まだ、言えない

怜虎

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3.Summer vacation.-雨野秋良の場合-

決意

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後味の凄く悪い夢の後、着信音が部屋に鳴り響くと秋良は目を覚ました。

まだ覚めきっていない目を片目だけ開けて手探りでそれを掴むと、サイドボタンで通話に切り替える。


「⋯はーい」

『ごめん、寝てた?千尋です』


欠伸をしてから少しの間の後電話の相手をやっと認識した。


「あぁ⋯千尋か」

『秋ちゃん、お休みの所朝から申し訳ないんだけど⋯今度の新曲の事で相談があってさ。出てこれない?』

「う、ん?⋯?、わかった。どこ?」

『事務所でも良い?』

「あぁ⋯良いよ。昼までには行く」

『うん!ありがとう!』


千尋は嬉しそうにお礼を言うと早々に電話を切った。


千尋はテキトーそうに見えて案外真面目なタイプ。

時々こんな風に突然呼び出しては、練習だ相談だと付き合わされる。

向上心があるのは良い事だ。

あの雪弥と上手くやっていけるのも、こういう性格だからなのかもしれない。


秋良は握ったままのスマートフォンをトップ画面に変えると、時間を確認する。


「早⋯まだ7時かよ」


朝は苦手だ。

悪夢を見た日なんて特に起きれない事が多い。

そういう意味では、現実世界に引き戻してくれた千尋に感謝するべきなのかもしれない。

2度寝を少し考えてから、折角早く起きた事だし時間を有意義に使おうと身体を起こした。


結局、昨日はあのまま気分がのらなくて直ぐに事務所を出た。

折角蛍に上げてもらったテンションを鷹城に⋯いや、落とす結果になったせいだ。

気晴らしに海に行こうと思ったけど、時間も時間だし流石に諦めて家に戻る事にした。

持ち帰っても出来る内容ではあったが、そんな気分にもなれなくて、結局何もせずに眠りについた。


そのツケが後に、夢となって回ってくる。

いつもの事だが、間違いなくダメージは大きい。

それでも起きてしまえば仕事モードで、家から一時間程かかる事務所にも9時前には到着していた。


「秋?どうしたの、こんなに早く?」

「千尋に呼ばれた。その前に昨日の続きやろうかと思って」

「そう⋯」


鷹城はそれ以上、何も聞かずに黙々と掃除や事務仕事なんかをしていた。

況してや掃除には邪魔な筈の俺を気遣っている。

寧ろ、自分の存在を消すように。

そういう所、変にしっかりしていて本当、マネージャーってやつは恨みきれない。


「鷹城」

「ん?どうかした?」


忙しそうに動き回っていても、声を掛ければしっかり手を止めて話を聞いてくれるところは流石鷹城だ。


「俺さ、歌おうかな⋯と思って」


鷹城が目を何度かぱちくりさせた。
そして遅れて聞こえた驚きの声。


「えぇ!??」

「⋯そんなに驚く?」

「いや、だって秋が?えぇ!!??何で??」

「何でって⋯歌いたくなったから」


暫くの間、時が止まった様に驚いていたけど、次第に明るい顔になっていく。

希望を見つけた様なうざったいくらいの笑顔が近付く。


「うん⋯うん!雪弥達も喜ぶと思うよ!
秋に歌って欲しいってずっと言ってたし」

「⋯それは千尋の意見でしょ。雪弥はそうは思ってない」

「大丈夫だよ!」



─鷹城はそう言ったけど、やはり俺の嫌な予感は的中した。



「だめだ」

「⋯お前、絶対俺のやることを否定しているだけだよね?」


千尋と共にやってきた雪弥は話を聞くなり否定した。

予想通り過ぎる展開に話し合う気分にはなれなかったが、煽られては引き下がれない。


「お前の言った言葉そのまま返すよ。
この話は秋、お前だけのものじゃない。俺にも意見する権利がある」



─一字一句ズレのないリピートがムカつく。



雪弥を睨みつけたが効果は無く、寧ろ勢いを増した。


「第一、俺達がいるのにツインのユニットをもう一つなんてROOT  ※1には必要ない」

「TRAPとは違う形態にするんだからそこは問題じゃないだろ。それに、TRAPより売れる自信がある」

「そういう問題じゃない」

「お前が先に話を変えてきたんだろ」

「ちょっと!2人共」

「少し落ち着こう?」


千尋と鷹城が割って入ると、少しだけ熱が冷める。

しかし、簡単には止まる筈がなくて、短い溜息が漏れた。


「⋯こんなこと本当は言いたくないけど、お前とはこれ以上この話進められない。俺が降りても良い。でも蛍は渡さない」


バンと机を叩いて立ち上がる。


「ごめん、千尋。今日は出直す」


あっけに取られている千尋に一方的に断りを入れると、事務所を飛び出した。


XXX
※1:ROOT (ルート):秋良、TRAPの属する芸能事務所の名称

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