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5.Music festival.-雨野秋良の場合-
フェス予選
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『ナナツボシさんお願いします!』
短くはない待機時間をなんとなく過ごしているとスタッフから声がかかる。
8番目の出演者の演奏が始まって少しすると呼ばれて、まるでリハーサルに行くかのようにステージ袖に向かった。
─2時間経てばテンションが違うのも当たり前か。
緊張感が高まらないまま、あっという間に自分達の出番になって、明かりの落ちたステージ上にスタンバイする。
どうにかテンションを上げる策はないかとこんなギリギリに変な焦りが出てきた。
ステージのど真ん中で、客席に背を向けた状態で蛍と向かい合う。
視線がぶつかると気合い入れに、シャツの隙間から覗く蛍の首にかかったリングを指ですくい上げて握ると、直ぐにそのリングを握る拳に蛍の手が重なった。
指のリングを撫で、蛍の顔が近付いたと思ったら、凄く落ち着いた声が耳元で聞こえた。
「秋、誕生日おめでとう」
まさかのタイミングに驚いていると、同時に曲のイントロが流れ始める。
離れていく優しく包み込むように微笑んだ蛍と、当てられる照明の眩しさに一気にステージという現実に引き戻された。
「⋯ こんばんは、ナナツボシです。今日は皆さんに会えてとても嬉しく思います。最後に俺達の歌を聞いてください!」
蛍が客席に向かって喋りかけると歓声が上がる。
ステージ上だと言う事を忘れるなんてヘマは自分はしないだろうと思っていたが、蛍にしか出来ないこのタイミングでのサプライズに浮かれてしまった。
イントロでの紹介を蛍に任せてしまったのは事実で、一瞬でも浮ついてしまったことがステージ上だということを忘れている何よりの証拠だ。
客席の青と黄色のサイリウムが綺麗で、歌いながら時々合う目線が幸せで、今までに感じたことのない空気間の中でその時間は一瞬だった。
直ぐに今迄必死に準備してきたものが、こんなにも一瞬で終わってしまったという残念な気持ちが湧いてきたが、曲が終わった後の大きな拍手と歓声が簡単に消し去ってくれた。
蛍と笑い合うと、安心できた。
─これで終わりじゃない。
始まったばかりなんだ。
『ナナツボシのおふたり、ありがとうございました!メディア初お披露目という事で、自己紹介して頂きましょうか!』
「はい。ナナツボシのAkiです。こんな大勢の前でのパフォーマンスは初めてでしたが、楽しめました。ありがとうございました!」
「初めまして、Keiです。たくさんの応援ありがとうございました!これからナナツボシをよろしくお願いします!」
『ありがとうございました!それでは、審査員の方にも聞いてみましょうか。ここは、ナナツボシの先輩という、TRAPのおふたりに聞いてみましょうか。如何でしたか?』
「はい!ずっと練習とかしてたの見てたので、今までで一番良くて、流石でした!
事務所は同じで、後輩と言うか⋯ あれ?これ言って良いのかな?」
千尋は答えると雪弥と鷹城の顔を見た。
頷く鷹城に千尋も笑顔になる。
「あ、良いみたいです。ナナツボシのAkiはTRAPのAkiでもあるので、半分先輩で半分後輩みたいなもんです」
客席からはキャーという歓声が上がる。
「僕も今の曲制作の時は少し参加させてもらいました!みなさん、ナナツボシの応援お願いします!」
「それ本当?聞いてないけど」
─おい、千尋のやつ今さらっと爆弾発言したな。
雪弥も反応してるし⋯ それをマイク通して言うなよ。
ったく、後で何言われるか分からないな⋯
千尋は一瞬、雪弥の顔を見ると笑顔を作った。
『ナナツボシとTRAP、すごく仲が良いみたいですね。それに、AkiさんはTRAPのAkiさんというのも気になりますね』
「TRAPの曲を作ってくれているのがAkiです。だからナナツボシ、期待できると思いますよ。
実はKeiとも昔からの知り合いで、まさかこんな風に同じ事務所で活動するとは思っていませんでした」
雪弥が情報を付け足して、上手くまとめる。
片方だけが目立ちすぎるからと蛍の情報も入れたんだろう。
こんな状態でも聞き手に興味を持って貰えるようなアピールは忘れない。
その辺、ちゃんと分かっている所は流石プロだ。
『ファンには嬉しい情報でしたね!ナナツボシのおふたり、TRAPのおふたりもありがとうございました!』
客席からの拍手と歓声に答えてから雪弥に目をやると目が合う。
先程とは違う穏やかな顔つきをしていた。
そしてミュージックフェスはエンディングを迎える。
司会者がこのミュージックフェスのルールを再び読み上げている間に、本日の出演者達が次々とステージ上にあがってきた。
『⋯ フェス終了後はこれまで集まった票の中間発表を致します。ホームページ上での発表です。
フェス終了後もまだまだ増えると予想されるネットの一般投票の結果、獲得表の高かった上位3ユニットには、10月31日にもう一度この会場でパフォーマンスしていただきます!
