まだ、言えない

怜虎

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3.Summer vacation.-雨野秋良の場合-

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「で、話って?」


事務所の一室。

ミーティングスペースにあるソファーに座ると、わざわざ呼ばれた理由だけを求めた。


「まぁまあ、そんなに慌てないでよ」

「俺も話したいことあったから良いけど」

「じゃあ秋から」

「はぁ?⋯まぁ良いか。
蛍の家に挨拶しなきゃと思っててさ。鷹城も来てほしくて」

「うん。それは勿論」


鷹城がエセ笑顔で笑うと、蛍は不思議そうに問う。


「え、そんな大事なの?」

「普通そうだろうね。
高校生のしかも同級生の俺だけじゃ説得力無いでしょ」

「雨野の事、父さん知ってるのに?」

「だからこそ、かな」


蛍の人生が掛かっているのだから、佳彦にはしっかりと挨拶したい。

あの佳彦相手であっても冗談、ただの目標や夢、程度にしか思われないだろう。

蛍と言葉を交わすと、鷹城に向き直った。


「蛍の家も父子家庭なんだけど、驚く事に親同士が恋人だったっていう作られたような話でさ」

「へぇ!それは運命的だね」

「半分息子みたいなのが一人で挨拶行っても説得力ゼロでしょ?」


成程と口に出して鷹城は頷く。


「って事で、日程はまた後程。
で?電話で言ってた良い話って何?」

「ああ、うん」


鷹城は茶封筒からプリントを取り出すと一枚ずつテーブルの上に置いた。


「ミュージックフェス?」

「うん。秋は知ってると思うけど、一応説明するね。
事務所推薦で所属の新人アーティストを1組エントリーして、ライブ形式のステージを一般のお客さんに見てもらうんだ。当日の演奏をホームページにアップして、インターネットで人気投票をする。
出れば注目されるのは間違いない。10組しか出れないから結構競争率高くて出たくてもなかなか出れないやつだね」

「で?エントリーできるの?」

「TRAPが審査員に呼ばれていたから、社長が1組出演枠を貰えるように交渉したらあっさりOKが出たんだよ」

「流石、仕事が早いな」


TRAPも同じく、フェスに出てから人気が上がったんだ、十分期待できるだろう。


「で、そのフェスの日が10月15日ね。結構すぐなんだけど、あれだけの完成度なら大丈夫だろうって社長が。1曲だけだし。どう?秋、蛍くん」

「あれ⋯雨野、その日誕生日じゃなかった?」


覚えていてくれた事が素直に嬉しかった。

鷹城の存在を忘れて思わず笑顔全開で蛍に笑いかける。


「そうだったね!
誕生日にお披露目なんて、ますます運命的だね」


鷹城はそう言うと、返事も聞かずに話しを勧めていった。

断る気はなかったが、蛍には何か意見があったかもしれない。

やり過ごしてしまった事に少し反省したが、蛍の真剣な眼差しに安心した。


話はスムーズに進み、今朝リストにした決めなければならないものはほぼ決める事が出来た。

だんだんと実感が湧いてくる。


「後は佳彦さんの予定を聞いて挨拶行くのと、ユニット名か」

「ユニット名は2人で決めて良いって社長も言ってた。
9月中旬には出演アーティストの情報を主催側に提出しなければいけないからそれまでって」

「まじで?TRAPの時のあの執着心はなんだったの?」

「あはは、確かに。社長も初めてのユニットだったし、関わりたかったのかもね」

「今回はどうでも良いって事か」

「いや、逆に秋だから口出さないのかも」

「なんで?そんなに信頼されてる様にも思えないけど」

「秋は言っても聞かないからね」

「⋯まあ、確かに?」


鷹城が盛大に吹き出すと、蛍はそれを不思議そうに見ていた。


「じゃあ、蛍は佳彦さんの予定を聞いてほしい。これも出来ればその書類提出前にやりたい」

「あ、うん。分かった」


不安と期待が混じり合うような感覚は膨らむ一方で、それに釣り合うのはただ漠然とある充実感。

あれこれ準備に追われる日々を過ごすと、あっという間の “受験生” の夏休みは幕を閉じた。

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