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3.Summer vacation.-雨野秋良の場合-
きっかけ
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「蛍!ごめん、お待たせ。どこか入っていれば良かったのに」
「もう良いの?話し合い」
「⋯雪弥とはいつもあんな感じで、ぶつかったら1日時間を空けるってのが暗黙のルールだから。
それより、蛍と話がしたかったし」
罪悪感がある。
話をほじくり返すのは正直好きじゃない。
けどこればかりは、放っておけば雪弥が先に動くのは目に見えている。
「うん⋯」
少しだけ、蛍が嬉しそうな顔をした気がした。
「どっか適当に入ろうか。
この辺のお勧めは、そこの角を曲がったMr.っていうカフェ。カフェっていうより所謂昔ながらの喫茶店だけど。そこで良い?」
「うん、大丈夫」
久しぶりの蛍の笑顔。
秋良は自分でも驚くほど安心していた。
傷付けたくない、この笑顔を失いたくない。
そう思った。
「マスター」
店に入ると秋良はひらひらと手を振りながら店主に挨拶をする。
「あぁ秋、久しぶりじゃないか。今日は仕事?」
「まぁそんなところ。俺いつものね。蛍は?」
店の奥にある席に腰掛けながら言う。
「あ、うん。じゃあアイスティーを」
蛍が腰掛けるのを見てマスターが言った。
「かしこまりました」
出されたお絞りで手を拭くと、すぐに飲み物が出てくる。
「ありがとう」
秋良がそう言ってから少しの間は他愛のない話で時が流れる。
久しぶりとか、何してたとか。
ひとしきり話し終わると沈黙がやってくる。
この感じはいつまでも慣れない、苦手だ。
「⋯蛍はさ。雪弥に誘われてどう思った?」
それでも雪弥に先を越されたくないという小さな対抗心で口を開く。
「うーん⋯俺もさっき初めて聞いた話だから考えがまとまってる訳では無いけど」
「何て言われたの?そもそも話しの始まりはどこから?」
「始まり⋯うーん、そうだな。TRAPの舞台を観に行った時かな。ほらチケット貰ったでしょ?その時楽屋に挨拶しに行くことになって、そしたらたまたま雪弥に会ってさ。その後たまたま中学の時入ってた劇団に顔出したらたまたま雪弥も来てて、話が盛り上がって一緒に歌うことになって歌って⋯今日会うことになった?」
「たまたま多いな。しかも疑問系。
というか、なんで楽屋に通されたの?」
「それも人助けしたらたまたまそういう展開になって⋯だから俺も正直追いついていけてない。話理解していないまま雨野と雪弥は喧嘩するし」
蛍は膨れっ面を隠すようにアイスティを口に含んだ。
「ごめんって。
⋯ということは雪弥とは前から知り合いだったの?いつから?」
「⋯初めて会ったのは小5だと思う。劇団の先輩なのは確か」
「覚えてないの?」
「うん、実はあんまり」
蛍は苦笑いを浮かべた。
「その割には名前呼び⋯」
愚痴をこぼしても当の本人は自分の記憶を辿るように一点を見つめていて、聞こえていないようだっだ。
そんな下らない事で嫉妬したけど、本人が忘れてしまう程度の印象だったのだろうか。
TRAPが好きだと言っていたからファンである事には間違いないが、雪弥にそれ以上の執着心はない様に思えた。
「蛍はそういうの、やりたいって気持ちはある?」
「うーん、急に降ってきた話だからなぁ⋯自分が人前で歌うとか想像出来ないっていうのが最初に感じたことかな。でも⋯」
蛍は言いかけると、心を落ち着かせるように小さく深呼吸をした。
「でも本当は期待したかも」
「期待?」
「俺がTRAP好きになったきっかけ、言ってないよね?」
「え⋯うん」
その時の蛍の目はキラキラと輝いていた。
「俺はTRAPの曲に惹かれて、TRAPを好きになったんだよね」
それはつまり、自身の作った曲がきっかけという事で良いのだろうか?
