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6.Music festival.-吉澤蛍の場合-
雪弥の気持ち
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ミュージックフェスの打ち上げ会場でお酒の入った出演者達が盛り上がるのを横目に、設けられた未成年席で今までの経歴やこれからの事を真剣に話していた。
話を聞いていなかった訳では無いが、出演者に捕まり、別の席に行ってしまった秋良をチラチラと気にしながらの打ち上げは、どうも騒ぐ気にはなれなかった。
トイレに立った帰り、雪弥に話があると連れてこられた屋上の展望スペース。
これから先どうしていこうなんて、何もかもが始まったばかりの蛍にとっては、考えても考えても煮詰まる一方で、頭を冷やすには少し肌寒い位の気温が丁度良かった。
雪弥は日頃から表情が豊かな方ではない。
それでいて舞台やステージでは、驚く程の表情の変化を見せる。
このギャップにファンは惹かれるんだろうと頭の隅で冷静に分析なんかしながら黙り込んだ雪弥をチラリと盗み見ると、眉間に皺を寄せて目の前に広がる夜景を見つめていた。
何か考えているんだろう。
眉間に皺が寄るのはいつもの事だが、こんな風に一点を見つめている時は、大抵難しい事を考えているんだ。
急いで戻らないといけない理由も無いし、この先こうして話す機会もそう多くないだろう。
同じ様に夜景を見ながら雪弥が話し始めるのを待った。
「⋯ まさかこんな風に再会するなんて思わなかった」
「うん」
「あの時⋯ 守れなくてごめん。俺がもっと早く気付いていれば蛍は怪我なんてしなかったのにな」
「謝らないで、雪弥のせいじゃない⋯ あれは俺の不注意で⋯ 」
首を振って全力で否定すると、すっぽりと抜けていた記憶がスッと蘇ってくる。
─そうだ、思い出した。
あの時、奈落に落ちて怪我をした俺の元に、一番に駆け寄ってきて心配そうな顔をしていた。
それが雪弥だ。
元々、俺が劇団にいる事をよく思っていなかった母さんが、あの事故以来無茶苦茶に文句を言って、挙句雪弥に責任を擦り付けたんだ。
俺の事なんてどうでも良いくせに。
母さんが余りにも雪弥の事を悪く言うから、雪弥の事も事故のことも一緒に仕舞い込んで蓋をしていた。
俺が忘れるなんて事、本当はするべきじゃないのに。
「覚えているのか?」
「⋯ 思い出したんだ。ごめん俺、母さんの事があって無意識の内に思い出さないようにしていた」
弱々しく笑ってみせると、雪弥は蛍を引き寄せて抱き締めた。
それは懐かしい、温もり。
あの時と変わらない匂いが鼻を擽る。
中学生の頃の蛍は身長が低くどちらかと言うと女顔。
劇団には大人の女性はいたが、同世代の女の子がひとりもいなかった。
体の線も細く声変わりも遅かった蛍は、毎公演と言って良い程女役に配役されていた。
怪我をしてしまったその公演も、女役で雪弥の相手役であった為、同じシーンでの出番が多かった。
本番前には気合い入れと言って毎公演、出番を待つ間に照明の落ちた舞台袖で、雪弥は蛍を抱き締めた。
お互いの呼吸を合わせながら。
お互いを役名で呼び合いながら。
まるで恋人同士のように。
一種のおまじないみたいで気持ちが落ち着いた。
「蛍、聞いて」
「うん?」
その懐かしさに、強く抱きしめる腕には抵抗せずにいた。
「あの事故があって蛍が劇団を辞めてから凄く後悔したよ。謝りたかったし、もっと力になりたかったって。
劇団にいる事反対されているって聞いてたから、話を聞くだけでも未来は違ったのかなって思ってた。会えなくなるなんて思わなかったから。
それ以来、何にも手につかなくてさ⋯ 今思い出すと笑えるくらい」
ーいつもの雪弥とは違う。
なんて優しい声だろう。
あの時と同じ、声。
密着した体を伝って響く、低い少し篭った声を
「暫くしてTRAPの活動もできる位にはなったけど、心の中にはずっと蛍がいたんだ」
抱き締めたままだった雪弥の手が緩み、体が離れる。
真剣な眼差しで雪弥は話を続けた。
「やっと、もう仕方無いだろって思い始めた頃、蛍と再会した。鷹城さんが楽屋に連れてきた時は驚いたよ。本当、何てタイミングだって。
俺にとっては蛍やっぱり凄く魅力的で、身長も顔も声も全部大人になってて、でも中身はあの時のままの蛍で、凄く嬉しかった。今の蛍にまた惹かれた。
それなりに仲良いつもりだったのに、蛍が俺のこと覚えてないなんて言うから、正直ショックだったよ」
「ご、ごめん⋯ 」
「いや、こうして再会できたんだ。そんな事帳消しにしてしまうくらい嬉しかったよ」
「雪弥⋯ 」
雪弥は俺の後頭部を手で支えて、そのまま引き寄せながら言った。
「蛍、ずっと好きだった」
雪弥の顔が近付いて唇が重なると、ドクンと心臓が脈打つ。
─そうか⋯ 俺はあの時雪弥が好きだったのか。
