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2.Summer vacation.-吉澤蛍の場合-
痛み
しおりを挟む「どうぞ、入って」
玄関の扉を抑えて、先に入るように促す。
あの後駅周辺で買い物をして、蛍の家に着いたところだ。
「お邪魔します」
「俺の部屋、上ね」
脱いだ靴を揃える雨野に後ろから声を掛ける。
「飲み物取ってくるから先に上がってて。ドアに名前書いたプレートぶら下がってるから分かると思う」
「分かった」
蛍はそう言って一階の奥の部屋に消えた。
秋良は階段を登りきると、辺りを見渡す。
幾つかある扉に支持された通り “KEI” とプレートがかかっているのを見つけ、部屋の扉を開けた。
部屋にはベッドとラック、本棚が壁一面に並び、部屋の中央にはテーブルが置かれている。
存在感のある、ぎっしりと埋まった本棚を見上げると、難しいそうな本やDVDも丁寧に並べられていた。
ふとプラスチックのケースの横にある、大量の紙の束に目が止まった。
それは3センチ程で一纏めにされており、幾つもの束が並んでいた。
明らかに本では無いとわかるそれに手を伸ばしたが、勝手に見る事に躊躇い、手を引っこめる。
すると背後から声が聞こえた。
「見ても良いよ」
部屋に戻っていた蛍はコップをテーブルに置くと、その紙の束を一つ取り出して秋良に差し出した。
「これは、昔の台本」
「台本?」
「うん。中学の時、舞台やっててさ」
少し目線を落とした蛍は微笑した。
「そうだったんだ、凄いな、吉澤!」
「いや、凄くないよ。今は辞めちゃったし」
「⋯どうして辞めたの?」
聞いて良いものかと少し躊躇ったのが分かった。
遠慮がちに秋良が尋ねる。
「元々母親に反対されながらやってたんだけど、ある日舞台で大怪我して病院に運ばれてから、やっぱり反対だってほぼ強制的に退団させられた⋯いや、やっていく自信がなかったのかも」
「⋯そう、だったのか」
「よくある、母親と仲が悪いっていうやつ」
重苦くなった空気を壊したくて、蛍は無理矢理笑顔を作った。
「⋯またやろうとは思わない?」
「うーん⋯やろうと思えばやれる環境にはあったんだけどね。やめた理由がね、目がちょっと⋯思いどうりに行かなくて」
「目?」
「うん。舞台って場面が変わる時とかに真っ暗になるからさ。事故以来、真っ暗な中で全然目が慣れなくなっちゃってさ」
そうか、と秋良は呟いて少しの間の後話し始めた。
「なんかごめん。込み入ったこと聞いて⋯でも嬉しいよ。吉澤がそうやって、俺の知らない吉澤の話をしてくれるの」
「そう?」
顔を上げると、秋良の手が伸びてきて頭を撫でた。
いつもの爽やかな笑顔とはまた別の、暖かく包み込む様な表情をした秋良は独特の雰囲気があって、その手はとても心地良かった。
ずっと撫でていてほしいと思ってしまう程に。
暫くして離れていった手を蛍は名残惜しそうに見詰めると秋良はクスリと笑って言った。
「もっと撫でて欲しかった?」
考えていた事がそのまま、秋良の口から言葉となって出てきた事に蛍は慌てて反論した。
「ばっ⋯なんでそうなるんだよ」
「物欲しそうな顔してたから」
秋良はニヤッと笑った。
それ以上、反論の言葉が思いつかなかった蛍は、本来の目的である “勉強” にスライドさせようと無理矢理切り替える。
「早くやるよ!」
顔を赤くしながら、鞄から教科書を引っ張り出した。
「はいはい」
テーブルの横に腰を下ろした秋良は笑いながらノートを開いた。
しかし、隼人にしても秋良にしても、小さい子扱いし過ぎだ。
そこまで可愛らしい背丈や体格ではないつもりだし、どちらかというと秋良の方が女の子みたいな柔らかい印象がある。
「はぁ⋯」
「溜息ばっかりつくと、幸せも逃げるよ」
左耳をテーブルに付けた状態で、目線だけ秋良の方向を向いた。
「ごめん⋯出てた?」
「最近は割と頻繁に」
無理矢理作った笑顔でその場を乗り切れる筈は無かった。
直視していないせいで秋良の表情ははっきりとは見えない。
が、きっと真面目な顔をしている。
視界にぼんやりと捉えた秋良の輪郭がこちらを真っ直ぐ見ているのが分かった。
今の溜息は別の事に対してではあったが、秋良が聞きたいのは、その最近の溜息の理由だろう。
気遣って聞かないというのも限界の様で、秋良が理由を求めているのを感じた。
黙って、理由を切り出すのを。
「⋯そんなダメージにならないって思ったのに、結構キツイ、かも」
語尾は少し涙声だったかもしれない。
秋良は何も言わずに蛍の髪を撫でた。
ゆっくりゆっくり、何度も。
大きな手が、包んでくれる手が凄く安心出来た。
暫く瞳を閉じて、その厚意に甘える。
こんな時は、子供扱いも良いかもしれない。
「雨野、今日帰らなきゃだめ?」
その言葉に驚いたのか、一瞬秋良の手は止まったが、直ぐにまた撫でてくれる。
「⋯一人にしないで」
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