蛍の人生に少しでも影響を与えていたんだと秋良はニヤつきそうになる顔に力を入れて答えた。
「そっか⋯」
「雪弥の話を受けたら、TRAPの曲作っている人にも会えるかなっていう下心はあったよ」
決定的な言葉を本人から聞いて舞い上がりそうになるのをぐっと堪える。
「そっかー、雨野がTRAPの作曲家だったんだ⋯なんかびっくり」
蛍は照れ笑いをすると、肘をついた手の上に顎を乗せてこちらを見詰めた。
蛍が可愛くて悶え死にしそうだ。
2人きりでいたら間違いなく抱きしめているであろう。
秋良は綻びそうになる表現を抑えて、一生懸命に話す蛍の話に集中した。
蛍のTRAPへの想いは絶えることなく、紡がれた。
途中入ってくる雪弥と千尋の話題には目を瞑り、楽しげな蛍をずっと見ていた。
「一番好きな曲は?」
「マゴコロ!一択!」
「あー、この前家で弾いてたやつ。
蛍の弾いたアコースティックバージョン、すごく良かった!」
そうやって褒めると、やっぱり照れる。
本当、可愛いやつ。
それから暫く “Mr. ”で喋って、その後駅で別れた。
蛍のおかげで調子が戻った気がして、途中で投げ出した仕事の続きを進めようと事務所に戻った。
雪弥がいない事を確認して元いた場所に落ち着くと、今度はギター片手に勧めていく。
悩みがなくなった訳では無いが、気分がスッキリした事で進みも良い。
黙々と勧めていると、テーブルにマグカップが置かれた。
「秋、機嫌直った?」
鷹城が機嫌を伺う声色で尋ねる。
「鷹城には怒ってるけどね」
「だから悪かったって」
「⋯⋯⋯」
顔の前で手を合わせる鷹城を見ずに手元のギターに視線を落とすと少しの沈黙の後鷹城は口を開く。
「言ったの?ナツの事」
切り込んだ鷹城の言葉に秋良は動きを止め、溜息を吐く。
「⋯言えないよ」
「だよね⋯」
「とりあえず俺はまだ、蛍の口からナツの名前を聞いていない。でも俺がTRAPに、この事務所に関わっている事を知ったわけだから⋯蛍はこの後どうするかな」
「⋯時間の問題かもね」
人事のように言った鷹城の顔を秋良は睨んだ。
「はぁ⋯時間を戻せるなら戻したい⋯」
「まぁ、自業自得だね。
でもいつかは言わなきゃいけないんじゃない?」
笑う鷹城を睨んだけど、尤もらしい事を言われて思い直す。
そんなことはわかっている。
あれだけ元気のない蛍を毎日見ていたんだ。
俺とナツの繋がりがあると蛍が思っているのだとしたら⋯蛍を思うなら、先に言ってやった方が良いに違いない。
「わかってる。
でも⋯まだ、言えない」
鷹城は秋良の苦痛に歪んだ顔を、見ない様に目を伏せ気遣う事しか出来なかった。
「もう良いの?話し合い」
「⋯雪弥とはいつもあんな感じで、ぶつかったら1日時間を空けるってのが暗黙のルールだから。
それより、蛍と話がしたかったし」
罪悪感がある。
話をほじくり返すのは正直好きじゃない。
けどこればかりは、放っておけば雪弥が先に動くのは目に見えている。
「うん⋯」
少しだけ、蛍が嬉しそうな顔をした気がした。
「どっか適当に入ろうか。
この辺のお勧めは、そこの角を曲がったMr.っていうカフェ。カフェっていうより所謂昔ながらの喫茶店だけど。そこで良い?」
「うん、大丈夫」
久しぶりの蛍の笑顔。
秋良は自分でも驚くほど安心していた。
傷付けたくない、この笑顔を失いたくない。
そう思った。
「マスター」
店に入ると秋良はひらひらと手を振りながら店主に挨拶をする。
「あぁ秋、久しぶりじゃないか。今日は仕事?」
「まぁそんなところ。俺いつものね。蛍は?」
店の奥にある席に腰掛けながら言う。
「あ、うん。じゃあアイスティーを」
蛍が腰掛けるのを見てマスターが言った。
「かしこまりました」
出されたお絞りで手を拭くと、すぐに飲み物が出てくる。
「ありがとう」
秋良がそう言ってから少しの間は他愛のない話で時が流れる。
久しぶりとか、何してたとか。
ひとしきり話し終わると沈黙がやってくる。
この感じはいつまでも慣れない、苦手だ。
「⋯蛍はさ。雪弥に誘われてどう思った?」
それでも雪弥に先を越されたくないという小さな対抗心で口を開く。
「うーん⋯俺もさっき初めて聞いた話だから考えがまとまってる訳では無いけど」
「何て言われたの?そもそも話しの始まりはどこから?」
