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5.Music festival.-雨野秋良の場合-
持ち主をなくしたリング
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ゆっくり浸かる筈が、しっかり煮詰まってしまい、少々のぼせ気味でバスルームを出る。
蛍の部屋は2階。
リビングの前を通ったが、明かりが消えていたのが目に入ると2階に上がる。
9月も最後の週。
先週は雨が降って少し肌寒いと感じてたのに、今週になってからはまた夏の夜が戻ってきた様だ。
「あちー。
何?課題?なにか出てたっけ?」
開けっ放しの蛍の部屋に入るなり、目に付いた勉強している風の蛍が目に付く。
「選択授業のだから。秋取ってないでしょう?」
暑いという声に反応した蛍は部屋の扉を閉めてエアコンのリモコンを操作しながら言った。
「何の教科?」
「日本史B」
「Bって。Aとの違いも謎だわ。よく覚えられるな」
「暗記は得意な方かな。
2年の時に日本史Aを取ってた人がBなだけだよ」
「へぇ。俺は暗記系駄目だ」
「被ってない選択は何取ってるんだっけ?」
「うーん、化学と物理?」
「⋯ 俺は理系弱いからなぁ」
壱高の2学年・3学年はフレキシブル制度を導入している学校で、ベースになる必須科目4教科に加え、30~40科目ある中から、最低5科目を選択すれば単位が取れる仕組みになっている。
進学や就職に繋がるようにと、昨年から導入している様だ。
例えば “音楽” だと、“音楽” “ソルフェージュ” “楽典” といったように細かく分けられている為、その科目に関わる授業を複数受けられる。
半数以上の授業が選択の為、クラスはあっても無いようなもの。
幸い、蛍とは3科目が同じだからいつも別の授業という感覚は少ない。
「よし、終わった。お待たせ」
「じゃあ、予定確認していこう」
「うん」
教科書やノートを鞄に仕舞いながら返事をすると、スマートフォンのカレンダーアプリを呼び出して準備完了の様だ。
「明日からは優先してヴォーカルを録りたい。後は歌とコーラスだけだから⋯ 音源は今月中に終わればベストだな。終わるとは思うけど、最悪フェスの10日前に録り終わっていれば良い。
それと見せる様の練習。ステージ上でのパフォーマンスってことね。その辺は千尋にも相談も出来るけど、どうする?」
「お願いしようかな。正直どうしたら良いか分からないし」
「OK.千尋には連絡しておく。
それと衣装。来月頭には上がってくる筈だから連絡待ち。⋯ 今はそんなもんかな。
やらなきゃいけない事はそこまで多く無いけど、レコーディングが終わるまでは毎日通うことになるだろうね。フェスまでの予定は?」
「学校だけ。特に用っていう用はないかな」
「じゃあ一緒に動けるな」
真剣に聞いていたと思ったら、蛍の顔が突然強ばった。
どうせ緊張するとか考えているんだろう。
「⋯ 緊張する」
予想が的中して、つい笑ってしまう。
「緊張してる暇もないくらい忙しいと思う。体調だけ、本当気をつけて」
「うん、わかった」
これから蛍の生活は間違いなく変わっていくだろう。
もし、普通の生活に戻りたいと言っても戻してやれない。
リスクも説明した上で考えてもらい、一緒にやりたいと言ってくれたのだから、本人はある程度の事は理解しているのだろう。
現段階で想像つかない事は、勿論考えられないことは承知の上だ。
何かあれば、その時は全力で守ってやりたいと思っている。
その決意を胸に、スマートフォンを操作する蛍をそのまま抱きしめた。
「蛍、本当に良いの?」
「⋯ 何が?」
「ナナツボシ、やっていくこと」
蛍は驚いた様子だったが、少しの間の後笑って言った。
「何言ってるの?勿論だよ。
あれ?もしかして強引に誘ったとか思ってる?」
「うん、ちょっとね」
「 “秋がいないと生きていけないくらい虜に” してくれるんでしょ?」
こういう、変に肝の据わっている蛍には度々驚かされる。
投げやりかと思ったら全くそんな事はなくて、きっちりデメリットまで考えた上での発言だ。
頭に血が上ると、大事なところをすっ飛ばしてしまうところは、蛍を見習わないといけない。
「勿論」
