まだ、言えない

怜虎

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3.Summer vacation.-雨野秋良の場合-

衝突

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結局、あれから蛍とは会えないまま今日で10日目だ。

せめて連絡だけでもと一度だけメールを入れてみたが素っ気ない返事にへこみ、やる気を削がれてはと思い2度目は泣く泣く諦めた。

普段からマメな方ではないし、こういう時どうやってコミュニケーションをとったら良いかわからない。

秋良は今日何度目かになる溜息を吐いた。

立ち上がってみたり水を飲んだりと、室内でリフレッシュ出来そうな事は片っ端から試したが何ひとつとして効果は無く、わざわざ事務所まで来て作業をしているというのに、ちっとも進まなかった。


しかも、隣から聞こえてくる笑い声が無理矢理引き寄せた集中力を見事に持っていってくれる。

何やら楽しげな雰囲気だし、蛍の声まで聞こえる気がする。


「ダメだ、集中できない⋯」


このまま続けていても効率が悪いと判断し、秋良は気晴らしに外に出る事にした。

机に出してあった携帯と財布をポケットにねじ込み、部屋のドアを開ける。


扉を開ける事で笑い声が大きくなると、予想外の光景が飛び込んできた。

蛍の声は幻聴ではなかったらしい。


衝撃で一瞬、目の前が真っ白になった。


「待って⋯蛍?なんでここに?」


蛍は驚くしかできない様子で、目を丸くしている。

その輪の中で、目が合わないようにコソコソと隠れようとする人間が視界に入った。


「鷹城、知ってたな⋯」


その声に鷹城はビクっと跳ね上がる。


「ご⋯ごめん、秋」

「それに雪弥⋯なんで蛍とお前が一緒にいるんだよ」

「雨野⋯」


蛍は複雑な顔をして秋良を見た。


「本当に全然わかんないんだけど。説明して?鷹城」


鷹城をきつく睨むと、話をはぐらかすつもりだろう、愛想笑いを浮かべた。


「俺が話す」


明らかに悪くなった場の空気にも動じずに、口を開いたのは雪弥だった。

冷静で的確な意見を毎回述べてくる事には腹立たしいが、今は鷹城は頼れそうもない。


「その前に蛍が混乱している。お前の事くらいお前から話せ」


その的確な指摘に心がざわついた。


「⋯わかってるよ」


雪弥は無表情のまま、喋り始めるのを待った。

じっと見詰めてくる蛍の視線は思ったより大ダメージだ。


「蛍の疑問はなんで俺がここにいるかってことで合ってる、よね。簡単に話すけど⋯ 俺、TRAPの曲を書いてる。表には出てないけど一緒に活動してるんだ」


蛍は更に驚いた表情を見せた。


「雪弥とはTRAP関係なくガキの頃からの知り合いで、鷹城はここの事務所のマネージャー⋯ は知ってるか。TRAPと、俺にも関わってくれてる」

「そう⋯だったんだ」


蛍は状況を把握するのが精一杯という様な顔で、何度か瞬きをしてからそう告げると、うっすら眉間にシワを寄せた。


「ごめん、内緒にしてた訳じゃなくて、言うタイミング逃したと言うか⋯ 」

「あ、うん。いや、そうじゃなくて⋯ ちょっと、というかかなりだけど、驚いただけ」


そう言って目を伏せた。


「で、蛍の方だけど」


話し終えた所で待ってましたと言わんばかりに、雪弥がいつにも増して真面目な顔で話し始めた。


「あの話、蛍で進めようと思う」

「⋯はぁ?!」


雪弥の口から出る “あの話” はひとつしか思い当たらなかった。


「だって、もう決定してたはず⋯」

「幸い、まだ本人には通知していない」


言い終わる前に雪弥が制する。


「確かに蛍の歌は、例えTRAPに入れても引けを取らない程だと俺も思う。だけど!」



―だけど⋯

みんなに見せたくない?

独り占めしたい?



次々と浮かぶ葛藤を自問自答しては黙り込むと、雪弥は容赦なく言い放つ。


「この才能を知っておきながら野放しにしておくのは勿体無いと思わないのか?
それが俺たち全員の利益になることは間違いない。お前はそれでもTRAPの作曲家と名乗れるのかよ」

「利益ってなんだよ。蛍は道具じゃない!お前のそういう所、昔から大嫌いだ!」

「まぁまあ、秋も雪弥も落ち着いて。蛍くんもいる事だし⋯」


ますますヒートアップする雪弥との間に、鷹城が割って入る。


「うるさい!元はといえばお前等が俺に断りもなくこんな密談しているからだろ?!密談なら密談らしく事務所使うんじゃねーよ」

「ごもっともです⋯」

「雨野⋯」


そう言って上目遣いで俺を見つめる蛍と目が合う。


「なんか俺⋯ ごめん。雨野がTRAPの作曲家って知らなかったし、ここで会うなんて⋯そんな怒るなんて思わなくて⋯」


さっきまで勢いが蛍のその表情で、その一言で消えていく。

炭酸の蓋を開けたように少し、刺激を残して。


「蛍は何も悪く思うことはないよ。TRAPの事は言ってなかった俺が悪いし」

「⋯うん」

「一旦保留にさせて、この話」


雪弥は顔を顰めてから溜息を吐いた。


「お前はいつも勝手だな」

「この話は雪弥、お前だけのものじゃない。俺にも意見する権利がある。
⋯蛍、表で待ってて。俺もすぐ行く」


そう言って蛍の腕を掴み立つように促すと、雪弥も立ち上がった。


「秋!少しは聞けよ」


不安そうな顔をして、それでも蛍は頷いてくれたけど、悪いことをした、巻き込んでしまったという罪悪感が拭えなかった。


「ごめんね、蛍くん。わざわざ出向いてもらったのに。また連絡します」


鷹城はそう言って蛍を部屋の入り口まで見送る。


「いえ、気にしないで下さい」


そう会話が聞こえると雪弥を一度睨み、先程まで作業をしていた隣の部屋を片付けに向かう。

片付けといっても、テーブルの上に私物が並べてあるだけだ。

さっさと片付けて事務所を出ようと、手早く荷物を纏めていく。


「蛍と知り合いだったんだな」


部屋と部屋とを繋ぐ扉に背もたれて腕を組んだ雪弥が話しかけてくる。


「ああ」

「いつから知っていた?蛍の歌の事」

「⋯⋯⋯」

「なぁ、秋。もう一度考えてみてほしい。蛍の歌なら俺は⋯」

「今日は!⋯頭を冷やそう、お互い」


雪弥の声を遮ると、荷物を詰め込んだ鞄を持って部屋を出る。

鷹城にも呼び止められたが、何も返さずに事務所を後にした。

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