲しい思いはもう、してほしくないから。
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