そう答えたところで、一度家に戻った時に準備した物の存在を思い出す。
「そうだ、蛍」
蛍が、部屋に来る時に一緒に持ってきてくれたんだろう。
入口付近に置いてあったカバンから小さなケースと包を取り出す。
その行動を見ていた蛍が不思議そうに問う。
「何?」
包を蛍に渡すと開けるように促して、蛍には見えない位置でケースの中身を確認した。
ケースの中身は、ペアリング。
これは蛍にと買ったものではない。
秋良とナツが生まれた時に、大人になってもでペアリングを付けてしまう程、仲の良い姉弟で居て欲しい。
性別の違う双子であったこともあり、そう願いを込めて母から送られたもの。
いかにも撫子が好きそうな事だと、聞いた時は絶対にそんな話に乗ってやるものか、双子だってそんなの好んで身につけるやつなんかいないだろと思ったものだ。
包まれていたネックチェーンを取り出し、更に不思議な顔をした蛍から奪い取ると、ナツのリングをチェーンに通し、蛍の首へと掛ける。
「見る度に思い出して傷付けるかもしれない。でも蛍に持っていてほしい」
「何、これ?」
「母さんが昔、俺とナツにくれたリング⋯ 片方はもう持ち主がいないからさ」
蛍が慌てた様子で答えた。
「えっ?!⋯ 貰えないよ、そんな大事なもの」
「⋯ 蛍に持っていて欲しいんだ。ナツもそう望んでいると思う」
蛍は黙り込んで、胸元に下げられたリングを掴んだ。
意識を集中させるように目を瞑っていたが、先程とは違う、何か決心したように目の色が変わった所で声をかける。
「付けてくれる?」
「⋯⋯ うん、大事にするよ」
ここまで来て “貰って良いのか” なんてそんな野暮な事は言わない。
蛍はそういう人間だ。
決心した様子で言ってくれた蛍の、その微笑は憂いを帯びていてとても綺麗だった。
その顔に見惚れていると、蛍に名前を呼ばれる。
「秋のは?ないの?」
「⋯ いや、あるよ」
ケースを持ち上げると、今度は逆に奪い取られる。
ケースの中からリングを取り出し、まじまじとリングを見た。
シンプルな太すぎないもので、つるっとした滑らかな面と凹凸のある素材で線の入った様に見える面を、リング表面に角が出来るようにねじったデザインで素材はプラチナ。
その線の先にはささやかに、オパールがあしらわれて光の加減で様々な色で光る。
蛍はそっと俺の右手をすくい上げると、中指にリングを通した。
「中指だとキツイかな」
サイズを確認しながら薬指に通すとオパールのストーンの位置を調節し、満足そうに口角を上げた。
「なんか、結婚式の指輪交換⋯ 」
口を衝いて出た言葉に、直ぐに気付き恥ずかしさが込み上げてくると、掴まれていない方の手で顔を隠した。
蛍の顔を見れないでいると、ぼんやりと肩が揺れたのが視界に入る。
静かに笑う蛍の声が聞こえてきた。
ひとりで赤くなってしまったのが恥ずかしくて、チラリと蛍の表情を確認すると、何がそんなにツボだったのか笑い声は止みそうにもない。
「⋯ っくくく⋯ 誓いのキスでもしておく?」
予想外の蛍の発言に、恥ずかしさよりも驚きが勝ると、次の瞬間からかわれている事にまた恥ずかしくなる。
─らしくない。
でも、言葉なんて形に残らないもの。
形を残して思いを伝えるなんて、した事がない。
初めての事に戸惑うのは当たり前か。
「冗談だよ⋯ くくく」
客観視してみたら案外落ち着けるもので、これ以上動揺する事はなさそうだ。
形勢逆転を狙い、真面目な顔を決め込んで蛍を見つめた。
目線を逸らさずにじっと。
しかし、いつまでも止まない笑いに声にだんだんとイライラが混ざり混む。
─こんな時にまで、短気。
なんて、自分に対しての言い訳だろう。
フッと笑みを零して蛍の肩を掴むと、キスをした。
少し長めの、触れるだけのキス。
唇が離れると、驚いたのか蛍は真顔になっていた。
これからナナツボシとして活動していくし、家族にもなるかもしれない。
勿論、思い付きでも生半可な気持ちでもないけど、死んだって付き合っていくレベルの関係性。
愛想を尽かされたって、全部捨ててでも取り戻す決心くらいある。
それだけ大事に想っているつもりだ。
短気であることは自覚をしている。
だから、蛍を困らせる事も沢山あるかもしれない。
いや、あると思う。
それでも⋯
「⋯ も、一緒にいてくれる?」