投票期間は15日間です。皆様の投票お待ちしております!』
司会者が話し終わる頃には出演者全員が礼儀正しく客席に向かって並んでいる。
後はエンディングの “ミュージックフェス” というコールをして終わりだが、出演者達はパフォーマンスを含めても30分とステージ上にはいない。
ーここまでよくみんなテンション保っていられるよな。
まぁでも、審査員やっている方が大変か。
本当出番が最後で良かったよ。
「秋、ぼーっとし過ぎ」
「ちゃんと聞いてるよ」
「本当に?⋯ でも、お疲れ様」
「お疲れ。
⋯ 蛍、ありがとうね。嬉しかった」
ニッコリ笑った蛍に釣られて笑顔を作ると、エンディングのコールに紛れていった。
正直、誕生日だということは忘れていた。
普段からさほど重要視していないし、このミュージックフェスの準備に追われているうちにすっかり記憶から抜け落ちていた様だ。
だから、あのタイミングということもあって嬉しさは増した。
何年も感じていなかった特別感のある嬉しさで、誕生日ごときにここまで気持ちが浮き立ったのは蛍からの言葉だったからなのだろう。
加えて、良いテンションでパフォーマンスを終えられたことにも感謝だ。
テンションに関しては途中どうなる事かと思ったが、救われた。
短くはない待機時間をなんとなく過ごしているとスタッフから声がかかる。
8番目の出演者の演奏が始まって少しすると呼ばれて、まるでリハーサルに行くかのようにステージ袖に向かった。
─2時間経てばテンションが違うのも当たり前か。
緊張感が高まらないまま、あっという間に自分達の出番になって、明かりの落ちたステージ上にスタンバイする。
どうにかテンションを上げる策はないかとこんなギリギリに変な焦りが出てきた。
ステージのど真ん中で、客席に背を向けた状態で蛍と向かい合う。
視線がぶつかると気合い入れに、シャツの隙間から覗く蛍の首にかかったリングを指ですくい上げて握ると、直ぐにそのリングを握る拳に蛍の手が重なった。
指のリングを撫で、蛍の顔が近付いたと思ったら、凄く落ち着いた声が耳元で聞こえた。
「秋、誕生日おめでとう」
まさかのタイミングに驚いていると、同時に曲のイントロが流れ始める。
離れていく優しく包み込むように微笑んだ蛍と、当てられる照明の眩しさに一気にステージという現実に引き戻された。
「⋯ こんばんは、ナナツボシです。今日は皆さんに会えてとても嬉しく思います。最後に俺達の歌を聞いてください!」
蛍が客席に向かって喋りかけると歓声が上がる。
ステージ上だと言う事を忘れるなんてヘマは自分はしないだろうと思っていたが、蛍にしか出来ないこのタイミングでのサプライズに浮かれてしまった。
イントロでの紹介を蛍に任せてしまったのは事実で、一瞬でも浮ついてしまったことがステージ上だということを忘れている何よりの証拠だ。
客席の青と黄色のサイリウムが綺麗で、歌いながら時々合う目線が幸せで、今までに感じたことのない空気間の中でその時間は一瞬だった。
直ぐに今迄必死に準備してきたものが、こんなにも一瞬で終わってしまったという残念な気持ちが湧いてきたが、曲が終わった後の大きな拍手と歓声が簡単に消し去ってくれた。
蛍と笑い合うと、安心できた。
─これで終わりじゃない。
始まったばかりなんだ。
『ナナツボシのおふたり、ありがとうございました!メディア初お披露目という事で、自己紹介して頂きましょうか!』
「はい。ナナツボシのAkiです。こんな大勢の前でのパフォーマンスは初めてでしたが、楽しめました。ありがとうございました!」
「初めまして、Keiです。たくさんの応援ありがとうございました!これからナナツボシをよろしくお願いします!」
『ありがとうございました!それでは、審査員の方にも聞いてみましょうか。ここは、ナナツボシの先輩という、TRAPのおふたりに聞いてみましょうか。如何でしたか?』
「はい!ずっと練習とかしてたの見てたので、今までで一番良くて、流石でした!