あの時どうやっても辿り着けなかった答えが、今になって簡単に分かってしまった。
雪弥の気持ちと過去の自分の気持ちを同時に知って、なかなか処理ができずにいると、強く腕を捕まれ引き離されていた。
話を聞いていなかった訳では無いが、出演者に捕まり、別の席に行ってしまった秋良をチラチラと気にしながらの打ち上げは、どうも騒ぐ気にはなれなかった。
トイレに立った帰り、雪弥に話があると連れてこられた屋上の展望スペース。
これから先どうしていこうなんて、何もかもが始まったばかりの蛍にとっては、考えても考えても煮詰まる一方で、頭を冷やすには少し肌寒い位の気温が丁度良かった。
雪弥は日頃から表情が豊かな方ではない。
それでいて舞台やステージでは、驚く程の表情の変化を見せる。
このギャップにファンは惹かれるんだろうと頭の隅で冷静に分析なんかしながら黙り込んだ雪弥をチラリと盗み見ると、眉間に皺を寄せて目の前に広がる夜景を見つめていた。
何か考えているんだろう。
眉間に皺が寄るのはいつもの事だが、こんな風に一点を見つめている時は、大抵難しい事を考えているんだ。
急いで戻らないといけない理由も無いし、この先こうして話す機会もそう多くないだろう。
同じ様に夜景を見ながら雪弥が話し始めるのを待った。
「⋯ まさかこんな風に再会するなんて思わなかった」
「うん」
「あの時⋯ 守れなくてごめん。俺がもっと早く気付いていれば蛍は怪我なんてしなかったのにな」
「謝らないで、雪弥のせいじゃない⋯ あれは俺の不注意で⋯ 」
首を振って全力で否定すると、すっぽりと抜けていた記憶がスッと蘇ってくる。
─そうだ、思い出した。
あの時、奈落に落ちて怪我をした俺の元に、一番に駆け寄ってきて心配そうな顔をしていた。
それが雪弥だ。
元々、俺が劇団にいる事をよく思っていなかった母さんが、あの事故以来無茶苦茶に文句を言って、挙句雪弥に責任を擦り付けたんだ。
俺の事なんてどうでも良いくせに。
母さんが余りにも雪弥の事を悪く言うから、雪弥の事も事故のことも一緒に仕舞い込んで蓋をしていた。
俺が忘れるなんて事、本当はするべきじゃないのに。
「覚えているのか?」
「⋯ 思い出したんだ。ごめん俺、母さんの事があって無意識の内に思い出さないようにしていた」
弱々しく笑ってみせると、雪弥は蛍を引き寄せて抱き締めた。
それは懐かしい、温もり。
あの時と変わらない匂いが鼻を擽る。
中学生の頃の蛍は身長が低くどちらかと言うと女顔。
劇団には大人の女性はいたが、同世代の女の子がひとりもいなかった。
体の線も細く声変わりも遅かった蛍は、毎公演と言って良い程女役に配役されていた。
怪我をしてしまったその公演も、女役で雪弥の相手役であった為、同じシーンでの出番が多かった。
本番前には気合い入れと言って毎公演、出番を待つ間に照明の落ちた舞台袖で、雪弥は蛍を抱き締めた。
お互いの呼吸を合わせながら。
お互いを役名で呼び合いながら。
まるで恋人同士のように。
一種のおまじないみたいで気持ちが落ち着いた。
「蛍、聞いて」
「うん?」
その懐かしさに、強く抱きしめる腕には抵抗せずにいた。
「あの事故があって蛍が劇団を辞めてから凄く後悔したよ。謝りたかったし、もっと力になりたかったって。
劇団にいる事反対されているって聞いてたから、話を聞くだけでも未来は違ったのかなって思ってた。会えなくなるなんて思わなかったから。
それ以来、何にも手につかなくてさ⋯ 今思い出すと笑えるくらい」
ーいつもの雪弥とは違う。
なんて優しい声だろう。
あの時と同じ、声。
密着した体を伝って響く、低い少し篭った声を
「暫くしてTRAPの活動もできる位にはなったけど、心の中にはずっと蛍がいたんだ」
抱き締めたままだった雪弥の手が緩み、体が離れる。
真剣な眼差しで雪弥は話を続けた。
「やっと、もう仕方無いだろって思い始めた頃、蛍と再会した。鷹城さんが楽屋に連れてきた時は驚いたよ。本当、何てタイミングだって。
俺にとっては蛍やっぱり凄く魅力的で、身長も顔も声も全部大人になってて、でも中身はあの時のままの蛍で、凄く嬉しかった。今の蛍にまた惹かれた。
それなりに仲良いつもりだったのに、蛍が俺のこと覚えてないなんて言うから、正直ショックだったよ」
「ご、ごめん⋯ 」
「いや、こうして再会できたんだ。そんな事帳消しにしてしまうくらい嬉しかったよ」
「雪弥⋯ 」
雪弥は俺の後頭部を手で支えて、そのまま引き寄せながら言った。
「蛍、ずっと好きだった」
雪弥の顔が近付いて唇が重なると、ドクンと心臓が脈打つ。
─そうか⋯ 俺はあの時雪弥が好きだったのか。
あの時どうやっても辿り着けなかった答えが、今になって簡単に分かってしまった。
雪弥の気持ちと過去の自分の気持ちを同時に知って、なかなか処理ができずにいると、強く腕を捕まれ引き離されていた。
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