ゆっくりと、柔らかく崩れていく表情に目が離せなかった。
「ふふ⋯ よろしくね、秋」
それは間違いなく “決心” で、今までのどの言葉よりも重く責任感を感じさせるものだった。
蛍の部屋は2階。
リビングの前を通ったが、明かりが消えていたのが目に入ると2階に上がる。
9月も最後の週。
先週は雨が降って少し肌寒いと感じてたのに、今週になってからはまた夏の夜が戻ってきた様だ。
「あちー。
何?課題?なにか出てたっけ?」
開けっ放しの蛍の部屋に入るなり、目に付いた勉強している風の蛍が目に付く。
「選択授業のだから。秋取ってないでしょう?」
暑いという声に反応した蛍は部屋の扉を閉めてエアコンのリモコンを操作しながら言った。
「何の教科?」
「日本史B」
「Bって。Aとの違いも謎だわ。よく覚えられるな」
「暗記は得意な方かな。
2年の時に日本史Aを取ってた人がBなだけだよ」
「へぇ。俺は暗記系駄目だ」
「被ってない選択は何取ってるんだっけ?」
「うーん、化学と物理?」
「⋯ 俺は理系弱いからなぁ」
壱高の2学年・3学年はフレキシブル制度を導入している学校で、ベースになる必須科目4教科に加え、30~40科目ある中から、最低5科目を選択すれば単位が取れる仕組みになっている。
進学や就職に繋がるようにと、昨年から導入している様だ。
例えば “音楽” だと、“音楽” “ソルフェージュ” “楽典” といったように細かく分けられている為、その科目に関わる授業を複数受けられる。
半数以上の授業が選択の為、クラスはあっても無いようなもの。
幸い、蛍とは3科目が同じだからいつも別の授業という感覚は少ない。
「よし、終わった。お待たせ」
「じゃあ、予定確認していこう」
「うん」
教科書やノートを鞄に仕舞いながら返事をすると、スマートフォンのカレンダーアプリを呼び出して準備完了の様だ。
「明日からは優先してヴォーカルを録りたい。後は歌とコーラスだけだから⋯ 音源は今月中に終わればベストだな。終わるとは思うけど、最悪フェスの10日前に録り終わっていれば良い。
それと見せる様の練習。ステージ上でのパフォーマンスってことね。その辺は千尋にも相談も出来るけど、どうする?」
「お願いしようかな。正直どうしたら良いか分からないし」
「OK.千尋には連絡しておく。
それと衣装。来月頭には上がってくる筈だから連絡待ち。⋯ 今はそんなもんかな。
やらなきゃいけない事はそこまで多く無いけど、レコーディングが終わるまでは毎日通うことになるだろうね。フェスまでの予定は?」
「学校だけ。特に用っていう用はないかな」
「じゃあ一緒に動けるな」
真剣に聞いていたと思ったら、蛍の顔が突然強ばった。
どうせ緊張するとか考えているんだろう。
「⋯ 緊張する」
予想が的中して、つい笑ってしまう。
「緊張してる暇もないくらい忙しいと思う。体調だけ、本当気をつけて」
「うん、わかった」
これから蛍の生活は間違いなく変わっていくだろう。
もし、普通の生活に戻りたいと言っても戻してやれない。
リスクも説明した上で考えてもらい、一緒にやりたいと言ってくれたのだから、本人はある程度の事は理解しているのだろう。
現段階で想像つかない事は、勿論考えられないことは承知の上だ。
何かあれば、その時は全力で守ってやりたいと思っている。
その決意を胸に、スマートフォンを操作する蛍をそのまま抱きしめた。
「蛍、本当に良いの?」
「⋯ 何が?」
「ナナツボシ、やっていくこと」
蛍は驚いた様子だったが、少しの間の後笑って言った。
「何言ってるの?勿論だよ。
あれ?もしかして強引に誘ったとか思ってる?」
「うん、ちょっとね」
「 “秋がいないと生きていけないくらい虜に” してくれるんでしょ?」
こういう、変に肝の据わっている蛍には度々驚かされる。
投げやりかと思ったら全くそんな事はなくて、きっちりデメリットまで考えた上での発言だ。
頭に血が上ると、大事なところをすっ飛ばしてしまうところは、蛍を見習わないといけない。
「勿論」
そう答えたところで、一度家に戻った時に準備した物の存在を思い出す。
「そうだ、蛍」
蛍が、部屋に来る時に一緒に持ってきてくれたんだろう。
入口付近に置いてあったカバンから小さなケースと包を取り出す。