事務所は同じで、後輩と言うか⋯ あれ?これ言って良いのかな?」
千尋は答えると雪弥と鷹城の顔を見た。
頷く鷹城に千尋も笑顔になる。
「あ、良いみたいです。ナナツボシのAkiはTRAPのAkiでもあるので、半分先輩で半分後輩みたいなもんです」
客席からはキャーという歓声が上がる。
「僕も今の曲制作の時は少し参加させてもらいました!みなさん、ナナツボシの応援お願いします!」
「それ本当?聞いてないけど」
─おい、千尋のやつ今さらっと爆弾発言したな。
雪弥も反応してるし⋯ それをマイク通して言うなよ。
ったく、後で何言われるか分からないな⋯
千尋は一瞬、雪弥の顔を見ると笑顔を作った。
『ナナツボシとTRAP、すごく仲が良いみたいですね。それに、AkiさんはTRAPのAkiさんというのも気になりますね』
「TRAPの曲を作ってくれているのがAkiです。だからナナツボシ、期待できると思いますよ。
実はKeiとも昔からの知り合いで、まさかこんな風に同じ事務所で活動するとは思っていませんでした」
雪弥が情報を付け足して、上手くまとめる。
片方だけが目立ちすぎるからと蛍の情報も入れたんだろう。
こんな状態でも聞き手に興味を持って貰えるようなアピールは忘れない。
その辺、ちゃんと分かっている所は流石プロだ。
『ファンには嬉しい情報でしたね!ナナツボシのおふたり、TRAPのおふたりもありがとうございました!』
客席からの拍手と歓声に答えてから雪弥に目をやると目が合う。
先程とは違う穏やかな顔つきをしていた。
そしてミュージックフェスはエンディングを迎える。
司会者がこのミュージックフェスのルールを再び読み上げている間に、本日の出演者達が次々とステージ上にあがってきた。
『⋯ フェス終了後はこれまで集まった票の中間発表を致します。ホームページ上での発表です。
フェス終了後もまだまだ増えると予想されるネットの一般投票の結果、獲得表の高かった上位3ユニットには、10月31日にもう一度この会場でパフォーマンスしていただきます!
投票期間は15日間です。皆様の投票お待ちしております!』
司会者が話し終わる頃には出演者全員が礼儀正しく客席に向かって並んでいる。
後はエンディングの “ミュージックフェス” というコールをして終わりだが、出演者達はパフォーマンスを含めても30分とステージ上にはいない。
ーここまでよくみんなテンション保っていられるよな。
まぁでも、審査員やっている方が大変か。
本当出番が最後で良かったよ。
「秋、ぼーっとし過ぎ」
「ちゃんと聞いてるよ」
「本当に?⋯ でも、お疲れ様」
「お疲れ。
⋯ 蛍、ありがとうね。嬉しかった」
ニッコリ笑った蛍に釣られて笑顔を作ると、エンディングのコールに紛れていった。
正直、誕生日だということは忘れていた。
普段からさほど重要視していないし、このミュージックフェスの準備に追われているうちにすっかり記憶から抜け落ちていた様だ。
だから、あのタイミングということもあって嬉しさは増した。
何年も感じていなかった特別感のある嬉しさで、誕生日ごときにここまで気持ちが浮き立ったのは蛍からの言葉だったからなのだろう。
加えて、良いテンションでパフォーマンスを終えられたことにも感謝だ。
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