まだ、言えない

怜虎

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1.Rainy season.

憧れ

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翌朝目覚めると、熱っぽく体がだるい。

休んでしまおうかとも考えたが、今日から隼人の授業が行われる筈だ。

自分の体のことよりも、あの憧れの隼人の授業を受けたいという気持ちの方が勝る。

それに、なるべく単位や内申を下げたくないという受験生ならではの考えも同時に浮かんだ。

体の事と学校の事。

ぼーっとする頭で天秤にかけながら微睡んでいると、いつも家を出る時間はとっくに過ぎていることに気付く。

時刻はまもなく8時半。

蛍は病院に行くからと学校に遅刻の連絡を入れて、午後の授業から登校する事にした。


処方せん薬局で薬をもらう頃には午前の授業が終わる時間となっていた。

出かける前にゆっくりし過ぎた訳でも、病院が混んでいた訳でもないが、落ち着いて昼食をとる時間はないまま午後の授業の時間は近付いていた。

風邪のせいか、食欲も空腹感もないのだから特に問題は無いが、処方してもらった薬を飲む為にとコンビニで買ったゼリー状のエネルギー飲料を片手に学校に向かった。


チャイムがなる前に席に着きたいと急ぎ足で教室へと向かうと、教団の付近には人だかりが出来ていた。

女子達の黄色い声と、その中心にはスーツ姿の隼人。

前の時間が昼休みという事もあり、少し早めに教室に来ていた隼人は女子生徒に囲まれていた。

無理して来て正解だったと自分を褒める。

スーツ姿を見たのは二度目だが、今までの印象に “スーツ” はなかった。

その姿に、ニヤつきそうになる口元を固く結ぶと、真っ直ぐ自席を目指した。


「⋯い⋯蛍?体調悪いんだって?大丈夫か?」


心の中で隼人を褒めたり、自身を褒めたりして横切ろうとすると、集まった視線に足止めされる。


「具合悪くなったらちゃんと言えよ?」

「⋯はい」


反射で返事をすると、隼人はうんと頷き微笑んだ。


『何ー?』

『先生知り合い?』

『吉澤くんの事知っているの?』


女子生徒に囲まれた状態で、蛍を気に掛けた事か注目されたのだろう。

2人の関係を気にする様な質問が多く聞こえた。


隼人は、“この授業にも遅れるかもしれないと聞いていただけだよ” と答えてから教室全体に届く程の大きな声を張り上げた。


「はい、じゃあ席について!」


その合図で次々に席に着いてゆく生徒達を静かに待ち、視線を集めたのを確認すると再び話し始めた。


「島先生が産休に入った為、代わりに地理の担当をする事になりました。森田隼人です。
私もここの卒業生なので、またこの場所に通う事になるとは何とも不思議な感覚ですが、先輩として、先生として力になれたらと思う。よろしく!」


“私” なんて、普段の隼人からは想像出来ない一人称に笑いが漏れる。

ニヤけそうになる顔を引き締めると、拍手の中を女子達の質問が飛び交った。


『先生!結婚してますかー?』

『彼女はいるー?』


お決まりの質問に、隼人が一瞬困った顔をしたのが見えたが、蛍もその話題には興味があった。

思い返してみれば、今まで一度も隼人の彼女という存在を見たことが無い。

ちらりとこちらを見た隼人に悟られたくなくて、興味のない素振りで窓の外に目をやったが、意識はしっかりと隼人の話に集中していた。


「結婚はしていません。彼女がいるかは⋯想像に任せます。
この時期、受験も控えているから大変だとは思うが、恋愛も大事だと先生は思う。恋愛が勉強の励みになる事だってあるからな。是非有意義な時間を過ごして欲しい!」


昔と変わらない隼人のイメージにほっこりした気持ちでいると、もう一度拍手が起こった。


「そうは言っても、勉強も大事だ。
そこで早速今日はみんなの実力を見せてもらいたい。早速だけど、今日はテストから始める」


暖かな反応から一転して生徒からのブーイングの中、そんなのはお構い無しというように隼人はプリントを配り始めた。

周りの反応とは違い、蛍は初めて受ける授業で今までの成果を発揮出来ることを嬉しく思っていた。

地理は多少自信がある。

中学の時、苦手分野が得意分野になる程何度も隼人に教えて貰った。

勉強が楽しいと思える様になったのも隼人のお陰だ。

蛍は少しソワソワしながらテスト開始の合図を待った。

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