その行動を見ていた蛍が不思議そうに問う。
「何?」
包を蛍に渡すと開けるように促して、蛍には見えない位置でケースの中身を確認した。
ケースの中身は、ペアリング。
これは蛍にと買ったものではない。
秋良とナツが生まれた時に、大人になってもでペアリングを付けてしまう程、仲の良い姉弟で居て欲しい。
性別の違う双子であったこともあり、そう願いを込めて母から送られたもの。
いかにも撫子が好きそうな事だと、聞いた時は絶対にそんな話に乗ってやるものか、双子だってそんなの好んで身につけるやつなんかいないだろと思ったものだ。
包まれていたネックチェーンを取り出し、更に不思議な顔をした蛍から奪い取ると、ナツのリングをチェーンに通し、蛍の首へと掛ける。
「見る度に思い出して傷付けるかもしれない。でも蛍に持っていてほしい」
「何、これ?」
「母さんが昔、俺とナツにくれたリング⋯ 片方はもう持ち主がいないからさ」
蛍が慌てた様子で答えた。
「えっ?!⋯ 貰えないよ、そんな大事なもの」
「⋯ 蛍に持っていて欲しいんだ。ナツもそう望んでいると思う」
蛍は黙り込んで、胸元に下げられたリングを掴んだ。
意識を集中させるように目を瞑っていたが、先程とは違う、何か決心したように目の色が変わった所で声をかける。
「付けてくれる?」
「⋯⋯ うん、大事にするよ」
ここまで来て “貰って良いのか” なんてそんな野暮な事は言わない。
蛍はそういう人間だ。
決心した様子で言ってくれた蛍の、その微笑は憂いを帯びていてとても綺麗だった。
その顔に見惚れていると、蛍に名前を呼ばれる。
「秋のは?ないの?」
「⋯ いや、あるよ」
ケースを持ち上げると、今度は逆に奪い取られる。
ケースの中からリングを取り出し、まじまじとリングを見た。
シンプルな太すぎないもので、つるっとした滑らかな面と凹凸のある素材で線の入った様に見える面を、リング表面に角が出来るようにねじったデザインで素材はプラチナ。
その線の先にはささやかに、オパールがあしらわれて光の加減で様々な色で光る。
蛍はそっと俺の右手をすくい上げると、中指にリングを通した。
「中指だとキツイかな」
サイズを確認しながら薬指に通すとオパールのストーンの位置を調節し、満足そうに口角を上げた。
「なんか、結婚式の指輪交換⋯ 」
口を衝いて出た言葉に、直ぐに気付き恥ずかしさが込み上げてくると、掴まれていない方の手で顔を隠した。
蛍の顔を見れないでいると、ぼんやりと肩が揺れたのが視界に入る。
静かに笑う蛍の声が聞こえてきた。
ひとりで赤くなってしまったのが恥ずかしくて、チラリと蛍の表情を確認すると、何がそんなにツボだったのか笑い声は止みそうにもない。
「⋯ っくくく⋯ 誓いのキスでもしておく?」
予想外の蛍の発言に、恥ずかしさよりも驚きが勝ると、次の瞬間からかわれている事にまた恥ずかしくなる。
─らしくない。
でも、言葉なんて形に残らないもの。
形を残して思いを伝えるなんて、した事がない。
初めての事に戸惑うのは当たり前か。
「冗談だよ⋯ くくく」
客観視してみたら案外落ち着けるもので、これ以上動揺する事はなさそうだ。
形勢逆転を狙い、真面目な顔を決め込んで蛍を見つめた。
目線を逸らさずにじっと。
しかし、いつまでも止まない笑いに声にだんだんとイライラが混ざり混む。
─こんな時にまで、短気。
なんて、自分に対しての言い訳だろう。
フッと笑みを零して蛍の肩を掴むと、キスをした。
少し長めの、触れるだけのキス。
唇が離れると、驚いたのか蛍は真顔になっていた。
これからナナツボシとして活動していくし、家族にもなるかもしれない。
勿論、思い付きでも生半可な気持ちでもないけど、死んだって付き合っていくレベルの関係性。
愛想を尽かされたって、全部捨ててでも取り戻す決心くらいある。
それだけ大事に想っているつもりだ。
短気であることは自覚をしている。
だから、蛍を困らせる事も沢山あるかもしれない。
いや、あると思う。
それでも⋯
「⋯ も、一緒にいてくれる?」
ゆっくりと、柔らかく崩れていく表情に目が離せなかった。
「ふふ⋯ よろしくね、秋」
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