「始まり⋯うーん、そうだな。TRAPの舞台を観に行った時かな。ほらチケット貰ったでしょ?その時楽屋に挨拶しに行くことになって、そしたらたまたま雪弥に会ってさ。その後たまたま中学の時入ってた劇団に顔出したらたまたま雪弥も来てて、話が盛り上がって一緒に歌うことになって歌って⋯今日会うことになった?」
「たまたま多いな。しかも疑問系。
というか、なんで楽屋に通されたの?」
「それも人助けしたらたまたまそういう展開になって⋯だから俺も正直追いついていけてない。話理解していないまま雨野と雪弥は喧嘩するし」
蛍は膨れっ面を隠すようにアイスティを口に含んだ。
「ごめんって。
⋯ということは雪弥とは前から知り合いだったの?いつから?」
「⋯初めて会ったのは小5だと思う。劇団の先輩なのは確か」
「覚えてないの?」
「うん、実はあんまり」
蛍は苦笑いを浮かべた。
「その割には名前呼び⋯」
愚痴をこぼしても当の本人は自分の記憶を辿るように一点を見つめていて、聞こえていないようだっだ。
そんな下らない事で嫉妬したけど、本人が忘れてしまう程度の印象だったのだろうか。
TRAPが好きだと言っていたからファンである事には間違いないが、雪弥にそれ以上の執着心はない様に思えた。
「蛍はそういうの、やりたいって気持ちはある?」
「うーん、急に降ってきた話だからなぁ⋯自分が人前で歌うとか想像出来ないっていうのが最初に感じたことかな。でも⋯」
蛍は言いかけると、心を落ち着かせるように小さく深呼吸をした。
「でも本当は期待したかも」
「期待?」
「俺がTRAP好きになったきっかけ、言ってないよね?」
「え⋯うん」
その時の蛍の目はキラキラと輝いていた。
「俺はTRAPの曲に惹かれて、TRAPを好きになったんだよね」
それはつまり、自身の作った曲がきっかけという事で良いのだろうか?
蛍の人生に少しでも影響を与えていたんだと秋良はニヤつきそうになる顔に力を入れて答えた。
「そっか⋯」
「雪弥の話を受けたら、TRAPの曲作っている人にも会えるかなっていう下心はあったよ」
決定的な言葉を本人から聞いて舞い上がりそうになるのをぐっと堪える。
「そっかー、雨野がTRAPの作曲家だったんだ⋯なんかびっくり」
蛍は照れ笑いをすると、肘をついた手の上に顎を乗せてこちらを見詰めた。
蛍が可愛くて悶え死にしそうだ。
2人きりでいたら間違いなく抱きしめているであろう。
秋良は綻びそうになる表現を抑えて、一生懸命に話す蛍の話に集中した。
蛍のTRAPへの想いは絶えることなく、紡がれた。
途中入ってくる雪弥と千尋の話題には目を瞑り、楽しげな蛍をずっと見ていた。
「一番好きな曲は?」
「マゴコロ!一択!」
「あー、この前家で弾いてたやつ。
蛍の弾いたアコースティックバージョン、すごく良かった!」
そうやって褒めると、やっぱり照れる。
本当、可愛いやつ。
それから暫く “Mr. ”で喋って、その後駅で別れた。
蛍のおかげで調子が戻った気がして、途中で投げ出した仕事の続きを進めようと事務所に戻った。
雪弥がいない事を確認して元いた場所に落ち着くと、今度はギター片手に勧めていく。
悩みがなくなった訳では無いが、気分がスッキリした事で進みも良い。
黙々と勧めていると、テーブルにマグカップが置かれた。
「秋、機嫌直った?」
鷹城が機嫌を伺う声色で尋ねる。
「鷹城には怒ってるけどね」
「だから悪かったって」
「⋯⋯⋯」
顔の前で手を合わせる鷹城を見ずに手元のギターに視線を落とすと少しの沈黙の後鷹城は口を開く。
「言ったの?ナツの事」
切り込んだ鷹城の言葉に秋良は動きを止め、溜息を吐く。
「⋯言えないよ」
「だよね⋯」
「とりあえず俺はまだ、蛍の口からナツの名前を聞いていない。でも俺がTRAPに、この事務所に関わっている事を知ったわけだから⋯蛍はこの後どうするかな」
「⋯時間の問題かもね」
人事のように言った鷹城の顔を秋良は睨んだ。
「はぁ⋯時間を戻せるなら戻したい⋯」
「まぁ、自業自得だね。
でもいつかは言わなきゃいけないんじゃない?」
笑う鷹城を睨んだけど、尤もらしい事を言われて思い直す。
そんなことはわかっている。
あれだけ元気のない蛍を毎日見ていたんだ。
俺とナツの繋がりがあると蛍が思っているのだとしたら⋯蛍を思うなら、先に言ってやった方が良いに違いない。
「わかってる。
でも⋯まだ、言えない」
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