まだ、言えない

怜虎

文字の大きさ
上 下
4 / 118
1.Rainy season.

憧れ

しおりを挟む
翌朝目覚めると、熱っぽく体がだるい。

休んでしまおうかとも考えたが、今日から隼人の授業が行われる筈だ。

自分の体のことよりも、あの憧れの隼人の授業を受けたいという気持ちの方が勝る。

それに、なるべく単位や内申を下げたくないという受験生ならではの考えも同時に浮かんだ。

体の事と学校の事。

ぼーっとする頭で天秤にかけながら微睡んでいると、いつも家を出る時間はとっくに過ぎていることに気付く。

時刻はまもなく8時半。

蛍は病院に行くからと学校に遅刻の連絡を入れて、午後の授業から登校する事にした。


処方せん薬局で薬をもらう頃には午前の授業が終わる時間となっていた。

出かける前にゆっくりし過ぎた訳でも、病院が混んでいた訳でもないが、落ち着いて昼食をとる時間はないまま午後の授業の時間は近付いていた。

風邪のせいか、食欲も空腹感もないのだから特に問題は無いが、処方してもらった薬を飲む為にとコンビニで買ったゼリー状のエネルギー飲料を片手に学校に向かった。


チャイムがなる前に席に着きたいと急ぎ足で教室へと向かうと、教団の付近には人だかりが出来ていた。

女子達の黄色い声と、その中心にはスーツ姿の隼人。

前の時間が昼休みという事もあり、少し早めに教室に来ていた隼人は女子生徒に囲まれていた。

無理して来て正解だったと自分を褒める。

スーツ姿を見たのは二度目だが、今までの印象に “スーツ” はなかった。

その姿に、ニヤつきそうになる口元を固く結ぶと、真っ直ぐ自席を目指した。


「⋯い⋯蛍?体調悪いんだって?大丈夫か?」


心の中で隼人を褒めたり、自身を褒めたりして横切ろうとすると、集まった視線に足止めされる。


「具合悪くなったらちゃんと言えよ?」

「⋯はい」


反射で返事をすると、隼人はうんと頷き微笑んだ。


『何ー?』

『先生知り合い?』

『吉澤くんの事知っているの?』


女子生徒に囲まれた状態で、蛍を気に掛けた事か注目されたのだろう。

2人の関係を気にする様な質問が多く聞こえた。


隼人は、“この授業にも遅れるかもしれないと聞いていただけだよ” と答えてから教室全体に届く程の大きな声を張り上げた。


「はい、じゃあ席について!」


その合図で次々に席に着いてゆく生徒達を静かに待ち、視線を集めたのを確認すると再び話し始めた。


「島先生が産休に入った為、代わりに地理の担当をする事になりました。森田隼人です。
私もここの卒業生なので、またこの場所に通う事になるとは何とも不思議な感覚ですが、先輩として、先生として力になれたらと思う。よろしく!」


“私” なんて、普段の隼人からは想像出来ない一人称に笑いが漏れる。

ニヤけそうになる顔を引き締めると、拍手の中を女子達の質問が飛び交った。


『先生!結婚してますかー?』

『彼女はいるー?』


お決まりの質問に、隼人が一瞬困った顔をしたのが見えたが、蛍もその話題には興味があった。

思い返してみれば、今まで一度も隼人の彼女という存在を見たことが無い。

ちらりとこちらを見た隼人に悟られたくなくて、興味のない素振りで窓の外に目をやったが、意識はしっかりと隼人の話に集中していた。


「結婚はしていません。彼女がいるかは⋯想像に任せます。
この時期、受験も控えているから大変だとは思うが、恋愛も大事だと先生は思う。恋愛が勉強の励みになる事だってあるからな。是非有意義な時間を過ごして欲しい!」


昔と変わらない隼人のイメージにほっこりした気持ちでいると、もう一度拍手が起こった。


「そうは言っても、勉強も大事だ。
そこで早速今日はみんなの実力を見せてもらいたい。早速だけど、今日はテストから始める」


暖かな反応から一転して生徒からのブーイングの中、そんなのはお構い無しというように隼人はプリントを配り始めた。

周りの反応とは違い、蛍は初めて受ける授業で今までの成果を発揮出来ることを嬉しく思っていた。

地理は多少自信がある。

中学の時、苦手分野が得意分野になる程何度も隼人に教えて貰った。

勉強が楽しいと思える様になったのも隼人のお陰だ。

蛍は少しソワソワしながらテスト開始の合図を待った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...