まだ、言えない

怜虎

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4.Autumn.

空元気

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そうこうしている間に日付は23日。

明日はもう、秋良と鷹城が来る日だ。

まだ抜け出せないベッドの中でぼんやり、秋良は今頃どうしているかと考えていると、メールを知らせる音が鳴り響いた。


メールは悠和からだった。


『今日の約束、忘れてないよね?』



─そうだ。今日は悠和に映画に誘われていたんだった。



ディスプレイ上部に表示されたデジタル時計を見て、勢いよく起き上がった。

待ち合わせの時間まで1時間を切っている。

映画の時間に合わせての待ち合わせ時間だ。

遅刻したらシャレにならない。


慌てて支度をすると蛍は家を飛び出した。



「悠和、ごめん!」


息を切らせて悠和に駆け寄ると、膝に手を当てて屈んだ。


「そんな急がなくても、連絡くれれば良いのに」

「いや⋯ っとにごめん⋯ 寝過ごした」


酸素を取り込みながらの謝罪に悠和は笑っていた。


「ありがとうね」

「⋯ うん?」

「俺の為にそんな必死になってくれて」

「え?」


だんだんと呼吸が整ってくると、驚く余裕も出てきた様だ。


「こうやって普通に話してくれるだけで十分だと思ってたのに⋯ 人間とは欲深いもので、それが叶ったらもっと上を求めてしまう。俺も例外じゃない。でも蛍はいつでも期待以上ものを俺にくれるから」


ふわっと笑ったその顔に気の迷いなど無かった。

悠和のその眼差しは、とても強いものに見えた。


しかし、そう感じてしまったら、なんだかいたたまれない気持ちになった。


「⋯ もらってるのは俺の方。本当、みんなには感謝してる」


こうやって都合が悪くなると解ってないフリして話を逸らす自分が嫌いだ。


悠和の顔を見れないまま、映画館へ行こうと歩きだした。



ロビーに立ち込めるバターやキャラメルの匂い。

定番のそれを買うかと尋ねられたが、密かに苦手なものだと丁重にお断りして、ドリンクだけ注文すると 受け取り席に着いた。


「悠和だけ食べても良かったのに?」

「雰囲気で食べてただけだから、そんなにこだわりは無いよ。これありがとう」


そう言ってドリンクのカップにストローを差しこんだ。


「⋯ うん」


自分の分にもストローを差したところで、場内がゆっくりと暗くなっていった。

物語は何百年か後の設定。

地球を守る為に結成された組織を中心に話は進んでいく。

彼らは迫り来る地球外生命体と勇敢に戦う。



─⋯ 男女が出てくる洋画って、結構なラブシーンあるんだよね。

うーん⋯ このタイミングではなかなかに気まずい。



まんまとそれに感化されたのか、悠和の手がそっと手の上に重なった。



─まぁそうなりますよね。



冷静に判断できている割に、早くなる鼓動に蛍は戸惑う。

暗闇も手伝ってか、顔が見えないだけ尚更だ。


こんな静かな映画館じゃ心臓の音が聞こえてしまいそうな程。


それは、戸惑いではなく、確信。


そう思った次の瞬間、重ねられた手はキュッと握られた。



その後の映画の内容は殆ど覚えていない。

この後、何と言って説明したら良いかがずっと、頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。


突き放せない。

傷付けたくない。


けど、傷付きたくない。

本当に卑怯だ。


映画が終わっても、映画の話が出来るわけでもなく、何を言おうかと考えていると悠和から提案かあった。

起きてすぐ来たんならお腹空いているだろうと食事に誘われ、代替案も思いつかないことだしと素直に頷いた。


待ち合わせが15時だったのもあり、映画を見たらもう19時手前。

丁度ご飯時だ。


「ねぇ悠和って家どこ?」

「⋯ 蛍と同じ駅だよ」


その言葉に目を丸くした。


「えっ?本当に?気付かなかった」

「ずっと部活で帰り一緒になることもなかったし、蛍の家とは反対方向だからね」

「そっか⋯ もう少し近ければ中学も一緒だったのかも」

「⋯ うん」



何でもないような言葉が、誰かを傷付けるなんて思いもしなかった。

無神経だなんて、そんなつもり全く無かった。


悠和の微笑にそんな意味が詰まっていたなんて、この時は思いもしなかった。

最寄り駅に着くと、悠和は送って行くと言って歩き出す。

駆け寄って大丈夫だと断ったが、もう少し一緒にいたいからと言われてしまっては嫌とは言えない。


途中の公園で昼間のお礼と言って、コーヒーを買うとベンチに腰掛ける。

隣に座って少しの沈黙の後、悠和が口を開いた。
 

「蛍、その⋯ 彼女とはどう?って言うのも何か変だけど」


苦笑いをして俯く悠和を見ると、罪悪感が襲って来る。


「⋯⋯ 」

「こうやって⋯ 時間作ってくれるのも、だいぶ無理してるんじゃないかなと思って。俺は蛍の力になれるならなんでもするし、愚痴吐くでもなんでも、好きに使ってくれて良いから」



この人はどこまで真っ直ぐなのだろう。

人の為を思って自分が傷付いても構わないというのか。


「ごめん、悠和⋯ 本当のこと話すよ。黙っていてごめん、色々と」

「⋯ 蛍?」


思い詰めたような顔で言葉を押し出した蛍に、悠和は不思議そうに目をぱちぱちさせて首をかしげた。

ゆっくりと息を吐く。


「旅行で言った彼女の話⋯ ナツっていうんだけどね。俺はそれしか知らない。
思いが通じた日からナツとは連絡が取れなくなった⋯ その後の連絡は電話とメールを1~2回。たったそれだけ入れて、あとは自分が傷つきたくなくて、それ以上はしなかった。後退よりも現状維持を選んだんだ。
自分自身も日に日に忙しくなって、気持ちもだんだん紛れてきて⋯ ナツもただ忙しくて連絡出来ないだけだろうなんて思い始めていた。
卒業旅行の日⋯ 部屋でああ言ったのは別の事実をねじ曲げる為。それも結局自分を守る為にやった事。山口はそれに協力してくれただけなんだ。
ナツと連絡取れなかったのは⋯⋯ 彼女が亡くなっていたから。何もかもが遅かったんだ⋯ 」


あれから自分の口からナツの事を話すのは初めてだった。

思い詰める程辛くないのはあれだけ泣いたせいだろうか。


悠和は一瞬驚いた表情を見せると、顔を歪め蛍の体を抱き寄せた。


「ごめ⋯ 思い出させて⋯⋯ 」


悠和が背中を摩ると、一滴の涙が悠和の肩に落ちて吸い込まれていく。


悠和の優しさに、麻痺した心が少しだけ和らいだ気がした。


「蛍、辛い事あったら言って?なんの力にもならないかもしれないけど、いくらでも話聞くから」


抱きしめながら言う悠和に頷く事しか出来なかった。


こんなずるい人間に、どうしてみんな優しいのだろう。


答えは出ないまま、浮かんでは積もっていくばかりだった。

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