まだ、言えない

怜虎

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4.Autumn.

夢と現実

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体を無理やり返されたと同時に意識がはっきりとする。

視界には暗闇が広がっていて、唇に何度も暖かい肌が強く深く押し当てられる感覚だけが支配した。

両腕はベットに抑え付けられビクともしない。

強い力。

力を入れてみたけど、振り払うことは出来なかった。

振り払えないなんて、思ってもみなかった。

こんなにも簡単に捕えられてしまうんだと、妙な焦りを感じると息が上がっていく。


「はぁっ⋯⋯まっ、て 」


自分の口から漏れでるその吐息と声に羞恥を覚えるも、止める事は出来なかった。

顔や体が熱くなっていくのがわかる。

訴える声も聞き入れてはもらえず、開かれた唇の隙間から舌が入り込んできた。

必死で逃げ惑っても、すぐに見つかり絡め取られてしまう。

唇や舌を吸い寄せられるその度、熱く甘い刺激がピリピリと体中を走り抜ける。


「あま、のっ⋯⋯」


乱暴で獣のような強い目に捕えられる。

執拗に繰り返されるキスは、息が満足に出来なくても嫌とは感じなかった。

されるがままのキスに、いつしかしっかり答え、夢中になって求めていた。

五感を翻弄し呼吸するのも忘れるくらい本能的に求めていた。

深く、長く、何度も重ね合う。

貪るキスから一瞬唇が離れると、優しく包み込むようなキスが落とされた。

長めのキスの後、大きな手が頬を包み込む。

抑えられていた手が自由になると、目尻を下げて微笑むその人の首の後ろに手を回し、引き寄せてキスをした。


「⋯えっろ」

「なっ⋯んっ⋯⋯」


満足げに笑う秋良に反論しようと声をあげると、甘い微笑と共に再び優しく口付けられた。

先程よりも長いキスをして、額に、目頭に、頬にチュッと音を立てて軽いキスを落としていく。

首筋までたどり着くと今度は、甘噛みされ、軽く刺激を与えると、舌をを這わせた。


「⋯⋯んっ」


耳の近くで卑猥な音が響き、体が浮き上がる。

背中が甘く痺れ仰け反ると、愛撫は深くなっていった。

ナツの夢を見た。

あの、七夕の夜の夢。

海岸でキスをしたと思ったら、突然現実に引き戻されて秋良とキスをしていた。

激しく求め、噛み付くようなキス。

されるがままに何度も口付けられ

翻弄される内に何度も求めていた。

昨夜の自分を思い出して赤面する。

秋良とのキス。



ー雨野とのキス⋯⋯した?!

しかも、あんなにも濃厚な⋯



上昇した体温が一気に冷える感覚が襲う。

夢ではない事は確かだ。

唇に残る感覚が余りにもリアル過ぎるし、優しく包み込むよう様に抱き寄せて離さない腕が現実だと告げていた。

規則正しい寝息を立てる横顔に問う。



ーだって俺達は、男同志なのに。

⋯どうして雨野は俺なんかにキスしたの?



ナツへの想いに気付いた時、もう遅いと毎日落ち込んでいた。

なんでもお見通しとでも言うように、何も聞かずに傍にいてくれたのは秋良だった。

ユニットの練習を始めてからは毎日の様に一緒にいて、沈む気持ちを紛らわせてくれたのも秋良だった。

だけど、どうして⋯?

聞けもしない疑問が頭の中を何度も駆け巡る。

いつもよりも早い鼓動が、強く脈打っていた。


すっかり外は明るくて、カーテンの隙間から差し込む光で秋良の色素の薄い髪が透ける。


「う、ん⋯」


秋良の声がすると蛍は咄嗟に目を閉じた。

本当は起きている事がバレやしないかとドキドキしていると、秋良は髪を何度か梳いて頬を撫で、指の腹で唇をなぞった。

目頭にそっとキスを落とすと、ベッドからすり抜けて行く。


自ら起きるのが良いか、それとも起こされた方が良いか。

昨夜の事を思い出してしまうと、どんな顔で秋良に会えば良いかわからなかった。目を開けられないまま次の手を考えていると、大き目の電子音が部屋中に響いた。

秋良が部屋を移動する気配がするとその電子音は止まる。


「はい⋯⋯あぁ、起きてる⋯うん。悪いな⋯ 蛍はまだ寝てる⋯⋯うん、わかった⋯うん、後で」


先程の電子音はスマートフォンの着信音だった様で、会話を終えて数秒後に体が揺すられる。


「蛍、起きて?」


着信音で起きたかのように装った方が自然だろうかと迷っている内に、秋良はベッドに腰掛け名前を呼んだ。


「⋯う⋯ん?」


寝起きらしい声を出し、腕で目を覆うとゆっくり目を開けた。

久しぶりでも演じる感覚は鈍っていないようだ。


「ほら、もうすぐ集合時間」

「⋯⋯うん」


目の上から腕を外すと、眩しさにもう一度目を閉じる。

勿論これも “ふり” だ。


秋良はクスリと笑って、蛍の髪を撫でた。

その声が、肌が、昨夜の記憶を呼び覚ます。

照れ隠しに寝惚けている風を装って、部屋に入り込む光を遮る様に顔を隠したりと、秋良の顔を見ない様努力をしたが、それを続ける訳にもいかない様だ。


「⋯けーい?」


甘い声でもう一度名前を呼ばれる。


例え体調が悪いとしても、卒業旅行中に一日中ベッドの中にいるなんて許されないだろう。

寝転んだまま伸びをすると、意味もなく部屋の一点を見つめた。

“目を覚ましている” 最中だ。


「本当、猫みたい」


秋良はもう一度クスっと笑う。


「⋯⋯ん?」

「何でもない。はい、本当に準備して?」


秋良は少し機嫌が良い程度で、他はいつと変わらない様子だった。

その機嫌の良さが優しくて柔らかい雰囲気を作り出している気がして、妙にくすぐったく感じた。


ベッドから出ると着替えも持って、歯を磨きに洗面所へ向かう。

何もかもが恥ずかしさに変換されてしまい、なかなかベッドから出る事が出来ずに時間をロスしてしまっているが、大分前に起きてはいたんだ、動き出してしまえば早い。

秋良にも急かされ急いで支度をすると、ろくに片付けもせずに部屋の外に出た。

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